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ペンを1本に絞ったら思考の流れが鈍った

文具、特に筆記具好きで何百本とペンを所有している。

何か書く時も、つい取っ替え引っ替え様々なペンで書きたくなってしまう性分で、それを改善したいと。

それが、ここのところキャップ式なユニボール シグノの0.38mmなブルーブラック1本でほぼ書いていて、取っ替え引っ替えではなくなって来ている。


自然と1本に絞れた

正確には、ブルーブラックの0.38mmと極細なシグノ1本に絞ったというよりも、「このペンで書き続けるのが良い」と自然に感じてしまうようになっただけではある。

しばらく1本で書き続けてみて、一応、他のペンも手にとって書いてみたりもしたのだけれど、書き味的にはより太めなボール径のペンの方が滑らかでイイ感じだったりしたものの、筆跡的に細いシグノの方が満足してしまう。

決まった1本のペンで書くことで、選択肢を減らし、より書くことに集中出来るから良かった、って思っていた。

思わぬ弊害

「書くこと」によりフォーカス出来ているというのは望んでいたことだし、良いこと尽くめに違いなかった。

しかし、1本でずっと書いてて筆記具への興味が薄れていることに気付く。

これはマズい。

1本のペンで書いている時も、デスク周りにはペン立てやトレーに100本以上のペンが常時置いてある。

そこに目がいっても、「このペンで書きたい」みたいな感情が湧くことなく、単なる眼前の、いつもの風景程度しか思っていない、と。

このnoteだったりブログを書く上でのモチベーションの半分以上を担っている筆記具に対して、興味が薄れているのがちょっと怖くなってしまった。

新たに興味が湧いたなら良いが

1本に絞って書き続け、書くことに集中出来るようになった結果、他に新たな関心のあるものが出て来てたりするなら全然悪くない。

考えてみても、そんなものは無い

だからこそ、マズいと感じてる。

筆記具をはじめ、文具について考えることで、そこから枝分かれするように様々なことを考えるという思考の流れが断絶したような感覚。

この思考の流れを様々なことに活用してたというか、そう考えるのが当たり前になってたのが、改めて浮き彫りになった。

他への関心だったり、考え事も薄い気がするし、頭の回転も若干遅くなったような気さえしている。

様々なペンで書くという行為によって、それぞれの微妙な違いを体感することで、感覚的に研ぎ澄まされるのを錆びさせない役割が、取っ替え引っ替えにはあったとハッキリと分かった。

また、たくさんのペンで書こう

「1本に絞って書きたい」とか「書ければ何でも良い」に憧れさえ抱いていたのは自分的には完全に間違っていた。

また、気が散っておかしいんじゃないか?と感じてしまう手前程度に、ペンを取っ替え引っ替えして書こうと強く思った。


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