見出し画像

ケン・ローチ『オールド・オーク』に集まる人々と、シマネ放談に集まる人々と


 7月19日。
 ホンダが渾身で作った高級セダンが冗談にもほどがあるほど売れなかった車を格安で2年前に購入。その愛車をぶっ飛ばして、映画を観るために高知から約160キロある岡山市へ向かった。 
 映画館シネマクレール丸の内で、映画監督の想田和弘さんが「シネマ放談の会」を毎月1回行っている。今回の作品は今年90歳になるケン・ローチ監督最後の作品になるのではと言われている『オールド・オーク』(2023年)だった。鑑賞後、想田さんがMCとなり観客が率直な感想を言い合うシネマ放談の会だった。

 観客に見巧者や常連客も多くケン・ローチファンもいて、いろんな意見がダイレクトに聴けてとても面白い会だった。ケン・ローチ作品は観たのも、シネマ放談というのも初めてだった。

 ネタバレせずに映画説明は出来ないので、これから観ようと思う方々はここから先は読まないで下さい。そして、アタクシの話は枝葉が多いため極個人的感想なのでご了承ください。そして長いです。

 映画『オールド・オーク』はイングランド北部のある炭鉱の町で、最後に残ったパブとして親しまれていた「オールド・オーク」。人々が集い、安らぎを見出す場所だったはずのパブは、シリア難民の受け入れにより、諍いの場に変貌してしまう。オーナーのTJはシリアから来た女性ヤラと出会い、友情を育む中で、困窮する町の人々とシリア難民のための食堂を開こうとする物語。

 町にシリア難民が来て、難民へのSNSの誹謗中傷、ヘイトなどが溢れてくる。余裕の無くなった町やひとの象徴として元炭鉱町が描かれる。ヘイトをする側も炭鉱が閉鎖されて発展に取り残されたと感じている。シリアから命がけで逃れて来た難民たちと、炭鉱が閉鎖して活気を失い景気も悪化して希望を見出だせない町の人々が映し出される。主人公TJは柔らかに融和を試みる。上手くはいかないなかで変化が生じてくる。

【ヘイトが溢れる現代】

 東京で劇団燐光群の『ラフカディオ・ハーン 琉球の夢』を観劇したとき、アフタートークで映画監督の三上智恵さんの言葉がよぎる。辺野古で不幸な事故があった。あれは本当に不幸な事故だったと丁寧に詳しく説明してくれていた。抗議船事故についても誹謗中傷などひどくて、アタクシは意識的に抗議船事故報道や動画を見ることを避けていた。冷静に事故のことを知りたかったので、三上さんの説明を聞けてとても良かった。

 三上さんは先日、事故の船があるところまでへ行き追悼をするために辺野古を訪れていた.。すると軽自動車のレンタカーでやってきた若い男性が、事故を起こした船や風景をカメラでバシャバシャ撮影をしていた。三上さんは声を掛けた。正確な言葉は失念したが、追悼に来たのですかみたいなことを言った。すると男性は「むしろ逆です」という。しかもこれも詳しい言葉は思い出せないが、事故を起こした船長を男性は「人殺し」と表現した。これは尋常ではない。事故と人殺しはまったく違う。そのヘイトの言葉が強すぎて、三上さんも言い返す言葉が出なかったという。映画でも似たようなシーンが出てくる。SNSの言葉と動画だけで、対面してやり取りをしない。しかし、対面といってもマナーや節度がなければ罵り合いになってしまう。だけど、SNSは言葉だけひとり歩きしてしまう。そして過剰に強く受け取ってしまうし、動画は刺激的映像にどうしても引っ張られてしまう。感情が揺さぶられ強い言葉が生まれてしまう。

【現実を描くのか、それとも希望を描くのか。それとも……】

 イングランド北部は南部と比べると取り残された地域で、格差拡大が酷くなっているとブレイディみかこさんがラジオで説明していた。しかし今度の労働党党首にはバーナム氏がなる。この方はイングランド北部マンチェスター市長を9年務めた。相互扶助や格差拡大を無くすような政策をしてきて支持をされていた。そのためイングランド北部のなかでもマンチェスターはまだマシというようにブレイディみかこさんは話していた。しかし、バーナム氏の経済政策を疑問視し、すぐに首相交代するのではないかと冷笑する声も多い。ブレイディみかこさんの話ではかなり階層の分断が進み、下層の人々は希望を失い不平不満が溜まっているという印象を受けた。まさにこの映画の起きている世界ではないか。いや、現実は映画が描く世界よりもっと厳しいのかもしれない。

 シネマ放談で意見が分かれたのはこの点だった。映画ではシリア難民ヤラのお父さんがシリアの収容所にいることが確認されその後亡くなる。ヤラは形見のお父さんのカメラを使い、町の人々の笑顔を撮影して人々の共感を得ていく。ラストは町のひとたちが献花するためにヤラの家へやってくる。それはわかりやすすぎではないかという声と、そうまでしないとわからない現代の状況であえてわかりやすくしているのだろう。どちらの気持ちもわかる。現実はもっと厳しいかもしれない。だけれども、みんな本当は穏やかに生活することを望んでいるはずだから、希望を感じさせるラストにした。それもそうだよなあと思った。

