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ゴーユース・フィクション[1]

あらすじ

この学校には、幽霊がいる。
幽霊がいた理由なんて、あのときは考えたことが無かったけど、目の前にいる幽霊となった
『瀬戸 千尋』は、間違いなく僕が好意を抱いていた1学年下の後輩だった。
なぜ僕にだけ幽霊ーーー彼女が見えたのか。
彼女が成仏して、僕が卒業して、大人になって、
10年経った今になって、その謎が明かされるときがやってくる。
母校、嵐陽高等学校に新しく現れた幽霊の存在によって。

これはあのとき、手に入らなかった
『青春』っていう曖昧なものを手に入れる物語だ。


「私と付き合ってください」
「…どこに」
 土から大根を掘り起こしている最中に言われても困る。まだ今日やるぶんの収穫が終わっていない。
「その返し、本気で言ってます?あ、いや、先輩のことだから本気かもしれない。じゃあ言い方変えてあげますけどね、私先輩のこと好きなんですよ。」

「うん、ありがとう。」
と、返すと僕の前にしゃがみ込んでいた彼女は急に立ち上がり、
「違う、そうじゃ、ない!!!!!!!!!!」
と叫びだした。

 放課後の校舎裏のたかが園芸部の小さい畑からは彼女がいくら大きい声を出しても他の誰かには届かない。だからいつもここでは、彼女の声は大きい。

「私は先輩のことが好き!もうこれで何回目!?もしかして違う言い方に変えたほうが良い!?先輩を!私の!!彼氏に!!!!したい!!!!!」

にしてもうるさい。
「うん、分かってるよ。瀬戸って趣味悪いよね。そのうえでいつもありがとうって言ってるじゃん。…けど、さ。」
夏休み明けに告白されて以降、僕はずっとその好意に応える手段が分かっていない。なので毎日こうやって曖昧に誤魔化している。それでいつも、この問答の締めに追い打ちとして、こう言う。

「瀬戸、死んでるじゃないか」

大統領でも流行りのイケメン俳優でも、幽霊の後輩に告白されてどうしたらいいかなんて分からない。なら、たかが男子高校生になんて分かるはず無いだろう。もっさり眼鏡の、この僕に。



 7月20日、夏休みの直前、終業式の放課後。後輩の瀬戸千尋は学校から一番近いコンビニ手前の横断歩道を渡っていたところ、トラックに轢かれて死んだ。

…らしい。

 らしい、というのは瀬戸にそう言われたからで僕自身は確証を得ていないからだが、死んだ本人が言うんだからおそらくそうなんだろう。トラックに轢かれて死ぬってテンプレ過ぎる気もするが。
「しかも地縛霊になっちゃったもんですから、2学期始まるまで全然人がいなくて!幽霊でも孤独ってつまらないんですね!!あと死んだときの姿じゃなくってよかった!
こういうのって死んだ瞬間じゃなくっていつもしてた格好に自動修正してくれるんですね!てか先輩私のこと見えるんですか!!!なんで!?!?!?」
それは知らない。見えたんだからもうそれが事実としか言い様がない。
 2学期の登校初日に、校門くぐったらふよふよ浮いてる知った顔の後輩が力強すぎる視線を送ってきて、挨拶もせずに後ろをつけてくるから
「9月も元気そうで何よりだよ」
って話しかけたら、なんと幽霊だったらしい。道理で浮いてると思った。
 向こうは死ぬほど驚いてた。死んでるけど。

 部員が1人しかいない園芸部の小さな畑、遊びに来るのは生きてたときも死んでるときも瀬戸ひとりだけだ。部員でもないただの後輩の瀬戸は、僕にちょっかいをかけるためだけにやってくる。

「先輩、見て見て~、生き埋め☆」

尤も、僕をからかうための手段が死んでから悪質になってはいるけど。幽霊らしく『物体』をすり抜けるらしい彼女は畑の土から綺麗に顔だけ出して、「聞いてます?」とか「面白くなかったかなぁ」とかぽつぽつ話しかけてくる。
「...コメントし辛いから止めてくれない?」
死んだ本人が死ネタを披露するのはいかがなものなのか。
「だって、幽霊ですもん。ものに触れない、他の人には話しかけられないってなると本当にすることないんです。ただ見てるだけ。
日中先輩がいる間だけちょっかい掛けるのが生きがいになってるんですから、これくらい許してください。あ、死んでますけど。生きがいちゃうやんなんつって~」
すっと畑から出てきた瀬戸はそのままふよふよと宙に浮く。
「念力とかでもの動かせたり、誰かにとりついたりとかできるかなっておもうじゃん、出来ないんですよね~。生きてたときより不便だし。これじゃあ全然怖くないし、ただのかわいくて美少女な幽霊なだけだぁ。はぁ。暇だ~。」
ほっぺに手を当てため息を吐く。息吐けないけど。

