【聖なる経済学】 コモンズの通貨③
訳者コメント:
従来の貨幣は限りない経済成長が前提になっているので、計画的陳腐化を使ってでも過剰生産し、それでも消費しきれないから戦争という破壊に突き進むのです。そこに至る道筋にも、資源確保のための自然破壊と、市場開拓という社会破壊を伴います。地下資源・自然資源をコモンズに取り戻し国有化することで、搾取は防げるのですが、アメリカがベネズエラやイランに戦争を仕掛けたのは、油田の国有化をひっくり返すため、旧来のお金の力が巻き返しを図っているのです。もう、こんなことをしている場合ではないのに。
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(②から続く)
これまで、国や地方自治体が、地域社会、人類、そして地球のために信託管理する自然の富に基づいて貨幣を発行する方法について述べてきました。しかし、富の源泉はすべてコモンズに由来するとは限りません。初期キリスト教の教父の時代から財産を批判してきた人々は、少なくとも人は自分の時間、労働、そして命を所有していることを認識していました。結局のところ、私たちはそれ以外何も持たずに生まれ、それさえも失って墓に戻るのです。何より、私たちの命は私たち自身のものです。ならば個人は、自分の生産資源を「裏付け」として、貨幣を発行したり信用を得たりできるべきではないでしょうか。
そうですね、私たちは今これと同じことを、民間企業や個人が銀行融資を通じて貨幣を創造することで、すでに行っています。私たちは自分の人生を「所有」していると言えるかどうかは別として、時間、精力、そして内に秘めた創造力の管理人であることは間違いありません。政府が信託財産として保有する生産的な富に基づいて通貨を発行できるのなら、民間企業が同じことをできない理由はないでしょう。
私がこの質問をするのは、一部の金融改革論者がこれを悪い考えだと捉え、金本位制や不換紙幣制度を中心とした経済哲学を構築し、部分準備銀行制度や民間による信用貨幣の発行禁止を提唱しているからです。この問題は「新しい経済学」における重要な考え方を表しているため、詳しく取り上げたいと思います。貨幣史家のスティーブン・ザルレンガによる最近の提案は、ロン・ポール元下院議員をはじめとするアメリカ政界の周辺層からも共感を得ています。部分準備銀行制度の廃止は、社会信用運動、オーストリア学派経済学、その他多くの支持者の哲学の一部でもあります。彼らの論理は、初め私には説得力があるように思え、貨幣が金から切り離された20世紀半ばから後半にかけての債務増加の悲惨な影響について非常に詳細な説明を提供しています。 100%準備預金制度であれば債務が通貨供給量を上回る事態を防げると主張しますが、もしそうなら利子が存在する状況で富の集中をどのようにして防ぐのでしょうか。
オーストリア学派を除けば、100%準備預金制度の支持者のほとんどは、何らかの経済再分配や財政拡大も支持していて、債務者がローンの元利金を返済するのに十分な資金を得られるよう、政府が法定通貨を経済に直接支出するなどの方法を提案しています。フレデリック・ソディは、無限の指数関数的成長が不可能なことを認識し、貨幣と富を区別した最初の近代経済学者の一人ですが、銀行に100%の準備金を求め、銀行を貨幣創出事業から排除するとともに、政府がデフレを防ぐのに十分な水準で貨幣を支出することを提案しました。アーヴィング・フィッシャーは数理経済学の創始者であり、おそらくアメリカで最も偉大な経済学者ですが、「100%貨幣」と呼ぶ非常によく似た提案をしました。クリフォード・ヒュー・ダグラスはさらに進んで、すべての市民に支払われる社会配当を提唱しました。
私は、部分準備銀行制度と全額準備銀行制度のどちらが、神聖な経済学と整合するのかという疑問を解決しようと、かなりの時間を費やしました。この問題の途方もない複雑さに苦戦し、1930年代に遡る論文を読み漁った後、ある日、私は諦めてソファに横になりました。すると、予想通り、そして少々残念なことに、この二つの制度は多くの人が考えているほど根本的に違っているわけではないということに気づいたのです。インターネット上に蔓延しているこの混乱は、一つには部分準備銀行制度の実際の仕組みに対する単純化された誤った見方から生じており、より深いレベルでは、慣習的なものと現実のものとの間の人為的で見当違いな区別から生じています。
