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世界を再びマジカルなものへ―縄文のまじない@富士山かぐや姫ミュージアム【随筆】

 現代は科学的思考によって、自然と人間が分断されている。
 そんなことを考えていた中、noteで静岡県富士市のかぐや姫ミュージアムの企画展が面白いと教えてもらった。
 富士市内で出土した縄文遺跡の遺物を中心に、関連する中部高地の遺物のレプリカなどを交えて、縄文時代の「まじない」についてまとめたもので、とても見ごたえのあるものだった。


富士山かぐや姫ミュージアム

 東名の富士インターから西富士道路「大渕・広見インター」より3分のところにある広見公園内に、富士山かぐや姫ミュージアムはある。
 公園内はいくつかのゾーンに分かれており、そのうちの一つが、ふるさと村歴史ゾーンで、市内の各所から移設された文化財建物があり、また歴史民俗資料館などが近接している。
 この一角にある富士市立博物館の愛称が「富士山かぐや姫ミュージアム」だ。平成28年にリニューアルした建物は、まだきれいで、展示も充実しており、近隣市民としてはいつも、うらやましいと思う。

 なお、今回紹介する企画展「縄文のまじない~不思議な道具はなぜ作られた?!」は、令和8年2月7日~4月12日に開催されたもので、現在は終了している。

企画展「縄文のまじない」

 今回の企画展は、富士市内の縄文時代の出土遺物と近隣(特に中部高地)との関わりに焦点をあてたもの。
 テーマは「縄文のまじない」で、用途のよく分からない不思議なものとしての土器や土偶、道具を、もう少し踏み込んで読み解こうとしている企画のようだ。

 4つのセクション「うまれる・豊かなくらしのために・死と再生・縄文のあとで」に分かれていたが、大別すれば、「豊かさへの祈り」と「再生への祈り」なのだと思った。

豊かさへの祈り

 まずは、土器に刻まれた生き物たちを見ていこう。

富士市内でも、土器にマムシやサンショウウオらしきものが記された
 自然界に見られる動物や生き物の特徴を借り、まねることで、その力を引き込もうとする思考パターンは、世界共通のものだろう。

 マムシ・サンショウウオ・カエルは、いずれも多産であり、その力を借りるため、この土器に刻んだものとされる。
 これら生き物を象った文様は「抽象文」と呼ばれる。

 現代でも、その感覚は分かる。
 武術の象形拳――例えば、蟷螂拳(とうろうけん)、猴拳(こうけん)、蛇形拳などがある。いずれも動物や生き物の特徴をとらえ、その動きを武術の動きとして取り込み、強さを得るものだ。
 この土器に見えるのは、強さというよりも、安産や多産の意味合いだろう。しかし、人形の土偶やお面に刻まれる刺青をした人物像を見る限り、人体に動物の特徴を刻んでいたとしても不思議はない。
 現に、いまでもワニの強さを得るために、歯を削ったり、皮膚を故意に傷つける風習が残っているところもある。

顔面把手は、本来土器と一体になっていたものと思われるが、出土時は把手部のみで出土することが多いようだ。あえて壊されたのか、もろく壊れやすいものだったのか。

バリエーションに富むようで目元の表現、口をぽかんと開けた表情は、共通した「意味」の存在を想起させる。中央の顔面把手の髪は蛇の表現であろうか。

 わざわざ粘土を持ってきて、実用的ではない突起や装飾をつけるのであるから、何かしらの意図があったとは思う。
 当時の社会は、多産多死であったと思われるので、安産と多産を願ったというのは、もっともらしいが、何かそれだけではつまらない

 仮に目的はそうであったにせよ、顔面把手の意味、顔の造形の意味、胴体部に刻んだものと把手の違い、土器の中には何が入れられたのか、出土時の状況は?などいろいろな疑問が湧いてくる。

