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憲法記念日に考える 戦前日本を暴走させた「統治OSのバグ」

「天皇の名」から「子どものため」へ 正しい名目で行政は暴走する

今日は憲法記念日です。

昨日、私はnoteで「憲法改正問題と『9条を守れ』論の限界」について書きました。

昨日の記事では、自衛隊を憲法に正面から位置づけず、政府解釈に置き続けることの危うさについて書いています。

詳しくはこちらをご覧ください。

今回の記事では、昨日の内容とは少し角度を変えます。

今日考えたいのは、戦前日本の失敗をどう理解するかです。

護憲派の人たちは、よくこう言います。

「9条があったから、日本は戦争をしなかった」
「9条を変えれば、また戦争への道に進む」
「だから憲法は一文字も変えてはいけない」

しかし、本当に戦前の日本から学ぶべき教訓は、そこなのでしょうか。

私は違うと思います。

戦前日本の失敗は、単に「9条がなかったこと」ではありません。

もっと深い問題は、大日本帝国憲法という統治OSそのものに、重大なバグがあったことです。

朝日新聞社説などは、そういった歴史や制度を理解して書いているようにみえません。


憲法とは、国家権力を縛る道具である

まず確認すべきことがあります。

憲法は、国民を縛る道徳ではありません。

国家権力を縛るための道具です。

政府を縛る。
行政を縛る。
軍事力を縛る。
警察権力を縛る。
官僚組織を縛る。
国民の自由と権利を守る。

これが憲法の本来の役割です。

ところが日本では、憲法を「ありがたい理念が書かれた聖典」のように扱う空気があります。

特に9条については、

「変えてはいけない」
「触れたら危ない」
「改憲は戦争への道だ」

という単純な議論が目立ちます。

しかし、戦前の日本を本気で反省するなら、問うべきことは「9条を変えるか、変えないか」だけではありません。

本当に問うべきことは、国家権力をどう縛るかです。


各組織が「天皇の名」において動けてしまった

大日本帝国憲法では、天皇が統治権を総攬するとされていました。

一見すると、天皇にすべての権力が集中していたように見えます。

しかし、実態はもっと複雑でした。

陸軍は陸軍として。
海軍は海軍として。
内務省は内務省として。
官僚組織は官僚組織として。

それぞれが「天皇の名」において権限を行使できる構造になっていました。

名目上は天皇を頂点としながら、実際には各組織がそれぞれの縄張りで権限を行使する。

しかも、それを国家全体として統制する仕組みが弱かった。

現代風に言えば、これは統治OSの設計ミスです。

権限はある。
組織もある。
命令系統もある。

しかし、暴走したときに誰が止めるのか。

国民がどう止めるのか。
議会がどう止めるのか。
総理大臣がどう統制するのか。
内閣がどう責任を取るのか。

ここが、あまりにも弱かった。


陸軍、海軍、内務省はそれぞれ暴走した

その結果、何が起きたのか。

陸軍は、現地で既成事実を積み重ね、戦線を拡大していきました。

海軍は、国家財政や外交状況を踏まえた全体最適よりも、軍艦建造や海軍力の拡大に突き進みました。

内務省と警察機構は、治安維持法や特高警察を通じて、国民の思想や言論を取り締まる巨大な統制機構となっていきました。

もちろん、それぞれの組織には、それぞれの言い分があったでしょう。

陸軍には陸軍の正義がある。
海軍には海軍の都合がある。
内務省には内務省の治安観がある。
官僚には官僚の組織防衛がある。

しかし、国家において本当に重要なのは、各組織の言い分をそのまま通すことではありません。

それらを、国民の側から、議会の側から、内閣の側から、憲法によって統制できるかどうかです。

戦前日本には、その仕組みが決定的に弱かった。

ここに、戦前日本の本質的な失敗があります。


天皇も、巨大組織の末端までは把握できない

形式上は、天皇が国家の頂点にいました。

しかし、天皇が陸軍、海軍、内務省、警察、官僚機構の末端まで、すべての動きを把握できるはずがありません。

現実の行政組織は巨大です。

日々の判断。
現場の運用。
情報の取捨選択。
報告の仕方。
組織内の空気。
既成事実の積み重ね。