 瀬戸は自己肯定心が引くほど高い。だとしても彼女は、正直、誰から見ても可愛い。2年生の間では相当人気があったみたいで、よく瀬戸と一緒にいるところを邪険な目で遠くから睨まれていた。
良く覚えてる。僕もなんで瀬戸に懐かれてるのか今でも分かってないから2年生男子の気持ちは理解できる。

なんで僕なんだろう、と。

「死んでても実際こうして幽霊になってるわけですから、未練があるのは間違いないんです。それで何が未練なの?って聞かれたら、私の中ではもうひとつしか思い当たらないんですよ!」
 瀬戸が僕の横でただ話しかけてるだけっていうのは死ぬ前から変わらない。ただ、幽霊はボディランゲージで体当たり出来ないぶん、いつもより口が回るらしい。放っておけばずっと喋ってる。
「うん、毎日同じこと聞いてるけど続けたいなら続けて。」
9月に入って、初日の登校日からずっと瀬戸は欠かさずこの話をする。2週間弱は経った。
本日の土作業が終わって部室棟の隅、園芸部の部室に向かう道のりだけど、人通りが少ないのを良いことにお構い無しに話しかけてくる。
まぁ、そもそも瀬戸の声は僕以外の人間に聞こえるわけ無いということが既に分かっているからこそだが。
「ありがとうございます!先輩と付き合えなかったことだな、と!」
まぁ、そうなんだろうけど。言われても。
「って言っても瀬戸、幽霊だし、しかも地縛霊じゃないか。付き合って、学校の敷地内だけで何ができるの?」
「先輩が畑耕し終わったら、お疲れって言ったり、ひとり寂しくしてる先輩に茶々入れたりしますよ」
「生きてたときと変わらないね。」
「…ほ、ほんとや」
と、言うところでいつも話が終わり、幽霊とは『付き合ったらならば』の延長線上のことは出来ないと分からされるだけなのである。
「まぁ、僕学校の外で何したいって言われても行きたいところ無いし。」
この言葉が、幽霊の瀬戸に出来る一番の気遣いだと信じ言うほか無い。
「じゃあ、卒業まで放課後、私の話し相手になってくださいね!」
「いいよ、僕が断らない性格なの知ってるでしょ」
「やったぁ!じゃあ指切りげんまん!」
深緑色のセーターの袖から華奢な小指がこちらに向けられる。

「…出来ない癖に」
指を絡めるなんて、振りでも出来ない。
「…ですよね。」
それは幽霊の瀬戸自身が一番分かってるから、すぐに諦めてしまった。

「じゃあ、約束にしましょう!…本当に守りたかった約束は、生きてるうちに果たせなかったから。」
俯いてたが、ぱっと向き直ってまた話始める。
「約束?」
「覚えてるよね、終業式の日に待ち合わせの約束してたの」
…あぁ、覚えてる。珍しくちゃんと待ってろって言われたもんだから。
「してたけど、トラック轢かれて待ち合わせに間に合うわけ無いだろ。仕方ないよ。そのことで謝るのはお互い無しにしようって言ったじゃないか」
「そうなんですけどね、甲斐甲斐しく私のこと待ってる先輩のこと考えてて夏休みの間心が痛んでたんですよ。幽霊って感情しかないから。その感情に勝てるわけ無い。口から言葉が勝手に出てくるんです。」
 確かにその日は最終下校時刻まで待ってた。瀬戸が来ないのがおかしいと思ったから。待てるまで待って、瀬戸のスマホに着信だけ残してその日は帰った。まさか事故に遭ってるとは知らずに。

「私、あの日先輩に好きって言うって絶対決めてたんです。40日も我慢して先輩にやっと会えてからは毎日言っちゃってますけどね。だから、何度も言うけどね、本当に…ごめんね」

