14. カラオケの踊り子【すっとんきょうな出来事 〜精神科に入院した私の記録〜】


※この記録は実体験をもとに書いています。登場人物はすべて仮名とし、個人が特定されないよう、一部の設定や時系列などの細部を変更しています。

おはようございます。
スットンキョウと申します。

入院4日目の午後、文化系OTの時間がやってきました。

(OTについては11話をご覧ください。)

普段は病棟ラウンジで行われる文化系OTですが、火曜の午後と土曜の午前だけは病棟の外にあるOTルームで実施されます。

OTルームは広く、本やCD、DVDがずらり。
カメの水槽まであり、餌をあげながら談笑している人もいます。

そして最大の違いは。

カラオケルームがあること。

仲良しの患者さんは誰もカラオケをやったことがなかったので、そこへ行くまで存在を知りませんでした。

私はカラオケが大好き。

見つけた瞬間、心が躍りました。

しかし仲良しのみんなは興味なし。

しかも、防音が完璧ではなく、歌声も漏れています。

さすがの私も、まずは様子を見ることにしました。

刺し子をしながら音楽を聴いて30分ほど。

やっぱり気になる。

そーっと覗いてみると、8人ほど入れる部屋に5〜6人。

年齢層はかなり高めです。

よし。

行こう。

「カラオケ行ってくる!」

仲良しのみんなに宣言し、ドアを開けました。

「どうもー。」

知っている女性患者さんもいましたが、男性患者さんと同席するのは初めて。

推定80代男性、40代男性、90代女性、50代女性。

そして20歳くらいの看護学生さん。

その週は実習で何人か来ていて、そのうちの一人でした。

もちろん全員、初対面同然。

そんな状況で私は迷わずモニターの一番前に座ります。

なぜなら。

一番盛り上げやすい席だから。

実は私。

宴会カラオケの盛り上げには、
セミプロレベルの自信があります。

まず自分がトップバッターで盛り上がる曲を入れる。

誰かが歌えば全力で手拍子。

間奏では
「よっ!○○さん!」
と合いの手。

飲み物が減っていれば注文。

最後は同年代なら
浜田雅功の「WOW WAR TONIGHT」で大合唱。

そんなタイプです。

ドラクエでいうなら職業は

カラオケの踊り子。

ですが今回は。

精神病院。

初対面ばかり。

年代もバラバラ。

アルコールなし。

この条件で盛り上げられるのか。

試練の時です。

緊張で、デンモクを持つ手が少し震えたのを
覚えています。

そんな私が最初に入れた曲は。

夏川りみさんの

「涙そうそう」

です。

普段なら絶対に一曲目では選ばないバラード。

でも、ここは精神病院。

平均年齢は60代。

ここでマキシマム ザ ホルモンなんて入れてみたら。

想像するのも怖いです。

火曜の昼下がりという時間帯も考慮して
あの名曲を選びました。

ただ、私の順番は5番目。

まだまだ待ち時間があります。

新参者の私は、その時間を盛り上げ役に徹しました。

知らないムード歌謡が続いても、

「よっ!佐々木さん!」

と邪魔にならない程度に合いの手。

少し固かった空気が、だんだんほぐれていきます。

そして大きかったのが、看護学生さんの存在。

若くて明るく、私の合いの手にも笑ってくれます。

「歌いましょうよ。」

そう誘うと、AKB48の
「恋するフォーチュンクッキー」を
入れてくれました。

完璧な選曲。

もしかしたら彼女も、踊り子の素質があるのかもしれません。

みんなの飲み物がないことに気づき、
学生さんと一緒にドリンクも配ります。

そして。

ついに私の番。

イントロが流れた瞬間、私は語り始めました。

「こんにちは。

本日は、なでしこ病棟カラオケ大会にお集まりいただきありがとうございます。

エントリーナンバー5番、スットンキョウ。

家族に託してきた子どもたちを想って歌わせていただきます。

『涙そうそう』。」

全部アドリブです。

のど自慢の紹介パートまで自分で担当し、
人生で一番丁寧に「涙そうそう」を歌いました。

しかもここは音漏れがすごいカラオケルーム。

部屋の外まで私の歌声が響くはずです。

カラオケ、上手いですね。

病棟中からそんな言葉がかけられるのが
容易に想像できます。

歌い終わると自然と拍手が。

「いやぁー、プロ級!」

90代のおばあちゃまが声をかけてくれました。

心の中でガッツポーズ。

これまで積み重ねてきたカラオケ人生は、
この日のためにあったのかもしれません。

その後は看護学生さんの
「恋するフォーチュンクッキー」。

もちろん立ち上がって踊ります。

50代の笹村さんはTUBEの「あー夏休み」。

普段まったく言葉を発さない方だったので、
「歌うんや!」と驚きながら
全力で盛り上げました。

気づけばアルコールもないのに、
すっかり宴会モード。

そんなときでした。

重低音のベースが流れます。

はじめて聴く曲です。

矢沢永吉。

「YOKOHAMA二十才まえ」。

歌うのは40代男性患者のスズキさん。

お世辞にも上手とは言えません。

でも、入院着で一生懸命歌う姿を見ていたら、
不思議と胸がいっぱいになりました。

私は大学時代を横浜で過ごしました。

カラオケもたくさん行きました。

それが今は40歳になって精神病院で矢沢永吉を聴いている。

人生って、本当に何があるかわかりません。

涙が出てきましたが、バレると恥ずかしいので
こっそりカーディガンの袖で拭いていました。

(カラオケで大盛り上がりした直後に泣いている人なんて、完全に躁鬱です。)

こうして、笑って泣いて、大満足の初カラオケは終了。

「いやぁ、あれだけ盛り上がったし、外の人にも聞こえてただろうな。」

そう思いながら部屋を出ると。

シーン。

全員ヘッドホンをつけてタブレットを見ていました。

私の熱唱は。

誰一人、聞いていませんでした。

カラオケの踊り子。

まだまだ修行は続きます。

カラオケの踊り子 イメージ画像
実際にはミラーボールはないです

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スットンキョウ わぉ、こんなスットンキョウな私にチップを贈りたいと思ってくれたんですね。その気持ちだけで十分です。すみませんカッコつけました、チップぜひお願いします(土下座)