【恋愛小説】中編:画面の向こうの君と、中庭のベンチで。
チャイムが鳴り、
待ちに待った昼休みが始まった。
僕は教科書をカバンに押し込み、
急いで中庭へと向かう。
階段を駆け下りる足が、
緊張のせいで少しもつれそうになる。
中庭に出ると、
初夏の眩しい太陽の光が僕を迎え入れた。
緑豊かな敷地の中央に、
木製のベンチがいくつか置かれている。
心臓が口から飛び出しそうなほど、
激しく鼓動していた。
ベンチを見渡した瞬間、
僕はその場で足を止めてしまう。
そこには、
僕がリストアップした四人の女子が全員いた。
四人は楽しそうに談笑しながら、
お弁当を広げている。
「嘘だろ…」と、
僕は思わず小さな声を漏らしてしまった。
ルイは「中庭のベンチにいる」と確かに言っていた。
しかし、
四人が同時にいるなんて、
完全に計算外だった。
僕は植え込みの陰に隠れ、
彼女たちの様子を窺うことにした。
ここで引き返すわけにはいかない。
じっくり観察するんだ。
まず、
委員長の佐藤さんが「この卵焼き、美味しいなのだ」と言った。
あの特徴的な口癖に、
僕はやはり強く引き付けられる。
すると隣で、
ギャルの高橋さんがカバンから何かを取り出した。
彼女が取り出したのは、
黄色いパッケージのレモンの飴だ。
高橋さんは「一個あげる」と言って、
佐藤さんに手渡す。
その瞬間、
高橋さんの手首から爽やかな柑橘の香りが漂った。
僕の頭の中は、
さらに混乱の渦へと巻き込まれていく。
その時、
図書室で見かける鈴木さんが、
ふとこちらを向いた。
僕と目が合いそうになり、
彼女は慌てて視線を外す。
そして、
緊張した様子で、
左の髪を指でくるくるといじった。
チャットでルイが教えてくれた、
あの独特の仕草そのものだ。
さらに驚いたことに、
音楽室の渡辺さんが小さなハミングを始めた。
そのメロディは、
ルイが好きだと言っていたショパンの曲だ。
渡辺さんは指を鍵盤に見立てて、
膝の上で軽やかに動かしている。
四人全員が、
ルイの要素を目の前で同時に発揮していた。
まるで、
僕を翻弄するために仕組まれたステージのようだ。
僕は混乱し、
スマホを取り出してルイにメッセージを送った。
「今、中庭のベンチを見ているよ。君はどこにいるの?」
送信ボタンを押し、
植え込みの隙間から四人の動きを見つめる。
誰がスマホを取り出すか、
目を凝らして確認するためだ。
しかし、
誰もスマホを見ていない。
四人はお喋りを続けている。
落胆しかけたその時、
四人のスマホがほぼ同時に震えた。
全員がそれぞれのポケットやカバンから、
端末を取り出す。
そして、
画面を見て、
一斉に小さく微笑んだのだ。
僕は頭を抱えた。
これでは、
誰が本物なのか全く分からない。
四人はスマホをしまうと、
またお弁当の時間を再開した。
僕は植え込みの陰で、
自分の考えの浅さを深く反省する。
文字だけの情報を頼りに、
彼女を特定するのは不可能なのかもしれない。
いや、
もしかしたら四人全員が僕をからかっているのだろうか。
ルイという存在自体が、
彼女たちの作った架空の人物なのか。
不安と疑念が膨らみ、
胸の奥がチクリと痛んだ。
画面の向こうの温かい言葉まで、
偽物のように思えてしまう。
その時、
チャイムが鳴り、
昼休みの終わりを告げた。
四人は立ち上がり、
仲良く校舎の方へと歩き始める。
僕はその背中を、
ただ黙って見送ることしかできなかった。
結局、
今日もルイの正体を突き止めることはできなかった。
トボトボと教室に戻る僕の足取りは、
ひどく重かった。
午後の授業は、
全くと言っていいほど頭に入らなかった。
窓の外を眺めながら、
ルイとの出会いからの日々を思い返す。
あの優しい言葉をくれたルイは、
確かに実在するはずだ。
僕はもう一度、
彼女を信じてみようと心に決めた。
今夜のチャットで、
思い切って本当の気持ちをぶつけてみよう。
現実の彼女が誰であれ、
僕はルイのことが好きなのだから。
夕暮れの教室で、
僕は夜が来るのを静かに待ち続けた。
つづく
#とらねこ
#とらねこ村
#画面の向こうの君と 、中庭のベンチで
#創作大賞2026
