変な人は目立つだけ。実は全員(特に私)ちょっとおかしい説
平塚市で写真館「スタジオサミット」をやっています。
肩書きは写真屋ですが、実態は人間観察業です。カメラを持っているだけで、なぜか人の本性が見えてくる。不思議ですね。たぶんレンズ越しだと、こちらの目力が弱まるからでしょう。普段は目が怖いと言われます。
さて、そんな私が大好きなアメリカドラマが『BONES』。
骨を愛し、骨に生き、骨と会話しているんじゃないか疑惑すらある、ブレナン博士が主人公のあのドラマです。
ブレナン博士、すごい。
骨の知識は神レベル。
ただし人格はブルドーザー。
自分が絶対に正しい。
科学的に証明できないことは存在しない。
「空気?それ、どこの研究所で測れます?」みたいな人です。
しかも彼女、
黙っていられない。
言わずにいられない。
訂正せずにいられない。
心理学で言うところの「認知的一貫性の過剰保持」。
自分の信念と違う情報が入ってくると、脳が「バグだ!修正しろ!」と叫ぶタイプです。
結果、相手の心をズタズタにしても、
「でも事実ですよね?」
で終わる。
いや終わらんのよ、こっちは。
普通に考えたら社会不適合者です。
たぶん日本の職場だったら、初日に「別室で面談」コース。
でも、BONESの世界では成り立っている。
なぜか。
周囲が理解しているから。
ブース捜査官をはじめ、
「はいはい、また言ってるよこの人」
という絶妙な距離感で接している。
社会学で言うと、これは「寛容性のある共同体」。
経済学的に言えば、突出した才能を活かすために周囲がコストを払っている状態です。
本人は気づいていない。
いや、気づいているかもしれない。
でもそんなことより、骨の年齢測定の方が大事。
このドラマ、実はミステリーじゃなくて、
人間の特性展示会なんじゃないかと思うんです。
トリビアを言わずにいられない人。
自分の話をしないと窒息する人。
空気を読む才能だけで生きている人。
全員クセ強。
でもね、
どんな人にも特性はある。
ブレナン博士は目立っているだけ。
我々凡人は、目立たないだけ。
「変だ」「おかしい」「間違っている」
そう言って排除するのは簡単です。
でもそれ、ブレナン博士がやってることと同じなんですよね。
立場が逆なだけ。
で、ここから私の話。
私はですね、
所作フェチです。
たぶん異常。
歩き方。
物の持ち方。
物の置き方。
振り返り方。
全部見てます。
スーパーで商品を投げるように戻す人を見ると、
心の中でシャッター切ります。
カシャ。
「雑音多め」
はい没カット。
心理学的には「過剰選択的注意」。
写真屋あるあるです。
世界が全部被写体。
自分が気にしすぎるせいで、
他人の所作まで気になってしまう。
正直、
ブレナン博士と五十歩百歩。
私だって、
「そこ、そう置く!?」
と心の中で100回言ってます。
口に出さないだけ。
社会性という名の理性が、ギリギリ私を止めている。
10人いれば10通り。
100人いれば100通り。
行動経済学で言えば、人間はそもそも「非合理の集合体」。
自分では気づかない特性、
たぶん誰にでもある。
だからこそ、
目立っている人を恐れるのは自然。
でも、理解しようとする余地は残したい。
ブレナン博士を取り巻く人たちのように、
「そういう人だよね」
で受け止める社会。
私は写真を撮っています。
性別でも年齢でもなく、
その人のズレを写したい。
完璧な人なんて、
被写体として一番つまらない。
ズレてる人ほど、
写真は面白い。
たぶん私自身が、
ちょっとズレてるからなんでしょうね。
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