「陰謀という神話」(下) チャールズ・アイゼンスタイン
訳者より:チャールズ・アイゼンスタインが『コロネーション』に続いて2020年に発表していたエッセイ。この世を裏で操る陰謀という「神話」があるというのが前半の結論でした。今回の後半では、陰謀の正体は機能不全に陥っている主流神話の影だということに気付けば、解決策はそれを相手に戦いを挑むのではなく、相手の言い分を聞き、そこから学んでいくことだと説きます。(前半はこちら。)
首謀者のいない陰謀
陰謀という神話を単なる神話と片付けることはしないでおきましょう。それは重要な心理社会的診断であるというだけでなく、社会の主な制度が欠陥を抱えながらもハイテクの楽園のますます近くへと私たちを導いていくという公式の神話からは、見えにくいようなものを明らかにしてくれます。その支配的な神話に立つと、陰謀論者が自分たちの物語を裏付けるために採り入れる事例が見えなくなります。このような事例には、規制当局と医薬品業界との癒着、公衆衛生機関の内部の利害対立、マスクの疑わしい有効性、取り沙汰されていたよりずっと低い死亡率、全体主義の拡大、ロックダウンの効果の疑わしさ、非電離周波数の電磁波放射の懸念、自然療法やホリスティック療法の免疫を高める効果、病の生体素地説、「偽情報との戦い」の名を借りた検閲の危険などがあるでしょう。右翼の陰謀論者というレッテルを貼られることなく、コロナを語る別の物語が暴き出す、数々の根拠ある事例と真っ当な疑問を提起することができたなら、それは良いことでしょう。
「右翼の陰謀論者」という表現全体が少々おかしいのは、権力者に自分の権力を乱用する癖があることを最も警戒しているのは、従来なら左翼だからです。従来なら、企業の利害を疑うのは左翼であり、「権威を疑問視」するよう私たちを促し、じっさい政府による潜入と監視の被害をいちばん被ってきたのは左翼なのです。50年前に、「コインテルプロという秘密計画があって、公民権運動の団体をスパイし、中傷の手紙や捏造した噂を使ってその内部に分裂の種をまいている」などと言えば、現在の基準からすると陰謀論と見なされたでしょう。同じことは、25年前に「秘密計画があって、CIAがアメリカ都市部への麻薬販売を手引きし、その金を中米の右翼民兵組織に供与している」という場合にも当てはまります。同じことは1980年代に始まった環境運動と平和運動団体への政府の潜入にもいえます。あるいはもっと最近の、スタンディング・ロック運動への潜入もそうです。あるいは不動産業界が何十年にもわたって黒人を締め出すよう地域を線引きしていた陰謀も。この過去を考えれば、製薬会社とそこから資金提供されるCDCやWHOのような機関の公式発表を信頼し、「この人」を信頼せよと皆に訴える役割を、なぜ突然に左翼が担うようになったのでしょう? なぜこのような機関に対する懐疑的な見方に「右翼」というレッテルを貼るのでしょう? ロックダウンで「不便な思い」をしたのが特権階級だけだというわけではありません。全世界で何千万人、何億人もの雇用不安定層の生活が壊滅的な打撃を受けています。国連世界食糧計画は2020年の終わりまでに2億6千万人が飢餓に直面すると警告しています。その多くはアフリカと南アジアに暮らす黒と褐色の肌の人々です。議論を死亡率という疫学的な問題に限定するのは、それ自体が特権的な態度であり、初めから社会の隅に追いやられている人々の苦しみをもみ消すものだと主張していいのかもしれません。
「陰謀論」は政治的な罵りの言葉になり、主流の信念から外れる見方を何でも蔑むために使われるようになりました。基本的には、支配的な制度に対する批判はすべて陰謀論として誹謗中傷されるかもしれません。じつは、この中傷には不条理な真実があります。たとえば、もしあなたがグリホサートは人間と生態系の健康にとって本当は危険なものだと信じているなら、論理的に考えれば、バイエルとモンサントはその情報を隠しているか無視しているとも信じるはずで、政府やメディア、科学支配層はある程度その隠蔽に加担しているとも信じるはずです。そうでなければ、なぜニューヨーク・タイムズで「モンサントの内部告発者、グリホサートの危険を暴露」というような見出しを見ることがないのでしょうか?
