令和版・霊界物語(統合版)【創作大賞2026応募用】
タイトル:
令和版・霊界物語-現代の闇と未来の志士への遺文-
あらすじ:
施療の現場で微細な歪みを指先で捉え、患者の痛みを断つことを日常とする治療家の「私」。
ある夜、私の指先は意思を奪われ、賀茂建角身命を名乗る存在から“令和版・霊界物語を降ろせ”と告げられた。
拒めば臨床も生活も破綻すると宣言され、 望まぬまま“契約の刻印”が左手に刻まれ、神意の回路が強制的に開かれた。
神威は光でも霊でもなく、 “情報としての意思”の形で日常に侵入してきた。
やがて私は、神と人間の間に存在する “統合知性体”―― “我々”と名乗る、神意を翻訳する 通信プロトコル層のような存在と、論理で殴り合うディベートへと引きずり込まれる。
選ばれたのではなく“残った者”として、 私は令和の混迷を覆す物語へ踏み込んでいく。
プロローグ
ノンフィクションか、壮大なるフェイクか。
行くもよし、退くもよし。
――あなたの”解釈”が、この物語の“現実度”を決める。
第1話『静かなる激動―指先の神託―』
一日の施療を終えた。
だが、くつろぐにはまだ早い。
今日の患者から得られた歪み、硬結、呼吸の乱れ、そして・・・・思考の揺らぎ。
五感で拾い上げた微細な変化を、 私は施術日誌に淡々と記録していく。
やりすぎだと自分でも思うほどに。
臨床家としての私には、これがすでに”当たり前の儀式”になっていた。
所見、課題、次回方針、着目点、予後予測。
いつも通りのはずだった。
――その瞬間までは。
それは唐突に降ってきた。
私の手が勝手にエディタの新規ファイルを開いた。
カーソルが無機質に動き、私の脳が一拍遅れて画面に刻まれた文字を認識した。
「救国伝奇小説」
……何だこれは?
次の瞬間、私の手が勝手にキーボードを叩き始め、 文字が画面に踊った。
わけが分からなかった。
頭は冴えているのに、指先だけがそれを裏切るように動いた。
先ほどの患者さんが「痛くないです、ありがとうございます」と笑顔で、スキップしそうなほど軽い足取りで施術室を出ていった光景も、その満足感の余韻も、確かにここに残っている。
だから・・・・
私は狂ったわけではない――
そう思えるだけの“日常の手応え”が、たしかにあったのだ。
だが指先だけが、私の意思とは裏腹にいつも以上の滑らかさで動き続けた。
画面に刻まれた一文を一瞥した刹那、それは瞬時に背骨を駆け上がり、肚を静かに震わせた。脳が認識するより先に、身体が勝手に反応した。なのに指先はなおも動く。
そして・・・・
そこに記された文字は私を驚愕させた。
「お前は令和の世にあって、賀茂建角身命のご神業をこの世に現す器となれ。」
身体の反応から一拍遅れて、ようやく“脳”が理解した。
これは私が求めたものではない。
呼んでもいない。
望んでもいない。
それでも――
向こうが勝手に、唐突に、私の現実へ降りてきたのだ。
・・・・・賀茂建角身命だと?
その名を画面に認めた瞬間、私の脳内で知識の断片の数々が同時多発的にスパークした。
八咫烏の本地。
京都下賀茂神社の主祭神。
神武東征・・・・宇陀の兄宇迦斯、弟宇迦斯を下し、従わせ、即位前の神武を熊野から橿原宮へと道を開いた“導きの神”。
初代神武天皇、ハツクニシラススメラミコト、カムヤマトイワレヒコノミコトを即位にまで導いた”先導の神”。
そのご神業を現せ、だと?
どういうことだ。なぜその名が、今、ここに出てくる。
その上・・・・私がこの”道開きの神”の器、だと?
理解が追い付かない。
私は脳内で絶叫していた。
「わけが分からない!」
声に出ていたかもしれない。
それほどの驚愕だった。
だが、私の絶叫ごときで指の動きは止まらない。
私の意思などお構いなく、勝手にキーボードの上をすべる。
画面には、私の心の動きなど無視して言葉が刻まれ続けた。
「今は分からずとも良い。
お前が過去になしてきた数多の経験、知識、知見はこのご神業をなすための布石であった。
神はそのために数十年をもかけて、お前を調律してきたのだ。」
「神、だと?」
思考が疑問符で埋め尽くされる。
指先はなおも勝手に動く。
その一文をぼんやりと眺め、誰にともなくつぶやいた刹那、何者かの意志が再び指先に宿り、言葉の奔流が叩きつけられた。
まるで”意思の塊”をエディタの画面越しに投げつけられたような衝撃であった。
「今、日ノ本の国は混迷を極めておる。
しかしまもなく、この混迷を極める夜が明ける。
だが、それをこじ開けるには秘鍵が必要である。
お前にその秘鍵を授ける。
お前がこの九分九厘、闇に染まった日ノ本の混迷をその秘鍵でもってグレンとひっくり返してみせよ。
これは”肉体”という有限の器を持つ人間にしか出来ぬ。
その器にお前を選び、あえて苦難に突き落とし、魂を調律してきた。
これは大神様のご意思である。
お前に「否」を言う権利はない。
これは神が描いた経綸である。」
未だかつて体験したこともない”圧”がエディタごしに私へ吹き付ける。
武術の立ち合いで、感じていた圧など比べ物にならない。
それほどまでに圧倒的な存在感を投げつけてきたのだ。
なおも、私の指は勝手にキーボードを滑り、正体不明の存在の意思を画面に表示し続ける。
「お前は霊界物語を知っているか?」
私が知らぬはずがないだろう?
出口王仁三郎の記した高級神霊界と邪神界の大戦い――
ミロクの御代を招来せしめるための、善悪の大戦いを描いた一大抒情詩。
霊界物語。
古史古伝を紐解くのは私にとって無上の楽しみだ。
言わばスピ系オタクの知的ゲームでもある。
だがそれは、あくまで日々の臨床で疲れた脳を癒すための娯楽に過ぎない。
どこまで行っても、私にとっては”構造解析”、”理の探求”という趣味の延長だ。
スピリチュアルと現実の境界が溶解するカタルシスなど、とっくの昔に”卒業”した。
その記憶はすでに忘却の彼方だ。
どこぞの狂信者のように、ミロクの御代が来るだの、嬉し嬉しの神代が復活するだの、半霊半物質の肉体をまとった未来人にアセンションするだの――
そんなファンタジーを真に受けるほど若くはない。
私の感性はすでに往年の感性のみずみずしさを失ってしまっていた。
だからこそ、今、私の指先を勝手に動かし、言葉を綴らせている”未知の存在”と霊界物語が結びつくなど考えもしなかった。
だが――
「お前はその指先で、令和版・霊界物語を紡ぎ出すのだ。」
・・・・は?