 そこは、好きって言えばいいだろ。

お前のせいじゃないと言っても、そのぶん同じ回数ごめんと返される。じゃあ僕はこいつになんて言ってあげれば良いんだ?僕が卒業したら、瀬戸は学校でひとり、どんな思いで過ごすことになるのか。

 暑くなると水分を摂り忘れる僕に代わっていつもペットボトルの飲料を用意してくれる。どこで買ってきた、とか金額を返すよ、とか言ってもいつもはぐらかされていた。死んだ日、瀬戸は僕に渡すスポーツドリンクを買いに学校の敷地を一度出て、コンビニに行った。
 おそらく、そこで轢かれた。


 自宅への徒歩の帰り道、瀬戸がいなくても瀬戸のことを考える。最近はずっとこれだ。瀬戸は今も真っ暗な校舎をふらふら漂っているのだろう。敷地外に出れない彼女が校門まで来てくれて、元気そうに手を振ってくれたことを思い出す。毎回、校門が見えなくなる曲がり角まで手を振り続けてくれる。

 死んだのは学校近くのコンビニ。だと言うのに学校の敷地内で地縛霊になっている。未練そのものが学校にまつわるのであれば、瀬戸の言っていることは間違いない。だとしても、僕はどうしてあげたらいいのか。

 考える。考えるたびに瀬戸千尋という幽霊が唯一見える僕にとっての課題が脳内で羅列されて無限に増えていくけど、結局最後には悲しいとか、怒りだけが残る。

 だってさ、言わせろよ。僕も好きだよ。なんなら僕のほうが先に好きになったよ。

『何してるんですか、毎日、それ。趣味?』
『部活動…だよ』

突然話しかけてきた1個下の後輩らしい女子は、結構びっくりするくらい美人だった。
『え、そんな、野菜作る部活ありましたっけ?この高校。』
 2学年上の部長が卒業して、繰り上がりで2年生ながら部長になってしまったが、部活動勧誘には一切参加しなかった。部員ひとりだと、畑の世話で手一杯だからだ。
『あるよ。園芸部。1人だけだから同好会になりかけてるけど。それよりあんまり僕に話しかけない方が良いよ。』
『なんで?質問しただけじゃん』
『君はね。僕のほうは毎日畑に顔埋めてるキモい奴って有名だから。伸藤優征と話してたってクラスメイトにバレたら、多分囃したてられるよ。えっと…』
『あ、瀬戸千尋と言います~1年7組』
『瀬戸さん。』
『ていうかそれ、高菜ですよね。私おにぎりに巻かれてるの好きなんですよね~知ってます?高菜目張り』
『びっくりするほど話聞いてないね』
高菜目張り知ってるの渋いな。
『聞きましたよ、要はあることないこと言われても気にしなければいいだけでしょ?だったら私気にしませんし。先輩は、私に迷惑が掛かるの気にするかもしれませんけど、それも全部私の勝手。』
わざと目を合わせてなかった僕の目の前にしゃがみ込んで、顔を覗いてきた。目がバッチリ合うと嬉しそうににっかり笑う。

『ね、だから、私が一目見て野菜の種類が分かることとか、もっと褒めてくださいよ!』

 僕の懸念通り渡り廊下からにやにやとこっちを見てくる同級生がいる。それが僕を馬鹿にした視線なのか、彼女を見て物好きだと笑っている視線なのか分からないけど、瀬戸は『分かってて』全部無視してみせていた。
『…確かに、凄いと思う。』
こんな女の子、こんなただの眼鏡が、好きにならないはずがない。

 幽霊になった君に言われて気づくとは。悔やんでも悔やみきれないことばっかりだ。もっと早く、なんならこっちから先に好きだと言っていたら、出来ることがもっと増えていただろうに。今となっては、僕の卒業までの短い時間を貸してやることしか出来ない。


