傍観者だったぼくが父になるということに向き合う
こどもが産まれる。
それは人生でいちばん非合理な決断だったのかもしれない。
合理主義で、他人を信用できない男が「親になる」という現実に
向き合いながら過去と対峙する話です。
・我が家に令和産まれがやってくる
ぼくはふじ。
30代、既婚。子どもはいないけれど、アメリカで暮らしている。
――そんなぼくに、子どもができるらしい。
2025年の年末、令和生まれの命がやってくる予定だ。
「らしい」とぼやけた言い方になったのは
正直、まだ実感が湧かないから。
だけど、無理もないと思う。
この5年間、希望を抱いては落胆し希望を持っては砕かれて――
それを繰り返してきた。
期待することすら、いつしか止めていた。
アメリカにいながらも不妊治療を続けていた。
でも、医療費が高く200万円をかけても上手くいかなかった。
悩んだ末、日本で体外受精をすることを決意し
ようやく実が結んだ。
妊娠前にぼくは妻にこう伝えていた。
「二人の時間を楽しもうね」
「期待しすぎないようにしようね」
できるだけ負担を減らすために。
傷つかないように。
でも彼女は気持ちを押し込めながら
日々を過ごしていたんだと思う。
彼女は感情がすぐ顔に出る。
悲しいときには、ちゃんと涙が流れて。
嬉しいときには、まるで花が咲くみたいに笑う。
――まあ、そんなところが、好きなんだけど。
・自己紹介
「お前誰やねん」って思われる前に、少しだけ自己紹介を。
仕事では2度の転職を経験して、いまは駐在員としてアメリカにいる。
Xとnoteを始めて、2か月ちょっと。
ふだんは「アメリカ駐在」「英語」「資産形成」なんかを発信する。
これまでは“情報発信”寄りだったけど
初めて自己開示エッセイを書いた。
最後まで読んでもらえるとうれしいです。
・まえがき
ぼくは営業として人と接するのは苦手じゃない。
そして社会の中で自分一人で生きるだけなら
きっと問題なくやっていけると思う。
そして親としても——
きっとそれっぽく”表面上の良い親”に演じることが出来るはず。
でも誰にも見せたことのない、見せたくない
”嫌な部分”がぼくには確実にある。
人にはそれぞれ弱さや醜さがあるのは分かってる。
だけど、自分のそれを見て見ぬふりして
親になったら、取り返しのつかないほころびを
生むんじゃないかと怖くなることがある。
ぼくは自己中心的で、冷めた合理主義なことろがある。
貧しい家で我慢して育ったから
同じような苦労はしたくないって
自分のことだけを考えて生きてきた自覚もある。
それに、いじめとか、失恋とか色々な経験から
人を心の底から信じるのが難しい。
・人を信じるのが怖かったころ
親は高卒、4人兄弟の仲で大学へ進学したのはぼくだけ。
少し貧乏な家庭で育ち周りからはからかわれることがあった。
ランドセルも服も、兄のお下がり。
体操服は兄二人の汗が染みついていて。
洗っても臭いが落ちないくて
同級生から──
「アンモニア」ってからかわれた。
でも嫌われるのが怖くて笑ってふざけて愛想を振りまいた。
時にはそれがエスカレートして
蹴ったり殴られたりすることもあった。
痛かったけど、泣いたり怒ったりするより、
笑うほうが楽だった。
気付いたのは―――
「人って他人を貶めるものなんだ。」ってこと
だった。
この感覚は大人になっても、消えていない。
底に張り付いてこびりついて取れない焦げのように残ってる。
大学時代、長く付き合った彼女がいた。
大恋愛だった。
告白をしたときは心臓にスピーカーがついてるかと思うぐらい
身体からズシズシ鳴り響いてたのは覚えている。
まあ結局浮気されてフラれたんだけど。
あのときは、這い上がれない地獄の底に落ちた気がした。
ただ今なら思う。
自分のことしか考えられなかったから
嫌われて当然だ。
人を信じようと妄信的に彼女を追いかけてた。
でも他人を信じてなかったのが見透かされてたんだと思う。
社会人になってからは
人格から全てを否定されたことが何度かあった。
「お前はたまたまクビになってないだけ」
「お前はどこに行っても役立たず」
「英語が多少できても日本語が何言ってるかわからない」
本当はもっと詳しく書こうと思ったけど、
もうちょっと心に余裕があるときに詳しく書くね。
生きてて人の役に立つのかなって思ったこともあった。
心を開くのがどんどん怖くなった。
他人に心を許すのは怖い。人は裏切るし悪意をもって牙をむいてくる。
・合理的な考えに非合理な感情
「自分は一人でもやっていける」
「心を通わすとか、自分をさらけ出すとか、そんなの一生無い」
いつの間にかそう思うようになってた。
でも妻と出会ってから少しずつ
過去の自分がほぐれていくような感覚があった。
妻は自分にないものをたくさん持っている。
人への関心、共感、温かさ。
嫌なことがあっても顔に出さないぼくを
彼女はすぐ見抜いて「今日疲れてる?」って
そっと好きなご飯を出してくれる。
誰にも見せたくないぼくの心の嫌な部分を
彼女になら見せれる。
こどもを産むというのは彼女の意思が強かった。
最初はそれに同意し乗っかっただけかもしれない。
ぼくはずっと当事者のふりしたただの傍観者だった。
自分本位で、
人に本気で向き合えないぼくは
「子どもを持つ」なんていう非合理な決断はきっと選べなかった。
本気でこどもを迎える準備なんてできてなかったと思う。
でも、彼女がもがいて、泣いて、それでも前を向こうとしていた。
その隣にいるうちに、いつの間にか僕の中にも “何か” が育っていた。
子どもができたって聞いたときは
ぼくが一番喜んだんじゃないかな。たぶん。
とても嬉しかった。心から。
ふと思う。
ちゃんと親になれるのかな。
取り繕ってきたこのぼくにも
ボロが出たりしないかな。
嫌な部分を彼女にさらけ出したらなんて言うかな。
もう知ってたって笑うのかな。
それでも彼女と一緒なら――
ぼくもちゃんと「愛せる」ようになるのかな。
・最後に
海外駐在の情報発信で始めたnote。
これまで、家族にも友人にも自分の過去や内面を
あまり語ってこなかった。
きっかけは検証ニキさんのメンシプのメンバーの方々から自分の心のうちを出しなよって声をかけてもらった。
誰かのために書いてきたnoteだけど、
この記事はぼく自身のため。
これがその最初の一歩
今こうして多くの人に読んでもらえたり、
繋がりができたりしていることに満たされている。
このnoteを書くことで、少し勇気が出た。
もしこれが、誰かと本音でつながるきっかけになれば嬉しい。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
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