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売上は「勘」ではなく確率で決まっていた

「あの商品が当たったのは、運が良かった」。多くの現場で、売上はそう語られています。

ヒットは天才のひらめき、不振は努力不足。だから次は「もっと気合いを入れよう」となる。

でも、本当にそうでしょうか。森岡毅さんと今西聖貴さんの『確率思考の戦略論』を読むと、この前提が根本から揺らぎます。

売上は、勘でも根性でもなく、数式で説明できる。私はこれを知ったとき、正直、自分のマーケティング観をひっくり返されました。


売上は確率で決まる図解

個人の選択はランダム、でも市場全体は数式に従う

まず面白いのが、消費者は思ったほど「考えて」買っていない、という事実です。

人は購買のたびに、頭の中にある3つ前後の候補(エボークト・セット)から、サイコロを振るように選んでいる。著者はこれを「脳内サイコロ」と呼びます。

同じ人が今日は牛丼、明日はパスタを選ぶ。気分や状況で振れるので、個人の単位ではほぼランダムです。

そして、このサイコロに自分のブランドの目が刻まれていなければ、どれだけ広告を打っても選ばれる確率はゼロです。まず候補の輪に入ること。これが出発点になります。

ところが、これを市場全体で集計すると、きれいな確率分布が現れます。

個人の購買は「ポアソン分布」、市場全体は「成功が成功を呼ぶガンマ分布」。この2つを統合したのが「NBDモデル(負の二項分布)」です。著者たちは、あらゆるカテゴリーの購買行動が、この数式でほぼ説明できると言っています。

ここが核心です。一人ひとりはランダムでも、何百万人を束ねると、市場は数学的な秩序を持つ。

たとえばサイコロを1回振っても何が出るかわかりません。でも6万回振れば、各目はほぼ1万回ずつに収束します。市場も同じで、個人は読めなくても、集団になると確率に支配される。

だから売上は「予測できないもの」ではなく、「構造的に決まっているもの」になります。実際、著者の手法による需要予測は、ハウステンボスの来場者数で99%の的中率を出したと書かれています。

この視点に立つと、「ヒットは天才のひらめき」という物語が、急に怪しく見えてきます。

当たった商品は、たまたまサイコロの目が大きかったのではなく、市場の確率構造の上で「目が大きくなるよう設計されていた」可能性が高い。

運の話に見えていたものが、設計の話に変わるんです。

売上を決める変数は、たった3つしかない

では、その数式の中で、私たちは何を動かせるのか。

著者は、マーケターがコントロールできる変数は3つだけだと言い切ります。

購買確率は「認知率 × 配荷率 × プレファレンス」という掛け算で決まる。認知率は「知っている確率」、配荷率は「買える確率」、そしてプレファレンスは「消費者の相対的な好意度」です。

このうち、売上の最大ポテンシャルを決めるのがプレファレンス(M)です。NBDモデルの数式の中で、本当に自由に動かせる独立変数は、これしかありません。

たとえばプレファレンスが100あっても、認知率50%・配荷率50%なら、結果は「100 × 0.5 × 0.5=25」に削られます。掛け算なので、どれか1つがゼロに近いと全体が死ぬ。

身近な例で考えてみます。すごく好かれている地方の名店があるとします。味への好意度(プレファレンス)は満点に近い。でも、その存在を知る人が少なく(認知率が低い)、買える場所も店頭だけ(配荷率が低い)。

だから全国規模では売上が伸びない。逆に、味の好意度はそこそこでも、誰もが知っていて、どのコンビニでも買える商品が、結果として大きな売上を作る。

逆に言えば、やみくもに広告を増やしたり、棚を広げたりする前に、「そもそも自分のブランドは脳内サイコロの目をいくつ持っているか」を見るべきなんです。

認知と配荷は天井を広げる作業で、プレファレンスはその天井そのものを高くする作業。順番を間違えると、低い天井のまま広告費だけが溶けていきます

ここで多くの人がやりがちな誤りがあります。「ニッチに絞って熱狂的ファンを作ろう」という発想です。

著者は猟師でもあるので、ジビエを例にします。ジビエの熱狂的ファンでさえ、実際には牛肉を食べる頻度のほうが圧倒的に高い。市場全体のプレファレンスという「重力」からは、誰も逃れられない。