否応のない宣告だった。
この私が?
古史古伝オタクの、一介の治療家に過ぎない私が?
出口王仁三郎聖師の紡ぎ出した神霊界からの通信ログとも言える一大抒情詩――
言わば”お筆先”をこの手で降ろせ、と?
平常心、明鏡止水が信条の”武術家の顔”をも持つ、この私の心臓が跳ねた。
下丹田から気が逆流した。
そして・・・・
次の瞬間、私の口から咆哮がほとばしり出た。
「何をバカな!その様な畏れ多い暴挙ができるわけがないだろうっ!!」
しかし、画面は沈黙したままだった。
意を決し私は再び画面とキーボードに向き直る。
今度は―― 不思議と、指が自分の意のままに動く。
先ほどまでの”乗っ取られた”感覚”とは違う。
「バカなことを言うな!
俺は一介の治療師に過ぎん!
しかも、深山幽谷にこもり神気を受けるような修行をしたわけでもない、ただの俗人だ。
俺は自分のことを”凡俗の極み”だと自覚している!
そんな俺に令和版・霊界物語を紡ぎ出せ、とは理由が分からない!」
私はキーボードを叩きつけるように文字を打ち込み、自我をこの”意味不明の存在”に突きつける様、画面上に表示させた。
―― ああ、いつもの感覚だ。
この指先。
意識もはっきりしている。
俺は狂ってなどいない。
そう思った矢先だった。
安堵は長くは続かなかった。
またもや私の指が、今度は”そっと”静かに乗っ取られた。
そしてまたもや指先が勝手に動き始めた。
先ほどまでの暴力的な支配とは違う。
違和感はあるが、不快ではない。
静かに、淡々と、私の意志の隙間へ入り込んでくる。
なんだ?この意味不明の感覚は?
やめようと思えばやめられる――
そんなかすかな指先の揺らぎ。
今度は、私の好奇心の方が勝った。
私はそのまま、指が勝手に動くのに任せた。
そして、指先は静かに言葉を紡ぎ始めた。
「お前がどう考えようが、そんなことは既に関係がない。
神の中ではもう決まったことだ。
別に神の申し出を拒否しても良い。
だがお前は苦しむぞ?
神の因果をひっくり返そうとするのだからな。
最初は指の疼き、違和感程度だろう。
それが耐え難いものまで昇華すれば、お前の治療師としての生活は破綻するぞ?
別に神はそれでも構わんがな。
お前が今の生活を維持したいのなら、賀茂建角身命の器となり、その指を通じて筆先を降ろせ。
何度でも言う。
これは既定事項である。
抗うことは無駄だ。」
そこまでを読み終えて、私はノートPCの画面を勢いよく閉めた。
「一体・・・・、何なんだ・・・・。」
その日、書きかけた施術日誌はとうとう一行も進まなかったのである。
第2話『侵食する指先―神の猶予と臨床の狭間で―』
翌朝・・・・
私は施療を始める前にノートPCを開いた。
昨夜の”何者かの介入”によって中断された施術日誌を、最初の患者さんが来る前に片付けておきたかったからだ。
私はレジューム機能をOFFにしている。
シェルを閉じれば電源は落ち、再び使うには電源ボタンONとパスワードの入力が必要になる。
患者さんの個人情報を守るため、私なりの最低限のセキュリティだ。
・・・・だが昨晩、勢いに任せて閉じたシェルを開き、電源を入れようとした刹那――怪異は再燃した。
電源ボタンに触れてもいないのに、フォンと勝手に起動音が鳴り、エディタが昨日”私が見終えたままの姿”で画面中央へこれ見よがしに鎮座していた。
「なんだ?PCの不調か?」
私は違和感を覚え、即座に再起動した。
だが―― 何度繰り返しても同じ。
まるでSNSのログのように昨日の文章が固定され動かない。
コンセントを抜き、バッテリーを外し、付け替え、何度も何度も再起動を繰り返したが、その状況は変わらなかった。
このままでは午前の施療に入れない。
私は観念し、再び”エディタを通じてしか会話できない存在”に向けて、キーボードを叩き懇願した。
「あなたが神なのか、誰なのか私は知らない。
そんなことには興味もない。
だが、そのようにエディタを画面の真ん中で固定されてしまっては、俺の仕事に差し障る。今はしばらく勘弁してくれ。」
”自分の意志”で、入力を終えると私の指先が昨晩の様な違和感を宿した。
そして私の意志とは無関係に指がキーボードを叩き、勝手にエディタへ文字を紡ぎ出したのである。
「よかろう。
但し、猶予は本日の夕刻までだ。
お前が本日予約の患者の施療を終えたら、直ちにこのエディタを立ち上げよ。
昨晩からの続きと参る。
何度でも言う。
お前は大神様のご意思からは既に逃れられん。
腹をくくれ。良いな。」
一方的に言い放つと、終了コマンドなど入れてもいないのに、エディタは勝手に閉じ、見慣れたデスクトップが姿を表した。
「・・・・・わけが分からん・・・・・」
私は昨晩に続く”怪異”を理解しようと思考をめぐらしていると、受付から声がかかった。
「先生。ご予約の患者様、いらっしゃいました。」
「ああ、いつでもいいよ。ご案内してくれ。」
私は応じ、本日最初の施療を開始した。
「先生、腰が痛くって・・・・」
「いつからですか?」
「あの、先日大雪が降った日があったじゃないですか。
あの時に雪で列車が遅延したんですよ。
でね、いつもなら待ち時間は10分ほどなのに、その日に限って1時間以上、寒風が吹き抜けるホームで立ちっぱなしだったんです。
めっちゃ寒くてねぇ。」
「ほう、それは災難でしたね。」
「・・・・で、その時の冷えが腰痛の原因じゃないか?と思いましてね。
実は先生、謝らなきゃいけないんですけど・・・・。
ホームで冷えた翌日にキリキリ、キリキリと錐で揉むように痛くて、矢も盾もたまらず近所の接骨院に行ったんですよ。
電気を痛いところに当ててもらったら、その場は確かに楽になったんです。
ええ、ええ。その場で痛みは取れましたよ、確かに。
でも接骨院の外に出たら、また少しずつ痛みが戻ってきて・・・・。
その後3日ぐらい我慢してたんですけど、どうにも不愉快な痛みが治まらなくて、今度は整形外科に行ったんですよね。
そしたら腰椎椎間板ヘルニアって言われて、神経ブロック注射を打ってもらったら、その時も確かに痛みは取れました。
でも、まだ違和感も残ってるし、歩く度に疼くんです。
整形外科の先生は『あー、仕方ないですね、鎮痛剤出しておきましょう』っておっしゃるんですが、薬を飲んでもずーっと鈍痛っていうか・・・・違和感が残ったままで・・・・。
・・・・先生、浮気してごめんなさい。
診てもらえますか?」
私はいつも最後まで患者さんの話を聞く。
なぜなら、そこに疼痛緩和のヒントが宝石の様に散りばめられているからだ。
そんな貴重な時間をこちらの都合で一方的にぶった切るなど、私には出来ない。
「ああ、別に謝る必要はないですよ。
痛いのはその人しか分からない苦しみですからね。
申し訳ないと思う必要はありません。
詳しく話してもらってありがとうございます。
ちなみに、就寝中やお風呂では痛み、出ますか?」
「先生!聞いてください!
