【聖なる経済学】 贈与経済への移行②
訳者コメント:
現代社会はトップダウン(上意下達)の階層構造でできていますが、自然の世界はそうなっていません。様々なレベルの「組織」が多重の入れ子構造を作っていて、同レベル間でも、上位方向にも下位方向にも相互作用するのです。組織のことを英語で organ と言います。臓器のような器官のことも organ といいます。楽器のオルガンは複雑に連動する臓器からの連想でこのように呼ばれます。organism は組織体・有機体・生命体という様々な意味を持ちます。有機農法の有機は organic で、これは生命が関係しているという意味です。organize は組織化するという意味の他に、片付ける・整頓するという意味があります。この中心には「秩序を与える」という意味があります。self-organization は自己組織化と訳されますが、ひとりでに秩序が生まれるという意味です。
機械的・官僚的な経済を脱して、ギフト経済の目指す先は、このような有機的なものになるはずです。
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(①から続く)
伝統的なコミュニティでは、一人一人のメンバーがどんな贈り物をし、どんなニーズを持っているかは、皆が知る事実なので、このような評価システムは必要ありません。GIFTegrityのようなシステムは、贈与の関係をより広い領域に広げる可能性を秘めているように見えます。しかし、お金の必要性をなくすのではなく、感謝の印という元来の本質に近い形で、お金を創造し直しているのです。GIFTegrityや類似のシステムにおける評価は、まさにお金そのものです。与えることでポイントを獲得し、受け取ることでポイントを消費します。このようなシステムは、お金の根本的な限界も抱えていて、質的なものを直線的な尺度で数値化することはできません。もちろん、これらは現在の高利貸しに基づくお金よりは優れていますが、このような技術主義的な代替案は、いかに素晴らしいものであっても、私たちが世界を数値化することで失ってしまったものに対処できません。私たちは無限を取り戻したいのです。評価やポイントは、ギフト文化の中で循環する個人的なつながり、感謝、そして多面的な物語に対する私たちの深いニーズを満たしてくれません。
お金は感謝の印として生まれたと言いながら、お金は尺度として生まれたと言うのは、矛盾しているでしょうか。お金は、いわば最初から二つの魂を宿していたのです。お金は、(かつてはほぼそれしかなかった)ギフト経済が大衆社会へと拡張されたものであり、同時に、本来は開放的なギフト精神の中に、計測、計数、保管、管理といったものが侵入してきたものでもあります。しかし、お金を感謝の印として語る時、私は「起源」という言葉を通常とは異なる意味で用います。それは、時間的な起源ではなく、適切な表現が見つからないのですが、〈神の心〉における起源を指します。つまり、お金の目的論的な起源、この世にお金が生まれた目的を指しているのです。
お金の尺度としての機能は、贈与経済の中にも対応する概念があります。贈与には見返りを期待する具体的な動機はないものの、通常はコミュニティの目に触れる形で行われるからです。今日、私たちが最高の寛大さとして崇める匿名の贈与は、昔も今も贈与文化においてさほど重要な役割を果たしていませんでした。コミュニティは、メンバーのニーズ、贈れる物、そして寛大さの度合いを全般的に把握していました。お金はこの認識に代わるものであり、少なくとも理論上は、貢献した人々に社会的認知という恩恵をもたらします。実際には、そこで認められる貢献の範囲は、人類の「上昇」、すなわち人間社会の発展への貢献に限定されてきました。しかし脱成長通貨であったとしても、お金は本質的に数値化可能な領域でしか機能しないという根本的な問題が依然として残ります。私たちが直面する問題は、大衆社会の広大な社会的距離を超えて、数値化不可能なものの流れをいかに促進するかということです。何十万年にも及ぶ人類の歴史において、これは新しい問題です。
もしかしたら、私たちは贈与経済の再構築をゼロから始めることができるかもしれません。非公式な合意や寛大さを社会が見ていることで、先に述べた贈り物の3つの機能、つまり繋がり、尊重、調整を促進できたかもしれないような小さな場面でさえ、今日ではお金が支配的になっています。人間関係をお金に換えることで社会が貧困化したのに気づく人が増え、貨幣制度そのものが崩壊していくにつれて、人々はこれらの機能を取り戻す方法を見つけ始めています。私が特に気に入っているのは、アルファ・ローが開発し、今や米国全体に広まっている「ギフトサークル」です。これは週一回開かれる集まりで、参加者は自分が与えたいものと受け取りたいものをそれぞれ1つ以上述べます。すると、まるで魔法のように、欲しいものと必要なものが一致することがよくあります。「ポテトマッシャーが必要ですか? うちには3つありますよ」とか、「金曜日に空港まで送ってほしいですか? 私の夫もその日に出発するんです」といった具合です。他者の寛大さを目の当たりにするうちに、参加者はサークルの中で他の人に頼んだり与えたりすることにますます抵抗を感じなくなります。助けはいつでも電話一本で得られます。もしその週の途中で自分の車を修理してもらっているとき、別の誰かが手伝ってくれたなら、次の集まりでそのことを話して、その贈り物を皆に知ってもらうことができます。あなたが与えることで、与える人として知られるようになり、人々もあなたに何かを与えたいと思うようになるという認識があれば、共同体意識が育まれていきます。