これは「Double Jeopardy(二重の足枷)」という統計法則とも一致します。浸透率が低いブランドは、購入頻度も必ず低くなる

小さいブランドは「買う人が少ない」うえに「その少ない人すら、あまり繰り返し買ってくれない」という二重の不利を負う、という意味です。

だから「絞ってロイヤルティを高める」は、数学的には「浸透率を下げて頻度も下げる」自殺行為になる。

熱狂的なファンだけで成り立つビジネスに見えても、その熱狂は広い土台があってこそ生まれている。土台を自分から狭めてはいけない、というのが確率思考の結論です。

プレファレンスに、資源を一点投下する

理論はわかった。では現場で何が変わるのか。USJの再建が、その答えになります。

2010年当時のUSJには、予算不足、満足度低下、施設の老朽化など、30〜40もの課題が山積していました。

普通のリーダーは、これ全部に「広く薄く」手をつけて、全滅します。私もたぶんそうします。

でも森岡さんは、因果関係をたどり、すべての現象を好転させる「重心」が集客の1点にあると見抜いた。集客さえ動けばキャッシュが生まれ、満足度も施設投資も後から解けていく。そこに資源を集中投下した。

ここで効いているのが、確率思考の考え方です。集客とは、結局「来園を選ぶ確率」を上げること。つまりプレファレンスを動かす作業そのものです。

30の課題に均等配分する代わりに、確率を最も大きく動かす1点を選んだ。これが「選ぶことは、捨てることの痛みを伴う」という、戦略の本質です。

具体的には、ターゲットを「映画ファン」から拡大し、CMの質を上げ、価格戦略を見直す。チケットは5年でおよそ5,800円から7,400円へ。それでも年間集客は低迷期から600万人以上増え、売上は倍以上になりました。

ここで実務の落とし穴を整理します。

誤解:施策は多いほど安心だ。あれもこれもやっておこう。
→ 資源が分散し、どの変数も中途半端になります。掛け算の構造では、これが一番効きません。

正しいアプローチ:プレファレンスを動かす1点に資源を集める。
→ 「自社は消費者のエボークト・セットに入っているか」をまず確認する。入っていないなら、認知や配荷をいじる前に、好意度そのものを上げる打ち手から始めます。

もう1つ。

誤解:HOW(広告の見せ方、技術)から考える。
→ 「どう売るか」から入ると、売り手都合の差別化に陥り、市場の重力に負けます。

正しいアプローチ:WHO → WHAT → HOW の順で考える。
→ 誰に(市場を狭めず最大の塊へ)、何を(本能に刺さる価値)を決めてから、手段を選ぶ。順番が逆だと、きれいな施策ほど外れます。

おわりに

確率思考の怖いところは、「努力の総量」を否定しない点です。否定するのは、努力の「向き」のほうです。

勘や根性が無駄なのではありません。それを、プレファレンスという1つの変数に向けられているかが問われる。

次に「この商品、なぜ売れたんだろう」と思ったら、運や気合いで片づけず、認知・配荷・好意度のどれが動いたのかを分解してみてください。世界が、少し数式に見えてきます。


この記事で参考にした本

『確率思考の戦略論』森岡毅・今西聖貴
→ 売上はNBDモデルで説明でき、動かすべき変数はプレファレンス(相対的好意度)に集約される、という数学マーケティングの核心。

『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』森岡毅
→ 30以上の課題から「集客」という重心を見抜き、資源を一点投下してV字回復させた、確率思考の実践例。


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