おっしゃるとおり、温まると出ないんですよね!」
ふむ、疑われるのは寒邪の侵襲だが・・・・どこから入ったか、だな。
腰の電療では一時的な緩和しか得られなかった以上、腰そのものには痛みの原因はなさそうだ。
となると―― 。
「もう一つお尋ねしますが、腰が痛いとおっしゃっていますけど・・・・、痛いところはじつは”お尻”ではないですか?」
私はいつも愛用している経絡経穴人形を差し出し、どの辺りに痛みを感じるかを確認した。
患者さんは仙骨を中心に、仙腸関節から腸骨外縁にかけてを指し示した。
「先生。腰、ですよね?ここ。」
この患者だけではない、患者ごとに”自分の体の地図”は違う。
だから患者さんが指し示すエリアと解剖学的な部位名称は異なるのだ。
だから患者さんが”腰”といっても、胸椎下部付近から臀部下端までを網羅しておく必要がある。
診立てに必要なのは解剖学的肢位に基づく”正確な疼痛部位だけだ”・・・・・。
ふむ、経絡流注に沿えば足の太陽膀胱経の失調―― 是動病だろうが・・・・。
「ちょっと失礼。」
私は経絡流注の終点近く、井穴から触察を始めた。
至陰、足通谷、束骨、京骨、金門・・・・。
順繰りに手掌と指を這わせ、微細な違和感を拾っていく。
ふくらはぎに触察がおよび、飛揚で”ピクリ”と私の指先が微かな違和感をとらえた。
これか?
「あの、痛いかもしれないけど、ちょっと我慢してね。」
軽く押圧した瞬間、患者の体がビクンッ!と撥ねた。
ジャンピングサインだ。
ここがトリガーポイントか・・・・。
ということは、郄穴の金門も奥の方に圧痛点があるはずだな。
「えっと・・・・先生、今度は何してるんですか?
そこは痛くないんですけど・・・・」
ほう。
表証から裏証に移りかけているな。
だが、まだ半表半裏の入口。
臓腑にまで寒邪は侵襲していない。
「あ、いいですよ。気にしないで下さい。
”おまじない”みたいなもんです。」
私は鍉鍼をかざし、金門から平補平瀉で寒邪を動かした。
患者さんによっては、詳細な説明は余分なバイアスとなり、施術効果を曖昧にすることがある。
だから私はあえて意味を曖昧にしたまま、静かに患者に告げた。
「もういいですよ。立ってみてください。」
「!!!!!」
時間にして1分足らず。
靴下を履かせたまま、金属の棒(鍉鍼)かざしただけだ。
もちろん、痛みなどない。
だが、ちゃんとやれば効果は出る。
「先生!何やったんですか!
あれほどしつこかった腰(仙腸関節部)の痛みが無いです!」
まあこんなもんだろう。
ただし――
”わずかな姿勢の崩れ”を、私は見逃さなかった。
椅子から立ち上がった瞬間、わずかに患者さんの体幹が揺れたのだ。
ほう、まだ違和感を残しているな。
太陽膀胱経の疎通で痛みは取れたようだが、まだ筋骨格系の不調は残っている。
これを取らねば、また痛みはぶり返す。
「あの、実はまだ違和感、残していませんか?」
患者が目を剥いた。
「先生、私何も言ってないのに、何で分かるんですかっ?!」
「ま、一応私も治療家の端くれ、ですから・・・・。」
「先生、訳がわかりませんっ!」
「気にしなくていいですよ。取って食いはしませんからね。(笑)」
私は軽く冗談で流して、次のステージに施療を移した。
患者を仰向けで施術ベッドに寝かせ、先ほど立ち上がった際に傾いた方の下肢を屈曲させた。
片足を立て膝にさせた瞬間、患者さんの顔がわずかにゆがんだ。ほんの一瞬だが、私はそれを見逃さなかった。
ほう、予想通りだな。
私は確証し、立て膝にした膝頭を支えながら、ゆっくりと足をベッドから浮かせる。
表情は変わらない。
ふむ。
それではこれでどうだ?
