【あすか編】第1話:サクラ色の異物
※この物語は「底辺Vtuberのあすかさんは、僕の部屋で甘えたい」の続編です。
初めての方は、↓の物語からどうぞ。
神代あすかとしての毎日は、完璧な仮面と共にあった。
クラスの中心で可憐に笑い、誰にでも優しい優等生。
だが本当の私は、誰もいない放課後の教室で、自分の無力さに涙を呑んでいる。
スマホに映る「アスカ」のVtuber配信画面。同接は今日も、わずか3人。
私の夢はトップVtuber。でも現実は、底辺のただの勘違い女。
そんな私の本当の姿を知り、プロデューサーとして支えてくれる男の子がいる。
クラスで一番冴えない陰キャの「乙羽睦月(おとば むつき)」だ。
学校では関わりのない二人。だからこそ、放課後に向かう彼の部屋は、私たちが素顔に戻れる特別な隠れ家だった。
「あすか、今日の配信のアナリティクスだけど……」
「もう、睦月ったら部屋に入った途端に仕事の話?」
鍵を閉めた途端、私は彼の首に抱きつき、少しだけ背伸びをして唇を重ねた。
「んっ……あすか、ちょっと待って……」
「待たない。学校でずっと我慢してたんだから」
真面目な睦月は困ったように眉を下げたけれど、私の腰をそっと引き寄せる手には熱がこもっていた。
普段は眼鏡の奥に冷静な瞳を隠している彼が、二人きりになると私を熱い眼差しで見つめてくる。そのギャップがたまらなく愛おしい。
「あすかのこういう可愛い姿、配信で出せたら一発でファンが増えるのに」
「バカ……こんな私、睦月以外に見せるわけないじゃない」
睦月の温かい手が私の頬を包み、優しく撫でる。
彼の手のひらから伝わる熱に、私はそっと目を閉じた。
誰にも言えない秘密の恋人。この甘い時間があるから、私は明日も完璧な優等生を演じ続けられるのだ。
だが、そんな私たちの秘密の園を脅かす「異物」は、翌朝の学校で不意に現れた。
登校して自分の下駄箱を開けたとき、パサリと音を立てて落ちたものがある。
それは、淡いサクラ色の封筒だった。
上質な和紙のような手触りで、裏面には上品な銀色の星型シールが貼られている。
宛名には綺麗な、だけどどこか執念を感じる筆跡で「神代あすか様」とだけ。
中から出てきた便箋を開いた瞬間、私はその文字の密度に息を呑んだ。
便箋3枚にわたって、びっしりと、余白を埋め尽くすように文字が敷き詰められていた。
『親愛なるあすか様。貴女の歩く姿は、まるで校庭に咲く一輪の白百合のようです。
貴女のその美しい瞳に、いつか私だけを映してほしい。心から、愛しています』
それは単なる好意を超えた、熱狂的で、どこか狂気すら孕んだ愛の告白だった。
文章の端々から溢れ出る執着心。そして、言葉の選び方や繊細な筆跡、文房具の趣味。
「これ……男の子の文章じゃない。女の子だわ」
直感がそう告げていた。ぞわりと肌が粟立つ。
誰かが、私の完璧な日常の裏側をじっと見つめている。
放課後、私は一目散に睦月の部屋へと向かった。
「睦月、大変なの! これを見て!」
私は鞄からサクラ色の手紙を取り出し、彼の机に叩きつけるように置いた。
睦月は驚いたように眼鏡の位置を直し、手紙と私の顔を交互に見た。
一文字も見落とさないような真剣な目で読み進め、ふむ、と顎に手を当てた。
「確かに、これは熱狂的だね。でも、ただの嫌がらせやストーカーとは違う。送り主はかなり几帳面で、美意識の高い女の子の可能性が高い」
「私、なんだか怖くて……」
私が不安そうに肩を震わせると、睦月は私を優しく胸の中に抱き寄せ、髪を撫でてくれた。
「大丈夫。あすかの安全と僕たちの秘密は、僕が命がけで守るから」
彼の温もりに包まれ、強く抱きしめられると、胸の奥の恐怖がすーっと溶けていくのが分かった。
「……うん、睦月を信じる」
睦月はノートを開き、容疑者となり得る人物を書き出し始めた。
学級委員長「一ノ瀬一華」。
美術部のエース「二階堂美月」。
図書委員の「三波詩織」。
後輩のギャル「四葉ひなた」。
脳裏に浮かぶ4人の女の子たち。
私と睦月の「匿名の恋文相手探し」が、二人だけの甘く危険な空気と共に幕を開けた。

