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写真を撮るとき、言葉は必要ですか

「私の第一言語は絵」

この言葉を聞いて、戸惑いが隠せませんでした。
自分は写真を撮るときに、言葉を必要としているのか、すぐに答えが出せなかったのです。

すでに出来上がった作品を言葉で説明することはできます。
しかし、制作時点で言語は必要なのでしょうか。
今日はそんなことを考える短めの記事。

言語が必要な部分と不必要な部分がある

写真には、言語があった方がいい部分と、無くていい部分があると思うのです。
予防線を張っておくと、完全に個人的な主観です。

言語がなくていい部分は、
「この○○構図は△△っていう効果があって~」
「この光の向きは◇◇で、**を意味していて~」
「設定値は××で~」
「これは花です」
みたいな説明
言い換えるならWhatとかHowの部分になります。
写真を解説する機会があるなら別ですが、私個人は「そんなのいちいち脳の計算リソース割いてまで言語化する必要ない」と思っています。
冗長ですし。

言語化が必要な部分は、
「この被写体を、なぜ素敵だと思うのか」
「なぜこの切り取り方をしようと思ったのか」
という”なぜ”や”衝動的な気持ち”の言語化です。
言い換えるならWhyの部分になります。
これは普遍的ではない、あなただけの思考であって、あいまいで抽象的です。
写真そのものが視覚的に雄弁であれば伝わりますが、少なくとも私程度の技術では言語化しなくては伝わりません。

プレゼンで言われる「ゴールデンサークル理論」に近いかなと。
私が好きな理論ですので、もしご興味あればググってみてください。

言語が置いてきぼりで問題ない写真もある

たぶんそんな写真もあります。
私が思いつくところでいえば、HIROMIXさんの作品。

ざまざまな批評家が語っているので、細かくは触れないでおきます。
ひとつ言えるのは、かなり感覚を重要視して現像された作品であるということです。

コンテンポラリーアートというか俗物的というか。
「これを撮りたい」という強烈な衝動。
まさに雄弁な写真。

この写真たちを"Why"で問うと「撮りたいから」、もしくは「自分の感情表現の手段としての写真」になってしまいます。
すると"How"と"What"がボヤケるというか、写真じゃなくてもいいじゃん、となります。

では、何が写真を雄弁たらしめるのでしょうか。
言語化すべき・すべきでないの、別視点での回答はあるのでしょうか。

いつ考えたことなのか

私が写真を抽象的に考えるとき、よく参考にしているトモコスガさんの動画を参考資料として引用します。

トモさんは動画内で「事前に考えたことが重要であって、撮った後に言語化すると禅問答のようになる」と指摘しています。
「作る過程に、なにを感じたのか」
「自分を突き動かしたものはなんなのか」
「コンセプトは何か」
これこそが言語化しておくべきポイント
だと。

ゴールデンサークル理論は図らずも近い指摘でした。
足すとしたら、Why→How→Whatという時間軸が存在するのだから、根源的なWhyを言語化すべきだよ、という点でしょう。

ここで考えるべき点として、時間的な動きをより詳細に考えることです。
写真を撮るときは、①事前検討→②ロケ地で検討→③設定調整↔④撮影↔⑤確認→⑥レタッチ、の順で進んでいきます。
一連の流れのうち、②③④⑥はHowとWhat、①はWhyの要素を含んでいます。

個人的には①で十分考えることが大切ですが、⑤のタイミングで「なぜこの写真で感動しているのか」と考えることも重要だと思っています。
特に私はポートレート撮りなので、モデルさんに「自分はこの写真を、こう素敵だと思う」「写真のあなたは、ここが素晴らしい」と言葉にして伝えることは大切にしています。

なんでその写真に自分が感動したのか、撮った瞬間の感動そのもの、は言語化すべきです。
そこに”Why”があるから。

まとめ

・写真には、言語化すべき点と、そうでない点がある
言語化すべきなのは、事前に考えたこと=コンセプト、なぜ=Why
言語化すべきでないのは、後から考えたこと、HowやWhat

ここで冒頭の『ゆる美学ラジオ』に触れておきます。
パーソナリティのNatashaさんは動画内で、「絵画はもっと肉体的なものでもいい」と語っています。

私は写真も同様に、「これを撮らねばならない」という衝動に突き動かされてもいいと思っています。
実際ポートレート撮影の時は、感動してシャッターを切る回数が爆増する瞬間が訪れます。
そうすると考えるよりも先にシャッターを切り、後からなんでだろうと考えることも多いのです。

以前、『いい写真は語れる写真』という記事を書きました。
撮った時のエピソードだったり、どんな気持ちで撮ったのか、どんな気持ちになったのか、を後付けで語ることって素敵だと思うのです。
エピソードや感情をWhyの視点で言語化できるなら、後から考えることも悪くないと思っています。

さて、最後に質問だけ投げて終わりたいと思います。
SNSへ写真を投稿するとき、あなたはキャプションをどのように付けますか?

それでは。

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