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【聖なる経済学】 コモンズの通貨②

訳者コメント:
地下資源は、本来誰のものでもないコモンズ(公共財)であったはずですが、露天掘り鉱山が地域環境を破壊し住民の健康を脅かしても何のペナルティもなく、それが価格に反映されることはありません。私たちの労働力は、本来自分のものであるはずなのに、それを行使した結果の収入には所得税というペナルティが掛けられます。これは税のあり方として「あべこべ」なのだと、著者は主張します。コモンズはバイオリージョン(生物地域)的なものなので、コモンズを基礎とする貨幣の発行は、地方自治を取り戻すことに通じるのです。

①から続く

ここで思い出してほしいのは、貨幣として使われるあらゆる商品は価値を持つので、私たちはそれをもっと求めようとするという原則です。金が貨幣である社会では、人々は実際の必要以上に金を採掘します。牛が貨幣である社会では、人々は必要以上の牛を飼育します。一部の人が提案するように、石油やエネルギーを通貨の裏付けとして使うなら、私たちはより多くの石油を生産し、蓄えようとするでしょう。しかし、まだ地中にある石油、まだ山の下に眠る金、まだ手つかずの森林を通貨の裏付けとして使うとしたらどうでしょうか。私たちはそれらを価値の高いものと認め、ますます多く作り出そうとするのではないでしょうか。そのメカニズムは決して謎めいたものではありません。石油採掘に伴う環境コストをすべて支払わなければならないとしたら、人々は石油を地中に留めておく方法を懸命に探すでしょう。汚染の1単位ごとに料金を支払わなければならないとしたら、人々は汚染を減らすよう努力するでしょう。

同じ目的を達成するための別の手段としては、政府が中央銀行から無利子で資金を借り入れ、信託管理しているコモンズの一部を売却した利益で返済することで、信用貨幣を生み出す方法が考えられます。政府は投資家向けに債券を発行し、中央銀行は現在と同様に、公開市場でこれらの債券を売買することで金融政策を実施することもできます。重要なのは、これらの債券の利子がゼロ(またはマイナス)であることです。この可能性については、次の2章で説明します。こうしなければ、コモンズの利用を絶えず拡大する必要が生じることになります。

いずれにせよ、生産者はコモンズの利用を最小限に抑える経済的動機を持つことになります。現在、そのような動機は存在しないか、あったとしても場当たり的なものに過ぎません。この制度では社会的コストと生態的コストが完全に内部化されるでしょう。現在、鉱山会社が地下水を枯渇させたり、トロール漁船団が漁場を枯渇させたりしても、社会と地球へのコストは生産者自身の貸借対照表バランスシートには計上されません。しかしこの制度なら、もはやそうではありません。このようなコストは下流産業、そして最終的には消費者に転嫁されるので、今日の消費者が直面するジレンマ、つまり最も安価な製品が最も社会的・環境的被害をもたらす一方で、フェアトレード製品や環境に優しい製品ははるかに高価であるという状況はなくなります。代わりに、製造過程で汚染を回避した製品は、汚染排出枠にかかる多額の費用を回避できるので、より安価になるでしょう。製品の価格は、生産過程で消費される自然のコモンズの量が多いほど、それに応じて高くなるでしょう。

しかし金銭化によって環境問題が全て解決できるわけではありません。前章のミシシッピ川の例が示すように、生態系や生命体、地球そのものの価値を有限の数字で表すと、数では表せない本当の価値を矮小化することになります。したがって、コモンズに裏付けられた貨幣を設計するときに認識しなければならないのは、神聖なものは常に数値化から抜け落ちるということです。コモンズの中には問題なく計測され数値化できる分野もありますが、他の法的・倫理的な保護が必要なものもあります。

この制度では、生産過程で発生するあらゆる汚染物質や社会的コストを追跡する必要があるので、多くの役所仕事と書類が必要になると反論する人がいるかもしれません。それに対する私の答えは二つあります。まず、この制度は、私たちの行動が他の存在に及ぼす影響を知り、その責任を負うことを「望む」という、環境責任に関する新しい態度を具体化します。石油流出や原子力災害のリスクに無頓着なとき、地球に何が起こるかを見てください。私たちはますます、自分たちの行動を知りたいと望み、行動のあらゆる影響を知りたいと望み、それらに責任を負いたいと望んでいます。この姿勢は、つながり合う自己にとって、ごく自然なものです。なぜなら「他者に対して行うことは、自分自身に対しても行う」ということを知っているからです。