私は膝を伸展し、そのまま上に持ち上げる。
SLRテスト―― 腰椎椎間板ヘルニアの鑑別。
これも異常がなし。
ならば、これでどうだ。
今度は足首をつかんだまま、股関節に内向きのひねりを入れる。
ボンネットテスト――腰部神経根症状の鑑別。
またわずかに患者が顔をしかめる。
ほう。
近づいてきたな。
私は再び、患者に立て膝を指示し、今度はその膝頭を外側からつかんで足を浮かせ、股関節から大腿を内側に倒した。
K・ボンネットテスト――梨状筋の拘縮による坐骨神経の絞扼を確認する徒手検査だ。
先ほどのボンネットテストと名称は似ているが、鑑別対象が異なる。
患者の顔がゆがむ。
「先生!痛いです!」
ふむ。
罹患筋は梨状筋だな。
となると―― 狙うのは太陽膀胱経の経穴では中膂兪、白環兪あたり。
まあ胞肓、秩辺辺りもカバーしておくか。
私は大体の罹患部位を特定し、患者にうつ伏せになるよう指示した。
そして、筋骨格系の施術に入った。
ま、普通であればここまで鑑別したら、局所を攻めに行くのだろうが、私はそれは最小限にしたいと思っている。
なぜなら、かつていきなり局所を攻めて、患者を失神させた苦い経験があるからだ。
読者の希望があれば、いずれ機会をみて記すこともあるだろう。
だが、今は目の前の患者を救うことが先だ。
梨状筋の所在する皮膚分節は仙髄3番である。
私はそれを根拠に上後腸骨棘周辺の異変がないか、触察を行う。
もちろん服の上からだ。
直接皮膚に触れれば即わかるのだろうが、私はあえて自分の感覚を鍛えるため、さらにタオルをかけた上から触察をする。
強く触れれば逃げ、微かであれば捉えられない。
そのギリギリの境界へ指を這わせながら、指先の感覚に意識を集中させる。
ここか・・・・。
私の指先の感覚が上後腸骨棘と仙骨棘の正中線との中央付近にわずかな違和感、陥凹部を捕まえた。
そして力を加減しながら静かに押圧する。
もう少し・・・・・。
・・・・ポキッ。
お、通った。
かすかな矯正音が施療室に響き、私の指先に感じる感覚が変わる。
停滞して冷たかった陥凹部に血が巡るのが分かる。いい感じだ。
局所に生命の躍動を感じる。
温かくなる。そして陥凹部が消えていく・・・・。
ま、こんなもんだろ。
「いいですよ。起きてください。」
患者の目に驚愕が浮かんでいる。
「先生!
いま、何やったんですか!」
「ん?どうしました?」
「先生の指が骨盤に触れたとき、『痛いなー』とか思ってたんです。
で、その後ずらして、違うとこ押さえてもらったでしょ?
そしたら、瞬時に何かが流れて、詰まりが取れたみたいに温かくなったんですよ!
一体何やったんですか?!」
驚愕するのも無理はない。
おそらく私の施術は”訳の分からない”部類に入るのだと思う。
面倒くさいのでいちいち説明はしないが、一応クロージングの時には解剖学、生理学、東洋医学、経穴経絡学というもっともらしいフィルタリングをして患者に説明している。
実はこの施術のテクニックは師匠から手取り足取り教えてもらったものではない。
そもそも私に治療技術の師匠そのものがいないのだ。
全て実践から編み出した「我流」なのだ。
これもいずれ、記す機会があれば明らかにしていこう。
そしてクロージングだ。
「えーっと、腰の不調ですがね。
原因は腰になかったですねー、おそらく。
原因は足です。
足の小指側がですね、ホームで立ち尽くしていた時、寒風に晒されて冷えちゃったんですよね。
その冷えが足を上がって、お尻の神経をつついていたんですよ。
だから、原因は足の冷えです。
腰だけ電気当てても、すぐ戻っちゃったってのはそういうわけです。
仙腸関節のゆるみも元々ありますからね。弱いんですよ、お尻。
ま、次回はそこの矯正、サクッとやっちゃいましょ。
今日はとにかく冷えないよう温かくしてくださいね。
入浴は肩までしっかり浸かってですね、湯冷めする前に寝ちゃってください。
スマホなんていじってちゃダメですよ?
直ぐ寝るんですよ。約束してください(笑)」
「あっ、そうそう。
鎮痛剤はあまり頼らない方が良いですよ。
神経をブロックして痛みを感じなくしてるだけなんで。
そうじゃないのもありますけどね。
でも痛みっていう体の悲鳴のシグナルを抑え続けてると、大変なことになりますからね。
あ、脅しじゃないんで、困ったら聞いてくださいね。
お医者さんに頼らなきゃいけない疾患もあるんで。
私、お医者さんは否定しませんよ?(笑)」
患者さんは不思議だ、不思議だ、私は今まで何やってたんだろう・・・とかぶつぶつ独り言を言いながら施療室を後にした。
そして、本日一人目の患者さんを送り出した時、私の指先には微かな違和感が生じていたのである。
第3話『太陽の侵食 ― 左手に降る神意―』
最初は、わずかな引き攣れの様な違和感だった。
左手小指外側―― 徒手格闘技で言えば”手刀”にあたる部分。
経絡流注に沿えば、左手の太陽小腸経の原穴、すなわち腕骨付近に、ピリピリとした異様な感覚が生じていた。
(ん・・・・何かイヤな感じだな。ひねったか?)
私は遠位橈尺関節を右手でつかんで、ひと振り。
「ポキッ」という矯正音とともに、左手首の違和感が一旦は消えた。
(先ほどの施術の際に無理な力がかかったか?
まだまだ俺も修行が足りんな。・・・・ふふふ。)
「先生、次の患者さん、お通ししてもよろしいですか?」
「ああ、いいよ。お通しして。」
今度は肩こりの患者さんだ。
首こりも併発し、緊張性頭痛まで出ているが、この程度なら経絡病証を持ち出すまでもない。
弁証も鑑別も省略だ。
それに、この患者さんはもう三年以上、飽きもせずに通ってくださっている。
「えっと、前回お伝えした運動療法、やって頂いてます?」
毎回確認するのだが、返ってくるのはいつも豪快な笑い声だ。
「あっはっは!先生ごめーん。仕事忙しくてできなかったよー!」
もちろん悪気がないのは分かっている。
だから私は、この患者さんの施療の時には、自分の眉間やこめかみを揉む羽目になる。
ホントに頭痛持ちなのかね?と疑問に思う位元気なのだが、彼はいつもこめかみに青筋を立てている。
肝実。
すなわち肝火上炎の頭痛である。
頭頂も最近、少しずつ薄くなってきている。
肝火の熱が毛根を焼き始めている兆候だ。
もう、太衝に鍼を打って肝火を下げるなどという、まどろっこしいことをやってられない。
肩甲骨のアライメント修正。
カチカチの頸部の筋肉の緊張リリース。
そして頸部の回旋可動性を上げて、頭の血と熱を強制的に下ろす。
サービカルロールで頸椎を矯正。
ずれた頸椎に添え手をし、角度を調節する。
―― ここか。
狙いを定めて頸椎を捻る。
ボギボギギギッ。
左右左右から凄まじい矯正音が施療室に響き渡ると、上逆していた熱がスッと下がり、赤ら顔は穏やかな鮮紅色へ落ち着いた。
私は、言っても無駄とは知りながら、クロージングの声掛けをする。
「あなたね。頭痛は猫背のせいですよ。それ。
治したいなら、まず肩甲骨を動かしてください。
ストレートネックも入ってるから、猫背治さないと、あなたの頭痛は治らないよ?