こうしたものは、上にいる一人の人物がすべて把握できるものではありません。

しかも、昭和天皇は基本的には立憲君主として、政治に日常的には直接介入しない立場を意識していたと考えられます。

いわば、イギリス型の「君臨すれども統治せず」に近い立場です。

若き日の欧州訪問、とりわけイギリスで立憲君主制に触れた経験も、その意識に影響した可能性があります。

しかし、ここに大きな皮肉があります。

戦前日本の統治OSでは、暴走を本当に止めようとすれば、天皇自身が統治に深く関与するしかない場面が生まれてしまった。

けれども、天皇が日常的に統治へ介入すれば、それは立憲君主制の建前と矛盾します。

つまり、制度そのものが矛盾を抱えていたのです。


二・二六事件のような非常時にしか意思を示せなかった

昭和天皇が強く意思を示した例として、二・二六事件があります。

青年将校らによるクーデター未遂に対し、天皇は強い怒りを示し、反乱軍の鎮圧を求めました。

この場面では、天皇の意思が極めて明確に表れました。

しかし、逆に言えば、それほどの非常事態にならなければ、天皇が直接的に政治や軍を動かすことは難しかったということでもあります。

日常的な軍の拡大。
官僚組織の肥大化。
警察権力の強化。
国民の自由の制限。
戦線の拡大。

これらを、制度として止める仕組みが弱かった。

だからこそ、戦前日本は、誰か一人の独裁というより、各組織がそれぞれの論理で動き、国家全体が制御不能になっていったのです。


戦前の反省は「9条を守れ」だけでは足りない

戦前日本の失敗から、私たちは何を学ぶべきなのでしょうか。

それは、単に「9条がなかったから戦争になった」という話ではありません。

本当に学ぶべきことは、

実力組織を憲法の外側に置いてはいけない。
行政組織の権限を曖昧にしてはいけない。
政府、軍事力、警察、官僚を国民が統制できる仕組みを明確にしなければならない。

ということです。

この点について、自衛隊を憲法に明記することの意味や、政府解釈に置き続ける危うさは、昨日の記事で詳しく書きました。

今日の記事で強調したいのは、もう一歩先です。

この問題は、自衛隊や安全保障だけの話ではありません。

行政権力全体の問題です。


「正しい名目」があるほど、行政権限は暴走しやすい

戦前の日本では、各組織が「天皇の名」において権限を行使しました。

その名目は、国家のため。
国防のため。
治安のため。
秩序のため。

しかし、その名目のもとで、陸軍も、海軍も、内務省も、警察も、官僚組織も、それぞれの論理で権限を拡大していきました。

ここで重要なのは、行政組織は必ずしも最初から悪意で動くわけではないということです。

むしろ、多くの場合、組織は「正しい名目」を掲げます。

国のため。
社会のため。
安全のため。
秩序のため。
子どものため。

しかし、正しい名目があるからこそ、権限の拡大が正当化されやすくなる。

そして、その権限の限界が曖昧なままだと、被害を受けた人が救済されにくくなる。

これこそ、立憲主義が最も警戒すべき行政の暴走です。


これは児童相談所問題にもつながる

私が長年発信している児童相談所問題にも、同じ構造があります。

児童相談所は「子どものために」という名目で、一時保護、親子分離、面会制限、施設入所など、非常に強い権限を行使します。

もちろん、本当に虐待から子どもを守るために必要な場合はあります。

しかし問題は、その権限が子どもの利益に反して使われた場合です。

子どものためという名目で、子どもを親から切り離す。
子どもを学校や友人関係から切り離す。
子どもに面会や通信を制限し外部と隔絶する。
数か月という長期間、施設や一時保護所に隔離状態に置く。
子ども本人の意見を十分に聞かない。
子ども本人が行政側の判断を争う実効的な手段が弱い。

このとき、本来必要なのは、行政権限への明確な歯止めです。

憲法が国家権力を縛るものであるなら、その憲法の精神に基づいて、法律は行政の限界を具体的に定めなければなりません。

どのような場合に一時保護できるのか。
どの程度の期間まで許されるのか。
面会制限はどのような要件で認められるのか。
子ども本人がどう異議を申し立てられるのか。
行政判断が誤っていた場合、誰がどう責任を取るのか。
子どもが受けた不利益をどう回復するのか。

