優しい人ほど、自分を後回しにする
優しい人。
もちろん、
優しくされて嫌な気分にはならない。
でも私は、
こういうところでも考えすぎてしまう。
なぜ、そんなに優しいのだろう。
人のすべてを抱え込んでいるのではないか。
本当は「No」と言いたいけれど、
言えないだけなのではないか。
いつも人の気持ちを優先しているけれど、
その人自身の気持ちはどうなんだろう。
そんなことを考えてしまう。
人間の心理を考えてしまう。
私の夫は、すごく優しい。
でも、長年一緒にいるからこそ、
見えてきたことがある。
「この人は、いつリセットしているんだろう」
そう思うことがある。
家にいても、仕事場でも、
常に「オン」なのだ。
人に気を使う。
人のために動く。
いつも笑顔でいる。
そして、そんな夫が、
たまにふとした瞬間に怒りを爆発させる。
怒りを向けられた私としては、
たまったものではない。
夫は普段、
自分の気持ちを言葉にすることが得意ではない。
特に、
ネガティブな感情を
そのまま伝えることが苦手だ。
例えば、
「疲れたから、ちょっと座っておくね」
「さっきの言葉、ちょっと傷ついたんだけど」
「最近、ストレスがすごいんだよね」
そんなことを、言わない。
いつも、動いている。
人のために働いている。
そして夫は、いつも笑顔だ。
職場でも、
「君はいつもハッピーだね」
と言われたことがあるらしい。
私は、
常に笑顔の人がいると不思議でたまらない。
というか、ずっと笑顔でいる人を見ると、
私は少しだけ不安になる。
私は個人的に、
母性本能をくすぐられるような人が好きだ。
悲しいときは、悲しいと言ってほしい。
「今日は疲れた」と言ってほしい。
「ちょっと聞いて」と頼ってほしい。
私に甘えて欲しい。
私には、溢れるほどの愛情がある。
その愛情で、共感することもできる。
「よしよし」と甘やかすこともできる。
でも夫といると、
母性本能をくすぐられることは少ない。
夫はいつも、
強くいようとする。
みんなに頼られる存在でいたい。
実際、夫は、
人から頼られることで
自分の価値を感じるタイプだと、
自分でも言っている。
どんな占いをしても、
なぜか似たような結果が出てくる。
そんな夫とは反対に、
私は自分の思ったことを言う。
しかも、溜め込まず、その場で言う。
そのたびに夫は、
「ごめんね」
と言ってくれる。
それは、嬉しい。
でも、こんなに優しくするのなら、
自分の気持ちにも、
もう少し正直でいてほしいと思う。
だって、
毎日あんなに笑顔でいるのに、
夫はたまに、些細なことで爆発する。
怒り狂う。
私は、もうそれに限界を感じている。
「その都度、自分の感情を言葉にしていれば、
こんなふうに爆発することもないんじゃない?」
何度もそう伝えた。
でも、落ち着いて話し合うと、
少しずつ分かってくることがある。
夫は、
「言わない」のではなく、
「言えない」のだ。
人は、いろいろな環境の中で育ち、
その経験の積み重ねによって、
今の自分がつくられていく。
幼い頃から身についた癖や、
感情との向き合い方。
大人になってから、
「もっと気持ちを言葉にして」
と言われても、
長年身についたものを、
すぐに変えるのは簡単ではない。
だから私が何度、
「気持ちを溜め込んで、いきなり爆発されるのは、もう耐えられない」
と伝えても、それだけで簡単に
変わるものではないのだと思う。
人には、それぞれ事情がある。
性格は、半分くらいはDNAなのかもしれない。
でも、もう半分は、
これまでの人生で経験してきたことによって
つくられているのかもしれない。
だから、人は難しい。
優しい人ほど、
自分の気持ちを後回しにしてしまうこともある。
だからこそ私は思う。
人に優しくすることと、
自分の気持ちを我慢することは、
同じではないのだ。
「NO」と言うことも、
「疲れた」と言うことも、
「今は余裕がない」と伝えることも、
決して悪いことではない。
むしろ、
自分の気持ちを言葉にすることは、
自分を大切にすること。
そしてそれは、
一緒に生きていく相手を
大切にすることにも、つながっていく。
もちろん、
怒り狂いながら言われても、
何も入ってこない。
やはり、一人の大人として、
相手をリスペクトしながら伝えることが
大切なのだと思う。
世の中、パーフェクトな人はいない。
