【聖なる経済学】 贈与経済への移行③
訳者コメント:
現在のお金の制度が作り上げた社会的マシーンである企業の中では、従業員と企業の利益は対立し、政治闘争・権力闘争に勝ち残った人が出世して報われるのですが、それは金利によって必ず敗者が生まれる椅子取りゲームであり、あなたの取り分が減ると私の取り分が増えるというモデルが支配しているのです。貨幣制度が変われば、「つながり合う自己」の作る共存共栄の組織が、本当に可能になるでしょう。
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(②から続く)
数値化できないものを取り込むことができる新たな組織形態を作り出すということに関して、私たちはまさに実験の時代に突入しようとしています。こうした実験の多くは失敗に終わっており、今後も失敗はあるでしょう。例えば、共産圏で強制的な集団化が官僚の中央集権的な管理によって行われたのはその一例です。過去と現在の試みから得られた教訓を消化していく中で、新たな協働の形が数多く生まれることは間違いないでしょう[1]。
本書で私が示した貨幣制度の提案は、伝統的なものとは異なる所有と経営の形を促進するものです。これらの提案は、お金、土地、そして一般的にコモンズの受動的な所有から利益を得ることを排除するのと同様に、今日ではこれらの資産を支配する手段となっている企業が受動的な所有から利益を得ることも抑制するでしょう。
協働的な贈与構造の出現は、雇用のあり方を根本的に変えるでしょう。現在、労働者と経営者の利益は根本的に対立しています。経営者の利益は、労働者が可能な限り少ない賃金で最大限の労働をすることにあります。一方、個々の労働者の利益は、可能な限り少ない労働で最大限の賃金を得ることにあります。優れた経営をすれば、賃金を「業績」に連動させ、職業上の誇り、忠誠心、あるいはチームスピリットに訴えることで、この根本的な対立を緩和できる可能性がありますが、その根底には矛盾が依然として残ります。従業員は、真の貢献ではなく社内政治での成功に対して報酬を受け取ることが多く、「チームスピリット」は社内宣伝に過ぎないと往々にして認識していますし、実際そうであることが多いものです。「本当に皆で協力しているのなら、なぜ私はいつでも解雇される可能性があるのに、経営者は解雇されることがなく、私が生み出す永続的な価値はすべて彼らのものになるのか」と従業員たちは疑問に思うのです。この世界では、本当に雇用主と一体感を持つような従業員は、会社のカモにされているのです。これは企業が規模を縮小したり合理化したりするたび明らかになります。「私は20年間忠実に働いてきたのに、どうして私を解雇できるのか。」ある保険会社の幹部が従業員にこう説明しました。「忠誠心が欲しいなら、犬を飼えよ。」もちろん、ほとんどの雇用主はそこまで冷酷ではありませんが、市場原則が優しい心を硬くするのです。
でも、市場原則は変化するかもしれません。お金が社会や環境の利益と矛盾しなくなり、共有財産への貢献を報いる新たな仕組みが生まれるにつれ、仕事を取り巻く関係性から相互搾取の精神が消えていくでしょう。企業組織の存在意義も変化します。社会や地球の利益への数値化可能な貢献は金銭的な報酬を得るようになり、数値化できない貢献は、今日出現しつつある新たな社会と象徴の仕組みを通して、地位、感謝、そして好意といった形で報われるようになるでしょう。
こうした革新こそが未来の波です。あらゆる分野において、所有することから富を得るというモデルは、与えることから富を得るというモデルへと取って代わられるでしょう。所有し支配したいという欲求は、〈分断〉の自己、つまり他者を自分の利益のために操り、自然や人々、あらゆる他者から富を搾取しようとする自己の欲求です。つながり合う自己は、与えることによって、つまり自分自身を超えて広がるものを養い育てる役割を最大限に果たすことによって豊かになるのです。私たちがつながり合う自己へと歩みを進めるにつれ、それに調和した組織構造が立ち現れつつあります。これらの構造は、個人の利益を組織の利益に、組織の利益を社会や地球の利益に一致させます。これらは従来の集団主義的なモデルと異なり、並外れた個人の才能を自由に発揮させつつ、その才能をすべての人々の利益へと振り向けます。
拡張された贈与経済の開かれた協働構造は、個人と集団の間にある古い対立を乗り越えます。並外れた個人の才能が皆の利益に向けられると私が言うと、読者の中には「個人の卓越性が報われるべきではないのか」と反論する人もいるかもしれません。特に保守的な友人たちはすぐに疑いを持ち、私の考えが個人の従属を伴うものだと考えます。彼らの考えでは、蓄積を抑制し、卓越性を皆の利益に振り向ける制度では、偉大なものに対する動機も報酬もなくなるのです。一方、伝統的な左派は、同じ基本的な前提を受け入れていて、違うのは、個人の従属は善であり必要であるという確信だけです。この見方では、徳のある人は公共の利益のために高貴な自己犠牲を払い、見返りや報酬を拒むのです。