 シネマ放談でとても面白かった意見は、想田監督のパートナーでプロデューサーの柏木さんの発言だった。4年前から想田監督はニューヨークから岡山の牛窓へ移住。柏木さんは『これ、牛窓と同じだと思いました。牛窓でも都会から来たひとたちとの不平不満が起き、空き家を安く買い町内会にも入らず住むひとたちがいる。でも、祭りとかは参加して、そのときにはまあ一杯飲もうとかなる」と話していた。だから起きている現実をそのまま撮影したらこうなった、という意見も言っていた。想田監督が劇映画撮ったらこんな作品になるのではと。

【理屈ではない自然と向き合うことで感じること】

 いま仕事は山の中にいて、基本的に電話は圏外で仕事中はデジタルデトックスになっている。自然と向き合うなかで、打撲や怪我は林業にはつきもの。そして死亡率の高い林業。特に木を切るときが一番危ない。幸いに造林専門なので切ったあとの苗を植えたり、下草刈りをしたり地味な作業をしている。死亡する危険度は少ないけれども、滑落や刈払機の事故や落石など危険はある。

 身体のメンテナンスをしてもらうのに気功を使える施術師のいる整体へ行っている。施術の他に気功や気の流れ、山の神とか自然について教わっている。先生のおかげで山の神や自然霊を意識したり、虫や鳥の声を聞こうとしたり、もっと小さな虫にも意識を向け、草木にも時には話しかけるようになった。自然を意識して接するようになると、同僚と同じような怪我をしてもアタクシは軽症ということが度々起きている。

 そんな経験から映画を観て、物語が変化していくときに自然と向き合うときに起きるのではと感じた。それは帰り際、ロビーで会った想田監督にも伝えた。主人公が自死を考えて海へ入ろうとする場面。絆を感じていた小さな犬の死。シリア難民ヤラのお父さんが、シリアの収容所にいて亡くなる場面。長らく使われ無かった部屋を、難民も地元のひとも誰でも来れる無料の食堂にしたという食べる行為。

 海、死、食事、という理屈ではない自然と向き合うとき、言葉や映像だけではないものを感じるのではないか。本来、人間も動物なので、言葉や視覚以外のことも感じることが出来るし無意識に感じているはず。言葉は言語化されたものでしか言葉に出来ない。言葉にならないことは無数にある。むしろ「気」のほうが正確に伝わるのだと、最近ようやくわかってきた。最新の量子力学では、気も素粒子のようなものではないかという考えもあるという。本当に何かを出しているのかもしれない。それならば気を上手に使いたいと思い、整体の先生にいろいろ教わっている。ずいぶん心が平穏になってきたと感じている。

【食事を一緒にするという、目に見えない影響や力】

 炭鉱があったときはみんなで食事をして絆を深めた。シリアではみんなで食事をすることが大事なこと。そこで難民のヤラの提案で使われなかった部屋をみんなの食堂としていく。「みんなで食事をする」行為の重要性は、映画でどれだけ強調されていたのかは分からなかったが、個人的にはとても大きなことだと感じた。

 こども食堂の支援をしていて、こどもたちがひとりで食べる孤食は発育に影響を与えるという話を聞いた。それは大人でも同じなのかもしれない。食事は単なる栄養補給だけのものではない。楽しみもあり、記憶を蘇る作用もある。手間ひまかけて手作りした食べ物は、想いも伝わるもの。北海道に住んでいたときに東京のこども食堂へ鮭やイクラを毎年送っていた。イクラはアタクシが手作りした無添加のものだった。こどもたちに新鮮な本当に美味しいイクラの味を知ってもらいたいと思い送ったら、後から一番喜んでいたのはスタッフの大人たちでしたと聞かされたが。

 美味しい食べ物を安心出来る場所で、安心出来るひとと一緒に食べる。この一見普通なことが実は幸せなことで、その積み重ねが人々が変わっていくきっかけにもなるし町が変わるきっかけにもなる。ささやかな幸せの積み重ねがとても大切なことではないだろうか。この映画がそれが言いたかったかはわからない。

 最近意識することは、社会や政治が悪くなろうとも自分は淡々と自分のペースで生きていくように努める。ヘイトスピーチに心を乱されたり、政権に怒り過ぎて精神のバランスを崩されるのは、ある意味まわりに振り回されているとも言える。もちろん、感情に影響はあるけれども、ひとつ深呼吸をして林の中でも歩き鳥の声でも聴き心を落ち着かせいつもの自分になる。悪い流れに影響しないことを保つことも、社会が悪い方向へ傾くことを防ぐささやかな抵抗または良い方向のきっかけになるかもしれない。そう考えさせられた映画だった。

いいなと思ったら応援しよう!