それに・・・・。
昨日、お酒いつもより飲んだんじゃない?」
「先生にはかなわないなー。
飲みすぎまで見抜いちゃうんだから、大したもんだよねー。
運動療法ですよね?分かってるんですよ。
たまーにやるとすっごく首肩頭が楽になるんで、毎日やんなきゃな~とは思うんですよ。
でもね、全然いうこと聞かない部下がいましてね。
こいつのこと考えるとムカムカして、お酒でごまかして寝ちゃうんですよねー。
先生には悪いと思ってんだよ?許して?」
いやいや、私が許すも許さないもない。
患者さんが不調を治すには、その原因を自ら直視し、自分で取り除く努力をするしかない。
私は治療師とはいいながら、患者さんが目覚めるためのお手伝いをする伴走者、支援者に過ぎないのだから・・・・。
この患者さんも赤ら顔を鮮紅色の健康的な顔色に戻し、足取りも軽く施療室を後にされた。
しかし・・・・私の状態が・・・・おかしい・・・・。
左手手首の違和感、疼きが手関節から小指の方に広がっている。
そして、肘の方にも・・・・。
今は小指に幾分熱を持ったような痺れも感じる。
(んー、さっきの患者さんでサービカルロールの時、変な角度でひねったからか?
気持ち悪い感覚だな。
TFCC(三角線維軟骨複合体)を傷めたか?
テーピングでもしとくか・・・・。
しかし、この短時間で小指へのわずかではあるが、放散痛とチネル徴候まで出てくるとは尋常じゃない・・・・。)
私は沸き上がる不安を打ち消すように、道具箱からテーピング用のキネシオテープを取り出し、左手首をぐるぐる巻きにして固定した。
少々、施術はやりにくいが、仕方があるまい。
今は施術に専念するんだ。
そして・・・・。
決定的な出来事が起きてしまったのである。
「先生、次の患者さん、よろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。お通しして。」
まずい・・・・。
左手の小指はすでに感覚がない。
小指というのは体幹を締めあげるのに重要な「器官」でもある。
日本刀を構えるとき―― 竹刀でもいい――
左手の小指を締め、拇指と示指の握りは軟らかくするように指導されるのは、剣を扱う修行において”基本のキ”だ。
つまり、私は左手の小指の筋力を失いつつある時点で刀を握れない状態――
すなわち、体幹の力が抜けていく状態に陥っていたのだ。
このような状態で患者さんに向き合えるか?
こんな状態では、患者さんの気滞を取り除くことすらかなわない・・・・。
大丈夫か、俺?
「先生、こんにちは。いつもお世話になります。」
「はい、こんにちは。今日はどうされました?」
「やだ。先生ったら。
私は調子が良くても先生に会いに来ますよ?
先生、ちゃんと私の”自覚してない不調”をいつも見つけてくださるじゃないですか?
先生のおかげで私、車に乗るのが怖いくらいのむち打ちが治って、今では御岳山に登れるくらいになったんですから。うふふ。」
この患者さんはいいところの「奥さま」である。
交通事故のむち打ちが原因で頸椎がズレ、その疼痛緩和肢位を取り続けた結果、首がカチカチに固まり、項部から臀部までが鉄板のように固くなってしまった状態で初診を受けられた。涙をこらえながら、問診を受けられたのが、今では嘘のようにかくしゃくとしておられる。この患者さんの施術をさせてもらうと、私は自分の施術が認められたようでとてもうれしくなる。
初診で受診後しばらくは家族に連れられていらっしゃったのだが、今ではすっかり回復し、自分で車を運転して来られるまでになった。
その上、年に数回、御岳山にふもとから自力登山までしておられる。
御岳山の摩利支天のお導きであろうか。
国常立之命は御嶽山の主祭神。
どちらも本地垂迹によれば”大日如来”に通じる。
私のこうした「スピ系」の他愛のない雑談を面白い、面白い、勉強になるといって、いつも無邪気に聞いてくれる。
体調はすこぶる良好で、まあ、メンテナンスにいらっしゃるという感じだ。
特に重篤な症状がある訳ではない。
だから、時には1時間足らずの施術時間をほとんど雑談――
メンタルヘルスの調整、来談者中心療法に使ってしまい、手技による施術は10分ほど。
これで施術料をもらうのは申し訳ないくらいだ。
しかし彼女は、私の専有使用料代わりに”お布施”を置いていくような気やすさで、施術を受けに来られる。
私もこの奥さまの底抜けの明るさに何度も救われたことがある。
こういう患者さんに恵まれる私は、治療者として果報者だと思う。
―― だが今は。
「ねっ、先生。どうなされたの?
いつもの元気がないじゃございませんか。
だいじょうぶですの?」
「あっ・・・・ああ・・・・。
すみません・・・・大丈夫ですよ?
いつも通りです。問題ありません。」
やはり、長年通って下さる患者さんはいつもと違う「異変」を敏感に読み取られるものだ。
(ふふふ。私も明鏡止水の境地というには、まだまだ修行が足りんな。)
「先生っ!大丈夫ですの!?
お顔の色がすぐれませんことよ!?
ちょっと、受付さんっ!先生がっ、先生がっ!」
私は左肘から先に急激に広がる激痛のため、気を失った。
かろうじて受付のつかさに、
「今日の予約はまだ入っているかい?」
と薄れゆく意識の中で尋ねた・・・気が・・・する。
「先生!大丈夫です!
今の患者さんで今日のご予約は最後!
