ふたつの音楽世界の境界を歩くーー第2章 アフリカのリズムは何を守ってきたのか:複数の時間を生きる大陸
いまから30万年まえのこと、
人類はアフリカに発祥したと言われています。
ならば地球上のすべての音楽にとってもまた、
アフリカが遠い故郷ということになる。
そうか、ベートーヴェンの遠い祖先も、
ホモサピエンスなのか。
いいえ、それが真実かどうかはわからないけれど、
でも、そう考えてみる価値はあるかもしれません。
私が実際に滞在したアフリカはモロッコだけである。あれはフェズだっただろうか。子供たちに誘われ、見知らぬ若い男女の結婚式に招かれ、アラビックなヴァイオリンを従えた、太った美女が不思議なこぶしで歌いあげる祝祭の声を聴き、巨大なマトンの肉を手づかみでいただいた。
――“歓待の掟”は本当にあるのだな、と私は驚いた。
しかし、モロッコはマグレブ、つまりアラブ世界の西端であり、いわゆるブラック・アフリカとは文化的にまったく別の領域に属する。私にとって“ほんとうのアフリカ”に実体験はなく、長年の音楽聴取から構築された耳の記憶にすぎない。
たしか山下洋輔さんのエッセイだったかしらん、紙テープにTANTANTANTANTANと書いて輪っかにする。みんなそれをタンタンタンタンタンと読む。しかし、アフリカ人だけはンタンタンタンタンタと読むらしい。私はその話を読んで、おぉ、と目を輝かせたものだ。いきなりアフリカ的なるものが立ち上がってくるではないか。
長年ジャズやロックを聴いていれば、アフリカへの関心は自然と芽生える。ブライアン・イーノとトーキング・ヘッズの《REMAIN IN LIGHT》(1980)、ポール・サイモン《GRACELAND》(1986)、ナイジェリアのフェラ・クティやキング・サニー・アデ。近年ではサキソフォニスト仲野麻紀さんがブルキナファソの音楽をジャズに融合させ、独自の“アフリカ回路”を確立しつつある。
アフリカ音楽について語るとき、私たちはまずそれを語る言葉でつまずく。
拍子、リズム、グルーヴ、アクセント、ポリリズム……こうした語彙はすべてヨーロッパ音楽が構築した見取り図であり、これにてアフリカの世界を前提的にすくい損ねてしまう、用いる言葉が間違っているから。
しかも、語彙の問題だけではない。アフリカの音楽は〈時間〉そのものに対する態度を、ヨーロッパとは根本的に異にしているようだ。
ヨーロッパの音楽文化は、時間を「整列させる」。一拍は次の一拍へと律動的に進み、旋律は未来へ向かって推進し、和声は過去の緊張を解放する。そこには因果の美学があり、歴史観がある。バロックから古典派、ロマン派へと延びる「進歩」の線は、やがて産業革命とブルジョワ社会を裏打ちした時間観と結びついてゆく。
だがアフリカの多くの地域で音楽は、時間を「重ねる」。
異なる拍の流れが、複数の川のように同時に走り、互いに干渉し、時に絡み、時に解ける。拍は「数えるもの」ではなく「乗るもの」であり、一つの一定のテンポに収束しなくてもよい。むしろ各演奏者が自分の拍の流れを持ち、全体がその複雑な干渉によって〈ひとつの音楽〉を生む。
――そこには、時間を「統一しない」という知恵がある。
アフリカン・ビートに揺さぶられ、私は見たことのないニジェール河を思い浮かべる。大河が流れる。支流が合流する。湿地帯でゆっくり渦を巻く。水量は季節で変わり、突然勢いを増す。ヨーロッパの拍子のように、数学的な柵で区切られた用水路ではない、複雑で、豊穣で、ときに暴れる自然の水の、流れだ。
アフリカ音楽には〈根源的でありながら現代的〉という不思議な相貌が宿る。複数の時間を同時に保持し、なにひとつ捨てない。この「時間の重層性」が、のちにジャズを変え、ロックを変え、そしてHIPHOPを変えてゆく。そういうふうの想像するのは自然のことではないだろうか。――つまり、アフリカとは、音楽における複数の未来〉が眠っている大陸なのだ。
1|アフリカのリズムは「歩き方の哲学」としてある
私は2025年11月22日(土)新宿Pit Inn 昼の部でジャズ・ピアニスト なら春子さんのライブを聴いた。(アルトサックス:林栄一/ベース:伊藤勇司/パーカッション:岡部洋一)
ならさんは神奈川県のご出身のジャズ・ピアニスト、41年間のニューヨーク暮らしではブルーノートに出演し、そんななかもしかしてあらゆる音楽の故郷はアフリカではないかと勘づいて、ついにはマリ共和国まで行って、ピアニストでありながら長年ジャンベを学んでしまった“アフリカ帰依者”である。一時はピアノ演奏もおぼつかなくなったほど、とご本人は苦笑なさる。この日の演奏は、アフリカの乾いた大気を感じさせる曲を中心にしながらも、ニューヨークのハーレムの陽気な賑わいを表現する彼女の曲もあり、はたまたスタンダード・ナンバーの”In a Sentmental Mood"では林栄一さんのサキソフォンがむせび泣いた。
さて、第一部で演奏された『ボゴビレマン』という曲のリズムに私は驚いた。私の耳には、
6/8 → 6/8 → 6/8 → 6/8 × 2回、そして奇妙な変拍子、
というふうに聴こえた。私が気になったのは最後の奇妙な変拍子である。これはいったい何拍子なのだろう?
