狂乱ドッペラー 1話
――あらすじ
2XXX年。
死闘場(コロシアム)の勝敗で国民と領地を取り合う新・大戦争時代。
新技術により誕生したドッペラーという人工肉体で戦士たちは殺し合う。
主人公ルイは死闘場の元戦士候補生。とあるきっかけで訓練施設から逃げ出し、正体を隠しながら他国の下民街で穏やかに暮らす。ある日、死闘場の勝敗により、大切な家族が他国に奴隷として連れて行かれる。ルイは家族を取り戻すため、戦士にならないという誓いを破り、血に飢えた戦士(怪物)になる。今、死闘場の秩序が狂い始める。
ヒトは、平和を願いながら戦争をやめない。
争うことは、人間の性。
2XXX年。新しい戦争が始まった。
歴史史上、最も熱く、観客が理性を失うほど夢中になる戦い。
戦闘狂いしかいない闘技場ならぬ死闘場で……
いま、血に飢えた怪物が新たに誕生する。
都市の光が届かない薄暗い下民街。そんな薄汚い場所でも、唯一都市の光が見える場所がある――下民街で最も背の高い展望台。
展望台に登ると、都市の中心に設置された巨大なモニターが見える。
目にかかる前髪の隙間から、ルイはそのモニターを見ていた。
「勝ちますように勝ちますように……!」
隣にいる妹のヘリンが、小声で神様に祈るように何度も言葉を繰り返す。ルイはそんなヘリンの頭を撫でながら、モニターに映る激しい戦いを目に焼き付けた。
モニターに映し出されるのは、人間の姿とは思えない異質な姿をした戦士たちが死闘場で戦う姿。
ある者は人間に近い姿だが、身体じゅうが石で形成されており、中には動物のような姿をしている戦士もいる。
死闘場で戦う戦士たちは、新技術により誕生したドッペラーという、もう一つの肉体で死ぬまで、あるいは、痛みに耐えきれず降参するまで争う。たとえ死んでも、本体の体に害はないことが、1番のメリット。また、その人の特性を元に特殊能力が備わっており、かなり派手な戦いになる。観客が夢中になるわけだ。
「(気持ち良いだろうなぁ)」
ルイは、羨ましいと息を呑む。
死闘の結末を知らせるホイッスルが鳴る。
「試合終了ー!! 勝者はグランベリン!! 敗北したポルガントは賭けた国民を奴隷としてグランベリンに明け渡すことが決定しました!」
「はあ、良かった……」
ヘリンが安堵したかのような息を吐く。
「何でヘリンが緊張してるんだ?」
「だって、今回の賭け民の中に友達がいたから……。はあ、怖いな……いつ私達の番が来るか……」
この死闘ははただのゲームじゃない。国民と領地を奪い合う、新しい戦争の形。身分の低いものから賭け金にされる。下民は最も低い身分。特に賭け金として扱われるため、いつ奴隷として他国に連れて行かれるかわからない。
「大丈夫だよヘリン。ここは誰も知らない下民街。賭け民にされることはない。でも、もしも万が一の時が来たら、一緒に逃げればいい」
ヘリンを安心させるように言ってやると、ヘリンはルイの手をぎゅっと握り、言った。
「お兄ちゃんが戦士だったらなあ」
「……っ!」
ルイは、ビクッと肩をはねらせた。
「きゅ、急だな〜……。俺が戦士になっても足手まといだよ」
「そんなことないよ! お兄ちゃん頭いいし、力持ちだし、体力いっぱいだし、街一番の腕相撲王じゃん。戦士になったら、いっぱい勝ってくれるから安心するなぁって……」
徐々にルイの鼓動が早くなる。
「ん〜……。お兄ちゃんは平和主義だし、痛いの嫌だし、あまり戦いたくないなぁ」
ルイの言葉を聞いたヘリンは、ハッとした表情で慌てた。
「あ、ご、ごめんなさい! 私、すごい無神経なこと言っちゃった……! 人に痛いことさせようとしてたなんて、すごい最低だ……私」