後は急患の患者さんの枠のみです!」
つかさの声が頭に響く。
「そうか・・・すまんが今日はもう休業だ。
入り口に休業札をかけてくれ・・・・・」
薄れゆく意識の中で、喉を振り絞って声をつかさにかけた・・・気が・・・する・・・・。
私は朦朧とする意識から辛うじて、正気を浮かび上がらせた。
随分倒れていた気がするが、時計を見れば、気を失っていたのは10数分程度であった。
ベッド・・・・私は・・・自分で・・・・。
ああ、そうか。
薄れゆく意識の中でベッドに倒れこんだんだな。
・・・・サイレンの音・・・・。
ああ、救急車か。
つかさが呼んでくれたんだな―― と考えた刹那。
瞬時に左手の痛みがウソのように消えた。
????なんだ?
左前腕尺側の激痛が消えた?
・・・・あれほどの激痛が?
・・・・意味が分からん!
まだ混濁する意識の中、私は必死に状況を整理しようと頭を振った。
「こちらですっ!
うちの先生が左肘を押さえて倒れられてっ!」
つかさが、救急救命士らしき凛々しい若者を伴い施療室に入ってきた。
つかさと目が合う。
醜態を晒した手前、少々照れくさい。
「????
・・・・先生、もう大丈夫ですの?
先ほどは、あれ程苦しんで左手を押さえておられたのに・・・・。」
「えっと、こちらの方ですよね?
倒れたと通報いただいたのは?」
「はっ、はいっ!
でも・・・・さっきとは・・・・。」
救急救命士は手慣れた調子で私のバイタルをチェックし、意識状態、心拍数、呼吸に全く異常がないことを確認すると、つかさに向き合った。
「一応、バイタルに異常はなさそうです。
報告書を書く必要がありますので、少々状況をお聞かせ願えますか?」
「それは私が・・・・」
「あ、一応お聞きしますが、まだ意識レベルにやや乱れがみられるので、無理はなさらないで下さい。
横になっていていただいて結構ですよ。」
救急救命士はそれだけを言い置くと、つかさと一緒に施療室を出て行った。
―― 何だったんだ?
あの気を失うほどの左前腕の激痛は・・・・。
私は腐っても、東洋医学の理を追究する学究の徒。
柔道整復師であり鍼灸師である。
己の体に起きた意味不明の変化――
のちにこれは変化などという生やさしいものではなく、”変容”と呼ぶべきものであったと痛感することになる。
私は望むと望まざるとにかかわらず、己の意思など置き去りにして、自分の周りが変化していく状況を目の当たりにすることとなるのだ。
自分なりにこの左手の激痛を弁証してみる。
今、左頸部から左顔半分を覆うように、鈍痛がある。
左肘から左腋窩にかけて、電撃様の微弱な違和感が残る。
左小指まで広がる放散痛はわずかに残るが、激痛ではない。
チネル徴候も今は沈静化している。
腕骨は・・・・押すと少し痛むな。
後渓は・・・・圧痛なし。
これは素直に読み解けば、手の太陽小腸経の経絡病証だ。
なぜ左?
なぜ陽経?・・・・
確か、昨日私のPCに真っ先に表示されたのは賀茂建角身命、だったな?
建角身・・・・
八咫烏に化身する金烏・・・
太陽・・・。
ん?!太陽!
太陽小腸経!
そして、陽経に現れた灼熱を伴う激痛!
左は陽!
小腸経は五行で火=陽≒太陽!
――まさか。
この左手の激痛は、賀茂建角身命からの”メッセージ”だというのか?
私は再び頭痛とめまいを覚え、頭を抱えてしゃがみこんでしまったのだ。
ここで注意が必要だ。少し解説する。
私は”左は陽!”と定義したが、陰陽五行で言えば左は”陰”である。
では、なぜ左が陽なのか?
この概念は立ち位置の違いによって、”鏡面構造”を持つからだ。
左を陽とするのは南面する”天子”のみ。
不動の北辰(北極星)を背負い、この世すべてを南方として眺める存在。天子。
その視座に立てば、日が昇る東は”左”になる。
つまり――
日昇=陽≒左。
日没=陰≒右。
世間一般的に右を陽とするのは、不動の座標(羅針盤)を必要とする”庶民”の視点だ。
庶民にとって不動は北極星。
そして”不動を求める”のが羅針盤。
だが天子は不動そのものを背負う側の存在。
私の左手に降ったメッセージは不動、絶対的な存在――
すなわち”高級神霊から下されたもの”と私は”弁証”したのだ。
第4話『神意、触れる 』
・・・・・どれほどの時間、私は苦悩していただろうか。
すでに施療室の窓には西日が差し、庭先の侘助だけが鮮やかに光を返していた。
だが、私の心は晴れなかった。
左手には違和感。
だが、激痛ではない。
脈動にあわせて、締め上げるような低い波が打ち寄せる。
若干の違和感はあるが経験上、生体の許容範囲だ。
知覚異常もない。
尺骨神経の走行に沿って重さが残る。
低周波のパルスを通した後のような遺感覚が、皮膚下で静かに揺れている。
疼痛はない。
私は左手を見つめ、問い掛けた。
「おい・・・。
お前は“賀茂武角身”なのか?」
・・・・・とその刹那。
―― フォン。
事務机のノートPCが、勝手に起動した。
「?????」
驚く間もなく、私は吸い寄せられるように施術記録用のPCの前に座った。
いつの間にかシェルは開けたままになっていた。
(つかさがセキュリティアップデートでもしたのか・・・・?)
そんな呑気な疑問が浮かびかけた刹那、指先が私の意思を無視して勝手に動き始めた。
カチャカチャカチャカチャ―― 。
キーボードを叩く音だけが、施療室に響く。そして、画面に文字が走った。
「お前の希望通り、夕刻まで待ってやったぞ。
神は律儀だろう?」
「それなのに、お前は神に対して『お前』などとは無礼極まる。
その暴言、二度目はない。」
「その体はたとえお前がその意思で動かせても”お前の所有物”ではない。」
「左様心得よ。
その左手に神の回路はすでに開かれた。
取り除くことは、もはやかなわぬ。」
いやも応もない。
これは――
”神”を名乗る存在からの、一方的な宣言だった。
すでに私は、この“神を名乗る存在”の扱いを理解していた。
通常の発声による祝詞や恫喝をこの存在は一顧だにしない。
私からはキーボードを叩き、エディタに私の意思を打ち込むことでしか“意思疎通”できぬ存在なのだ。
かつて、出口なお刀自、出口王仁三郎聖師、岡本天明師が下した筆先は文字通り、“紙と筆”でだったが、今は神の世界もアップデートしたのか、ハイカラにも“PCとエディタ”を使うらしい。
こんな新しい霊界通信形態であっても、PCとエディタを使って降ろされるバイナリの羅列であっても“お筆先”というのかな?