 この後に紹介する埋甕もその胴体部に意匠が刻まれているが、いずれも埋めて、壊されているようだ。埋めるという行為は、それに対して区切りをつけることだ。
 埋めたものに呪力を込めたのではなく、呪力を断ち切って埋めたのではないかと思う。
 完形の状態で、そこに何かが入れられていたのであれば、それは呪力を持った何かを生成する装置であったのだと思う。それはいつ作られ、いつ使われたのか・・・

土器を母胎と見立て、安産を願ったのかもしれない・・・と解説にはある。
複雑な突起をもつこれら土器の中に「貯められた」ものはなんだったのだろうか。
把手はヒトの顔のように見えるが、どちらかというと植物のような気がする。

 やや上向きにぽかんと口を開けて作られた顔面把手、口縁の下に泳ぐカエルやサンショウウオ、ヘビ。
 顔面は天界の力を受けそれを蓄えるもの、口縁は海や水面を表し、そこにうごめく霊力(多産)を持ったものの力を閉じ込めるもの・・・だったのではないか、そんな想像をした。

並んだ状態で見つかった石棒(国立市 緑川東遺跡)

 石棒も豊作への祈りに連なるものだろう。
 石棒は、男性のシンボルであることは疑いようがない。そのシンボルが生み出す力は、大地=子宮=母胎に屹立することによって豊穣(多産)がもたらされるとみなされた。
 こうした分かりやすい呪術が行われていたのだろう。
 神々は擬人化され、人の営みと類似した行為が神々の間でも行われると信じられていた。
 植物が新たに花を咲かせ、実を結ぶその不思議なメカニズムを人々は、神々の営みとして説明していたのだ。

 生命力の象徴である石棒は、すでに始まっていた原始農耕における豊穣の象徴にもなった。自然界にはあらゆる意味があふれ、それが人々の生活につながっていたのだ。

まじない~自然界に現れる予兆や意味を知る

 占いは現代でも続いている。
 気まぐれな自然の現象の中に、未来の予兆を読み取るものであり、一方で、その中に心の願いを映し見て、顕在化することで「予祝」する効果もあるものだと思っている。

骨を使ったまじない 写真は鯨の骨
土面や土偶などは、やはりまじないに使われたものだろうが
それはどのような儀式だったのか
中部高地で出土する水煙文土器
蠢く循環するエネルギーを感じる

 ごく個人的な未来を占うものであれば、どの未来が訪れても大差はないのだろう。
 ところが後者、つまりコミュニティの未来を占う性格を持ったものは、失敗は許されない。コミュニティの願いは、自然のふるまいの中に投影され、それがもっともらしく神々の意思として伝えられた――
 わたしは、縄文時代の占いの大半は「予祝」の意味合いが強いのではないかと思う。
 つまり、動物の骨、あるいは動物土偶によって占われたものは、結果は決まっていて、それが出るように無意識に意図されたものだった。

 装身具もまじないのひとつだろう。
 石の種類や色によって力をまとう——その感覚は、病気やケガから身を守る「お守り」として現代にも生きている。

おしゃれな縄文人
多く出土するのがネックレス型のもの
紐で首飾りとしたものや単体で持ち歩いたものがある

再生への祈り

原町農業高校前遺跡(縄文中期) 山梨県立考古博物館蔵
顔面把手、胴体部への人体(あるいはカエル人間か?)を刻印したもの。
出産土器といわれるもので、子宝を願うまじないの一種とされる
重要文化財の土偶 鋳物師屋遺跡(縄文中期)南アルプス市教育委員会蔵
おなかに手を当てる妊婦とされ、子どもを気遣う母性を表している
中央に走るチャックのような線は妊娠線とされ、その下の三角形は、子宮と見做されている
仏具のような石器と解説されているが、私は石棒と同じく男性のシンボルではないかと思う
埋められた土器は、逆位置かつそこに孔が開いているものが多い
乳児用の棺と説明されていたが、実際の用途はいかに

 死は次の生につながる循環的世界観の中にあり、生をもたらす力は、限りある神々の世界からの贈り物と捉えられていた。
 安産を願う気持ちとともに、死産あるいは幼くして亡くなった子どもは、再び神々のもとに帰って、新たな生をもたらす力として、贈られてくる。

