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U-NEXTでドキュメンタリー『442 日系部隊 アメリカ史上最高の陸軍』を観た。

日系アメリカ人は、戦争が始まるとハワイやアメリカ各地で収容所に財産を没収された上で強制収容された。
ドイツ系やイタリア系のアメリカ移民には実施されなかった措置である。

これには戦前からアメリカで猛威を振るっていた『黄禍論』の影響があるだろう。
戦前には『排日移民法』が成立する程である。
非白人である日系人は、アメリカの国民でありながら、差別にさらされたのだ。

戦争が激しくなると、日系人収容所からの志願を受け入れ、第100大隊と442連隊が日系人部隊として編成され、ヨーロッパ戦線の激戦地に投入されることになる。

彼らは命令により、激戦地から激戦地を戦い続けた。ある時はモンテ・カッシーノ、ある時はアンツィオ上陸、テキサス大隊の救出任務、そしてダッハウ解放。ダッハウはユダヤ人収容所があった町のひとつである。

彼らは家族が囚われている収容所から兵士となり、ナチスによるユダヤ人収容所を解放した。
この事実は近年まで伏されていたらしい。

その後サロ共和国(ドイツ軍オットー・スコルツェニーの特殊部隊によって救出されたムッソリーニによる国家)の強固な防衛ライン、通称『ゴシックライン』(ドイツのエリート部隊である降下猟兵を中心とした)をあっという間に突破した。

日系人部隊の損耗率は異常なほどで、
アメリカの正規陸軍部隊なら後方に回されるような状況でも最後まで戦い、ドイツの陣地奪還のために万歳突撃まで敢行するほどだった。

その中で、意外で興味深い証言があった。
戦時中のある日、442連隊に対し、
当時、大日本帝國の総理大臣であった東條英機から隊長のアメリカ軍上官にある手紙が届いたのだ。

内容は
「諸君は日系人であるとはいえアメリカ国籍である。アメリカ国家に忠義を尽くして戦え」
といった内容のものであったという。

ある442連隊の生き残りは
「想像していた内容とは違い、驚いた」
と率直に語っていた。
外務大臣松岡洋右も、戦前のハワイで日系人に対し同じようなスピーチをしていたらしい。

戦前の政治家ならではの道義的感覚なのかもしれない。

激戦を生き残った日系人兵士は、戦争が終わるとPTSDに苦しむことになる。
あまり日が当たらない話題だが、生き残った旧日本兵も帰国後大勢が精神疾患に苦しめられたという。

いつの時代も、血と涙を流し、戦争の犠牲になるのはいつでも社会的に立場が弱い人々である。
世界に、平和と法による秩序が回復するよう望む。

「442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」をU-NEXTで視聴 https://video-share.unext.jp/video/title/SID0089955?utm_source=copy&utm_medium=social&utm_campaign=nonad-sns&rid=PM058956291

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