「ノート、貸せ」
「…勉強したいのかしたくないのか、どっちだよ。最後に学校来たのいつだっけ。」
「覚えてねぇよ。制服しまってた場所忘れてたし夏休み前じゃねぇの?終業式出てたっけ、俺?」
自分のことなのに疑問符で返されては。
「唯一の友達が全然学校に来ないから僕はますます浮くんだ…」
塚本忠、登校日が本人のきまぐれにもかかわらず成績優秀、空手の有段なども持ってるらしく、実家は金持ちらしい。二物三物与えられた人間だ。なのに、普段の素行で全部台無しにしている。
「俺がいなくてもお前は変だし、滅茶苦茶浮いてるぞ。他人のせいにすんな。」
あと、口が悪い。
「うるさいなぁ。今日はなんで珍しく登校してきたの?」
机に仕舞っている限りの科目のノートを全て塚本に渡す。学校にわざわざ来ずとも安定して学年首位の塚本が今日、来る理由とは。
「安田に来いって言われた。第一志望そろそろ固めるのと、文化祭の話し合いあるからって。」
第一志望決めるの、遅。
「めんどくせぇからお前と同じところって言うから。」
決め方、雑。
「お前大学どこにしたんだっけ?」
しかも知らないのかよ。
「その生き方一生真似できない…」
「なんかいつにも増して暗いな、キモいし。どうせ美人の後輩になんか言われたんだろ。めんどくせぇ文化祭でデートとかしろよ。」
「付き合ってないから無理だよ…」
というかそもそも死んだよ。
「は!?お前ら付き合ってなかったの!?!?」
消化できてない感情に追い打ちかけるな。


「して、野菜の調子はどうですか?」
「まぁ、順調だよ。収穫の時期は文化祭に合わせられそう。」
毎年園芸部は文化祭に収穫できた野菜を露店形式で販売している。そりゃあ他の部活動に比べたら細々しているが、売り上げは意外と毎年伸びている。
「意外と去年買いに来る人多かったですもんね。いっぱいいい野菜用意できるといいですね。あ~、文化祭参加したかったなぁ~」
なんだか、瀬戸という人間が死んだのに、滞りなく、毎日が進んでいるこの環境。別に文化祭が中止になればいいなと思うわけでも無いけど、悲しいのは僕ひとりだけなのかと思ってしまう。
「ていうか先輩、当日デートしましょう!」
足がもつれてかごに詰めてた作業道具が飛び散る。
「…やっぱり聞いてたな!?」
「まぁ、地縛霊ですし!」
どうやら自身の暇と幽霊というメリットに託けて、毎日普段立ち入れない3年生の教室に入り込んでいるらしい。つまり、塚本との会話は筒抜けだった。

普段の僕だったらそんなの承諾する勇気なんてない。けど、今の気分はちょっと違っていた。
「デー…」
「デート。」
言い切るな、恥ずかしい。
「…になるか分かんないけど、物販の中抜け時間ちょっと作る予定だから、そのとき一緒についてくれば良い、よ」
「い、いいんですか!?!?」
「瀬戸が言った癖に…」
驚きすぎて退いて、一瞬壁の向こうに通過して消えていった。
「え、ちょっとまって。嘘。じゃあ頑張って予定考えるわ」
僕のそばに戻ってきた瀬戸は額に手を当てている。
「そんなに喜んでくれるなら何よりだよ」
「飲食は回れませんけど!野球部の炊き出し見るだけとか。美術部の展示とか、軽音部のライブとかさ!先輩行きたいところあったら一緒に見ましょうね!」
「まぁ周りからしたらひとりで回ってる寂しい眼鏡だけどね」
「先輩の良さが分かる女子なんて私以外にいらないですよ!」
「それさ、よく言うけど自分でも分かってないのに僕のいいところってあるの?」
瀬戸に比べたら、他人から褒められることろなんて無いに等しいと思うのだが。
「どうしたんですか?ネガティブなのはいつものことですけど、他人からの評価を気にするなんて珍しい。」
珍しいのか?いつも口に出していないだけで、思っていることではあるが。
「…別に。」
「へぇ。」
へぇ、って何だよ。
「教えましょうか。」
「え?」
「優しいくせに人間相手にはコミュニケーションが取れないから、植物と野菜にばっかり優しくしちゃうところ、意外とカラフルで可愛い軍手使ってるところ、少ない友達大事にするところ、赤の他人の後輩にも敬語使っちゃうところとか…」
「え、何、いきなり」
「へ?先輩のどこが好きかでしょ?」
「そんなにつらつら出てくる?」
「はい、出てきますね。」
それは正直、聞かされている本人は結構恥ずかしいんだが。

「なんで先輩を好きになったのか、時間はたくさんあるので、考えてたんですよ、死んだあと。」
「…うん?」
「今言ったみたいな、いいよね〜ってところはたくさん出てくるんですけど、いつ、どのタイミングで『恋愛の好きになんでなった』のかは分かんないままで。
だから一旦、『先輩だけが私のことを好きなだけで、もしかして私は先輩のことが好きじゃないのでは』と言うふうに思い込んでみることにしたんだけど。
単純接触効果だっけ?でもそれだとしたら私はとっくに他の誰かを好きになってたから。」
瀬戸は少し息をためたあと、また話続けた。
「だから、これは好きで間違いないんだよね。死んでも考えかわんなかった。」
「………!」
 笑顔でそう言う瀬戸に、すぐに何も言い返せなかった。
 何回目かのこの告白は、相当、きた。明らかに泣くようなところじゃないのに泣きそうになる。

……ん?

