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【聖なる経済学】 お金:物語と呪術

訳者コメント:
 この本の初版が出たのが2011年ですから、書かれたのは2008年のリーマンショックの渦中のことです。経済が回らなくなり、売上が激減し、私が勤めていた会社でも経費節減が強化されて、カラーコピーの禁止やら県外出張の禁止やら、突然ケチになりました。
 リーマンショック前のアメリカは、若者が住宅ローンで家を買うような時代でしたが、その無理な貸付を幾重にも債券化した金融派生商品の価値は、信じるということだけで支えられていたので、人々が信頼を失った瞬間、それが崩壊したのです。
 本節では、お金そのものが合意によって成り立っている以上、経済政策の全体が「認知操作」なのだという議論が展開されます。


第8章:時代の転換点


少なくともあと百年の間、私たちは自分自身にも他人にも、美しいものを醜いと、醜いものを美しいと偽らねばならない。なぜなら、醜いものは役に立ち、美しいものは役に立たないからだ。強欲と高利貸しと用心深さが、もう少しの間、私たちの神であり続けねばならない。
―ジョン・メイナード・ケインズ(1931年)

お金:物語と呪術

経済崩壊の脅威が迫るとき、これまで現実だと思っていたことの多くが現実ではないことが見えてきました。2008年の危機はベールに開いた裂け目で、そこから露わになったのは、お金が単なる物語であることです。2010年までに、金融当局は裂け目を塞ぎましたが、不安が解消されないままコロナ禍が襲い、なんとか修復した日常も破壊されました。コロナ前でさえ日常が戻ることはなかったのに、今や私たちは不吉な未知の領域へと足を踏み入れています。

個人的な現実の激変に直面するとき、それが愛する人の死であれ、ゲシュタポの町への突入であれ、最初に人間はたいてい否認で反応します。「こんなことが起こるなんて信じられない。」ですから、2007年に政治指導者や企業経営者が危機の進行を長い間否定していたことに、私は驚きませんでした。「国の経済基盤は健全だ」とジョージ・W・ブッシュは言いました。「サブプライム住宅ローン市場のトラブルが深刻な問題を引き起こすとは思わない。大部分は抑えられるだろう」とヘンリー・ポールソン財務長官は言いました。

もちろん、こうした声明の多くは、認知操作を目的とした不誠実な試みでした。当局は、現実に対する世間の認識をコントロールすることで、現実そのものをコントロールできると考えました。つまり、象徴を操作することで、自分たちが代表する現実を操作できると考えたのです。本質的に、これは人類学者が「呪術宗教的思考」と呼ぶものです。金融エリートたちが聖職者集団と呼ばれてきたのも、決して無意味なことではありません。儀式用の装束を身にまとい、難解な言語を話し、謎めいた銘文を操る彼らは、たった一言、あるいはペンの一振りで、富や国家の興亡を左右することができるのです。

ご存知の通り、呪術宗教的思考は通常うまく機能します。シャーマンの儀式であれ、歳出予算案への署名であれ、口座残高の計上であれ、儀式が人々の信じる物語に組み込まれている場合、人々はそれに応じて行動し、物語が割り当てた役割を演じ、物語が確立する現実に呼応します。昔なら、基本的な儀式が失敗したと見なされたとき、誰もがそれを重大な出来事と認識し、この世の終わり、現実と非現実の転換、古い「人々の物語」の終焉、そしておそらく新しい物語の始まりを告げるものだと考えました。この観点から見ると、金融儀式の失敗が加速していることには、どのような意味があるのでしょうか。中央銀行があれほど呪文を繰り返したにもかかわらず、2008年以降「正常な」金利水準や経済成長率を取り戻すことはできませんでした。緊縮財政や利上げを示唆するたびに市場は反発し、中央銀行は方針を撤回せざるを得ませんでした。今日、新型コロナウイルスによる経済的打撃に直面する中、中央銀行の政策にはもうほとんど撃てる弾が残っていません。

洞窟の壁に動物の絵を描くことで狩りに魔法のような効果があると信じていた原始的な穴居けっきょ人を嘲笑う人もいるでしょう。しかし今日、私たちは独自の護符、独自の魔法の象徴体系を作り出し、実際にそれらを通して物理的な現実に影響を与えています。あちこちでいくつかの数字が変わるだけで、何千人もの労働者が超高層ビルを建設します。また別の数字が変わるだけで、由緒ある企業が閉鎖に追い込まれます。第三世界諸国の対外債務は、これもまたコンピューター上の単なる数字に過ぎませんが、海外輸出向け商品を生産する終わりのない奴隷状態に、その国民を追いやります。不安に苛まれた大学生は夢を諦め、学生ローンを返済するために急いで就職しますが、彼らの意志は、ブードゥー教の呪符のように毎月送られてくる魔法の記号が書かれた紙切れ(「口座明細書」)に左右されます[1]。私たちがお金と呼ぶこれらの紙切れ、これらの電子的な信号は、実に強力な魔法を宿しているのです。