第二に、ここまで私が説明した内容は、今日の難解で非経済的な規制制度よりも、実際にははるかに単純です。現在の制度では環境責任と経済的利益が対立します。利用者の視点から見れば、これは単に課税対象を売上や所得から原材料や汚染へと移すだけのことです。「無料」のもの、少なくとも自分たちにとっては無料であるものに対して、民間の生産者は料金を支払わなければならなくなります。これは間接税の一形態と見えるかもしれませんが、別の見方をすれば、生産者はコモンズ、つまり私たち全員から奪い取るものに対して料金を支払っているだけなのです。これはまったく公正なことです。このような課税が実行に移しているのは、「全生命の共同体から利益を得る者は、全生命の共同体への貢献も求められる」という原則でしょう。共有財産から取る者は、公共の利益にも同じ程度の貢献をしなければならないのです。

現在私たちが採用している税、つまり公共の利益への貢献を徴収する手段は、私たちがこの世界に創り出したいと望むものとはほぼ正反対です。誰も所有すべきではないコモンズから、対価を支払うことなく奪うことができます。しかし、私たちが所有できると言える唯一のもの、つまり自分自身の生産的労働は、所得税という形で課税対象となっています。その一方で、私たちは商品の流通に対して売上税〔日本では消費税〕という税金を支払わされますが、交換に使われない蓄財には税金がかかりません。私たちは物事をあべこべに考えているのです。この章で私が説明する貨幣制度は、所得税を逆転させ、稼ぎ出したものではなく奪ったものへと課税対象を移します。次の章では、同様に売上税を逆転させ、支出から貯蓄へと負担を移す方法について説明します。

非正統的な経済思想に馴染みのない読者のために強調しておきたいのは、この提案は由緒ある経済学史の文脈に一致するということです。これはいくつかの要素を統合したものです。課税対象を汚染者と資源消費に移すという考え方は、20世紀初頭にA.C.ピグーによって提唱され、ハーマン・デイリー、ポール・ホーケン、そして多くの環境保護主義者によって受け継がれてきました。コモンズの所有から利益を排除するという考え方は、第4章で論じたヘンリー・ジョージの系譜に遡ります[3]。近年の多くの思想家は、エネルギーやその他の資源などで通貨を裏付けることを提案しています(ただし私の知る限り、地中に埋蔵されているエネルギーや資源で裏付けることは検討されていません)。この章で私が述べているのは、ヘンリー・ジョージとシルヴィオ・ゲゼルの思想をエコロジーの時代へと自然に拡張したものであり、同じ方向を目指す二、三の思想的伝統にしっかりと根ざしています。

共有財産で最も重要なものは、間違いなく土地そのものであり、これは当初から財産制度に対する批判の対象でした。この批判から生まれたジョージとゲゼルの提案は、私が説明した貨幣制度に違和感なく当てはまります。ジョージの「単一税」とは、コモンズ(土地)を使用する権利に対する料金に他なりません。この税は土地の基礎的価値に適用され、土地の改良とは無関係ですが[4]、これを賃貸借契約や使用権料という形で徴収することもできます。明らかに、土地への改良は持ち運び不可能であり、築くのに数年、あるいは数十年かかることが多いため、賃借人には更新の優先権が与えられるべきです。土地のコモンズを公共のために取り戻す多くの段階的かつ穏やかな方法が提案されていますが、既存の不動産を没収する必要はなく、地球はすべての人に属するという原則を制定するだけでよいのです[5]。これが意味するのは、誰も土地を所有することによって金銭的な利益を得ることを許されるべきではないということです。