そこで休憩時間にこれをご本人に尋ねると、彼女は微笑んでおっしゃった、
「みんなそう聴くんですよ。でもね、あれは全部“二分音符の三連”の〈タカタ・タカタ〉で、実はすべてが 2拍子なんです。
かれらのダンスと連動してるんですよ。」
そう言いながら、彼女は左・右・左・右と、2拍子の重心移動を身体で示してくれた。
――なるほど、と私は唸った。
アフリカでは、音楽は身体の“外側”ではなく、身体の“底”で成立する。
リズムは数えるものではなく、重心が移動する方向なのだ。

この領域については、塚田健一『アフリカ音楽の正体』(音楽之友社、2016)が非常に示唆に富む。アフリカ音楽がどれほどダンスと不可分で、西洋音楽の分析概念がどれほど機能しないかがよく分かる。
2|地球の鼓動とともにある音楽
ーーリズムは“呼ぶ”ものであり、“叩く”ものではないらしい
アフリカの打楽器は、叩くのではなく呼びかけるという。ひとつのビートに複数の意味が折りたたまれ、それが重層してようやく音楽になる。
それはもはや“リズム”というより、関係の音楽である。
あるマリのジェンベ奏者はこう言った。
「これは乾季のリズム。
これは羊が帰ってくる道のリズム。
これは結婚式の風なんだ。」
となると拍子~リズム~ビートは気候と同じぐらい具体的で、地形と同じぐらい変動し、共同体と同じぐらい生活に近いものになる。
いわばそれは拍子ではなく、生態系なのだ。
ヨーロッパ音楽が“頭のリズム”ならば、アフリカ音楽は“体=臓器のリズム”であると言えるかもしれません。
3|「複数のグルーヴ」が同時に走り続ける世界
アフリカ音楽の核心は、異なる速度のリズムが同時に走り、それでも同じ着地点に戻ってくる構造にある。欧米的な耳はこれを便宜的に「ポリリズム」と呼ぶけれど、でも、実際には次のような“時間の同居”であるらしい。
祖先のリズム
現在の身体のリズム
共同体のリズム
大地のリズム(風・動物・労働)
これらは同時に存在し、互いに干渉しながら、ある一点に落ち着く。
これは宗教でも、抽象哲学でもなく、
人間がかつて多層の時間を生きていたという事実なのだ。
たしかにエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』や『ブッシュ・オヴ・ゴースト』を読むと、時間そのものが“放牧”されているような不思議な感触がある。あるいは生物学者ライワル・ワトソンもまた(時間の多層性を語った思想家たち)のひとりかもしれない。
アフリカ的時間論が文学や生命論と通底するのは偶然ではない。
私たちとアフリカ人たちはまったく別の世界を生きている。
もしかしたらかれらと私たちは遠い祖先を共有しているというのに。
もっとも、なにせ30万年まえの共有ゆえ仕方のないことであるにせよ。
4|かつて「四拍子化」がアフリカの時間を破壊しかけた
かつて西洋はアフリカに“時間の矯正”を押し付けた。
宣教師、商人、軍隊は、ヨーロッパの四拍子を文化的優位の証とし、複雑なアフリカの拍を“原始的”と蔑んだから。
20世紀に入って、レコーディング規格が世界に広まると、アフリカの複雑な拍は削ぎ落とされ、形だけ残り、大部分は安物の“背景音”として消費されていった。
これは音楽の変質にとどまらない。
アフリカ人の時間感覚そのものが、分断され、再構築されたのである。
しかし、それでもアフリカ音楽は“殺されず”に生き延びた。
ジャズ、ファンク、レゲエ、カリビアン――アメリカの都市文化に流れ込んだ“黒人音楽”の基層には、遠くアフリカの脈動が潜んでいる。
それを思えば話は逆転する。20世紀音楽史は、西洋白人音楽がアフリカの多層時間に侵食され、ゆっくりと崩れていく過程として読み直すべきなのかもしれません。
5|もっとも、だからと言って、いま「アフリカ音楽の逆襲」が起こっていると言えるかどうかは、いくらかわからない。