ここが曖昧なままでは、「子どものために」という言葉が、行政権限を正当化する魔法の札になってしまいます。

実際に、魔法の札として語っていたのが、三原じゅん子氏ではないでしょうか。


「子どものために」こそ、行政を縛る必要がある

児童相談所問題で特に深刻なのは、権限行使の対象が子どもであることです。

子どもは、大人のように自分で弁護士を探し、証拠を集め、行政と対等に争うことが簡単にはできません。

一時保護所や施設に入れられれば、生活環境も、人間関係も、学校とのつながりも、親との関係も、大きく変えられてしまいます。

それにもかかわらず、子ども本人が迅速かつ実効的に異議を申し立てる仕組みが弱い。

現在は一時保護に関する司法審査制度もあります。

しかし、子ども本人が手続の主体として実効的に争える仕組みでなければ、子どもの権利保障としては不十分です。

行政側の判断が中心となり、子ども本人の異議申立てや迅速な救済が弱いままなら、それは本当の意味での歯止めとは言えません。

行政が「子どものため」と言えば、その判断が尊重されやすい。

しかし、本当に子どものためを考えるなら、行政の善意を信じるだけでは足りません。

行政が間違えることを前提に、制度を作らなければなりません。

なぜなら、憲法とは、権力者が常に正しいと信じるための文書ではないからです。

権力は間違える。
行政は暴走する。
組織は自己正当化する。

だからこそ、憲法と法律で縛る。

これが立憲主義です。

児童相談所の権限も同じです。

「子どものため」という言葉があるからこそ、むしろ厳格な要件、手続、期間制限、面会制限の限界、子ども本人の救済手段、行政の責任を明確にしなければなりません。

それをしないままでは、子どもの権利は守れません。


戦前の統治OSのバグを、現代で繰り返してはいけない

戦前日本の問題は、各組織が「天皇の名」において権限を行使しながら、それを国民、議会、内閣が十分に統制できなかったことにあります。

陸軍は陸軍の論理で動き、
海軍は海軍の論理で動き、
内務省は内務省の論理で国民を取り締まり、
結果として国家全体が制御不能になっていきました。

この歴史から学ぶなら、現代に必要なのは、憲法を聖典のように固定することではありません。

国家権力をどう縛るか。
行政組織をどう統制するか。
実力組織をどうコントロールするか。
国民の自由と権利をどう守るか。
子どもが行政によって不利益を受けたときに、どう救済するか。

そこを、主権者である国民が考えることです。

憲法改正には、国会での発議と国民投票という重い手続があります。

最終的に憲法を決めるのは、新聞社ではありません。
官僚でもありません。
内閣でもありません。

主権者である国民です。

だからこそ、憲法記念日に考えるべきことは、「改憲は怖い」という感情論ではありません。

本当に問うべきは、

この憲法は、国家権力を十分に縛れているのか。
行政組織の権限を、法律でどこまで明確に縛れているのか。
児童相談所によって不利益を受けた子どもを、どう救済するのか。
戦前の統治OSのバグを、現代で繰り返していないか。

ということです。

自衛隊を憲法でどう統制するかについては、昨日の記事で詳しく書きました。

今日の記事で伝えたいのは、それと同じ論理が、児童相談所を含む行政権力全体に及ぶということです。


憲法は聖典ではない

憲法を守るとは、条文を一文字も動かさないことではありません。

憲法によって、国家権力を縛ることです。

政府を縛る。
行政を縛る。
軍事力を縛る。
警察権力を縛る。
官僚組織を縛る。
児童相談所のような行政機関を縛る。

そして、国民の自由と権利を守る。

これが憲法の役割です。

「9条を守れ」と唱えるだけでは、平和は守れません。

「子どものため」と唱えるだけでは、子どもの権利は守れません。

大切なのは、名目ではありません。

権限の限界です。
手続です。
責任です。
救済です。
主権者による統制です。

戦前の日本は、「正しい名目」を掲げた組織の暴走を止められませんでした。

そして現代にも、「国防のため」「治安のため」「子どものため」という名目で、行政権限が広がる危険はあります。

だからこそ、憲法が必要なのです。

憲法は聖典ではありません。

権力を縛るための、主権者の道具です。

憲法記念日にこそ、その本質に立ち返るべきです。


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子どもと日本の未来を創るたかさん


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