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タイミー物語 #1 カードの支払いと、一日だけの同僚たち

発信活動を、ぴたりと止めて半年が過ぎた。

世の中には「ストック型ビジネスをつくれば、不労所得で悠々自適」みたいな景気のいい言葉があふれている。

あれは半分、本当だと思う。

ただし、残り半分は、少し大きめの勘違いである。

私も長年かけて、「寝ていても少しずつお金が入る仕組み」をつくってきた。自分が寝ているあいだにも働いてくれる。なんて健気なのだろう。私よりずっと勤勉で、文句も言わない。

けれど、ある日ふと気づいた。

ストックは、放っておくとストックではなくなる。

情報は古くなる。世の中は変わる。SNSの空気も変わる。昨日まで仲良くしていたはずのアルゴリズムは、今日になると「あなた、どちらさまでしたっけ?」という顔をしている。

そしてAIが出てきた。

別にAIが悪いわけではない。便利だし、私だって使う。悪いのは、便利なものが現れるたびに、世の中が急に「最短距離で正解にたどり着くこと」だけを目指し始めるところだと思う。

似たような構成。似たような結論。似たような言葉。

「これをすれば人生が変わります」
「知らないと損です」
「たった3ステップで」

情報の世界には、いつからか金太郎飴が増えた。切っても切っても同じ顔が出てくる。

私は、会社員を辞めてから十年以上、インターネット上で発信をして生計を立ててきた。文章を書いたり、動画を出したり、教材をつくったり、ときどき何かを紹介したり。

本当はただ、言いたいことを言いたかっただけだった。

けれど発信が仕事になると、「何を言いたいか」よりも「どうすれば届くか」が先に来る。伸びるタイトル。離脱されない構成。共感される言葉。気づけば、自分の頭のなかまで、誰かのタイムライン向けに最適化されているような気がした。

それが、だんだん嫌になった。

もちろん、いまこうして読んでくれている人がいることは、心からありがたい。物好き、などと言ったら失礼かもしれないが、世間がどこへ行こうと「この人の言葉をもう少し読んでみよう」と思ってくれる人がいる。

だから完全に筆を置くことはできなかった。

ただ、読者がいることと、生活が成り立つことは、まったく別の話である。

人はパンのみにて生くる者にあらず。

しかし、現金がなければパンすら買えない。

夜はイタリアン、昼は不採用

今年から私は、高知で評判のイタリアンレストランで夜に働き始めた。

レストランの仕事は面白い。

忙しい店には、インターネットとは別の緊張感がある。目の前のお客さんの表情、厨房から飛んでくる声、グラスの減り具合、料理の進み方。段取りが一つ遅れたら、すべてが少しずつずれる。

一皿の料理を、いい状態でお客さんの前に置く。

それだけのことなのに、そこにはたくさんの技術と気遣いと、名前のつかない努力が詰まっている。

仕事が終わったあと、仲間と飲む酒は驚くほどおいしい。

「今日もやりきったね」

そんなことを言いながら乾杯しているうちに、私の脳内メモリはきれいに初期化される。翌朝には、昨日の自分が何を考えていたのか、かなり怪しくなっている。

当初は、少しスマートな計画を立てていた。

夜はレストランで働く。昼は発信をする。レストランで得た経験を、また発信に生かす。働くことと書くことが循環して、人生がちょっといい感じに回り始める。

我ながら、悪くない計画だった。

現実はどうか。

目の前の業務をそつなくこなすことが、最優先になる。忙しい現場を終えると疲れている。仲間と飲めば楽しい。帰れば眠い。

そして、発信は止まる。

レストランの給料が悪いという話ではない。むしろ、あれだけ濃い時間を過ごして、仕事そのものを好きになれるのは幸せなことだと思う。

でも、四十代の男が、娘を育てながら生活していくには足りない。

私には一人娘がいる。

親バカを承知で言えば、よく頑張っている娘だ。進学のことも、部活のことも、これから出会う人や経験のことも、できるだけ選択肢を狭めずにいてほしいと思っている。

私のように、毎月の支払いに少し怯えながら生きる大人になってほしくない。

何かをつくる人でもいい。世の中の役に立つ仕事をする人でもいい。とにかく、自分の人生を自分で選べる人になってほしい。

そのために教育費は惜しみたくない。

惜しみたくない、と思っている。

実際に、滞りなく払えているかどうかは、また別の問題なのだけれど。

親の理想は、たいてい口座残高より先に走っていく。

銀行残高がクラッシュ寸前だった

私の銀行口座は、このところずっと赤字気味だった。

赤字ではなかった月のほうが多かったはずなのに、なぜか毎月、ぎりぎりで帳尻を合わせてきた。何かを売ったり、何かを手放したり、少し先延ばしにしたり。

人間は意外と、ぎりぎりでも生きられる。

ただし、ぎりぎりを続けると、ある日突然「もう、ぎりぎりではない」という日が来る。

今月末のカードの支払いが、その日だった。

キャッシュがクラッシュする。

横文字にしても、金欠は金欠である。

もちろん、手をこまねいていたわけではない。六月頃から昼の仕事を探していた。夜のレストランは続けたい。だから昼の時間に、生活の土台になる仕事を入れたかった。

しかし、面接は四週連続で落ちた。

四十一歳。元フリーランス、法人立ち上げ、経営者。十年以上、組織に属さず、自分で考えて、自分で仕事をつくり、自分で失敗してきた男。

客観的に見ると、なかなか扱いにくい。

通販サイトの運営の面接に行ったときのことだ。私は過去にAmazonやメルカリでショップを立ち上げ、商品を売った経験がある。だから面接で質問されると、つい「それなら、こう改善できますよ」と答えてしまった。

