紫季 やわらかな三日月 第四話
四、園田先生
白庭学園の受験者の約半数弱は、親族に白庭学園の卒業生を持っていた。地元の小学校から受験し、中等部から親元を離れて全寮制で学ぶ。その環境は、多くの卒業生にとって、のちの生き方にまで影響を及ぼしている。
敷地内にある、学園関係者の住む区画「居苑」には、教員やかつての生徒が多く暮らしており、そこに流れる秩序は、現役生徒の時間の延長線上にあった。
古典を教える国語科の園田も、その一人(彼の母親も白庭出身者であり、結婚するまでは居苑で暮らしていた)であった。白庭学園で学び、白庭学園で教え、その教え子である安寧と出会い、三年前、生涯の伴侶として迎えたのだ。
園田が何よりも惹かれたのは、安寧の書く文字であった。課題の提出物やテストの添削で目にするそれだけでなく、付箋に添えられた短い一言(提出がぎりぎりになり申し訳ありません、だとか、←訳は伝聞でしょうか?断定でしょうか?だとか)にさえ、彼女の奥ゆかしさや、日頃の身のこなしの丁寧さが、そのまま写し取られているように思えた。
書道部の前を通りかかると、彼女の書く文字の書かれた半紙が風に揺れ、「紫季」というサインが目に止まる。それが彼女の雅号だった。
白庭学園の教えには、「清廉、礼節、調和」とある。それでも制服をアレンジして着こなす女子生徒のいる中、彼女はスタンダードな丈のまま、むしろそれがとてもよく似合っていた。がちゃがちゃと色の多い賑やかな中にいながら、彼女のまわりの空気だけは、園田の知る素朴さがあった。
当時の考査期間前、授業も自習が多くなった放課後も、彼女は「先生……」と職員室入口で待っていたのだ。記述添削に付き合ううち、彼女の強味や弱味のみならず、彼女らしい思考や視野(一見おとなしいけれど奥に潜む頑固さや、彼女なりのこだわりや、面倒見の良さも)も手に取るように理解した。
結婚して三年が経っても、変わらず安寧は園田に丁寧な敬語を話し、二人きりの時であっても「先生」と呼ぶ。あのころから変わらない礼節ある振る舞いを、園田は疑ったことがなかった。
授業に余裕がない日でもランチタイムのカフェテラスには行かず、居苑に戻って安寧の手料理をとることを、夫婦の時間として大切にしている。自らのために設えられた一汁一菜と、それを前に「いただきます」と言う安寧。夫を待つ安寧。
それが、園田にとって何よりも安らぐ居場所だった。愛や恋やをしてこなかった園田にとって、安寧が両手をそろえて「どうぞ」と差し出す茶碗は、愛情と呼ぶほかない、変わらぬ形なのだ。
光源氏が紫の上を理想の女性に育て上げたように─そう、説明すればきっと誰にでもわかるだろう、知性・品格・美しさ。安寧が目を伏せ、ただ委ねるその姿を、園田は心から愛おしく思っていた。規律の中の彼女は、その艶めいた黒髪と共に、粛々と美しい。
夜、寝室で園田が誘えば、彼女は明るさを恥ずかしがり、電気を消すことがいつしか習慣になっていた。多くを求めず、恥じらいながらも園田を受け入れる安寧は、しっとりと静かで温かだった。
恋愛というよりも、価値観やモラル、そして長く育まれた信頼関係によって結ばれた契約――そうした静かな成り立ちの家族が、居苑には多く暮らしていた。
それにしても、と園田は先週の考査の答案を添削しながら思う。規律と秩序を重んじてきたこの学園も、ずいぶんと開けてきたようだと。
女子生徒のスクールバッグには、マスコットキャラクターがいくつも揺れ、考査前だというのに教室では大声の笑いが弾んでいる。園田はその光景を脳裏に浮かべながら、落ち着きのない文字で書かれた誤答に静かにチェックを入れた。
案の定、会議後の『中央亭』での食事、そしてそのあとのパルムドールでは、相変わらず上原先生の文豪語りに花が咲き、それは必ず芥川の美意識を経由して、最後は太宰治の入水へと着地するというその一連を、まるで古典落語のように聞いていた。園田は、帰宅したら、安寧にも漏らすのだろう。そして、
「上原先生もお好きですね。先生の『羅生門』の授業は、私たちの頃からそれは有名でしたもの。」
と笑う、安寧のあの顔(目は三日月のように細くなり、くっくっと堪えきれずに漏らす笑い声)が目に浮かぶようだった。
食事後、園田が居苑に少し立ち寄ると、安寧の乗る軽自動車が見当たらない。この時間に彼女が外出することは、今までめったになかった。
「出かけているのか…。」
朝は何も言っていなかったはずだ。
マドレーヌの紙袋を、テーブルの中央に置く。
ガサッ、という音が、居間に残った。
園田は脱いだ方向のままの皮靴を履いた。