これらの見解はどちらも、「あなたの分が増えれば、私の分は減る」という〈分断〉のパラダイムに基づいています。つまり集団の取り分が増えれば、個人の取り分は減るということです。しかし贈与文化において、それは全くの誤りです。貴重な贈り物を惜しみなく与える人は、栄誉の頂点に上り詰め、人が与えることのできるあらゆるものを享受できます。これこそが感謝の本質であり、力なのです。残念ながら、贈与文化の直感は、今のところ私たちにとって馴染みのないものです。それが私たちの心の奥深くに生きているにもかかわらず、現代社会の経済と思想の構造から抜け落ちているからです。本書の第3部では、贈与文化の直感と実践をどのように回復していくかを、個人のレベルから解説します。
〈切り離された自己〉の経済の破綻は、今や明白です。個人による蓄積が許容されてきた資本主義世界で、私たちが経験してきたの、は才能の奔放な表現ではなく、才能の抑圧、奴隷化、そして奪取と支配という目的への歪曲でした。なぜなら、現在の貨幣制度はまさにこうした活動を強制し、報酬を与えるからです。さらに悪いことに、こうした見せかけの報酬は幻想でした。お金、その入手、その蓄積が、繋がり、愛、美、遊び、意味、そして目的の代わりとなってしまったのです。資本主義以外の世界も、私たちにとって決して良いものではありませんでした。共産主義イデオロギーであろうと宗教的教えであろうと、自己否定は生命の否定であり、否定された生命は必ず影の形で現れ、切り離された自己の露骨な拡大と同じか、あるいはそれ以上の結果をもたらすのです。
しかし、〈分断〉の時代は終わりに近づいており、私たちはつながりという真実を生きる方法の、学び直しを始めています。本書でこれまで述べてきたことはすべて、私たちの意識の変容を前提とし(そして促し)ますが、その変容がなければ、〈神聖な経済〉のいかなるものも実践できないでしょう。とはいえ、私はそのような変容を「呼びかけて」いるわけではありません。ただ、それを観察し、その証人となります。そして、それに貢献しているのだと思いたいのです。あなたがこれらの言葉を読んでいるまさに今、それは起こっており、〈分断〉から生じたいくつもの危機が私たちに降りかかるにつれて、さらに急速に起こるでしょう。世界は変化しており、それとともに私たち自身も変化しています。私たちは、地球と共創的なパートナーシップを結びながら生きる、〈つながり合う自己〉の経済構造を創造しなければならないだけではありません。私たちに今すぐできることは、その構造の中で、どのように考え、生きるのかを学ぶことです。
注:
1. 注目すべきモデルの一つに、Better Means(ベターミーンズ)があります。同社は自社の取り組みを「オープンエンタープライズモデル」と表現しています。戦略的な意思決定、作業項目、報酬、株式はすべて、自己修正型の評価と投票プロセスによって決定されます。最も価値を提供した人(それを判断するのは本人、プロジェクトで一緒に働く人、そしてそもそもプロジェクトの立ち上げに賛成票を投じた人)は、現金と交換できるクレジットを受け取ります。クレジットは、貢献者に一時的な株式も付与し、その期間はクレジットを獲得してから交換するまでの期間と同じです。したがって所有権は貢献者に与えられ、貢献をやめると徐々に失われていきます。ベターミーンズのオープンエンタープライズモデルは、現在、企業や非営利団体で利用されています。改良が続けられているこのモデルは、「怠惰な合意」、「アジャイルプロジェクト管理」、「ピア評価」、「評判フィードバック」といった、オープンソースやP2P運動の重要な概念を取り入れています。[訳註]
訳註:
怠惰な合意:提案に対して一定期間内に誰も反対(異議)を唱えなかった場合、「全員が同意した」とみなして物事を進める手法。
アジャイルプロジェクト管理:大きな計画を「スプリント」と呼ばれる1〜4週間の短い単位に分け、小さな成果物を頻繁にリリースしながら、変化やフィードバックに柔軟に対応して進める反復型の管理手法。
ピア評価:同じ立場や専門知識を持つ同僚(ピア)同士が、互いの成果物、研究論文、業務態度などを評価し、フィードバックや品質向上を図る仕組み。
評判フィードバック:評判システム。顧客のレビュー、ユーザーの評価、あるいはセキュリティやメール送信の信頼性データを収集し、改善や評価に役立てる仕組み。
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原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-16-transition-to-gift-economy/