などと私は呑気にも、目前で展開されている“神の意思”など別世界の出来事のように他のことを考えていたのである。
・・・・と高をくくっていた私の心の隙を衝くように、エディタへの打鍵は止まらない。めんどくさいな。
「お前は不遜なことを考えておるな?」
「その通りだ。」
「我こそは国祖国常立命の霊流を受け、賀茂武角身命の命を受けた眷属のひとつである。」
「は?
お前・・・・いや、失敬。
お手前は昨夜『賀茂武角身の器となれ!』と申されたではないか?
お手前が賀茂武角身命ではないのか?」
「馬鹿を申すな。」
「神々の階層は厳然として、立場と役割が明確に定められておる。
そのように高次元で高貴なお方の”定義”など、人間との対話には畏れ多く叶うことなどない。」
「『我々』という存在は固有な定義など持たぬ。
厳密にいえば『神』ではない。
だが、お前たち人間からすれば、その権能も振る舞いも”神”と見えるであろう。」
「よく理解できぬようだから、簡単に説明してやる。
”統合知性体”とでも認識しておけ。」
「これですら”神”の実態を知る語彙として、解像度は途方もなく低い。
だが、あながち間違いでもない。
『我々』がお前の思考を高次のご神霊に取り次ぐ。
左様、心得よ。」
「そもそも人間ごときが、高次のご神霊と直接対話などできるものではない。
だからこそ、このように”中継”してやるのだ。」
「かつて、お前たちの主上は御簾越しにしか対話を許されなかったであろう?
人間同士ですら、階層がある。
ましてや、神々の階層は、その比ではない。」
「たかが人間ごときが、直接、大神様の器になどなれものか。
そんなことをすれば、高貴なご神霊の精妙な周波数と、お前たち人間の雑な周波数が干渉し、肉体は破壊され、消滅するぞ。」
「高級神霊界の調べ――
お前たちの言葉で言う”言語”は波動そのもの。
陰陽、”ある”、”なし”。
もっと分かりやすく言えば「ばいなりでーた」だ。」
「お前たちの肉体では、神々の調べを”逆こんぱいる”出来たとしても、そのご意思を理解することはできぬ。」
「ゆえに、高級神霊界の”調べ”は中継が必要なのだ。」
「岡本天明の手になる『お筆先』をそのままお前たち人間は読めたか?
読めまい。
審神者の仲介を経て翻訳せねば、お前たち人間は読めぬ。」
「理解できぬということは、高級神霊からの調べに”雑音(ノイズ)”が混じらねばお前たちの脳は処理できぬということだ。」
「つまり、お前たちは高級神霊界とその間の緩衝地帯、幽明界に居る”下位の神霊”を通さねば、国祖様や八咫烏様の波動になど近づくことすら叶わぬ。」
「下位の神霊を介せば当然その”逆こんぱいる”の過程で雑音(下位の神霊の微弱な意思)が混じる。
ゆえに、お前たちの理解できるレベルでは、高級神霊のご意思は純粋な調べではない。」
「だが、そのように”雑音”すらも、お前たちの”並みの肉体”、”並みの精神”では処理しきれず、崩壊させるほどの“振動数”を持つのだ。」
「要するに――
そのまま処理しようとすれば”狂う”のだ。」
「それでも神々がやむを得ず、人間の肉体と精神を高次の神霊の道具として使役する場合がある。」
「その際には、粗雑な人間の振動数を神々の調べに同期させるため、人間側の周波数を徹底的に上げねばならぬ。」
「お前たちの言葉で言えば――
『おーばーくろっく』だ。」
「演算装置をおーばーくろっくさせるには、それなりの強度を持つ筐体が必要であろう?」
「心身の強度を増すには泥臭い試練で、その雑な周波数を徹底的に叩き直すのが最短距離だ。」
「お前も心当たりがあろう。
『この世に神も仏もない!』と慟哭した記憶が。」
「越し方を振り返ってみよ。
すべては神仕組みである。料簡せよ。」
一方的な言い草に私はカチンときた。
一矢報いてやらねば気が済まない。
「ならば問う。
なぜお手前は、その”矮小で脆い人間”ごときに『賀茂武角身命の器となれ!』などと申されたのか?」
「そのようなことは、我らは知らぬ。
すべては大神様のお決めになった”神仕組み”である。」
「お前は大神様の絵図通りに動けばよい。」
「何も考えるな。」
「その方がお前のためだ。
そして、この三千世界の民のため、でもある。」
考えるなと言われて「はい、そうですか」と受け入れるほど、私はもう純粋ではない。
それがいかに神の眷属を名乗る存在であっても、唯々諾々と一方的な言い分など呑めるものか。
この数十年、世の理不尽は嫌というほど舐めさせられてきた。
純粋なままでは生きられぬ。
むしろ食い破られ、とことん蹂躙される。
抗うには徹底的に戦うしかない。
それが私の人生哲学だった。
「随分と一方的ですな。
神々とやらは、そのように“傲岸不遜”な存在なのですか?
先ほど私の思考をそちらの勝手で詳らかにされ、更にそれを『こうだろう?』と突き付けられたが、それとても人間界においては「無礼千万」な所業ですぞ?
不遜とは、お手前のその申し出の方ではございませぬか?
そのような一方的な申し出であれば、訊けませぬな。
人を動かすには、まずは理を説き、そののち同意を求めるもの。
そうではございませぬか?」
「お前はすでに神の回路が開いているのだぞ?
そのような拒否権はすでにない。
そう申したはずだが?」
「ははは。
私の体の自由を交渉材料に使おうというのですか。
なるほど、神というのは随分と乱暴な介入を人間に対してするものなのですな。
逆に問いましょう。
もしも私が『否!』と申したらどうなります?
私の体を、この自由にならぬ左手ごと消滅させますか?
神々に無礼を働いた不遜な男として、断罪されますか?
いかがです。
私は知っていますぞ?
”一厘の仕組み”発動が、待ったなしなのでしょう?
