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「愛」の輪郭|記事紹介

愛とは、何なのか?

世間では、
「見返りを求めることなく、ただ、その対象をいつくしむこと」であるとか、「お互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめること」であるとか、色んなことが言われている。

これらの言葉から、
「分かった気になる」ことはできる。
でも、「分かる」ことはできない。

愛というのは、
そういう捉えどころのない、
輪郭のぼやけたものだ。

でも、この方が書かれた記事群を読んでいると、少しだけ、

愛の輪郭

をつかめる気がする。


1.親をやるという「愛」

まず最初にご紹介するのはこちらの記事。

「パパ大好き!」だったASD(自閉スペクトラム)の息子さんが、ある日突然「パパ苦手」と言い、パパを牢屋という名前の別室に入れるようになる、という話。

表面的には「パパが嫌われた」という物語だが、筆者のくまのひとみさんが見抜いたのは、

パパの関わり方が子どもの内面に
積層していくプロセス

だった。

ついこの間まで、
「パパだ〜いすき!」
って言ってたのに……。

私自身、発達の特性に合わせて伝え方や関わり方を学んできました。

夫はというと、私がその都度伝えても、何度も繰り返す“NG対応”…。
その結果、息子の中にじわじわと、
「パパ、なんかイヤ」
「遊ぶのは好きだけど、それだけじゃない」
そんな気持ちが育ってきてるのかも。

否定語、脅し文句、怒り。
それらは子どもの記憶に沈殿し、やがて「パパ苦手」という言語化に至る。

つまり、子どもの拒絶は、パパという存在の否定ではなく、

パパとの関係性の「質」への
無意識の抵抗

だった、と。

***

私が敬愛してやまない発達心理学の柏木恵子先生の言葉に、

父親になるな、父親をやれ

柏木恵子「父親になる、父親をする」

というものがある。
私自身、Noteで初めて書いた記事のタイトルにしたくらい、私の心の奥底に突き刺さっている言葉だ。

くまのひとみさんの夫さんも、

パパと公園でいっぱい遊んで、大満足で帰宅。
テンション高く、
パパに抱っこされながら
ほっぺにチューを連発。

とある通り、もともと父親を「やる」という意識が明確におありの方なのだと思う。
断片的ではあるが、この描写を見るに、おそらく、持てる全てを出し切って、全力で息子さんを「愛して」おられたに違いない。

立派に父親を「やって」いる。
でも、その愛は、どこかでピンボケしたものになっていった。

記事は、こんな言葉で締めくくられる。

いつまでも「パパ大好き」って言ってくれる保証なんて、本当はないんだよね。

発達の特性への理解、そして実践と反省。

愛とは、何なのだろう。

2.2種類の「愛」の言葉

次にご紹介するのはこちら。

くまのひとみさんは、ASDやADHDの特性がある子どもに、

「どうしてできないの?」

と問うことの暴力性を、自らの職場体験と重ね合わせながら、痛切に理解する。

答えの出ない問いを突きつけられ続けることは、

存在そのものへの
否定の反復

に他ならない、と。

そして彼女が代わりに選んだ言葉が、これだ。

「どうして○○は
こんなに可愛いんだろうね」

そう。この問いには、答えがない。
いや、正確には、答えが無限にある。
そして、考えれば考えるほど、子どもの存在そのものが肯定される。

かつてヴィトゲンシュタインは

言語の限界が世界の限界だ

白鳥春彦「ヴィトゲンシュタイン 世界が変わる言葉」

と言った。
くまのひとみさんは、言葉を変えることで、息子の世界を、そして自分自身の世界を変えたのだ。

つまり、これは単なるポジティブな声かけなどではなく、

問いの構造を変えることで
認識の世界そのものを変える

という、哲学的な次元の「愛」である、とさえ言える。

***

「ラ・ラ・ランド」で有名なDamien Chazelleが10年前に発表した映画「セッション」では、音大に通う純朴なドラマーの主人公に才能を見出した天才指導者が、思いつく限りの罵声を浴びせ、主人公を地獄の果てまで徹底的に追い込み、最終的には命を危険にさらしてまで苛め抜く、という描写がある。

わざと音程を外して俺のバンドを妨害しているのか、それとも自分が外れてることに気づいていないのか?どちらにせよ、後者の方がさらにひどい。
Either you’re deliberately out of tune and sabotaging my band, or you don’t know you’re out of tune, and that’s even worse.

劇中を通じ、こんな言葉が延々と主人公に降り注ぐ。
物理的な暴力も振るわれる。現代音楽をテーマとした映画で、これだけ「血」が描写されるものは他にない。
そして、なぜ褒めようとしないのかと問われれば、

英語において「グッジョブ」ほど有害な言葉は他にない。
There are no two words in the English language more harmful than “good job”.

