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「うまくやる」ことが「わきまえる」ことなら、私はその地雷を踏み抜きたい──トラックバック:言葉の中身より、やり方を変えたほうが楽になるかも

ジャンル違いの「自治」が流れてきたので

TLを眺めていたら、また学級会が起きていた。フェミニストの記事と、それに対する撤回と、さらにそれに対する「アドバイス」の記事。一連の流れを見て、正直、既視感で胸焼けがしそうだった。

特に最後のアドバイス記事。「余計なお世話」と前置きしながら、いかにも「中立で実務的な大人」の顔をして語っているけれど、これって要するに、「この村(男社会)で生きていくなら、郷に入っては郷に従え」と言っているだけに見えるわけで。

私は腐女子で、フェミニストだ。

腐女子として生きていると、「燃やさないための作法」みたいなものを嫌というほど叩き込まれる。検索避け、鍵、棲み分け、ワンクッション。 私たちは外野に言われるまでもなく、自分たちで必死にゾーニングし、常に価値観をアップデートし、コンプラと倫理観の自浄作用を働かせてきたつもりだ。あれは道徳というより、欲望を生かすための生活の知恵であり、迫害されてきた歴史からの学習なのだが。

同時に、それが「見つからないようにしろ」から「黙れ」へスライドする瞬間も見てきた。場を守る言葉は、容易に場から人を追い出す言葉にもなる。 だから私は、「配慮」の顔をした自治に敏感だ。

あのアドバイスは「親切な知恵」なんかじゃない。私たちを「わきまえた女」に仕立て上げるための、よくできたマニュアルだ。 気になった箇所に、僭越ながら注釈を入れさせてもらう。これは「解釈違い」の表明だ。

「主語デカい」って怒るけど、そのマナー講師ムーブこそが権力勾配なわけで

単純な話、主語を小さくした方が手間はだいぶ減るよ

これ、一見もっともらしい。個人の感想(N=1)に留めれば、確かに「お気持ち」は飛んでこないし、摩擦は減る。それはそう。でも、フェミニズムがなぜ「男」という大きな主語を使うかといえば、私たちが受けている痛みが、個人の不運ではなく「構造的な問題」だからだ。

腐女子の村でも同じことが起きる。「主語デカくするな」「個人の幻覚にしとけ」。建前は平和のため。でも現実は、誰にだけそれが要求されるかで、場の権力が見えてしまう。

場に居場所がある人は断言しても「強い解釈」として許されるのに、新参や属性的に弱い側が断言すると「主語がデカい」と叱られる現象。主語を小さくする作法は、平和のルールである前に、発言権の配分のルールにもなる。

「痴漢された」を「私が運が悪かった」で済ませれば、その場は丸く収まるかもしれない。でも、それでは「痴漢が起きやすい社会」は見えないままになる。「主語を小さくしろ」という助言は、政治的な問題を個人的なマナーの問題へと矮小化する技術だ。手間が減るのは誰か。私たちじゃない。私たちの訴えを聞かずに済む、現状維持を望む側(あなたたち)の手間が減るだけだ。

難しい言葉は「武装」じゃない、地雷原を歩くための「注意書き(ワンクッション)」だ

便利な言葉ほど、「わかった気になる」コストを前借りさせてしまう。……言葉を借りること自体は悪ではない。だが、借りてきた言葉が常に「自分の欲望を言い訳にする方向」にだけ機能しているなら、それは思考の助けっていうか、自己正当化の鎧に近い。

言葉を「鎧」や「梱包材」と呼ぶその感性、すごくマッチョだなと思う。腐女子にとって、言葉は鎧というよりワンクッション(注意書き)だ。うまく言えない違和感に名前がつくと、自分の中の混線がほどけるだけでなく、他人の地雷も踏みにくくなる。概念語は、格闘技の技名ではなく、事故を減らすためのタグ付けに近い。

もちろんタグを貼った瞬間に思考停止する危険もある。でも危険があるからといって「難しい言葉を使うな」「普通の言葉で話せ」と言うのは、工具を取り上げて「素手で戦え」と言っているのと同じだ。

あなたの言う「普通の言葉」とは、結局のところ「男性中心社会で流通している、あなたたちが理解しやすい文脈」のことではないか?

こちらの文脈(コンテキスト)を理解するコストを払いたくないから、そっちが翻訳しろと要求しているだけに見える。それは対話ではなく、言語的な搾取だ。

「推測形にしろ」って、要するに「公式(男社会)」の解釈を邪魔するなってことでしょ

言い切りを避けること。「あなたの痛みは浅い」と断定するのではなく、「私にはその深さが想像できないが」と仮定形に留める。

これもよく言われるやつ。「〜だと思う」「〜かもしれない」と語尾を濁せば、謙虚で可愛げがあるように見えるから。

でも、村の作法としての「推測形」は、実は中立ではない。断言しても嫌われない人がいる一方で、断言しただけで燃やされる人もいる。

推測形は平等のマナーではなく、断言できる側の自由を温存したまま、断言できない側にだけ自己検閲を追加する形で実現されがちだ。

男性が「現実はこうだ」と断定口調で語ることは許容されるのに、なぜ女性やマイノリティが差別を告発するときだけ、自信なさげに推測形で語らなければならないのか。

これは「認識的不正義」の話だ。誰が「事実」を語る資格を持ち、誰が「お気持ち」として処理されるか。その信用の配分が最初から偏っている場で、さらに「推測形にしろ」と求めるのは、私たちに「自分の感覚(解釈)を信じるな」と言っているのと同じだ。

