ほんの少しがほしい。ADHD薬の経過報告・1ヶ月目のリアル
これまでのこと
30代後半。製造業で働いている。現場のプレイヤーでもあり、製造を管理する立場でもあり、会社の経営にも関わっている。ADHDの診断を受けている。
物心ついたときから頭がスッキリした記憶がない。頭の中では常に音楽がループし、日中は倒れそうなほどの眠気と戦い、毎朝5時間で早朝覚醒して不安な考え事がループする。そんな日常が当たり前だった。
数年前にコンサータという薬を使っていた時期がある。効果は劇的だったが、不眠と口渇の副作用が辛くてやめた。その後、別の仕組みの薬であるストラテラを試し始めた。最初の数日は頭の中の音楽が消え、早朝覚醒時の不安がなくなり、確かな変化を感じた。しかしその後、効果は徐々に薄れていった。脳の自己調節機能が薬の効果を打ち消しているのではないか、というのが自分なりの理解だ。
前回の記事では、そんな2週間目の厳しい状況を書いた。今回はその続き、1ヶ月以上が経った今の話を書く。
📖 これまでの記事
ADHDの薬をやめて数年。別の薬を試したら、頭の中の音楽が止まった
頭の中の音楽が、戻ってきた——ADHD薬の経過報告・2週間目のリアル
ストラテラだけでは足りなかった
ストラテラを40mgから80mgに増量しても、効果を実感できなかった。最初の数日に感じた「静かな頭」は戻ってこない。薬は確かに体内で作用しているはずだが、脳が元のバランスに戻そうとする力の方が強いようだった。
そこで医師と相談し、コンサータを追加することになった。ストラテラを毎日のベースにして、コンサータを併用する。
ちなみにコンサータは現在、全国的に供給不足が続いている。自分は数年前に処方された際の患者登録が残っていたため、既存患者として処方してもらえた。新規で処方を受けるのは今かなり難しい状況らしい。
コンサータの効き方が、以前とは違う
数年前にコンサータを飲んでいたときは、頭の中の雑音が消えた。音楽のループも止まった。世界が静かになった。あの感覚をもう一度期待していた。
でも今回は違った。
頭の中はうるさいまま。音楽もまだ流れている。考え事もループしている。それなのに体は動く。普段なら後回しにしてしまうことに、なぜか手が伸びる。
「静かに集中」ではなく「力業で集中」という感じだ。雑音はそのままに、その上から無理やり推進力をかぶせている。脳の中はガチャガチャしているのに、外から見ると作業が進んでいる。そんな状態。
なぜ以前と違うのか、自分でもよくわからない。ストラテラと併用しているからなのか、加齢で脳の状態が変わったのか、それとも今の自分の心身の状態が違うのか。
仕組みとしては、ストラテラはノルアドレナリンの回収を遅くする薬。コンサータはドーパミンとノルアドレナリンの放出を直接増やす薬。理論的には併用で相乗効果が出るはずなのに、実際は「静けさ」も「クリアさ」も戻ってこない。残ったのは「推進力」だけ。
やっぱり同じ壁にぶつかっている
コンサータを飲むとやる気が出る。出すぎる。脳は疲れているのに体は動けてしまう。寝るタイミングがどんどん遅くなる。それなのに早朝覚醒はどんどんひどくなる。睡眠負債が積み重なっていくのを感じる。
口も渇く。性欲が落ちる。副作用も出ている。
「脳に疲れを感じるが動ける」。この感覚に覚えがある。数年前にコンサータをやめたとき、まさにこの感覚が怖くてやめたのだ。体に無理をさせている、寿命を削っている、あの感覚。
そして今回も、薬を飲んだところで自分の能力はあまり変わっていない。わからないことは相変わらずわからないし、難しい判断には相変わらず頭を抱える。
それでも、ほんの少しがほしい
前回コンサータをやめたとき、「薬を飲んでもこの程度か」と思った。
今回も「この程度」なのかもしれない。つらい思いをして、ほんの少しましになっている程度。
でも今は、そのほんの少しがほしいと思っている。
数年前とは立場が変わった。自分の判断が会社の方向を左右する場面が増えた。会社が左右されれば、従業員が影響を受ける。従業員が影響を受ければ、その家族にまで迷惑がかかるかもしれない。
そう考えられるようになったこと自体が、もしかしたら薬のおかげかもしれない。以前の自分なら、そこまで想像が及ばなかった気がする。
ほんの少しのベースアップでも、判断の精度が少し上がるなら、その少しの差が誰かの生活を守ることになるかもしれない。それなら多少無理をしたところで問題ない。
薬は能力を上げない(3回目)
1本目の記事から繰り返し書いていること。薬は能力を上げない。
でも1ヶ月以上向き合ってきて、この言葉の意味が少しずつ変わってきている。
最初は「薬を飲んでも能力が上がらないなら意味がない」と思っていた。次に「能力は変わらなくても、使える状態にするだけで意味がある」と考えを改めた。
今は「ほんの少しでも使える幅が広がるなら、それには人の人生がかかっている」と思っている。
薬で得られるものは、相変わらず「ほんの少し」だ。でもその「ほんの少し」の重みが、立場が変わることで変わった。
ADHDは病気ではない、という考えは変わっていない
1ヶ月以上薬と向き合ってきて、この考えは変わっていない。ADHDは特性だと思っている。
ただ、今の環境ではその特性をそのまま活かすのが難しい場面がある。だから薬でバランスを整えている。特性を否定しているわけではなく、今いる場所に合わせてチューニングしているだけだ。
狩猟者の脳で農耕の仕事をしている。狩猟者としての能力を捨てる気はない。でも農耕の季節には、少しだけ道具の力を借りる。
これから
コンサータは毎日飲むと耐性がつく可能性がある。効きが悪くなってきたら量を増やすのか、使い方を変えるのか、それはこれから医師と相談して判断していく。
ストラテラも続けている。効果を実感できていないが、ベースとして何かしらの底上げはしているのかもしれない。わからない。
わからないことだらけだ。薬が本当に自分に合っているのか、このまま続けるべきなのか、もっと別のアプローチがあるのか。
ただ一つ確かなのは、1ヶ月前に「薬をもう一度試してみよう」と決めたことは間違いではなかった。結果がどうであれ、自分の脳と向き合って、データを取って、試行錯誤したこと自体に意味がある。
経過はまた書く。
この記事は個人の体験談です。薬のメカニズムに関する記述は、自分なりに調べた範囲での理解であり、医学的な正確性を保証するものではありません。薬の使用は必ず医師に相談してください。
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