【鈴木詩織】前編:画面の向こうの君と、中庭のベンチで。
二列斜め後ろの席から、
いつも視線を感じていた。
彼の名前は前田祐樹。
クラスにまだ馴染めずにいる男の子。
私はいつも、
教科書を開くフリをして彼の様子を窺っていた。
物静かで、
少し寂しそうな横顔が、
なぜか愛おしかった。
だけど、
チキンな私には直接話しかける勇気なんてない。
だから私は「ルイ」という名前で、
ネットの海に潜った。
SNSで彼を見つけ、
匿名のアカウントでメッセージを送る。
文字の向こうの彼は、
学校とは違って驚くほど饒舌だった。
毎晩のチャットが、
いつしか私の生きがいになっていった。
ある夜、
私は少しだけ大胆になって、
小さな嘘をつく。
「今日は満月が綺麗だよ」と、
画面に文字を打ち込んだ。
本当は、
私の部屋の窓の外にはぶ厚い雲が広がっている。
彼がカーテンを開けて、
空を見上げる姿を想像してみた。
すぐに彼から「君の街からは月が見えるんだね」と返る。
意地悪な返しが可笑しくて、
私は部屋で一人で笑った。
文字のやり取りを続けるうちに、
私の欲は膨らんでいく。
画面の中だけじゃなくて、
現実の彼ともっと近づきたい。
そう思った私は、
彼に内緒で少しずつヒントを落とした。
「実はね、私、君と同じ高校の制服を着ているんだよ」
彼の制服の袖が小さく映り込んだ写真を、
画面に添付する。
「私、実は君の近くにいるのかもね」と、
文字を躍らせた。
翌朝、
教室に入ると、
前田くんがいつもより早く席にいた。
彼はキョロキョロと、
落ち着かない様子で女子を見ている。
あからさまに私を探そうとしている姿が、
たまらなく可愛い。
私は彼に、
自分の特徴をいくつかチャットで伝えていた。
「〜なのだ」という口癖。
クラシック、特にピアノ。
レモンの飴。
そして、緊張すると左の髪をいじる癖。
もちろん、
これらはすべて私一人の本当の特徴だった。
だけど、
シャイな私一人の力では、
彼を驚かせられない。
私はお昼休み、
信頼できる三人の親友にすべてを打ち明けた。
「前田くんとのチャット、そんなことになってたの!?」
ギャルの高橋さんが、
お弁当の唐揚げを落としそうになる。
真面目な委員長の佐藤さんが、
メガネをクイと上げた。
「面白いなのだ。私たちが協力してあげるのだ」
音楽特待生の渡辺さんも、
嬉しそうに微笑んでくれた。
放課後、
私たちは作戦会議のために屋上に集まった。
「祐樹を完全に混乱させて、最後に本物を突き止めさせよう」
高橋さんが、
悪戯っぽい目で私をつついてくる。
佐藤さんがホワイトボード代わりにノートを広げ、
ペンを握る。
「まずは私の口癖、なのだ、を明日から連発するのだ」
「じゃあ私は、レモンの飴と香水を仕込んでおくね」と高橋さん。
渡辺さんは「私は音楽室でショパンのノクターンね」と笑う。
「私はどうすればいい?」と、
私が不安そうに尋ねる。
佐藤さんが私の手を握った。
「鈴木さんは、いつも通り緊張して髪をいじればいいのだ」
みんな、
自分のことのように楽しそうに作戦を練ってくれる。
恋に不器用な私のために、
最高の舞台を用意してくれた。
「ありがとう、みんな。私、絶対に頑張るから」
私はスマホを握りしめ、
ルイとして前田くんに送る。
「学校で君を探している」という彼の文字が画面に光る。
私は「見つかるといいね」と、
少し意地悪な返事をした。
現実の私と、
画面の向こうのルイ。
明日から始まる秘密の駆け引きに、
私の胸は激しく高鳴った。
つづく
次の作品はこちら
次の配信 6/18(木)18:00
#とらねこ
#とらねこ村
#画面の向こうの君と 、中庭のベンチで
#創作大賞2026