「いいや。そう思えるだけでも、ヘリンは十分優しい子だよ」
「……うう、ごめんなさい。や、やっぱり、誰も傷つかない平和が一番だね」
「ああ、誰も傷つかない平和が一番だ」
ルイは「平和が一番だなんてありえない」と心の中で呟きながら、微塵も思っていない言葉を吐く。
同時に、むかし親友が不憫でならないといった表情で言った言葉を思い出した。
――君の戦う姿って、まさに……って感じだね。
もし、家族に本当の姿を知られたら、どうなってしまうのだろうか。きっと家族の絆はあっけなく切られるだろう。
「(嫌われたくない)」
ルイにとって、家族に嫌われることが死ぬよりも怖い。
でも、血に迷って無我夢中に誰かをぐちゃぐちゃにしてやりたい。
「暴れたいという欲」と「嫌われたくないという欲」。
この二つを天秤に掛けたとき、ルイは自分の欲を自制するしかなかった。
それに「戦士にはならない」と、親友と誓った。
命懸けで自分を人間のままにしてくれた親友。
ルイは首にかけていたネックレスを取り出す。
それを眺めながら、今度は最期に聞いた親友の言葉を思い出した。
――頼む。戦士なんかにならないで、人間のままでいてくれ。
「(最期に、なんで自分を人間扱いしてくれるのか、理由を聞いとけば良かったな)」
ネックレスを戻し、人間でもない自分を人間だと言い続けた親友に対し……ルイは、静かに鼻で笑った。
翌朝。
朝食の準備をするヘリンは一枚ずつパンを切る。ルイは食卓の上に朝ごはんを並べる。父さんは庭にある新鮮なトマトをとって来る。いつも変わらない朝。そう思っていた。
しかし、そんな日常が永遠に続くとは限らない。
ドタンッ……!
突然、誰かが倒れる音が響く。
ヘリンが悲鳴を上げる――。
「ママ……!? パパ!! どうしよう……ママが鼻血出してるし、熱い!」
ルイは「血」という言葉に目を見開く。慌てた父さんは母さんを抱き上げた。
「これは、ひどい……ヘリン! 今すぐ冷たいタオルを持ってきてくれ!」
「う、うん……!」
ヘリン声が震えている。
ルイは、その場で起こっていることを見ず、音で状況を把握する。何かが込み上がってくる感覚に、ルイは脈を走らせた。すぐに家のドアの方に向かい、
「俺は都市に行って薬をもらって来ます」
焦燥した声で父さんが言う。
「ルイ……! 都市は下民禁制だ。もし見つかったら……」
「大丈夫ですよ。ツテがあるので。それに母さんを死なせたくない」
「でも、危険すぎる……! だったら、父さんが――」
「じゃあ、行ってきまーす」
「ルイ!」
「お兄ちゃん!」
ヘリンと父さんの言葉を遮るように、ルイは強引に家を出た。しかし、こうするしかなかった。
ドアの前で一息吐く。興奮を抑えようとするが、熱が冷めず、ただ口角だけが上がり続ける。
「イカれてんな……」
ルイは、今まで自分を家族同然かのように接してくれたヘリンや母さん、父さんの笑顔を振り返る。しかし、ノイズのように、血だらけになった家族の姿が過ぎる。
「違う! 俺は怪物じゃない……人間だ……多分」
ルイは、自分の頬を思いっきり殴った。
「よし」
無理やり正気を取り戻したルイ。
「さて、どうしようか……」
ツテがあるなんて言ってしまったが、当然そんなものない。
ただ一つだけ、薬を得る方法がある。
少々、道理から外れるが、母さんを助けるためだ。
「これは仕方のないことだ。神様も許してくれるだろ」
そう言って、ルイは下民禁制の都市へと向かった。
都市の建物は全て高い。高いが故に、屋根上に誰かがいようだなんて考える人はいない。ルイは、高い屋根上から
都会人を観察する。