ここでは、本書の提案はどちらの制度にも当てはめられると言えば十分でしょう。全体として、私は民間信用を含む制度に共感しています。その理由は第一に、中央当局に依存しない有機的で内発的な貨幣創造が可能になるからです。第二に、商業的バーターリング(物々交換ネットワーク)や相互信用制度のような、刺激的な新しい経済協力形態をより容易に組み込むことができるからです。第三に、金融仲介と資本形成においてより高い柔軟性を可能にするからです。そして第四に、銀行間信用決済を簡素化するからです。さらに、アーヴィング・フィッシャーの研究仲間の一部が1930年代半ばに気づき始めたように、部分準備預金〔つまり信用創造によって作られる資金〕が隠れた形で出現するのを防ぐことはほぼ不可能です[6]。考えてみてください。あなたが友人に借用証を発行し、その友人がそれを現金の代わりに別の友人に渡すだけでも、貨幣供給量は増加するのです。
信用による民間通貨発行の利点と欠点が何であれ、そして政府が法定通貨を発行するか中央銀行と連携して信用通貨を発行するかに関わらず、現在よりもはるかに多くの資金が民間銀行制度の外で生み出されるようになるでしょう。その理由は至って単純です。今日、民間信用創造の基盤となっている自然の共有財産の多くが公共のものとなるからです。例えば、企業は地下水を枯渇させる事業の収益予測に基づいて事業融資を受けることはできなくなります。その枯渇に伴う将来のコストは内部化され、使用権料として国や自治体に返納されることになります。しかし、利益を得る機会は依然として存在するかもしれません。例えば、同じ量の水をより効率的かつ生産的に利用する方法を見つけた場合などです。こうしたことは民間信用の創出の正当な根拠となります。不当なのは、本来すべての人に属するべきものを奪って通貨を創造することです。
今日、共有財産が集中的に私有されているため、所有権のみから得られる利益もまた、極めて少数の手に集中しています。生産者(そして最終的には消費者)が、製品に込められたエネルギーや原材料の全コスト、土地などコモンズの適正な賃料を支払うようになれば、今日少数の手に集中している富の多くは、代わりにコモンズの管理者のものになるでしょう。この状況は、ベネズエラやボリビアのような国が油田を国有化した場合に起こることと似ています。外国の生産者は油田を操業することはできますが、石油を採掘するサービスからのみ利益を得るだけで、石油そのものの所有権からではありません。その利益は国に入ります。その資金の使途は政治次第です。腐敗した官僚集団に渡る可能性もあれば、公共事業に充てられる可能性もあり、あるいは一種の印税収入として直接国民に支払われる可能性もあります(アラスカでは、住民一人当たりに年間約1千ドルが支払われます)。石油だけでなく、コモンズ全体にまで適用範囲を広げれば、特に地方自治体や生物地域レベルの政府機関に莫大な資金が利用可能となり、今の形の税に取って代わることになります。
コモンズ通貨のもう一つの帰結は、現在安価である多くのものの価格が大幅に上昇することです。なぜならそれらの価格には、現在私たちが他人や将来の世代に転嫁しているコストが反映されるからです。商品はサービスに比べて高価になり、修理、再利用、リサイクルに対する経済的な動機が生まれます。古いテレビを修理するよりも新しいテレビを買う方が安いという、歪んだ経済はなくなります。計画的陳腐化を進める現在の経済的動機もなくなります。そして、(すでに一部の業界で出現しつつある)新しいビジネスモデルが花開くでしょう。それは、非常に耐久性が高く、修理が容易な機械を、消費者に販売するのではなく賃貸するというものです。