「ちょっと、待て?」
「はい、待ちましょうか。」

『先輩だけが私のことを好きなだけで、もしかして私は先輩のことが好きじゃないのでは』
と言ったことの意味を今更ながら反芻する。僕が瀬戸を好きなのは自分でも分かっているので、もはや理解する必要もない。

「僕が、好きだってとっくのとうにわかっていた?」
「え、はい。先輩が私のこと好きなのなんて、とっくのとうに知っていますね」
「へ?」
「へ?」
向こうの「へ?」は、気づいていなかったのかこの人、いう顔をしている驚きからだった。

「……あはははっ!そうだったんだ!おかしい、笑える…!!」
「え!?どのあたりがおかしい!?」
本当に分からなくて、間違いなく馬鹿にされると分かっているのに反射的に聞いてしまう。
「いや、私はね、終業式の日にしようとしてた告白なんて、絶対オッケーって言ってもらえるって確信してたからさぁ。両思いって自信満々だったのに、先輩は私が好きってバレてないと思ってたんだ!!
かっ…かわいすぎて……。」

彼女はひとしきり笑いまくったあと、嬉しそうな顔をした。
「…幽霊になってよかった。」
「急に、どうしたんだよ」
「死んでから、こんな話が先輩とまだ出来ると思ってなくて。なんか、先輩が卒業するまでずっとこうしてたいなぁって。」

 お前はそう思ってるのか。と言いたくなった口を一旦閉じ、つい違うことを聞いてしまった。
「成仏してないってことはさ、なんか未練があったのか?」
すると、瀬戸の顔は一瞬にして暗くなった。僕がその顔にびっくりしたことに気づいたのか、
「未練、分かんないや」
と言いつつ、無理をしているようなへらっとした笑い方でごまかした。
「けど、先輩と話せてるうちはいつ成仏する、とか考えたくないし、今はいいかなって」

今は、いい。
その言葉の深いところまで意図が分からなくて、返事に詰まる。『今』が終わったら瀬戸はどうしたいのか。そもそも成仏したくないってことなのか。
「そうか。」
としか僕は言えなかった。

 僕は、卒業する前に。この学校を離れるときが来たならば。瀬戸のこの世への未練を断ち切って成仏させてあげたいなどど殊勝なことを覚悟したりもしていたのだが。

瀬戸の未練は、一体なんなんだろうか。

「伸藤、ここにいたのか」
 自分の名前を呼ばれて振り返ると担任かつ園芸部の顧問、安田先生がこちらに向かってくるのが見えた。どうやら僕を探していたらしい。部室に向かう途中の廊下だったので、見つけるのに時間がかかった
だろう。
 瀬戸は一瞬目を離しただけで姿すら見えない場所に移動を済ませていた。隠れる必要は特に無いと思うのだが、誰かと僕が話しているときはよくこうやって隠れることが多い。
「はい。いま部室戻る途中で」
「夏休みの間俺が世話してたけど、ちゃんと育ってたか?伸藤ほど愛着持って育てる自身無かったんだけど…」
「いやいや、無事に育ってました。ありがとうございます。ところでどうかしたんですか?あ、塚本になんか伝言とか。あいつ先生の顔見ると逃げますもんね。」
「……いや、今日は別の話、でな」
「?」
学校の先生、しかも担任が暗い顔をしているといち生徒としては戸惑わざるを得ない。しかも、僕に分かるように『そういう』顔をするものだから、疑問もあるが不安も込み上げてくる。

「安田先生、僕から説明しましょうか」
気づかず話していたが、安田先生の後ろには化学の岸先生が立っていた。
「いや、大丈夫だ。伸藤にはこっちから話しておく。岸先生のほうが忙しいでしょう」
一体、何の話だろうか。
「伸藤、ちょっと時間あるか?ついてきてくれ」
「…はい」