「あいつがいいな」
ターゲットにした都会人を攫いやすいタイミングを見計らって、ルイは落ちれば即死の高さから一歩前へと踏み出す。
「あれ? ダーリン?? どこに行ったの??」
派手で大胆な格好をした女性が辺りを見渡す。そして、叫ぶ。
「いやああああああ!! ダーリン!!」
大衆の視線が女性に集まる。女性の視線の先にいるのは、路地裏で下着一枚で倒れている男。
そんな騒ぎを横目に、ルイは綺麗な服を身に纏って、堂々に歩く。
「すごいな。こんな大金を持ち歩くなんて正気か?」
胸ポケットに入っていた札束を覗き見たルイは、金持ちの思考に引いた。
「それにしても、なんだこの黒いメガネは。前が暗くて不便じゃねーか?」
そのとき、同じ黒いメガネをかけた男がルイの横を通り過ぎる。その男を真似て、黒いメガネをかけてみる。ショーウィンドウに映る自分を見て足を止める。
「……俺の方が似合ってんな」
薬屋を見つけると、ルイはハハッと呆れた笑いをした。
「宝石でも売ってんのか」
無駄な装飾が施された輝かしい薬屋。とてもインチキ臭いが、やっと見つけた薬屋だ。ルイは都会人のように胸を張って堂々と入店する。
決して、下民だとバレぬように。
「いらっしゃいませ、お客様。どのような薬をお探しですか? 大麻、コカインなどの麻薬でしたら、こちらのVIPルームにご招待いたしますが、どうなされますか?」
「……」
派手なのは服だけではなく、遊びも派手なのかと、ルイは金持ちの思想にまたもや引いた。
「お客様、どうかされましたか?」
刹那、ルイは嫌な空気を感じた。
「(店員の様子が怪しい。まずいな……)」
ここで下民だとバレるわけにはいかない。
ルイは、生意気な態度で店員に圧をかける。
「君、ベテラン?」
「15年目のベテランでございます。ご安心を。必ずご期待応えられるようなお薬をお出しするので、どんなことでも仰ってください」
「ふーん。母上が熱を出したんだ。顔色も良くなくて、少々手の震えもある。咳もひどくてね。この症状は治す薬を出してほしいんだが」
「そう……ですねぇ。そういった症状が出たのであれば、まず、薬屋ではなく病院に伺うべきかと」
「……」
店員の態度がどこかよそよそしく、カウンターの下に手を伸ばしている。ルイはその動作を見逃さなかった。カウンターの下には、通報ボタンが設置されているはず。むかし、親友が見せてくれた映画で見たことがある。
「(下民だってバレてるな)」
ここで皆殺しにしようと思えば容易いこと。でも、騒ぎを大きくして追われる身になれば、家族に害を与えるかもしれない。殺しはなし。しかし、どうすれば薬を貰えて、何事もなかったかのようにここを出られる?
顔色を変えずに、頭の中で数々の思考を巡らせる。
刹那、自分の視界が暗くなっていることにハッとした。
ルイは店員の気を引くように、カウンターの上で頭を抱える。
「一刻を争うんだ……! たのむ……何も聞かずにただ薬を出してくれないか。家族を……死なせたくないんだ……」
わざと声を震わせて、涙をホロホロと流してみる。
黒いメガネを外して、潤んだ目で女性店員を見つめる。
さりげなく、警報ボタンを押そうとしていた女性店員の手を握り、自分の方へと引っ張る。
「お願いする……」
「は……はい」
女性店員は頬を赤らめ、奇妙なほどに態度を急変させた。
急いでそこらの薬を漁り出す。
「お待たせしましたお客様……! こ、こちらのお薬は……」
我ながら、自分の顔には自信があった。それに、日頃から猫を被っているせいか、演技にも自信がある。
「(ちょろい女で助かった)」
