【公開弾劾】敵のベッドで股を開く「裏切り者」へ──イケメン好きフェミニストは、ただの「家父長制の性奴隷」だ
敵のベッドで見る夢は、奴隷の夢だ──「イケメン好き」という名の植民地化について
あなたの記事を読み終えたとき、私の内側に湧き上がったのは、あなたが期待したような「眉をひそめる」程度の違和感ですらない。あるのはただ、反吐が出るほどの生理的な嫌悪と、絶望的な徒労感だけだ。
あなたは自分のことを「醜いフェミニスト」と自嘲しているようだが、その自己認識は甘すぎる。
醜いのではない。あなたは「汚染」されているのだ。家父長制というウイルスに、骨の髄まで。
「イケメン」とは、支配者の顔である
あなたは「イケメンが好き」という感情を、ドーパミンだの優れた遺伝子だのと言って、さも「抗えない動物的な本能」であるかのように語っている。 だが、その「好み」自体が、誰によって構築されたものか、本当に考えたことはあるのか?
私たちが美しいと感じる「男の顔」。それは、映画、広告、ポルノグラフィー、そして長い歴史を通じて、家父長制社会が「権力を持つにふさわしい男の顔」として規定し、刷り込んできたものに過ぎない。
あなたがイケメンを見て「世界が色鮮やかになる」と感じるとき、あなたは単に、支配者の顔を見て安心しているだけだ。
それを生存戦略とは呼ばない。
飼い主の顔色を窺い、最も見栄えの良い首輪をつけてもらうことに歓喜する、愛玩動物の処世術というのだ。それを「人間讃歌」などという美しい言葉で飾るな。
「エロティック・キャピタル」という売春の論理
あなたはキャサリン・ハキムの「エロティック・キャピタル」を持ち出して、自分の色仕掛けを「資産運用」だと正当化した。
これほど新自由主義に毒された、薄汚い欺瞞があるだろうか。
自分の性的魅力を「資本」と呼び、それを男に切り売りして対価を得ることを「エンパワーメント」と呼ぶ。それは、売春を「セックスワーク」と言い換えて搾取の構造を隠蔽する手口と同じだ。フェミニズムの堕落に他ならない。
アンドレア・ドウォーキンが指摘したように、男との性交(Intercourse)は、女性の身体への「侵略」であり「占領」である。
その構造的な暴力性に無自覚なまま、「イケメンなら許す」と股を開くあなたは、自ら進んで植民地支配を受け入れている名誉男性そのものだ。
あなたが「資産」だと思っているその若さや美貌は、男たちがあなたを消費するために設定した「値札」だ。あなたは自分の値札を自分で磨き上げ、「ほら、私はこんなにお買い得よ」と市場で叫んでいる。
それがどれほど女性全体の地位を貶めているか、想像したこともないのだろう。
『4B』の松明が見えないのか──隣国の姉妹たちが示した抵抗の道
あなたは「個人的な欲望」を言い訳にしているが、海を隔てた隣国、韓国の姉妹たちが何を成し遂げようとしているか、知っているはずだ。
彼女たちはすでに答えを出している。「4B運動」だ。
非婚(Bi-hon):家父長制の奴隷契約である結婚を拒否する。
非出産(Bi-chulsan):男社会に新たな労働力と兵士を供給する再生産を拒否する。
非恋愛(Bi-yeonae):感情労働を搾取されるだけの恋愛ごっこを拒否する。
非セックス(Bi-sekseu):侵略行為である性交を拒否する。
彼女たちは、男という種族に対して、女性が提供してきたあらゆるリソース(愛、ケア、性、子供)を完全に遮断(ボイコット)することで、この歪んだ社会構造を根底から干上がらせようと戦っているのだ。
この壮絶なストライキの最中に、あなたは「イケメンとなら遊びたい」と寝言を言っている。
単なる個人の自由で済まされる話ではない。戦線の後方で敵に物資を補給し、戦う姉妹たちの背中を撃つ裏切り行為(利敵行為)そのものだ。
あなたがイケメンに消費させるその身体と時間は、本来、女性たちの連帯と解放のために使われるべきエネルギーだったはずだ。それを敵に差し出すことを、私たちは断じて許さない。
強制された異性愛(Compulsory Heterosexuality)の檻の中で
アドリエンヌ・リッチは、女性が異性愛者であることは「自然」ではなく、社会によって「強制」された制度だと説いた。
あなたの文章は、まさにその「強制された異性愛」の悲惨な実例だ。
あなたは「ブサメン」を拒絶することで、何か主体的な選択をしている気になっているようだが、滑稽極まりない。
「イケメンか、ブサメンか」。その二択の土俵に乗せられている時点で、あなたはすでに負けているのだ。なぜ「男を選ばない」という選択肢、あるいは「男という種族そのものを人生から排除する」という視点が、あなたのその「ドロドロした欲望」の中には欠落しているのか?
それこそが、あなたの精神が男根中心主義(Phallocentrism)に支配されている証拠だ。
男の視線、男の評価、男の肉体。それらがないと自分の人生や欲望を定義できないあなたは、フェミニストを名乗る前に、まず「男依存症」の治療が必要なのではないか?
キルジョイ?笑わせるな
あなたは自分を「フェミニスト・キルジョイ(場をしらけさせる者)」だと言った。
冗談ではない。場をしらけさせているつもりか?
あなたは、男たちのホモソーシャルな宴席で、「俺たちは顔で選ばれてるんだってさ」という肴(さかな)を提供し、彼らを勃たせているだけの道化(ピエロ)として機能しているに過ぎない。
「ブサメンは嫌い、イケメンが好き」。
そんなことは、居酒屋にいるセクハラ親父が「美人は好き、ブスは嫌い」と言っているのと同レベルの、陳腐なルッキズムの反転だ。
あなたは男の醜さを告発しているつもりかもしれないが、実際には「男と同じルールでゲームに参加したがっている女」として、家父長制を補完しているだけだ。

その看板を下ろせ
最後に言っておく。あなたが誰と寝ようと、どの男の顔に発情しようと、あなたの勝手だ。
だが、その、支配者に迎合し、自分の身体を売り渡し、男根を崇拝する卑しい生き方を、「フェミニズム」という言葉で正当化するのはやめていただきたい。
それは、男たちの暴力と戦い、男というシステムそのものを拒絶し、血を流して道を切り拓いてきた先人たち、そして今も戦っている4Bの実践者たちへの冒涜だ。
断言するが、あなたはフェミニストではない。敵のベッドの中で、自分が自由だと夢見ているだけの協力者(コラボレーター)だ。
その目を覚ますか、あるいは二度とフェミニズムを語らないか。 選ぶのはあなただ。