ほんの二世代前なら、トースターのようなごくありふれた家電製品でさえ修理店に持ち込むのが当たり前でした。靴や服さえも修理していました。こうしたサービスは本質的に地域密着型であり、地域経済の活性化に貢献するだけでなく、物質的な持ち物、ひいては物質世界全般に対する思いやりの心を育むことにもつながります。使い捨ての物ばかりの生活は、豊かな生活ではありません。人々が創造し交換する物という、経済の主体となるものを敬意を持って扱わなければ、どうして神聖な経済を築くことができるでしょうか。自然を守る敬意に基づいた貨幣制度は、私たちが天然の原材料から作る物に対しても、個人レベルで同じように敬虔な態度を促します。
集団レベルでは、この敬意が政府支出の重点の置き方を大きく変えるという形で現れるでしょう。公共の利益のためにコモンズを取り戻すことで得られる莫大な資源は、過去数世紀にわたるコモンズ略奪の被害を修復するために活用できます。生態系災害が絶えず警告するのは、森林、湿地、海洋、大気、その他あらゆる生態系を、産業時代の爪跡から回復させることが緊急に必要なことです。この緊急性によって、私たちは消費と戦争に精力を振り向けている場合ではないと悟るでしょう。
戦争は、成長を求める経済システムにとって避けられない付き物です。土地の植民地化であれ、民族の征服であれ、社会資本と自然資本の新たな源泉が、金融マシーンを養うため常に必要なのです。戦争も消費を増加させ、先に述べた過剰生産能力の危機を緩和します。このように、資源と市場をめぐる競争は、大国間だけでなく、植民地化と帝国主義に抵抗するあらゆる勢力に対する20世紀の戦争の主要な原動力でした。資源消費を制限することは、定常状態経済、あるいは脱成長経済の柱の一つであり、これが戦争の主要な原動力を断ち切り、膨大な資源を解放して地球の再生という目標に向けることを可能にします。
私が説明した貨幣制度は、財産所有に関する古くからの不正義、そして少数者が多数者と将来世代を略奪するという、コモンズの搾取に内在する不正義を覆す上で大きな役割を果たします。しかし、重要な点が一つ欠けています。第5章で述べたように、財産に内在する不正義は貨幣にも内在しているのです。私は価値に関する新たな物語と、それを貨幣に具体化する方法について述べてきましたが、価値の物語とは無関係に、富の成長や集中を促す貨幣の強迫観念については、これまで触れてきませんでした。貨幣を土地や大気と同じようにコモンズとして扱うことは可能でしょうか。コモンズの収奪と同じように、所有者が所有しているというだけで利益を得ることを可能にする、利子のメカニズムを逆転させることは可能でしょうか。この重要な問題に、次章で取り組みます。
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注:
6. 経済学者のヘンリー・サイモンズは、1934年にフィッシャーに宛てて次のように書いています。「貯蓄預金、国債証書、さらには商業手形でさえ、要求払い預金と法定通貨の類似性と同じくらい要求払い預金に近い。現在、商業銀行と関連付けられている問題全体は、他の形態の金融制度でも容易に再発する可能性がある。…もし要求払い預金銀行を100%ベースにすることで、定期預金という形で流動的な『現金』準備金を保有する傾向が高まり、また保有するための手段も増えるのであれば、得られるものはほとんどない。こうした預金が流通媒体として機能しないという事実は決定的に重要ではない。なぜなら、それらは現金残高の目的においては効果的な代替媒体となるからだ。定期預金の拡大によって『蓄え』から流通媒体が解放されることは、要求払い預金の拡大と同様にインフレを引き起こす可能性があり、その縮小は同様にデフレを引き起こす可能性がある。」ウィリアム・R・アレン著「アーヴィング・フィッシャー」、708~709ページに引用。
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原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-11-currencies-of-the-commons/
翻訳メモ:
social dividend:社会配当。本書の重要なキーワードです。いわゆるベーシックインカムのことですが、定まった訳語はないようです。
money machine:金融マシーン