「看板を下ろせ」は、検索避けして一生地下にいろっていう命令と同じ

フェミニズムっていう肩書きは、今のネット環境だとちょっと相性が悪いというか、掲げてるだけで「話がややこしい」って思われがちだ。

腐女子は、鍵にする理由を知っている。あれは逃げではなく、自衛として必要なときがある。だからこそ分かる。自衛の提案と追放の命令は、見た目が似ているようで全然違う。

自分で選ぶ鍵はシェルターになる。でも外から「看板を下ろせ」と言われた瞬間、それはシェルターではなく収容所の入口になる。

これは、私たちの知らないところで進む「表現規制」の空気と似ている。正しいとされるものが醸成され、そこからはみ出すものは「見えない場所」へ追いやられるやつだ。

「看板を下ろせ」という助言は、「痴漢されたくなかったら派手な服を着るな」と同じ論理だ。被害や摩擦の原因を、当事者の属性や振る舞いのせいにしている。

私たちは、誰かに気に入られるためにフェミニズムをやっているわけではない。この社会の「設定」そのものがバグっていると指摘するために、あえて看板を掲げているのだ。それを「検索避けして鍵垢に引きこもれば平和だよ」と諭すのは、優しさではなく排除だ。

「イケメン消費」の後ろめたさごと抱えて、私たちはバグりながら萌えている

私は、最初の記事を書いた彼女(イケメン好きフェミニスト)の気持ちが、痛いほどよく分かるわかりみが深い

私も腐女子として、男同士の関係性を消費し、イケメンキャラクターを「推し」として愛でている。そこには確実に、他者を自分の快楽のために配置する「視線の権力」がある。

正直に言えば、フェミニズム(女権拡張)と男性同性愛消費(BL)は、真っ向から解釈違いを起こしていて、衝突コンフリクトしている。

「女を消費するな」と言いながら「男を消費して楽しむ」。この矛盾を、私たちはバグり散らかしながら抱えている。

私たちは欲望を守るために、注意書きや棲み分けを発達させた。でもそれは、欲望を守るだけでなく、欲望の持ち主をも選別できてしまう。正しさを盾にした自治が一番気持ちいい瞬間があることを、私は知っている。

だからこそ、彼女が理屈で自分を梱包したくなるのも分かるし、その梱包が刃物になりうるのも分かる。

彼女が「消えてほしい」と言ってし まったこと、そしてそれを撤回したこと。その揺らぎは、私たちがこの歪んだ社会で、加害者にも被害者にもなりうるギリギリの場所で生きている証拠だ。

それを「運用改善」とか「手入れ」とか、冷たいシステム用語で処理しないでほしい。彼女はバグったシステムを直そうとしたのではなく、引き裂かれた自分の身体と向き合おうとしたのだから。

自治厨になりたいわけじゃない、でも「配慮」が「検閲」になる瞬間は見過ごせない

腐女子の村で「燃やさないためのルール」が発達したのは、私たちが弱い側だったからだ。公式に見つかったら終わる。笑われる。叩かれる。だから棲み分けた。だからワンクッション置いた。そこで生き延びた。

でも、いつの間にかルールは正義の顔をする。正義の顔をしたルールは、世界をきれいにする。きれいにするために、うるさいものを地下に沈める。その機能を持った瞬間、自治は抑圧になる。

中年男性の助言が嫌なのは、彼が自治を語っているからではない。自治のコストを払わない席から、自治を「大人の知恵」として配っているからだ。それを「管理すべき女」に向けて言っているからだ。

「こうすれば燃えないよ」
「こうすればもっと上手く伝わるよ」

その善意のアドバイスに従っていった先に待っているのは、「男社会にとって無害で、聞き分けが良く、都合のいい言葉しか吐かない女」が出来上がるだけだ。

社会で「うまくやる」ということは、しばしば「男性社会の規範(コード)に適合する」ということだ。感情的にならず、主語を大きくせず、難しい権利主張をせず、ニコニコと「推測形」で喋る。そうすれば、確かに「うまく」やれるだろう。可愛がってもらえるだろう。

結論:そのアドバイスは「解釈違い」につき、スルーします

だから、私はその地雷原を、お行儀が悪くても踏み抜いていくしかないわけで。

誤解しないでほしいのだけど、私は好んで地雷を踏んで爆死したいわけじゃない。誰かの地雷を踏み抜いて、お気持ちを表明されたいわけでもない。

私が「無理」だと言っているのは、「踏むな」と言いながら、地雷処理の責任だけを弱い側に押しつけてくる、そのシステム運営方針のことだ。

「わきまえのマニュアル」を返品するのは、界隈の空気を壊したいからじゃない。空気のために窒息させられる側の呼吸を取り戻したいから。

「わきまえた女」として社会公式に愛されるより、「厄介なオタク」として、このクソみたいなシナリオに「解釈違い」を叫び続けたい。

というわけで、あなたのそのアドバイスは「解釈違い」につき、スルーさせていただきます。

私たちは、あなたの想定するキャラ設定通りには動かないので。

追記:検索避けの矛盾と、届いてほしい祈り

散々「検索避け」の話をしておいてなんだけど、この記事にはタグをつけておく。

矛盾してる? 知ってる。でも、これは「地雷」を踏ませるための罠じゃなくて、同じように窒息しそうな誰かが見つけるための「灯台」だから。このクソデカ感情が、解釈一致の同志に届きますように。

#フェミニズム #腐女子 #BL #オタク #ジェンダー #表現の自由 #ルッキズム #トーンポリシング #わきまえない女 #解釈違い #お気持ち表明

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