親切心だった。

でも、面接官の表情を見て、途中で気づいた。

ああ、これは親切ではないのかもしれない。

雇う側からすれば、変に現場を知っていて、余計なことを考えそうな四十代は、リスクなのだろう。入社してすぐに「この運用、変えたほうがいいですね」などと言い出しそうである。

自分で言うのもなんだが、私だって私を雇いたくない。

今お世話になってるレストランのオーナーシェフのように、圧倒的な実力と器を持った人なら別かもしれない。けれど多くの職場では、能力があるかどうかよりも、安心して配置できるかどうかが大事なのだと思う。

それは悪いことではない。

ただ、その結果として私は、昼の仕事が見つからなかった。

そして、娘の教育費と、月末のカードの支払いだけが、やけにくっきりと目の前に残った。

そこで、タイミーだった

そんなとき、ぽつりと視界に浮かび上がったのが、タイミーだった。

タイミーという仕組み自体は、前から知っていた。

私が働いていた店にも、タイミーから来る人がいた。

「タイミーさーんwww」「おーい、タイミーくんw」

名前も呼ばれない「タイミーという使いっ走り」

受け入れる側として、その便利さもわかっていた。人手が足りないときに、必要な時間だけ人が来てくれる。働く側にとっても、空いた時間に仕事を選べる。

それはまるで奴隷派遣制度。

でも、自分が使うことはなかった。

正直に言えば、抵抗があった。

「自分がそこに行ったら、何かが終わるのではないか」

そんな、ちっぽけで醜い自尊心があったのだと思う。

残高はたいしてないのに、プライドだけは立派だった。

けれど、背に腹は代えられない。

カードの支払いは、私のくだらないプライドなど一切考慮してくれない。月末になると、誰に対しても平等にやってくる。

私はアプリを開いた。

そして、知らない現場に応募した。

指先ひとつで。

一日だけの仕事には、一日分以上の人生がある

そうして始まった、私のタイミー生活。

結論から言う。

働き始めてすぐ、私は自分の偏見を恥じることになった。

タイミーには、想像以上にいろいろな仕事があった。飲食店、倉庫、販売、イベント、清掃、工場。普段なら足を踏み入れない場所に、数時間だけ入る。

そこには、さまざまな人がいる。

生活のために来ている人。副業として来ている人。夢を追いながら来ている人。仕事が好きで、休みの日にも働きに来ている人。子育てや介護の合間に来る人。人生を立て直す途中にいる人。

一日だけ同じ現場で働く。

それだけなのに、その人の人生が少し見える。

なぜ、この人はここにいるのだろう。
なぜ、この店は、今日この人を必要としているのだろう。
人は何のために働き、何を守るためにお金を稼ぐのだろう。

タイミーは、仕事を探すアプリである。

同時に、知らなかった社会の裏口を開けるアプリでもある。

普段は客としてしか入らない場所の裏側。営業が始まる前の飲食店。閉店後の店内。荷物が届き、仕分けられ、誰かの手元へ届くまでの現場。

そこには、検索しても出てこない生活がある。

私たちは、誰かの仕事の上に生きている。

それを頭では知っていても、実際にその場に立つと、見える景色はまるで違う。

そしてもう一つ、働き始めてわかったことがある。

仕事がつらいか、楽しいかは、「単発バイトだから」で決まるわけではない。

自分にできることが増えるほど、仕事は面白くなる。

最初は怖かった現場も、少しずつ手順が見えるようになる。誰かより早く動ける。困っている人を助けられる。終わったあとに「今日の自分、わりとやったな」と思える。

それだけで、仕事は苦役から、少し攻略したくなるゲームに変わる。

生計のために始めたはずのタイミーに、私は少しずつ魅了されている。

来月で四十二歳になる。

「もう歳だから」と縮こまるには、今日という日はまだ若すぎる。

これは、カードの支払いに追われた中年男が、スキマバイトという現代の小舟に乗って見つけた、人間たちの物語である。

一日だけの同僚。
一日だけの職場。
一日だけ見えた、誰かの人生。

一日だけの仕事で出会った人たちのこと。そこで見た景色のこと。そして四十二歳の私が、少し遅れて社会に参加しなおしている話を、これから書いていこうと思う。

趣味は、タイミー。

まだ少し照れくさいけれど、今はそう言ってみたい。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

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この連載では、タイミーで出会った仕事、人、店、そして四十代からあらためて働くなかで見えてきたことを、できるだけ正直に書いていきます。

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