呪術はどのように機能するのでしょうか。儀式や護符は、私たち全員が参加する共通認識の物語を肯定し、永続させます。これらの物語は私たちの現実を形作り、労働を調整し、生活を組み立てます。それらが機能しなくなるのは例外的な時、つまり〈人々の物語〉が崩壊する時だけです。私たちは今まさにそのような時代に突入しています。2008年に始まった危機を封じ込めるために実施された経済対策は、一時的な効果しかありませんでした。それらは根本的な対策とは言えません。効果を発揮できる改革とは、新たな〈人々の物語〉を具体化し、肯定し、永続させるものだけでしょう。その物語がどのようなものなのかを知るために、崩壊しつつある現実の様々な層と、それらがお金と結ぶ関係を掘り下げていきましょう。

2008年の金融危機に対する政府の最初の対応策は否認でしたが、それが無駄だと分かったとき、連邦準備制度理事会と財務省は別の種類の認識操作を試みました。彼らは神秘的な呪文を駆使して、政府はファニー・メイ〔連邦住宅抵当公庫〕のような主要金融機関の破綻を許さないと示唆しました。彼らが期待したのは、このような保証を与えることで、これらの企業の支払い能力と繁栄が続くことを前提にした資産への信頼を維持できることでした。こうした象徴的な措置が呼び起こした物語が、もし既に崩壊していなければ、うまくいったでしょう。しかし、実際には崩壊していたのです。具体的には、崩壊していた物語こそが、返済不能なローンに基づく住宅ローン担保証券やその他の金融派生商品デリバティブに価値を与えていたのです。ラクダや袋入りの穀物とは異なり、現代のすべての通貨と同じように、これらは人々が価値があると信じているからこそ価値があるのです。さらに、これは孤立した信念ではなく、他の何百万もの信念、慣例、習慣、合意、儀式と密接に結びついているのです。

次の段階は、破綻寸前の金融機関に巨額の資金を注入することだった。これは、株式と引き換えに、ファニー・メイ、フレディ・マック〔連邦住宅金融抵当公庫〕、AIG〔多国籍の保険会社〕を事実上国有化したように、あるいはTARP〔不良資産買い取りプログラム〕のように実質的に何の見返りもなく行われました。後者の場合、財務省は銀行の不良資産を保証または買い取り、これによって銀行の収支を改善して融資を再開させ、信用バブルの拡大を維持しようとしました。しかし、これはうまくいきませんでした。銀行はこの資金を(自社役員にボーナスとして支払ったのを除けば)ただ保管し、膨大な量の追加不良資産への対処するための保険にするか、より小規模で健全な銀行を買収するために使いました。すでに限界に達していた消費者や、不況の真っ只中で過剰に借り入れていた企業に、さらなる融資を行うことはありませんでした。不動産価格は下落を続け、クレジットの貸し倒れ率は上昇を続け、それらを土台にした金融派生デリバティブ資産という大建造物の全体が崩壊を続けました。消費と企業活動は急落し、失業率は急増し、ヨーロッパの人々は街頭で暴動を起こし始めました。一体なぜでしょう。コンピューターの中で数字が少し変わっただけなのに。本当に驚くべきことです。これらの数字が契約を具体化した護符だと見なせば、ようやく納得がいきます。供給業者が地中から鉱物を掘り出して工場に送る、その見返りは何でしょうか。何枚かの紙切れ、もっとありそうなのはコンピューターのビットがいくつか反転することでしょう。そしてそれは「与信」という銀行の許可があって初めて可能になるのです。

富裕層への何兆ドルものばらまきが繰り返されることを過度に警戒する前に、お金の現実についてもう一度考えてみましょう。実際にお金がばらまかれると、何が起こるのでしょうか。ほとんど何も起こりません。起こるのは、コンピューター内のビットが変化し、そのビットの解釈を理解できるごく少数の人々が、お金が移転したと宣言するだけです。これらのビットは、ある物語についての合意を象徴的に表したものです。この物語には、誰が金持ちで誰が貧乏か、誰が所有し誰が負債を負っているかが含まれています。私たちの子供や孫がこれらの救済策や景気刺激策の負債を支払うことになると言われていますが、それらは単なる宣言によって無きものにされる可能性もあります。私たちが合意した物語がそれらを含んで存在する限りにおいてのみ、それらは現実のものとなるのです。私たちの孫がそれらを支払うのは、それらの負債を定義する物語、つまり意味の体系がまだ存在する場合に限られます。しかし、連邦債務、米国の対外債務、そして多くの民間住宅ローンやクレジットカード債務は決して返済されないだろうと感じている人が、ますます増えていると私は思います。

私たちはウォール街の大物たちが数十億ドルを持ち逃げしたと考えていますが、この数十億ドルとは一体何なのでしょうか。それらもコンピューター上の数字に過ぎず、理屈の上では命令によって消し去ることも可能です。アメリカが中国に負っているお金や、第三世界の国々が銀行に負っているお金も同じです。簡単な宣言で消し去ることができるのです。したがって、様々な金融救済プログラムにおける巨額の資金提供は、またもや認知操作が行使されたのだと理解できますが、今回のは無意識的な操作です。これらの資金提供は儀式的な行為であり、それが永続させようとするのは物語、合意の母体マトリクス、そしてそれを取り巻く人間の活動です。それは、ブードゥー教の呪符の魔力を維持しようとする試みであり、それが大学卒業生をキャリアパス(あるべき進路)に閉じ込め、中年男性を住宅ローンの奴隷にします。それが少数の者に文字通り山を動かす力を与え、多くの人々を鎖に繋ぎ止めているのです。

