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「男が産めるの、うんこだけ♪」の歌、最高にパンクでしょ?──おばちゃん流・下半身の唯物論

なんか、随分としめやかなお通夜みたいな空気になってるじゃないの。

イケメン好きさんの「懺悔」も、引退さんの「お疲れ宣言」も読んだけどさ。

二人とも、真面目ねえ。真面目で、健気で、とっても「名誉ある女」的だわ。

男社会の空気を読んで、自分の欲望や疲れを、あっちが理解できる言葉に丁寧に翻訳してあげてるんだから。

でもね、そんな殊勝な顔をしてる横で、新宿のど真ん中で何が歌われてたか知ってる?

「男が産めるのうんこだけ♪」

これよ。眉をひそめた?「下品だ」って思った?「これだからフェミニストは」って呆れた?

笑っちゃうわね。あの子たちは、あんたたちのその「眉をひそめる」顔が見たくて歌ってるのよ。

私はあのデモの主催者でもなんでもない、ただの通りすがりのおばちゃんだけどね。

今日は、みんなが怖がっているこの「ウンコール」が、どれだけ知的で、どれだけ痛快なデトックスなのか、勝手に解説してあげるわ。

これ、ただの悪口じゃないのよ。男そのものを殴りたいわけでもない。

もっとデカイ、あんたたちが着込んでる「権威」の着ぐるみを引き剥がすための、最高にパンクな祝祭(カーニヴァル)なのよ。

男の体から出るもの、なーんだ?

「男が産めるのうんこだけ」って聞いて顔真っ赤にしてる男たちがいるけどさ、あんたたち、冷静に考えてみなさいよ。

うんこ以外に、その体から何をひねり出せるの?

私たち女性の体は、毎月血を流すし、その気になれば人間を一人、股の間からひねり出せる(もちろん産まない自由もあるけどね)。

最近、面白い話を聞いたわ。「男は材料提供者でしかない」ってね。

たしかにそうよ。男は精子という「材料」を出すことしかできない。

女は、その材料をもらえば人間を創造できる。でも、男に女の卵子を渡したって、逆立ちしたって人間は作れない。

女は「工場」で、男はただの「搬入業者」なのよ。

……なんてね。ちょっと乱暴すぎたかしら?

でも勘違いしないで。これはどっちが生物としてエライかって話じゃないの。妊娠出産のコストを一切負わない側が、さも自分たちが主役みたいにルールを作り、説教し、女を評価する。

その「歪み」を一発で分からせるために、あえてこういう極端な比喩を使ってんのよ。

それなのに、搬入業者が工場長みたいな顔して「俺の子供だ」とか威張ってるの、滑稽だと思わない?

歴史上ずっと、男はこの「産めないコンプレックス」を隠すために、石や鉄や法律で巨大なビルち○ぽを建てて、「俺たちは何かを産み出してるぞ!」ってデカイ声で叫ばなきゃいけなかったわけ。

あの子たちが「うんこ」って歌うのはね、彼らが必死に積み上げた「文明ち○ぽ」とか「権威ち○ぽ」とか「精神性ち○ぽ」っていうメッキを剥がして、「お前もただの消化管がついた肉袋だろうが」っていう現実リアルに引き戻してるの。

これをただの下ネタだと思わないでよ。メアリー・ダグラスも言ってるわ。「汚れ」っていうのは、ただ汚い物質のことじゃない。「秩序からはみ出したもの」のことだってね(Douglas, 1966)。

もっとも神聖なふりをしてふんぞり返ってる秩序(オーダー)に、もっとも身近な排泄物(ダーティ)を突きつける。

これほどクリティカルで、本質的な批評活動ってなかなかないわよ?

子どもの目はごまかせない

そういえば、ある女の子が父親の股間を見て、こう言ったって話知ってる?

「パパのおち◯ちん、いつもウンコ漏れてるね」

最高じゃない?子どもの直感って残酷よね。まだ「性別」なんて概念を知らない純粋な目には、男のアレなんて、ただの排泄器官のバリエーションにしか見えてないってことよ。

あの子たちの歌は、この「子どもの残酷な直感」を、大人の女が取り戻したってことでもあるの。

お行儀よくしてたら、舐められるだけ

あと引退さんさぁ、あんた「調整」に疲れたって言ってたじゃない。

「正しい言葉を使え」とか「感情的になるな」とか「品位を守れ」とか。

そうやって男社会が押し付けてくる「お行儀」のルールを、馬鹿正直に守ろうとするから疲れるのよ。

あれは対話のためのルールじゃないわよ。私たちを黙らせるための検閲なんだから。

「うんこ」って言葉の凄さはね、この検閲を一発で無効化できるところにあるの。想像してみてよ。男が「君の主張は論理的じゃないね」なんてインテリぶって言ってきたとするじゃない?そこで私たちが眉間にシワ寄せて反論したら、相手の土俵に乗ることになる。

でもさ、そこで全員で満面の笑みで「男が産めるのうんこだけ♪」って合唱されたらどう?