薬の説明を聞いて、人の財布からありったけのお金をだす。ルイはほくそ笑んで「お釣りはいらない」と言って、すぐにその店をあとにした。すると、目の前には何度もモニターで見た戦士たちが4人ほど並んでいた。ヒトの姿じゃない。ドッペラー状態の姿。
空気で分かる。バレてるなと。
ルイは、丁重にお辞儀をした。
「これはこれは、我が国の戦士さまに会えて光栄です」
「君が上から落ちてきた下民だね。一瞬ほんとの都会人かと思ったよ」
副大将の紋章バッジをつけた真ん中の男が言う。龍のツノと尻尾を生やしたドッペラー。何度かモニターで見たことがある。名前はたしか……アラン副大将。実際に見ると迫力が違う。優しそうな顔つきだが、真実に偽りを混ぜてそうな男。なぜか本能が、アランに対して警報を鳴らす。油断するなと。
アランが一歩前に歩み寄って、残り3人の戦士に言う。
「誰か彼の前にレッドカーペットを敷いてあげて。名俳優さまは、丁重にお招きしないと」
周りの戦士がクスクスと笑う。その中で、狐のような姿をした戦士が生意気そうに言う。
「おいおい。まさか拍手がないとご不満か?」
生意気な狐戦士に、ルイは鼻で笑った。
「そうだな。舞台に立つ価値もない脇役には、拍手で場を盛り上げてもらわないと」
「なっ」
刹那、アランが大きく笑った。
「あっはっはっはっは! ユニークだね君。監獄に閉じ込めるには惜しい」
「そう思うなら、ここは見逃して欲しい……なっ!」
そう言った刹那、ルイは近くにあった植木鉢を蹴る。アランが腰に下げていた刀で二つに切ると、土が派手に散る。
「ありゃ?」
「副大将! 上です!」
生身の人間とは思えない速さで逃げるルイ。
アランは目を丸くして、ボソッと呟いた。
「もしかして……」
急いでこの場から去ろうと建物の上を走る。しかし、さすがドッペラー。身体能力が倍増されている肉体であるため、はやい。既に一人の女性戦士がルイの前を立ち塞ぐ。
「ここで貴方を捕まえます!」
水を操るドッペラーなのだろう。水を操り、手錠の形にして、捕まえようと身構えている。しかし、こちらも捕まるわけにはいかない。ルイは、剥ぎ取った服の中から金属類を探す。見つけたのは鍵。ちょうど手の届く場所に電線がある。ルイは取り出した鍵を電線に擦り付ける。すると、鍵にバチバチと電気が通りはじめる。
「まさか……!」
ルイは電気を纏った鍵を思いっきり投げる。
電気を纏った鍵が水に触れた瞬間、戦士は感電し、声も出せずに膝をつく。
「まずは一人」
ルイは躊躇いもなく、屋根上から降りる。しかし、その下には待ち伏せしていた戦士が二人。
「(クソ……めんどくさいな)」
落ちながら、当たりを見渡す。ちょうど、隣の建物ではロボットが修復工事をしている。いいこと思いついたと、ルイはニッと笑った。
降下途中にパイプで組み立てられた足場を掴み、足場を固定している大きなネジを蹴る。すると、いとも簡単にネジは高速で回り、外れる。
「おいおい、あいつ本当に人間か!?」
さっき言い負かした狐の戦士が驚いた表情で言う。
工事現場を覆っていた布を思いっきり引っ張り、二人の戦士の目を隠す。
12階まで組み立てられた足場は戦士めがけて雪崩れる。轟音が響き渡り、都市中の人々が下敷きになる戦士たちに注目する。それを横目に、ルイは調子良く笑った。
「ハハッ、それも避けられねーなんて、戦士も大したことねーな!」
久しぶりの激しい運動に、興奮が止まらない。
「うるせえ! 布で見えなかったんだ!」
つい、昔の口調が蘇る。
「じゃあな! よく吠える負け犬ども!」
刹那、ゾッと背筋をなぞられたかのような悪寒を感じる。
「たーっいほ! 都市での鬼ごっこは危ないからここまでにしようか」