と切り返す。

だが、死線を潜り抜けた主人公が、物語のクライマックスで演奏した楽曲は、その冷徹無比な指導者の鉄仮面から笑みがこぼれ出るほどの、かつてない「絶演」だった――。

映画とくまのひとみさんの息子さんとでは、年齢、血縁関係の有無など、状況の違いは無数にある。

それでもやはり、考えさせられるのだ。

愛とは、何なのだろう。

3.「制度」か、「愛」か

締めくくりはこちらの記事。

くまのひとみさんは職場で、排除を目的としたような

形式的で「悲しい配慮」

を目の当たりにする。

一方で、ある小学校のエピソードは対照的だった。

聴覚障害児のため、「緊急時用のランプ」が設置されたことに対して、聴覚障害をもたない子どもたちが、こう言ったのだという。

 「それもいいけど、一番は僕たちがこの子の手を引いて逃げることじゃない?」

身につまされる話だ。
私たち「大人」は、常に責任の所在を明確にしようと、「緊急時のランプ」のような、目に見える何かを作ることで、さも「しっかり対応している」ことを顕示しようとする。

職場の事例にあった「悲しい配慮」も、おそらく「コンプライアンス」や「リスク回避」から生まれたものだろう。

法律で決まっているからやる。
訴えられないようにやる。

そこにあるのは保身だけだ。

一方で、小学校のエピソードは違う。
聴覚障害児を避難させるのだという

「思い」が起点

になっている。
そうでなければ、自分たちが手を引くんだなんて言葉は絶対に出てこない。

でも、現実はどうだろう。
いつ発生するかもわからない緊急時に備えて、いついかなる時もその聴覚障害児と行動をともにできるだろうか?
緊急時と認識できず、手を引くのが遅れて何かあったら、その児童は責任をとれるのだろうか?

大人の世界というのは、気持ちだけでは動かない。
周囲に誰もいなくても、電気さえ通っていれば必ず正しく作動する保障のある「制度」でなんとかしようとする。

やはり、考えさせられるものがある。

愛とは、何なのだろう。

4.私が考えたこと

以上みてきた通り、この3つの記事は、

「愛」とは何なのか

ということを猛烈に考えさせる内容だ。

だが、そこには、記事に通底する一つの強烈なメッセージがある。
それは、

相手を理解する

ということだ。

一つ目の記事で、夫さんは発達の特性を理解しないまま、愛を半ば押し付けるような恰好になっていた。

二つ目の記事で、息子さんの発達の特性を理解しているくまのひとみさんは、存在を否定しないという選択をとった。

三つ目の記事で、小学校の子どもたちは、何かあったら自分たちが率先して動くのだ、というスタンスを示した。

くまのひとみさんと夫さんのスタンスはすごく対照的だ。
小学校の子どもたちも、おそらくは一緒に過ごした中で、その聴覚障害児のことを理解しているから、「一番は手を引く」ことだとハッキリ言えたのだろう。

ローマ帝国時代の神学者、アウレリウス・アウグスティヌスはこう述べている。

全く知らないものを愛することはできない。
しかし、少しでも知っているものを愛するときには、その愛によって、そのものを完全に知るようになる。

塩瀬隆之、和田孫博「偉人の言葉」

おそらく、夫さんは、このエピソード以降、そのあふれ出る愛を「発達への理解」に振り向け、息子さんを少しでも知ろうと猛烈に努力していることだろう。
小学校の子どもたちもまた、聴覚障害児のことを深く理解するにつれて、ランプや手を引く以外に、最善のオプションがあるのではないかと探求を深めていることだろう。

それこそがまさに「愛」だ。

だから、愛とは、

相手を理解する

ということなのだ。

この一連の記事群からは、そんなメッセージを読み取ることができる。

その通りだ。と思われた方は、ぜひくまのひとみさんの、ほかの記事も読んでみてほしい。

(ご参考 1/2)あなたの記事を紹介させてください!

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(ご参考 2/2)引用した書籍

親に「なる」と親を「やる」は全然違う、という発達心理学者の叫び。全ての令和のパパにささげたいブックレット。

このNoteでは何度も引用させてもらっている本。
読むと心が軽くなるし、頭が正しい方角に向いてくれる。

京大の先生と、灘校の校長先生だった人が書かれた本。
力が湧いてくる言葉のパレード。

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東大卒2児ママの夫 お気持ちめちゃくちゃ嬉しいです!でも、本当にいいんですか?