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鉛筆一本で説明会に行った父が、楽天で1200番目にECを始めた

池上です。
前回は売上は伸びているのに利益が残らない理由について書きました。

今回は少し、話を変えて、昔のEC黎明期の話をしようと思います。
昔、懐かし、恥ずかしの当時を振り返ります。



中目黒の説明会に行った父

私がいた白鳩という会社が楽天市場に出店したのは1999年。出店番号は1200番目くらいだったと、後から楽天の方に教えてもらいました。

楽天市場の創業が1997年ですから、わずか2年のあいだに、1200人もの好奇心旺盛な人が「よし、やってみよう」と飛び込んでいたことになる。
そして、その1200人の、誰一人として「ECで成功する型」を持っていなかったし、「成功する」とも、思っていなかったんじゃないかなぁ。

父が新聞の切り抜きを持って、楽天創業の地、中目黒の説明会に、鉛筆一本で参加した話を後から聞きました——それが当時の本格的なEC参入のリアルな姿でした。

今でもはっきり言えます。
ECを始めたのは父であり、私ならば100%、ECなんて始めていません。京都へ帰って、リアル店舗で頑張ろうと思っていたので。
だから、この事実。唯一、父を尊敬している部分です(この点以外は、ほぼありません笑)

あの頃は現在のように、EC業界全体を俯瞰的に眺めることなんて、できないし、する人もいなかった。とにかくそれぞれが自分のことに必死で手がいっぱいで、他人のことなど、いざ知らずという状態だったと思います。

間違っていることも、分からなかった

コロナ前に、楽天さんから「ネーションズ」というプログラムで、講師をしてくれと依頼されました。断る理由がなかったので受けることにしました。実績のある店舗が他の店舗を指導する仕組みで、私が京都地区の担当に指名された。

そこで目の当たりにしたのが——ECの経営者がいかにどんぶり勘定で経営しているか、という現実でした。この事実に遭遇したときの驚きは、今でも忘れられません。そりゃ三木谷さんも焦るわ、と思ったぐらいで。その頃の白鳩は、上場もしていたし、それなりの仕組みが構築できていたので、現実を知ってどうしたものかと少し不安になりました。

でも、昔は違った。

何が正解か分からなかったので、間違っていることも分からなかった。判断基準がなかったから、間違いにも気づけなかった。唯一、お客様に間違えた商品を発送して、「これ頼んだのと違うんですけど」と言われた時はさすがに間違ったと分かりましたけど(笑)。

唯一、頼りになったのは、職域販売の頃からあったオフコンの簡易な販売管理システム。何故かカナ変換で、画面が黒色に緑の文字のやつです。カード決済が主流ではなかったので、ほとんどが後払い——売上げをこのシステムで管理していた。

物流の現場はもっとアナログでした。私が先頭を切って、営業時代に出入りしていた物流センターを真似してやっていただけなので、正解なわけがない。メーカーごとに棚に商品を置いていたでの、パートさんには「この品番はあのメーカーだから、あそこにある」と頭の中で覚えてもらっていました。究極の属人的プロフェッショナル技です。倉庫を引越して新しいパートさんが来た瞬間、全部崩壊しました。

それでもなんとか続けていると、別の壁がやってきた。出荷量が増えるにつれて、ダンボール業者の規模が追いつかなくなって、何社も変遷することになった。ダンボール業界なんて知りもしないから、自力で探すしかない。何社か交渉してみても、似たり寄ったりで、最終的に経営者自ら営業に来てくれた業者さんにお願いすることにした。そこで初めて「トムソン」(ダンボールの型抜き加工のこと)という言葉を聞いた——最初、てっきり人の名前かと思ったぐらいです。
この業者でいいのかどうか、誰にも聞くとこができないので、「良し」て感じだった。

でも、業者さんとあれこれアイデアを出し合って、最終的に生まれたのが「ガムテープ1カ所貼りのワンタッチ式・ブラセット2組入り60cmサイズ」の箱でした。今振り返ると、業者さんには本当、無理を言って協力してもらっていたなぁと思います。感謝しかないですよ、ほんまに。

もし当時、いろいろと教えてくれる有能なコンサルさんがいたなら頼みたかったわ!と今でも思います。——でも、どこにもいなかった。みんながみんな、手探りだったんです。

孤独のまま、消えていく人がいた

楽天市場のショップ・オブ・ザ・イヤーを受賞した店舗だけが参加できる、ご褒美旅行「SOY TORIT」で、他の経営者の方と会う機会が年に一度ありました。台湾、中国、シンガポール、アメリカ——世界のECの最先端を一緒に訪れる旅です。私はそれに11年連続で参加しました。

参加する中で、気づいたことがあります。
ECの経営者は、

社外では自信満々の装いをする。
同業者同士では、ほぼ話をしない。
悩みは公言しない。

「表裏のある京都人と一緒やないか」と思ったものですが——私も、"悩みを公言しない“だけは同じでした。みんな必死で、みんな手探りで、でもそれを見せなかった。

ある旅行中のことを、今でも思い出します。
楽天市場でよく知られた経営者の方が、他の人とまったく混じらずにいました。旅行中、誰かと話している姿を、ほとんど見た記憶がない。

その数年後、その会社はなくなっていました。

何があったのか、私には分かりません。ただ——経営者たる者、千載一遇の機会に孤独のまま情報を取りに行かなくなると、いつか消える。あのとき、静かにそう感じました。

だから私は、「今度お邪魔します」と社交辞令的に挨拶をしても、相当の確率で本当に行くタイプです。何だかんだ、20社ほど、ご訪問させてもらったと思います。「ほんとうに来るなんて・・・」と思われていたはずですけどね。

一番気合いを入れて乗り込んだ、群馬のペット用品大手・チャームさんには、けちょんけちょんに跳ね返されましたけど(上には上がいるを目の当たりにした瞬間でありました)

——貪欲に飛び込まないより、跳ね返された方がずっとましです。

時代が変わっても、変わらないもの

あの頃を一言で言うなら——「何とも悍ましい世界だったなぁ」と。

朝から晩までひたすら出荷をする。これの繰り返し。それもアナログな方法でやるしかなかった。明確な目的やゴールが見えていないのに、何故か頑張っている。でも、毎日忙しくてクタクタ。

でも、このまま頑張ったら、その先に何かが待っているんじゃないかという、ある種の希望はみんなが持っていたと思います。新しい世界に向かっているんだと信じることが、唯一の心の拠り所だったと思います。

あれから四半世紀が経ちます。楽天もAmazonも当たり前になり、SNSが生まれ、AIが来た。「今度は何が来るんだ」という手探りは、形を変えて今の経営者も感じているはずです。

試行錯誤の種類は変わる。失敗の形も変わる。でも、変わらないことがひとつあります。もし、今でも白鳩の社長だったら、毎晩、寝る前にベッドでスマホと睨めっこし、自分とこのサイトのいけてない箇所をチャックしているだろうと。何とも滑稽ですが、仕方なしと割り切ってやっているはずです。

情報を取りに行くこと。孤独にならないこと。
お客様との接点を大切にすること。
そして、続けること。

画面が黒色に緑の文字のシステムで後払い管理をしていた時代も、AIが当たり前になった今も——EC経営で大事なことの本質は、変わっていないと思います。

では、その「大事なこと」とは何か。
次回は、その話をしたいと思います。


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