 甕に入れ、埋めた行為が意味するところは、腐敗を避ける現実的な意味合いもあっただろうが、土中に埋めることで、現世との関係を断ち、神々の世界へ返したということが大きかったのではないかと思う。

この土器の母胎、胴部にあるヘビはまだまだ具象だが、やがて抽象化したものが渦巻き状の文様、唐草文ではないかと思った。

 カエル、サンショウウオ、ヘビは土中に棲み、やがて満ち欠けを繰り返す月のように、土中から蘇ってくる。
 多産の象徴であり、土中から蘇ってくる力を持った象徴として、それらが刻まれ、やがて抽象化して唐草文様に似た意匠になったのではないかと思った。

 死の世界になぞらえる冬を土中で過ごし、春に土中から蘇るカエル、ヘビ、サンショウウオは、その再生の霊力をもつ存在であり、その力を土器に付帯させ、再びの蘇りを願った。
 豊かさへの祈りと再生への祈りは、縄文の精神においては、もとより同じひとつの願いだったのだ。

じょうもんの後で

 この富士市の企画展が面白かったのは、縄文期のまじないで終わらず、それが現代に至るまでどのように残ったのか、までを考察している点だ。
 稲作、農耕文化と共に、式次第や教理が整った祭祀が入ってくる。
 原始的な生殖を自然界に投影したまじないではなく、王が執り行う巨大な祭祀――宗教が始まる。

 興味深いのは、縄文時代まで土器にはほとんど現れなかった「鹿」が登場してくることだろう。
 鹿の角が生え変わることから、これも再生の象徴として信仰されたとの説を読んだことがあるが、それならば縄文時代から信仰されてもよいのではないかと思った。

 土器に登場しなかった鹿とイノシシ、カエル、ヘビなど縄文中期の土器に張り付いていた動物の違いは、寝床ではないかと思う。
 カエルやヘビは、水中・土中に潜り、イノシシもまた草の中に隠れ潜む。熊も穴倉を作る。
 一方鹿は視界の開けた林に群れで寝る。
 土中から生まれてくるように見えるものと、そうでないもの。
 そこが縄文人にとっての違いだったのかもしれない。

鈴の埴輪、木の石棒(!)そして墨書がある土器、鹿の土製品もあった
銅鐸もまじないや祭祀の道具とされる
弥生時代以降ガラス玉の製作が始まる
勾玉や埴輪などが大陸の技術を使い生産されていく
一定の儀式次第に則った祭祀が想像される

 特殊な埋葬法(舟葬)の展示も面白かった。
 これは木の船に遺体と装飾品を乗せ流す(流したのは沼地のようだが)。
 魂が来る場所が、海の向こうであるという他界観を示す事例のようだ。
 ニライカナイや補陀落渡海にもつながる思想だと思うが、これらは縄文期の木造物が残りにくいだけで、実際は地域によっては、既にあった事例ではないかと思う。

沖田遺跡の準構造船(丸木舟)

 縄文のまじないは絶えることなく、山岳信仰や修験道の形をとって現代にまで流れ続けている。

世界をふたたびマジカルなものへ

 現代は科学的思考によって、自然と人間が分断されている――そんな問いを抱えつつ歩いたこの展示で、あらためて自然の中にある人間の営みを見つめ直す必要を感じた。
 私たちの中に、縄文人の血は、少なくとも1割は流れているという。縄文人が暮らした意味に満ち溢れた世界に、この土偶や土器を通じて触れ、想像の中で旅してみてはどうだろうか。

 意味の失われた物質と記号が取り巻くようなこの現代世界に、再び豊穣な意味とイメージが伴ったマジカルな世界を取り戻すことで、進む環境破壊や生きる意味の欠如に対する答えの方向性が見つかるのでは――いや、そんな大層な目的を持つ必要はない。

 単純に、マジカルな世界――世界の再魔術化によって、彩を与えられた自然の中に生き、遊ぶことがとても楽しいのではないかと思う。

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