「……うわっ!!」
視界が逆さまになる。
ルイは、ポケットに入れていた薬が落ちぬように必死に手で押さえる。目の前には、アランの姿。
アランの尻尾に左足を掴まれ、宙吊り状態になっているルイだが、熱がさめずう、そのまま挑発を続けた。状況が不利なほど、相手を煽ってしまうのは、昔からの悪い癖。
「普通の人間より何十倍も身体能力が強化されて、さらには特殊能力もあるドッペラーが、4人がかりでも俺を捕まえるのに手が折れるとか、この国の戦士も落ちたもんだな」
周りの都会人がヒソヒソと話し始める。そんなピリついた空気の中、アランは笑顔を崩さずに言った。
「みんな手加減してあげたんだよ。捕まる運命なのに必死に逃げるネズミとか、見てて面白くないかい? なのに、調子乗ってる君といったら……滑稽で……ふふっ」
久しぶりにイラッとする相手に出会った。上手く言い返されたルイは奥歯をぎゅっと噛み締めた。そのとき、アランは小さい声で言う。
「君……あの施設から逃げた人間でしょ?」
ルイは眉を上げて、ドクンと心臓を鳴らす。
「お前……何者だ?」
アランは、ふわっと微笑む。
「君がこの国の戦士として死闘試合に出てくれるなら教えてあげる」
ふと、ルイは表情を消した。
「残念だが、戦士にはならないと誓ってんだ」
「それは無理だよ。血に抗えない怪物のくせに。戦って欲を発散しないと周りの人間を食い散らかしちゃうよ?」
刹那、ヘリンを始めとした家族が、血に染まった自分を見て拒絶している光景が目に浮かんだ。
嫌だ。嫌わないでくれと、一瞬だけ、ルイは戦士になるべきかもしれないと迷う。そのとき、親友の言葉が再び蘇る。
――戦士として闘えば闘うほど、君は怪物になる。怪物の結末は、悲劇だよ。
悲劇という言葉が、いま家族と幸せに暮らしている日常を脅かす。今の日常を失いたくない。人間として生きたい。
自分の欲望は、自分で押さえればいい。
「俺は人間だっ……!」
ルイは掴まれていない右足でアランの脳天を蹴る。
「……っん"!!」
するりと、尻尾から解放される。アランは頭を抱えて、ただ地面と睨めっこ状態のままピクリとも動かない。
今だ! と、ルイは建物の影に隠れるように逃げた。
家に帰ると、ヘリンと父さんが涙目で抱きついてくる。
薬を渡すと、二人は驚いた顔でどのように薬を得たのかと訊く。ルイはいつもの笑顔で、ツテがあったから、どうにかできたと猫被る。さっきまでドッペラー状態の戦士に追われ、数々の暴言を吐いたなんて言えるわけがない。久しぶりに、猫被っていい子なフリをしている自分に違和感を持つ。
「ちょっと俺、水浴びてきます」
「ああ、ほどほどにな。もうすぐ日が沈むから冷えるぞ」
父さんの温かい言葉に対して、素直に「はい」と答える。
しかし、今は頭をキンキンに冷やしてしまいたい。さっきの出来事を固めて、2度と記憶として蘇らないように。
じゃないと、もう一度、あの興奮を渇望してしまいそうだった。
もっと戦いたい。
もっと傷つけたい。
もっと殺し合いたいと。
ルイは、次々に顔を出す欲望を消すように頭を振る。
近くの井戸に行き、上の服を脱ぐ。
しかし――
「あれ……どこいった?」
親友がくれたネックレスがない。身体中を触って確かめる。そこで、ズボンのポケットに一枚のメモが残されていることに気づく。
『ネックレス返して欲しかったら、僕のところにおいでよ』
「クソ野郎が……!」
いつこのメモを入れたのか。きっと、こんな人間離れした技はドッペラーの能力だろう。ハッと、ルイは思い出した。
「ネックレスの中、他の奴に見られたらまずいぞ……!