情報の隠蔽は意図的な画策がなくても起きることはあります。歴史を通して見れば、ヒステリー、知的な流行、集団妄想は、自然に現れては消えていきます。これは陰謀だと簡単に片付けるよりも不思議なことです。行動が無意識に調整される様子は陰謀と非常によく似て見え、両者の境界線はあいまいです。イラク侵攻の口実に使われた大量破壊兵器の詐欺を考えてみましょう。もしかするとブッシュ政権の中には捏造と知りながら「イエローケーキ」文書を使って戦争を呼びかけた人々がいたかもしれませんし、もしかすると彼らはその文書が本物だとひたすら信じたかっただけかもしれませんし、もしかすると彼らは、「そうだな、これは怪しいけれどサダム・フセインは大量破壊兵器を持っているはずだし、もし持っていなくても奴は欲しがっているのだから、この文書は基本的に正しいのだ…」と考えたのかもしれません。自分の利益に役立つとか、元々持っている世界観に当てはまるようなことを、人々は簡単に信じてしまいます。
同じように、メディアが戦争の始まりを告げる太鼓を叩き始めるのに後押しはほとんど必要ありませんでした。なすべきことが彼らには分かっていたので、命令を受け取る必要はなかったのです。非常に大勢のジャーナリストは大量破壊兵器の嘘を本当に信じてはいなかったのだと思います。彼らが信じるふりをしていたのは、それが支配層の物語だと彼らが無意識に知っていたからです。それが真面目なジャーナリストと認められるには必要なものでした。それが権力に接近するには必要でした。それがジャーナリストの職に留まって昇進するためには必要でした。でも何より、彼らが信じるふりをしたのは他の人々がみな信じるふりをしていたからです。時代精神に逆らうのは難しいことです。
イギリスの科学者ルパート・シェルドレイクが私に話してくれたのは、イギリスの有名大学で動物の行動を研究する科学者の一団に語ったスピーチのことでした。彼は犬についての自分の研究のことを話していました。犬に飼い主の帰宅時間が分かるなど家畜のテレパシー現象の研究でした。スピーチはある種の礼儀正しい沈黙で迎えられました。でもその後のティーブレイクで、セミナー会場にいた上級科学者6人全員が一人ずつ彼の所にやって来ては、他に誰も聞いていないのを確かめると、自分の動物で似たような体験をしたとか、テレパシーが実在する現象だと確信しているとか話しましたが、このことを同僚に話そうにも彼らは全く普通の人たちなので話せないと言いました。6人全員がほとんど同じことを言っていたのに気付いたシェルドレイクは、「なぜみんなカミングアウトしないんだ? そうすればずっと楽しいよ!」と言いました。彼が科学研究機関でスピーチすると、後でほとんど毎回のように科学者たちがやって来て、超自然的あるいはスピリチュアルな現象の実在を確信することになる個人的体験があったのだが、変人だと思われるのが怖いので彼らはそれを同僚と議論できないと言うのだそうです。
これは超自然現象を隠蔽する意図的な陰謀ではありません。あの6人の科学者は本当だと知っている情報を隠そうと事前に相談して決めたわけではありません。彼らが自分の意見を自分の中だけに留めたのは、自分たちが属する文化の規範のためであり、科学の範囲を規定する基本的パラダイムのためであり、キャリアに傷が付くという非常に現実的な脅威のためです。シェルドレイク自身に向けられた迫害と中傷からわかるのは、公式な科学の現実に遠慮なく異議を唱える科学者の身に何が起きるかということです。ですから、それでも陰謀が実行されているとは言えるでしょうが、その首謀者は文化とシステムと物語なのです。
このこと、あるいは意図的な陰謀の計略は、監視、追跡、ソーシャルディスタンス、細菌恐怖症、安全への強迫観念、娯楽やレクリエーションや交際のデジタル化と屋内化へと向かう、(コロナと共に始まったわけではないけれど)止められそうもない傾向に、より納得できる説明を与えてくれるでしょうか? もし首謀者が本当に文化的な神話とシステムなら、陰謀説が与えるのは誤った標的であり、目眩ましです。解決策は、このような傾向を私たちに押しつけた者たちを暴き出して打ち倒すことでは有りえません。もちろん、この世界には多くの悪人や、凶悪行為を働く残忍な人々がいます。でも、彼らがこのシステムと分断の神話を作り出したのでしょうか、それとも彼らはそれを利用しているだけでしょうか? 確かにこのような人々は押し止めるべきですが、もし私たちのすることがそれだけで、彼らが生まれる条件をそのままにしたなら、私たちは終わりのない戦争をすることになります。病の生体素地説で細菌が症状であり病んだ組織を利用しているのと全く同じように、陰謀の秘密結社は症状であり病んだ社会を利用しているのです。その社会は、戦争メンタリティーと、恐怖、分断、コントロールに毒されています。この分断の神話という深いイデオロギーは、誰か一人の力で発明できるようなものではありません。イルミナティが存在するとしても、それは神話の作者ではなく、神話がイルミナティを作り出したという方が真実に近いのです。私たちが神話を作るのではなく、神話が私たちを作るのです。
あなたはどちら側の味方か?