でも、何十年も一緒にいる夫婦も、
カウンセラーや、セラピストも、
口を揃えて言う。
結婚生活には、
コミュニケーションがとても大切だと。
だからこそ、
私は自分にも言い聞かせている。
私はもしかしたら、
コミュニケーションが
得意なほうなのかもしれない。
でも、世の中には、
夫のようにコミュニケーションが
得意ではない人もいる。
だから私は、
夫にこう言ってみた。
「私たちが子どもたちに
感情の伝え方を教えるとき、
あなたも子どもたちと一緒に、
一から頑張ってみない?」
できないことを責めるのではなく、
できるようになるために、
一緒に学んでいく。
夫婦だからこそ、
そんなふうに
向き合っていけたらいいと思っている。
できないから、
「もう別れましょう」ではなく、
「ここは変えてもらわないと、
一緒にいることが
きついかもしれない」
そう素直に伝える。
私は、
「変われる」という保証が欲しいわけではない。
「変わりたい」
「変わる努力をする」
そう思ってくれていることを、
知りたいだけなのだ。
それなら、
私もサポートする。
妻であり、
親友であり、
これからの人生を
一緒に歩いていく人だから。
私は、
人をサポートすることが得意なほうだ。
だからこそ、
「変わりたいけど、変われない」
そう言われると、
「私がついているよ」
という気持ちが芽生える。
きっと私は、
30歳の頃に、5年間、
幼少期から抱えていたトラウマと、
大人になってから身についた自分の癖を、
一つひとつつなぎ合わせるという、
自分にとっては
大きなプロジェクトのようなことをした。
そのとき気づいたのは、
大人になってから「直したい」と
思っていた癖のほとんどが、
幼少期に感じていた感情や、
その頃の自分の心の動きに
つながっていたことだった。
だからこそ、
自分が経験してきたことも、
いつか誰かに伝えていきたい。
私は長女でもあり、
昔から弟の面倒を見てきた。
困っている人がいたら、
助けるのが当たり前だった。
だからなのか、
人の弱さを見ると、
「大丈夫。私がいるよ」
と思う。
でも、
そんな私だからこそ思う。
もっと、
弱みを見せてもいいんだよ。
いつも強くいなくていい。
一人で頑張らなくてもいい。
誰かに支えてもらうことも、
きっと人生には必要なのだから。
私だって、
誰かに支えてもらいたいと思うことがある。
「私がついているよ」と言うだけではなく、
「今日は私が支えるよ」と
言ってもらいたい日もある。
人を支えることが好きだからといって、
いつも支える側でいなくては
いけないわけじゃない。
夫婦も、きっと同じ。
どちらか一方が、
ずっと強くいる必要はない。
弱いところを見せて、
「ここが苦手なんだ」と伝えて、
それでも一緒にいたいと思える。
そんな関係を、
私はこれからも築いていきたい。
完璧だから一緒にいるのではなく、
不完全な私たちが、
お互いに支えながら成長していく。
「変わりたい」と思っている人の隣で、
「じゃあ、一緒にやってみよう」
と言える人でありたい。
そして私自身も、
たまには誰かに
「大丈夫。私がついているよ」
と言ってもらえる人でいたい。
だからあなたも、
いつも強くいなくていい。
できないことがあってもいい。
変わりたいのに、
なかなか変われないことがあってもいい。
大切なのは、
「変わりたい」と思う気持ちを
自分で諦めないこと。
そして、もしあなたのそばに
「変わりたいけれど、うまくできない」
そう言っている人がいるのなら、
責めるのではなく、
「じゃあ、一緒にやってみよう」
と伝えてみてほしい。
支えることも、
支えてもらうことも、
どちらも愛なのだ。
優しいあなただからこそ、
人の気持ちを考える前に、
自分の心にも耳を傾けてあげて。
「私は本当はどうしたい?」
「今、無理をしていない?」
「私はちゃんと大切にされている?」
誰かを思いやることは素敵なこと。
でも、あなたが苦しくなるまで
我慢する必要はない。
あなたの優しさは、
誰かのためだけにあるものではないから。
時には自分を守るために使っていい。
そして、あなた自身も
誰かに支えてもらっていい。
優しい人ほど、
「大丈夫」と言ってしまうから。
たまには、
「大丈夫じゃない」と言っていい。
あなたの心も、
あなたが大切にしてあげてほしい。