同じことを実現する別の方法として、ウェブサイトを使って贈与を申し出たり、リクエストをしたり、贈られたものを記録したりする方法があります。これを大規模に行うと、これらの機能を果たす手段はますますお金に似てきます。個人的な知り合いではない人の間で贈与と受領が行われるなら、何らかの標準化手段が必要になります。しかし小規模であれば、直接であれ物語を通してであれ、贈り物の流れを見聞きするだけで十分です。見る人がいなければ、贈り物がコミュニティを作る力は弱まります。これは、フリーサイクルやクレイグスリストのような仕組みの欠点です(とはいえ、人々がこれらの仕組みを利用していること実自体が、私たちが生まれ持つ寛大さを証明しています)。Giftflow、Neighborgoods、Shareable、GIFTegrityなど、多くの新しい仕組みはこの欠点を認識し、改善しています。
これまで述べてきたことはすべて、経済の縮小を加速させるものであることに注目してください。タクシーを呼ぶ代わりに空港までお互いに送迎したり、新しい電動工具を買う代わりに共有したり、予備のポテトマッシャーを譲ったりすると、消費需要が減少し、経済成長が阻害されます。貨幣経済の縮小は、旧体制の終焉と定常状態経済への移行を加速させます。また、その移行の恐ろしさを大幅に軽減します。寛大さを尊重し相互に報いる贈与コミュニティに身を置くことで、お金への依存度が減り、お金を生存と結びつける意識も薄れていきます。
ギフトサークルの概念を、人々が直接または間接的に知り合うコミュニティのレベルを超えて拡大できるでしょうか。非常に長期的な視点では、「サークルのサークル」というモデルに基づいた貨幣のないギフト社会を構想できるかもしれません。グローバルな労働の調整には貨幣が必要と思えるでしょうが、このグローバルな調整をより詳しく見てみると、実際に個人がやりとりする人の数はそれほど多くありません。数百人以上が協力して何かを生産する場合、生産コミュニティ全体が自然に下位コミュニティ、さらに下位・下位コミュニティへと分解され、ギフト経済が機能するレベルに到達します。各サークル内の人々は互いに贈与し合い、全体としての各サークルはそれを包含する大サークル内の他のサークルに贈与し、さらにその大サークルは他の大サークルに贈与するのです。このビジョンは、ボトムアップ、ピア・トゥ・ピア、オートポイエーシス、自己組織化といった、社会の根本的な再編成を伴います。
社会という超人間的な身体において、お金は必要な場所に資源を導くシグナル分子のようなものです。それは、私たちの集合的な身体の遠く離れた部分間の経済的関係を仲介します。お金は、政府や機関など、あらゆる種類の組織(オーガニゼーション)という私たちの「器官」を規定し調整する数多くの記号体系の一つです。残念ながら、お金は特定の種類の情報(主に数値化可能な贈り物、ニーズ、欲望に関する情報)しか伝達しません。したがって、健全な状態を達成するためには、人間の活動を「組織化」し、調整する他の方法が必要となります。
今日、分散型で非階層的な協働と所有の形態を生み出すイノベーションが爆発的に増加しています。これらは、未来の贈与経済の「サークルのサークル」の基盤のようなものです。より保守的な例としては、従来どおりの経営構造を持つ従業員所有企業があり、米国には中規模から大規模の企業が数百社存在します。より急進主義的なものとして、企業経営に民主的・協働的な方法を用いる様々な共同体や協同組合があります。おそらく最も注目すべきは、スペインのモンドラゴン協同組合企業でしょう。250社以上の企業と約8万人の従業員兼所有者を擁し、スペイン最大級の企業の一つとなっています。ファシスト独裁者フランコの時代に設立されたこの協同組合は、どういうわけか「労働の主権」の原則や参加型民主主義のその他の価値観を明確に支持し、具体化することに成功しました。参加型経営と協同組合所有の先駆者であるこの魅力的な企業について、読者の皆さんにはぜひ詳しく調べていただきたいと思います。
(③に続く)
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原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-16-transition-to-gift-economy/
翻訳メモ:
witnessing:見聞きする。辞書的な意味は「目撃、証言」ですが、法的な意味合いではない文脈では固すぎるので。