 進路指導室に呼び出されたのは大学の推薦が決まったときぶりだけど、今日はそういった話ではないようだ。入ってすぐの扉に園芸用品を詰めたコンテナを置いておき、上から脱いだエプロンと軍手を被せる。
 先生は僕の向かいに座ると、隠すつもりもないように喉をぐっと鳴らしてから話し始めた。
「話があるっていうのは、1学年下の瀬戸のことだ。」
やはりと思ったが、瀬戸のことだった。瀬戸が死んだっていうのは瀬戸の学年には知らされているのだろうか?
クラスメートとすらまともに話さないのに、違う学年のことなんて僕に分かるはずがない。そう言えば岸先生は瀬戸のクラスの担任だったか。
兎に角安田先生は僕のために、これから瀬戸の件について話し始めようとしている。
いずれ来るだろうと覚悟していた瞬間だ。あくまでも、初めて聞いた『ふり』をしなければならない。学校に幽霊になっているなんて信じてくれようがないから。
「瀬戸が、どうかしたんですか」
心臓が揺れるけど、分からない振りをしようと頑張ってみせる。
「お前も仲良かったから、学校に来ていないのは気づいているだろう。最近、連絡取ったりとかしたか?」
「仲良かった…そうですか。先生からみてそうなら、そうだったのかもしれません。最近は、音沙汰無いです」
「そう、か…。今から言うこと、落ち着いて聞いて欲しい。」
安田先生はふうと息を吐いて、何回か唾を飲み込んだ。

「あのな、瀬戸がな」

「終業式の日から、行方不明なんだ。家にも帰っていない。」
安田先生の辺りを漂う空気は、埃が反射して光って、チリチリ揺れていた。

死んだ、じゃなくて、行方不明?

 それからの先生の言葉は、あまりよく覚えていない。
 瀬戸のお母さんが警察に捜索願を出したから、身元確認をしていること、放課後に待ち合わせの約束をしてたのは僕だと伝えると、どういうことを言ってたとか、色々聞かれたと思う。もしかしたら警察が同じことを聞きにくるかもということとか。
 僕はいくつかされた質問にただ素直に答えて、内容はふんわりとしか聞いてないけど、先生の僕に対する投げかけに適当な相槌を何回か打った。
 最後のあたりはどういう話だったか覚えていない。どうしたらいいか分からないし、安田先生と目を合わせられないからずっと机の角を見てた。

 話が終わり安田先生と別れ、部室にようやく辿り着いて、椅子に座れたら僕はようやく頭が回り、次にすることが決まった。用がある相手に話しかける気になった。塚本のときみたく、学校の地縛霊がどこかで聞いてないわけ無いんだ。
「瀬戸、聞いてるんだろ」
しばらく沈黙があった後、どこからか声だけが聞こえてくる。
「聞いてるよ」
「お前、なんで」
トラックに轢かれたのは全くの嘘だった。人目に付く、学校に一番近いコンビニの横で死んだのなら、行方不明者という扱いになるはずが無いし、警察に捜索願が出されることも無い。
「ごめんね、嘘吐いてて」
言われても、…謝られても困る。

 それよりも、もっと重要で、疑問なのは、瀬戸の死体が見つかっていないってことだ。

「私、先輩と夏休み遊びたくって、終業式に絶対告白するって決めてました。ま、できませんでしたけど。それでも、また先輩に会うことが出来てよかった。」
何の話をしてる。聞きたいことと全然違うのに、顔を見せてくれないから、声だけでもって聞き逃さないようにするけど、僕の聞きたいことと全く違う。

「ねぇ、先輩。私はずっと死んだままだけど、先輩はこの学校ちゃんと卒業して、立派な大人になってね。長生きしてね。」
「お前、何の話してるんだよ、どこにいる、顔くらい見せてくれ」
「ごめんね、それはもう、無理だ。」

無理。

理由は分からないけど、明らかに僕に対する拒絶だということだけは分かった。
「文化祭も一緒に回れない。…違う、私が耐えられない。ここにいる幽霊の私は、私じゃないから。こんな私で本当にごめんね。
けどね、どうしたって言うことしか出来ないからもっかい言う。これが最後だし。

…先輩のこと好きだよ。じゃあね」
瀬戸はそれ以降、僕の前に姿を現さなくなった。


2話目
https://note.com/suihanki_kuatta_/n/na0950a08e052

3話目
https://note.com/suihanki_kuatta_/n/n79ed8c1df49b

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