同じことが、電磁波の周波数帯、地中の鉱物資源、地球上の全遺伝情報ゲノム、そして人類が蓄積してきた知識にも当てはまります。これらは所有権ではなく賃借権として提供されるべきであり、その賃料は公共に還元されるべきです。おそらく、これらの資産を最も有効活用できる人々が、最も熱心に借り受けようとするでしょう。起業家精神を発揮する余地は依然として存在し、むしろ現在よりもさらに活発になるはずです。なぜなら、資源の利用機会は過去の所有権ではなく、最も効果的な利用に基づいて与えられるからです。もはや「私は持つ側、あなたは持たざる側」というだけで利益を得るのは不可能になるでしょう。

先ほどの通貨発行に関する説明から、通貨の大部分は連邦政府が発行するのだという印象を受けたかもしれません。しかし私が思い描くのはそういうことではありません。通貨の基盤となる多くのコモンズは、生物地域バイオリージョン単位で管理するのが最適だと考えています。例えば多くの汚染物質は、地域の生態系に最も深刻な被害をもたらすのであって、地球全体への影響は間接的です。地域的なオゾン濃度が人や樹木への被害を引き起こしている場合、地球規模のオゾン排出を制限してもほとんど意味がありません。したがって、オゾン排出枠を裏付けとした通貨を発行するのは、カリフォルニア州、あるいはその下の行政区となる可能性があります。地域的な影響と地球規模の影響が重なる場合、汚染者は同じ汚染物質に対して二つの異なる排出枠を買わなければならないかもしれません。

最も重要なコモンズである土地は、本質的に地域的なコモンズでもあり、実際に土地は「地域」という言葉の定義そのものです。全体として、コモンズに基づいて貨幣を発行するということは、財政的、そして最終的には政治的な権限を地域に委譲することを意味します。もちろん、地球全体に関わる共有財産や人間の営みも存在します。そのため必然的に、おそらく貨幣を用いて人間の活動を調整する能力を持つ、地球規模の政治権力が必要となります。しかし、地球規模または国家レベルの政府は、本質的に地域的・局地的なコモンズを管理すべきではありません。土地、流域、鉱物、一部の漁場、そして様々な種類の汚染に対処する生態系の能力など、コモンズの多くは地域的なものであるため、私が説明する貨幣制度は、政治権力を中央集権的な政府から地方政府へと移行することに一致します。地方政府は、本物の富に裏付けられた貨幣を発行する権限を持つことになるのです。

③に続く


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注:
3. 経済地代の不公平さと非効率性は古典派経済学者にも認識されており、アダム・スミス、デビッド・リカード、ジョン・スチュアート・ミルの著作の中で批判されています。マイケル・ハドソン著「赤字委員会の愚行」を参照。
4. この区別は実際にはやや問題があります。土地の価値と、土地の「改良」の価値は、必ずしも切り離せるものではありません。まず、人間の活動によって土地が恒久的に変化し、その「根本的な価値」が変わる可能性があります。次に、改良によって他の人々がその地域に引き寄せられ、改良の有無にかかわらず、一般的に地価が上昇する可能性があります。したがって、逆説的に、土地を改良することで、改良されていない土地の価値が上昇し、改良への意欲が失われることがあります。これらの困難は、他の種類の自然資本にもある程度当てはまりますが、解決可能だと考えます。とはいえ、詳細な議論は本書の範囲を超えています。
5. 例えば、地価の3%の地価税を創設して、土地を徐々に私有地から買い上げることができます。最初は既存の物件の純粋価値によって支払えば、所有者が税金を支払い始めるのは33年後になります。

原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-11-currencies-of-the-commons/

翻訳メモ:
larger community of life:全生命の共同体。「より大きな生命共同体」では分かりにくいので。largerという比較級は、人間だけとか自分の周りだけといった狭い認識ではなく、他の動植物を含み、地域から地球全体へと拡大していく認識を表していますが、「全生命」と訳したときに、その括りを地域生態系か地球全体のどちらで見るかは曖昧なままなので、これで良しとしました。
commonwealth:共有財産。この文脈では「連邦国家」ではなく、その語源であるcommon(共通の)wealth(富)です。本稿ではcommonsを「コモンズ」と訳していますが、こちらはもう少し広い意味合いを持っているようです。


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