【恋愛小説】後編:画面の向こうの君と、中庭のベンチで。
その夜、
僕は祈るような気持ちでパソコンの前に座った。
画面が明るくなり、
ルイからのメッセージが届く。
「今日の中庭、私を見つけられなかったみたいだね」
彼女の言葉には、
どこか寂しそうな響きが含まれていた。
僕はキーボードの上に指を置き、
深く息を吸い込む。
「四人ともルイに見えて、僕は混乱してしまったんだ」
正直に伝えると、
しばらくの間、
既読がつくだけで返信がない。
数分後、
画面に「ごめんね」という文字がぽつりと現れた。
「実はね、あの四人はみんな私の大切な友達なんだ」
ルイの告白に、
僕の心臓がトクンと大きく跳ね上がる。
「私が君とのチャットを嬉しそうに話すから、みんなが協力してくれたの」
彼女たちの不思議な行動は、
すべてルイを応援するためだったのだ。
口癖も、飴も、仕草も、ピアノも、
みんなで分担していた。
「じゃあ、本物のルイは誰なの?」と、
僕は震える指で打つ。
画面の向こうの彼女は、
少しの沈黙のあとにこう返してきた。
「私は、君が一番よく見ている場所の、すぐ近くにいるよ」
「明日の放課後、もう一度だけ中庭のベンチで待っているね」
文字が消え、
ルイのステータスがオフラインになった。
一番よく見ている場所。
僕はベッドに倒れ込み、
考える。
学校で僕がいつも見ているのは、
一体どこだろうか。
翌日の放課後、
校舎は夕焼けのオレンジ色に染まっていた。
僕は一人、
誰もいない中庭のベンチへと歩みを進める。
昨日とは違い、
そこには四人の姿はどこにもなかった。
ただ一人の女子生徒が、
背中を向けてぽつんと座っている。
その背中を見た瞬間、
僕の脳裏に電光が走った。
図書室の窓辺。
授業中の窓の外。
いつも僕の視線の先にいた人。
それは、
僕の席の二列斜め前に座っている、
鈴木さんだった。
僕はいつも、
授業中にぼんやりと彼女の後ろ姿を眺めていた。
「鈴木さん」と、
僕は掠れた声で彼女の名前を呼んだ。
彼女は肩をビクッと震わせ、
ゆっくりとこちらを振り返る。
その顔は、
夕日のせいだけではなく、
真っ赤に染まっていた。
彼女は緊張のあまり、
左の髪を何度も指でくるくるといじる。
「気づいて、くれたんだねなのだ」と、
彼女が小さく呟いた。
友達に教わった口癖が、
緊張で思わず混ざってしまったらしい。
その不器用な姿を見て、
僕の胸に愛おしさがこみ上げてくる。
「ルイ、やっと会えたね」と、
僕は真っ直ぐに彼女を見つめた。
鈴木さんは恥ずかしそうに、
でも嬉しそうに、
コクりと頷いた。
「ごめんなさい、直接話す勇気がなくて」と、
彼女は俯く。
クラスで孤立していた僕を、
彼女はずっと気にかけてくれていた。
だからネットを通じて、
僕に話しかけてくれたのだという。
四人の友達は、
奥手な彼女の背中を無理にでも押すための作戦だった。
「僕の方こそ、すぐ近くにいた君に気づけなくてごめん」
僕は彼女の隣に腰掛け、
そっと微笑みかけた。
画面の向こうの文字は、
いま目の前の確かな温もりへと変わる。
「これからは、スマホじゃなくて、ここでたくさん話そう」
僕の言葉に、
鈴木さんは顔を上げて、
満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、
僕がチャットでいつも想像していた以上に素敵だった。
ポケットの中で、
僕たちのスマホが静かに眠っている。
もう、
画面の文字を頼りに彼女を探す必要はなかった。
初夏の爽やかな風が、
僕たち二人の間を優しく吹き抜けていく。
「よろしくね」と、
彼女の本当の声が、
僕の耳に心地よく響いた。
僕の止まっていた高校生活が、
ようやく今、
鮮やかに動き出す。

おしまい
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