ルイは、上半身裸のまま、再び都市の方へと走った。
死闘場の控え室。
今度は、警備員の服を剥ぎ取り、ルイは侵入を果たす。アランと書かれたロッカーを見つけると、戸惑いもなくロッカーを開ける。綺麗に整頓された衣類を乱雑に触り、ネックレスを探す。刹那、背後から掛けられる声で動きを止める。
「そんな必死に漁っちゃって〜、お探し物かい? あ、それとも、僕の物が欲しかったのかな? このエッチなやつめ」
ルイはゆっくりと振り向く。目線の先には、中身を開けられたネックレスを持ったアラン。ドッペラー状態ではなく、人間の姿でこちらに微笑みかける。
「中を見たのか……?」
「うん、見たよ。やっぱり君、あのイかれた国から脱出したんだね。しかも、特別戦士候補生」
「……それを他の奴らに教えて、俺を強制送還するのか?」
「だとしたら?」
「ここでお前を殺す」
空気がピリッと殺気立つ。しかし、その空気を濁すようにアランは笑った。
「ははっ、そんな警戒しないでいいよ。僕も君と同じ、人間に造られた人造人間ホムンクルスだから、そんなことしないよ」
「――は?」
一瞬、アランが何を言っているのか分からなかった。
ルイは唖然とした。
「お前も?」
「ちなみに僕は一番最初のホムンクルス、君の大先輩だよ。だから、君の本能がわかるんだ。なのに、なぜ君は戦士になりたがらないのか、わからない。ホムンクルスは戦うために作られた生命体。本能が血と暴力を欲しがってるのに」
ルイは、アランから目を逸らす。
「……俺はあのイカれ野郎どもの目的通りになりたくない」
「じゃあ、そのイカれ野郎どもの目的以上のものになればいい」
「なんでそこまで俺を戦士にしたがる? 一人で勝手に善がっとけよ」
「それが一人じゃ足りないんだよ。僕の目的を達成するためには君が必要なんだ」
「目的?」
アランは一歩ずつ近づき、口角を上げ、笑っていない目でルイを見る。
「ああ、君とおんなじ目的さ。大事な家族を取り戻したい。それだけさ」
アランの不気味な表情にルイは息をのむ。
「……なんでそれが俺と一緒なんだよ」
刹那、死闘試合の実況がルイの耳に入る。
――さあ、今日の賭け金はなんと! 国の端っこでコソコソと隠れて生活していた下民街の人々です! はは、正直、奪われても痛くもない連中ということで、なんと今回は、最近入ってきた新人戦士だけで闘うというデビュー戦らしいです!
ルイは、テレビの方に顔を向ける。そこには鎖で繋がれている自分の家族が映っていた。
「どういうことだ……。なんでヘリン達が、あそこに……?」
驚いて、上手く言葉を紡げないルイを見て、アランはふふっと笑う。
「君を戦士にするには、この方法が早いと思って」
「……どういうことだ?」
「能力を使って、君を尾行させてもらったんだ。まさか、あんなところに良い賭け金がいたなんて驚いたけど」
ルイはアランの胸ぐらを掴んだ。
「お前、卑怯だぞ……!」
「卑怯じゃなくて賢いだけさ」
絶対に存在がバレることはないと思っていた下民街。
万が一バレたとしても、一緒に逃げればいいとヘリンと約束をした。
なのに、このザマだ。
悲劇は、もう始まっている。
「このまま、家族みんなが奴隷として連れてかれていいの? 今回の死闘試合は新人戦士しか出していない。100パーセント負けるようにね。どーする? 帰る?」
満足気な表情をしているアランに対し、ルイは言った。
「帰る」
「え?」
ルイはアランが立っている出口の方へと悠々と歩く。
「本当に帰っちゃうの?」
刹那、ルイはアランの顔面を鷲掴み、ありったけの力を込めた。できれば、油断しきったこの顔面が潰れてしまえばいいのにと願いながら。
「んなわけねーだろ。さっさと、俺を死闘試合に出せ。このどイカれドラゴン」
「はは、油断しちゃった」
その後、アランは何事もなかったかのように、ルイをドッペラールームへと案内した。
「何だこれ」
「ドッペラー生成カプセルだよ。ここに入れば、君専用の新しい肉体、つまりドッペラーが生成されて、全神経が移るんだ。そうすることによって、第二の肉体で戦えるんだ」
「俺の本体はどうなる」
「大丈夫、安全に保管されるから。ドッペラー状態のまま死んだり、緊急離脱信号を出せば、元の体に戻れるよ」
アランはルイをカプセルの中に立たせる。
「これは僕の予想だけど、君が死闘場に出るころには、たぶん新人たち全滅してるから、君一人で戦うことになる。頑張ってね」
「ふん、一人で十分だ。誰が――」
ルイの言葉を遮るように、カプセルの蓋を閉める。
カプセルの中から「最後まで聞け!」という小さな声が漏れる。
「ドッペラー同士の殺し合いは、そんな簡単じゃないんだよねえ」
アランは、やれやれとため息をつく。
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2話↓
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