傷を愛せるか|続き
※賛否両論あると思います。あくまで私見です。
これだけ男女平等が叫ばれる世の中になってもなお、確信していることがあります。
それは、
男の子の人生は、
どこまでいっても戦いの連続
だということです。
私には二人子どもがおり、どちらも男の子です。
ですので、妻から、
「保育園でお友達にちょっかい出されて泣いてたらしいの」
なんて聞くと、子どもには
迷わずやり返せ
と言ってきました。
早いうちから、「男の人生=戦い」だと認識させないと不幸だと思うからです。
もちろん、2人ともまだ小さいので、私の言葉の意味は半分も伝わっていないかもしれません。
また、こんなことを教えるのは間違っているのかもしれません。
でも、
「脊髄反射」的に
そう言ってしまう自分がいるのです。
昨晩、こんな記事を書きました。
自らに深く刻み込まれた傷が、我が子に重なって見えるとき、
目の前に立ちはだかるのは、本稿のタイトルでもある
傷を愛せるか
という命題だ。
うだうだと能書きを垂れていますが、私の「傷」は、
やり返そうと思わないこと
なんだと思います。
だから、脳みそに「男の人生は戦いだ」と刷り込ませ、
心が「やり返そう」と思わなくても、
頭で「やり返せ」と命令させる。
そして、
やり返そうとしない我が子
を見ると、自らの「傷」が重なって見え、悶えてしまう。
多分、私の「傷」は癒えていないのだと思います。
そして、愛することも、まだ当分はできそうにありません。
でも、妻は違います。
そんな我が子を目にしても、
何も言いませんし、
何も聞きません。
ただ傍らで見守る
ということができる人です。
こんな妻に育てられているからか、「やり返せ」という私のひねくれた教育なぞどこ吹く風で、息子たちは「やり返す」タイプの子どもにはなっていません。
私が愛せない傷は、かわりに妻が愛してくれる。
妻が愛せない傷は、かわりに私が愛せばいい。
これが、夫婦2人で子どもを育てる意味なのかな、と思います。
「育児は育自だよ」
これは母から教えてもらった言葉です。
まさにその通りで、私は子どもを育てているつもりでいて、実は子どもにも育てられている。
育児をしていると、そのことをしみじみと感じます。
あらためて、本当にその通りだな~、と。
こうして自分の傷を書くことそのものが、子どもに育てられているなによりの証拠ですからね。笑
ということで、紹介した人まで成長させてしまう、素晴らしい記事のご紹介でした!
(本稿はよくわからない当方の自己開示と言う名の自己満足が大半であるとの都合により、2回に分割させていただきました。)
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