1990年代初頭、フランスは旧植民地の音楽を大量に“ワールドミュージック”としてパッケージして商品化した。あれは功罪あい半ばであり、アフリカのビートにシンセサイザーやピアノを被せるには繊細で高度な感性が必要なものだけれど、しかし、残念ながらその“繊細さ”が欠けた作品も多かった。もっとも、こういうことはポピュラー・ミュージックではまま起こることで、たとえばカルロス・サンタナがメキシコ音楽をカリカチュアライズしたというようは批判をしたところで耳を傾ける人は誰もいない。それでも私は思う、第三の道はあるはずだし、それは前述のミュージシャンたちを含め、多くの人が試みていることなのだ。
私が夢想するのは、たとえばバルトークが西洋音楽を内側からハンガリー化したときに生まれた、あの“民族が音楽内部で反転する瞬間”の、アフリカン・ビート版である。
あるいは、エドガー・ヴァレーズが音の洪水から未来の都市を聴き取ったように、アフリカン・ビートが電子化され、重力を失って宙に浮く未来かもしれない。
はたまた、オーネット・コールマンの中後期にヒントがあるかもしれないし、あるいは土着のポリリズムを基調としつつ、デジタルがそこに透明な神経系を付与するような、新しい音の身体の誕生かもしれない。
もっとも、私が夢想したところで、それは私の耳の戯れにすぎない。
重要なのは、いま世界そのものが別の拍で息をし始めている、という事実だ。
いまだ西洋は自分自身を掘り崩されながらなお、
世界を“四拍子化”したと信じている。
しかし、アフリカも、アラブも、インドも、こう言っている。
「四拍子はあくまでもあなたたちヨーロッパ人の世界観であり、
世界そのものではない。」
6|アフリカン・ビートを聴くと、“忘れられた身体”が目を覚ます
では、アフリカ音楽とは何なのか。あるいは、私たちはそれについて、いったいどれほど誤解してきたのだろうか。
アフリカの音楽は、「拍子」でも「リズム」でもない。ましてや「複合拍子」などという、ヨーロッパ音楽の概念装置で捉えられるものではない。アフリカの演奏者たちは、そもそも“ひとつの時間”の上に立っていないのだ。彼らは複数の時間を同時に歩き、ひとつの身体にいくつもの速度を宿し、まるで骨と筋肉の奥に〈多世界解釈〉が生きているかのように、平然と、しかも愉快そうに、異なるテンポを同時に呼吸している。
そうした世界観の前で、私たちが「リズム」と呼ぶものは、ただの“影”にすぎない。光の本体は別にある。
その光の気配は、かつてセシル・テイラーが、いきなり鍵盤の上で爆発したときに、ふと立ちのぼってくる。テイラーの音楽をただ“前衛”や“モダニズム”の地図に載せようとする者たちは、きっと耳が良すぎるのだ。耳が良すぎて、あまりに几帳面に説明してしまうから、炎のような即興が灰になってしまう。
他方、テイラーはほんとうは、別の世界の時間を引きずってきたのではないか。アフリカが遠く、しかし確実に地下水脈のように流れている世界から、あの“爆発的な何か”を。
私たちはいつのまにか、西洋音楽の巨大な建築に取り憑かれてしまった。柱、梁、調性、和声、構造、拍子。そしてその精緻な構造ゆえに、私たちは“別の時間の感覚”を忘れていたのかもしれない。
アフリカ音楽は、それを思い出させる。
――あなたはほんとうに、ひとつの時間だけで生きてきたのか?
そう問いかけられたとき、ヨーロッパ音楽という大寺院は、かすかに震えはじめる。震えは壁に、天井に、基礎に広がり、ゆっくりと、しかし不可避的に、ひび割れを大きくしてゆく。この震えこそが、やがて20世紀後半に西洋音楽を内側から崩していく“あの運動”へとつながる。シェーンベルク以降の十二音技法、戦後前衛、ケージ、そして――ジャズ、ロック、初期HIPHOPによる、音楽史の地殻反転へと。
アフリカの複数の時間は、いつのまにか世界の音楽を裏側からゆっくりと押しひっくり返していた。
さあ、次章ではいよいよ、その崩壊のプロセスを見てゆこう。
西洋音楽が知らず知らずのうちに、どのようにして自分の内部に
“アフリカ的なるもの”を抱え込み、そして自壊へと向かったのか。