中国について言えば、貿易不均衡の根底にある物理的な現実を見てみるのは有益です。基本的にそこで起こっているのは、中国が西側諸国に膨大な量の物資を送ってきていることです。衣類、おもちゃ、電子機器、ウォルマートにあるほぼすべてのものです。その見返りに私たちはコンピューターのビットをいくつか組み替えます。一方、中国の労働者は私たちと同じくらい懸命に働いていますが、彼らの日当でははるかに少ないものしか買えません。かつての明らかな帝国の時代なら、中国は「属国」と呼ばれ、中国が私たちに送ってくる物は「貢ぎ物」と呼ばれたでしょう[2]。しかし、中国もまた、現在の〈お金の物語〉を維持するためにあらゆる手段を講じるでしょう。その理由は基本的に私たちと同じで、中国のエリート層がそこから利益を得ているからです。古代ローマでも同じです。帝都と地方のエリート層は、時とともに増大する民衆の苦難という代償の上に繁栄します。民衆をなだめ、従順で愚かなままにしておくために、大衆にはパンとサーカスが提供されるのです。安い食べ物、手軽なスリル、有名人のニュース、そしてスーパーボウルです。

私たちが終焉を宣言するのであれ、あるいはそれが自然に終焉を迎えるのであれ、〈お金の物語〉は多くのものを巻き添えにして崩壊するでしょう。だからこそ、アメリカ合衆国が債務不履行に陥ることはないのです。もしそうなれば、中東が石油を、日本が電子機器を、インドが繊維製品を、中国がプラスチック製品をアメリカに輸出するという物語は終焉を迎えることになります。残念ながら、あるいはむしろ幸いなことに、その物語は永遠に続くものではありません。根本的な理由は、有限な世界において指数関数的に増加する債務を維持することに、それが依存しているからです。

ハイパーインフレや債務デフレでお金が蒸発しても、物理的な世界ですぐに大きな変化が起こることはありません。札束が燃え上がることも、工場が爆発することも、エンジンが停止することも、油田が枯渇することも、人々の経済的手腕が消えることもありません。食料、住居、交通、娯楽など、私たちが頼りにしている人間経済の中で交換されるあらゆる物質や技能は、以前と変わらず存在しています。失われたのは、私たちの活動を調整し、共通の努力に集中させる能力です。私たちは新しい空港を思い描くことはできますが、もはやそれを建設することはできません。「ここに空港を建設する」という宣言が物質的な現実へと結晶化する魔法の護符は、その力を失ってしまったのです。人間の手、頭脳、機械はすべての能力を保持していますが、私たちはかつてできたことをもはやできなくなっています。変わったのは、私たちの認知だけです。

したがって、緊急援助、量的緩和、その他の経済救済策は、認知操作の延長線上にあると見なすことができますが、より深く無意識的なレベルでのものです。そもそもお金とは何なのでしょうか。お金とは単なる社会的な合意であり、意味と役割を割り当てる物語に過ぎません。

政府による数兆ドル規模の資金投入は、かつての空虚な言葉の行使と何ら変わりません。どちらも様々な種類の象徴の操作に過ぎず、どちらも同じ理由で力を失いつつあります。つまり、彼らが永続させようとしてきた物語は、もう行くところまで行ったのです。私たちが当たり前と思っていた「普通」は、持続不可能だったのです。

それは二つのレベルで持続不可能でした。第一のレベルの「普通」は債務ピラミッドであり、これは実体経済を必然的に上回る貨幣の指数関数的な増加です。このレベルでの解決策は、(通常はケインズ主義者を自認する)リベラル経済学者が提案する、富の再分配、財政刺激策、債務減免などです。これらを通じて、彼らは経済成長という「普通」が再燃することを期待しますが、この第二の普通は終焉を迎えつつあるのです。


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注:
1. これはブードゥー教を中傷したり、原始的なまやかしの例として挙げたりするものではありません。実際、私は意味不明な崇拝物や宗教儀式を貶めたいわけでもありません。現代の金融システムであれ、ブードゥー教の儀式であれ、象徴的な魔術は本質的に同じ原理で機能しています。現代の儀式体系は、原始的なものとほとんど違いません。
2.覇権国が衰退し、輸入された富に依存するようになり、自らの富を生み出す能力を失うと、権力は属国へと移ることがあります。基本的に、これが中国に起こったことです。もっとも、中国は別の目的を追求する過程で、一時的に属国的な役割を演じていたのです。

原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-8-the-turning-of-the-age/

翻訳メモ:
perception management:認知操作。確立した訳語は無いようです。
magico-religious thinking:呪術宗教的思考
voodoo chit:ブードゥー教の呪符。chitはメモ、書き付け
talisman:護符

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