けっきょく、私が新世界秩序の陰謀神話を本当だと思っているかどうか、まだ言っていませんでした。いや実は言っていたのです。神話としては真実で、検証可能な事実に一致しているかどうかは関係ないと言ったのです。でもその事実はどうなのでしょう? さあチャールズ、言いなさいよ、コロナの裏には実際に陰謀があるのか、それとも無いのか? 客観的事実があるに違いない。ケムトレイルは本当なのか? SARS-COV2ウイルスは遺伝子操作されたのか? 携帯基地局からのマイクロ波は関係あるのか? ワクチンは培養動物細胞からウイルスを人体に持ち込むのか? ビル・ゲイツは医療戒厳令という形で権力掌握を目論んでいるのか? 悪魔と通じたエリートが世界を支配しているのか? 本当なのか嘘なのか? イエスかノーか?
この質問に私は別の問いで応じます。私がこのような物事のどれにも専門家でないことを考えたら、あなたはなぜ私がどう考えるか知りたいのですか? それはもしかして私を情報戦のどちらか一方の側に置くためでしょうか? そうすれば、あなたはこのエッセイを楽しんだり、シェアしたり、私をあなたのポッドキャストに招いたりしてもいいかどうか分かるでしょう。我ら対彼らの戦争メンタリティーで最も重要なのは、ある人がどちらの味方なのかということで、それを知らないと敵に塩を売ることになります。
そうか、チャールズはあっちの味方なんだ。ちゃんと査読され証拠に基づいた立派な科学知識と、常軌を逸した陰謀論とを混同しているからな。
そうか、チャールズはあっちの味方なんだ。企業・政府・新世界秩序のプロパガンダと、真実のためにキャリアを危険にさらす勇気ある内部告発者や反体制派とを混同しているからな。
戦争メンタリティーがどれほど全てを丸め込む話法になるか分かりますか?
戦争メンタリティーが充満する二極化した私たちの社会は、進歩を勝利の結果得られるものとして思い描きます。ウイルスに勝利し、無知に勝利し、左翼に勝利し、右翼に勝利し、精神異常のエリートに勝利し、ドナルド・トランプに勝利し、白人至上主義に勝利し、リベラルのエリートに勝利し…。どちらの側も同じ公式を使いますが、その公式は敵を必要とします。ですから、私たちは気を利かして自分たちを我らと彼らに分け、無益な綱引きで99%のエネルギーを消耗し、本当の邪悪な力は公式そのものかもしれないと疑うことなど決してありません。
これは、人事から何とかして紛争を追放しようという提案ではありません。神話に疑いの目を向けようということです。両方の側が受け入れる神話。あらゆる問題を紛争という形で生み出す神話です。闘争と紛争にも役目はありますが、他の筋書きも有り得ます。癒しと正義へと至る他の道筋があるのです。
謙虚さの呼びかけ
あなたが持っている世界観の正しさを確認する形に、出来事が組み上がっていくようだと気付いたことはありますか? 選択バイアスと確証バイアスで[訳註]いくらかは説明が付きますが、もっと奇妙なことが働いているとも思います。深い信念や深いパラノイアに入り込むと、まるでその状態がそれ自身を確証するような出来事を引き寄せるように見えます。私たちの物語に沿うように現実がそれ自身を組織化するのです。ある意味、これこそが陰謀で、人間が行うものではないというだけです。それが陰謀神話のもつ第三の真実でしょう。私たちの暮らしに起きる出来事の背後には、それを組織している知性が存在するのです。
これはけっして、信念が現実を作り出すというニューエイジの「ガマの油」を暗示するものではありません。そうではなく、現実と信念は互いを作り上げ、一体として共に進化するということです。神話と現実の親密で神秘的な結びつきが意味するのは、信念はけっして事実の奴隷ではないということです。私たちは事実に対する主権を持っていますが、それは私たちが事実を創り出すということではありません。主権を持つというのは、見下してがんじがらめに統治するような専制君主という意味ではありません。賢明な国王は、物語に反する事実のような、手に負えぬ臣民に気を配ります。もしかすると単純な嘘のように気が動転したトラブルメーカーかもしれませんが、もしかすると王国の中に湧き起こる不調和を示しているのかもしれません。もしかすると王国はもう正当性を失っているのかもしれません。もしかするとその神話はもう真実ではないのかもしれません。コロナ反対論に「陰謀論」の汚名を着せる声高な攻撃は、彼らが守ろうとする正統パラダイムの弱みを示している可能性が高いのです。