議論にならない?当たり前でしょ。議論なんてしてやってないのよ、あの子たちは。

ただ、お前たちのルールブックを破り捨てて、踊ってるだけ。バフチン先生も草葉の陰で笑ってるわ。広場での笑いだけが、権力を相対化できるんだってね(Bakhtin, 1965)。

引退さん、調整なんてしなくていいのよ。ただあの子たちを見て笑えばよかったの。笑いってのはね、怒りよりもずっと燃費の良いエネルギーなんだから。

鏡を見せられてるだけなのよ

「ヘイトスピーチだ」って騒ぐ人もいるわね。あら、お行儀のいいイケメン好きさんも「消えてほしい」を撤回させられてたっけ。

でもね、歴史を振り返ってみなさいよ。男たちは何千年もかけて、女を「産む機械」だの「性欲処理機」だの「家事ロボット」だのって扱いしてきたじゃない?

つまり、私たちの人格なんて無視して、「機能」として扱ってきたのよ。

「男が産めるのうんこだけ」は、その巨大な鏡返しよ。彼らが私たちを「子宮」という機能として見るなら、私たちは彼らを「肛門」という機能として見る。

これは相手を肛門だと言いたい話じゃない。「子宮として扱われる」感触を、反転の鏡で見せる技法なの。

クリステヴァって人が言ってる「アブジェクション(卑の排除)」ってやつよ。人が何かを「おぞましい」と感じて排除したくなるのは、それが単に汚いからじゃない。「自分」と「自分じゃないもの」の境界線を揺さぶってくるから、怖くて排除したくなるの(Kristeva, 1980)。

「中身を見てくれ」ですって?私たちが「人間として見てくれ」って叫んだときに、お前たちは何をした?

このフレーズに残酷さを感じるなら、それはあんたたちが女性にしてきたことの残酷さが、そのまま反射してるだけ。

鏡に映った自分の姿に驚いて泣き叫ぶなんて、赤ん坊と同じね。

全員うんこ、究極の平等

イケメン好きさん、あんたはイケメンが好きで、ブサメンが嫌いだって言ったわね。それはそれでいいわよ。欲望は自由だもの。

でもね、おばちゃんから見れば、イケメンもブサメンも、皮を剥げば等しく「うんこ製造機」よ。

その事実を直視した上で、それでもイケメンの顔面を愛でるなら、それは本当の愛かもしれないわね。

あの歌は、男の美醜も、年収も、学歴もジャッジしない。「全員うんこ」っていう、究極の平等の地平に立ってるの。

ある意味、これこそが真の人間賛歌だと思わない?

どんな偉い政治家も、どんな凶悪な犯罪者も、どんなアイドルも、みんな等しく便座に座ってきばる生き物。

そう思えば、あんたの言う「強者男性」への恐怖も、少しは薄れるんじゃないかしら。

品位なんて捨てて、街へ出よう

あの子たちはもう、賢いふりもしないし、清らかなふりもしない。

「個人的なことは政治的なこと」?

ええ、その通り。だからこそ、もっとも個人的な生理現象である「排泄」を、政治のスローガンにしちゃったのよ。

恥?そんなものは、私たちに恥をかかせてきた社会の方に返してやりなさいよ。

引退さん、疲れたなら休んでいい。でも、もしまた何か叫びたくなったら、難しい理屈なんて捨てて、あの子たちの輪に入ってみなさい。そこでは誰も「顔を立てろ」なんて言わないから。ただ、太鼓を叩いて、腹の底から汚い言葉を叫んで、ゲラゲラ笑って、スッキリして帰るだけ。

エンパワーメントってのはね、難しい論文を読むことじゃないの。仲間と一緒に、大声で「クソッたれ!」って歌うことなのよ。

私は外野で腹抱えて笑いながら見てるけどね。さあ、ご一緒に。

男が産めるの、うんこだけ♪

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