もしそうなら、正統パラダイムがすべて間違っているということでもありません。ある確かなことから別の確かなことへ飛び付くと、不確かさ、知らないこと、謙虚さという聖地を飛び越えてしまいますが、そこにこそ本当に新しい情報がやって来るのです。あらゆる信条の論者たちを束ねているのはその確かさです。誰が信用できるのでしょう? 結局のところ、それは自分の誤りに気付くことのできる謙虚さを持つ人です。
従来の医療、ロックダウン政策、ワクチンなどに異議を唱える情報を断固として退ける人に私が問いたいのは、自分の王国の周りにそれほど高い壁を巡らす必要があるのかということです。このような手に負えぬ臣民を追放するかわりに、話を聞いてやってもいいのではないでしょうか? 自分の忠実な家臣ではなく、相手方の支持者の中で最も知性があり、受け入れる心を持った人々の案内で、別の王国を旅するというのは、それほど危険なことでしょうか? もしあなたに以下のような反対意見を理解するため何時間か費やす気が無いのなら、それもいいでしょう。私も自分の庭にいることにします。でももしあなたがこのような問題でどちらかの陣営を支持しているなら、敵の領地を訪れると何か悪いことでもあるのでしょうか? ふつう党派支持者はそのようなことをしません。敵については自分のリーダーからの報告を頼りにします。ロバート・F・ケネディ・ジュニアやジュディ・ミコヴィッツの見解について何か知っているとしたら、誤りを暴こうとするレンズ越しに得た知識でしょう。ですから、ケネディーの言うことを聞いてみましょう。もし医学博士のほうが好みなら、デイビット・カッツやザック・ブッシュ、クリスチアーヌ・ノースラップはどうでしょう。
私はこの同じ誘いを、従来の見方を拒否する人にも向けたいと思います。あなたのできる限り最も実直な主流の医師と科学者を見つけ、彼らの世界に飛び込んでみましょう。敵意を持ったスパイではなく、敬意ある客人の態度を取りましょう。そうすれば、あなたが持っていた物語と食い違う実例に出会うことを保証します。従来からのウイルス学の輝かしい成果や、幾世代もの科学者が発見を重ねてきた化学の驚異、このような科学者の多くが持つ知性と誠実さ、政治経済的に何の利害対立もなく自分自身を大きな脅威にさらして最前線に立つ医療従事者の見せる本物の利他主義などは、納得のいく物語の一部となるに違いありません。
2ヶ月の間、私は取りつかれたように探しましたが、まだあらゆる実例を説明できるような納得のいく物語を見つけていません。それは、しょせん知識は完全にはなり得ないのだから、何も行動しないということではありません。でも対立する物語とその下にあるばらばらの神話が作る旋風の中で、どちらの側が正しくても意味を持つ行動を、私たちは探し求めることができます。戦いの煙と叫びで見えなくなっている真実を、私たちは探し求めることができます。どちらの側も当然と見なす前提を問いなおし、どちらの側も発しない問いを、私たちは問うことができます。どちらの側に自分を重ねることもなく、私たちは両方の側から知識を集めることができます。これを社会へと一般化するなら、片隅に追いやられた人々も含め、あらゆる声を集めることで、私たちはもっと幅広い社会的合意を作り、この社会を引き裂き麻痺させている二極化を癒やす仕事を、始めることができるのです。
原文リンク:https://charleseisenstein.org/essays/the-conspiracy-myth/
訳註:
選択バイアス:科学研究の対象を選択する際の誤りで、特定の傾向を持つ集団だけを選択するサンプリング・バイアスや、検査の対象とする患者を選択する際の偏りである範囲バイアスなどがある。
確証バイアス:自分がすでに持っている先入観や仮説を肯定するため、自分にとって都合のよい情報ばかりを集める傾向性のこと。