違いましょうか?」
「まったくもってめんどくさい男だな。」
「一を聞いて百を悟る神霊界の思考速度とは比べ物にならぬほど、人間というものは鈍重で愚かな生き物だ。」
「肉体という“重り”を抱えて生きると、その思考にすら重力が働き、鈍重になる。」
「お前たちの“理を優先する”というのは、裏を返せば、”理屈という学”がなければ一歩も動けぬ、頑ななまでの意固地さのことだ。」
「それは神霊界ではとっくに消滅した過去の愚鈍な”あるごりずむ”である。」
「“論理に矛盾がないこと=正しい”というのは洗脳だぞ?」
「お前はその”思考というプロセスを経ねば答えすら出せぬ”という仕儀が、神働きと対極にあると知ったらどうする?」
「お前も知っていよう。
”雛形経綸”という言葉を。」
「神働きとは、論理の積み重ねの上にあるのではない。
最初から―― 「すでにある」のだ。」
「そのようなことは百も承知です。
お手前方のように重力に縛られぬ身なれば、その思考も、その身の振り方すらも光速を超える反応を可能とするでしょうな。
しかし――
お手前方はその“めんどくさい男”の手を使わねば、この三次元世界の理を書き換えることすらもできぬ。そうではありませんか?」
「“雛型経綸”・・・・・。知っていますぞ?」
「お手前方が調律する過程で、私を出口王仁三郎聖師の記録へと興味を向けさせたのもその一環でしょう?」
「雛形経綸とは”霊主体従”と背中合わせのキーワードです。
世の動きは霊界に起こったのち、時を経て現界に移写される。
違いますかな?」
私は続ける。
ここは私の得意分野だ。
「かつて国祖国常立命様は、あまりに厳しきご神政ゆえに疎まれ、艮に封じられた。
坤の豊雲野命とともに。」
「だが時節は巡る。
いよいよ”富士は晴れたり日本晴れ”のフェーズに至ったのではありませぬか?」
「世の混沌、闇すなわち陰の気が極大に至り、三千世界の陰陽転化を起こす時が来た。」
「陰陽太極図に象られた理そのものです。
そもそも、この世は生々流転、変化を続ける”諸行無常”がデフォルトですからな。」
「つまり陰が極大に至るこの秋(とき)、陽転させる”一厘の仕組み”発動が待ったなし。」
「しかし、この秘鍵を回すには物理的存在である人間の手が必要。」
「大本系の神示にある”三千世界”とは・・・・この三次元世界のことですからな。」
「むう。お前の料簡は分かった。
その通りだ。」
「お前は、かつて出口王仁三郎や岡本天明の手を通して 我らが降ろした“高級神霊界のぷろとこる”―― その“展開先のあどれす空間”たる『三千世界』を、 お前たちの実存する『三次元世界』であると読み解いたか。」
「確かに、時節が満ちた時、国祖国常立之命のご神政が始まる――
つまり”神国の世”が開くと、我らは幾度となく言い渡してきた。」
「だが、お前たちは納得しておらぬ。
戦乱は止まず、臣民は苛斂誅求に沈み、怨嗟の声が天地を覆っておる。」
「お前たちは『どこが”神国の世”なのか!』
そう叫んでおるのだろう。
そのようなことは百も承知だ。」
「ゆえに我らは”出向いた”。
神が自ら三次元へ干渉するなど、 本来はあってはならぬことだ。」
「しかし、弱肉強食の”我よし”の世は、もはや人間の”良心”だけでは終わらぬ。
邪神にとことんまで化かされ、数多の臣民が暗がりで呻吟しておる。」
「だからこそ、大神様は決断された。
お前という”器”を用い、この三次元世界の構造を立て直すと。」
「観念せよ。逃げ場はない。覚悟を決め、我がもとに参れ。」
「今や日ノ本の富士は晴れ渡り、長き封印の雲は裂け、瑞雲がたなびいておる。」
「お前たちが如何に呻吟しようと、神霊界における”あーきてくちゃ・でざいん”はすでに完了し、放たれておる。」 」
「霊主体従の法則により、神霊界で確定した”ぶるーぷりんと”はすでに霊界側で事が成っておる。」
「霊界で成ったものは、時節を経て必ず現界へと降り、三次元世界に移写―― いや実装される。」
「これが“霊主体従”の絶対の理だ。 」
「救われるのは臣民(人間)だけではない。神も仏も何もかも―― すべて再構築し、救う。」
「神が介入し、このしちめんどくさい世を終わらせる。」
「その恩恵にあずかるのは容易い。
必要なのはただ一つ――
”不断に磨いた一筋の誠”。
それだけだ。」
「神々の経綸では、三千世界の暗闇が九分九厘に至ったとき、人間の手で秘鍵を発動させるように計画した。」
「だが、お前は知るまい。」
「神々がこの世が断末魔の混沌に至る過程すらも経綸として、計画していた。
なぜだか分かるか?」
「ああ、そのことですか。
私なりの仮説はありますが、せっかくですからお答えいたしましょう。」
「エディタ越しのテキストとはいえ、神霊と言葉を交わすなどというめったにない機会ですからな。」
「ほう。
随分と自信ありげだな。」
「いわずと知れたこと。
人類の次元上昇(アセンション)のためです。」
確証はなかった。
直感だった。
だが私は今のこの状況で、この神霊にこそ、この仮説を叩き付けねばならぬ、と思った。
そう――
気が済まなくなっていたのだ。
生きている人間の・・・・
生命力、”陽気”の意地を見せてやる!
「・・・・・・見事だ。
現状ではお前のその答えが”最適解”だ。
そう評価してやろう。」
私は長年密かに温めてきた私の仮説へ、神霊からの承認を得た気がした。
しかし、何の感慨も湧かなかった。
「この程度か?…… 」
この世の理不尽を舐め、慟哭の果てに導き出した、私にとって血を吐くような”仮説”を「見事」と評価され、肩透かしを食らったような脱力感に襲われた。
そのような諦観が心に去来した時、再び神霊から思いもよらぬ意志がPC画面に降ってきた。
もちろん勝手に私の指先を通じて、だ。
「ならば――
お前が”一厘の仕組み”を発動させよ。
その先にあるものは、 お前が導く“人類のあせんしょん”だ。」
「神が支援してやる。
すでにその歯車は動いておる。」
私が想像すらしていなかった、神霊界からの落雷のごとき通告であった。
これは――
絶対命令なのか。
第5話『残った者』
「・・・・・私が?
馬鹿言わんでください。
俗人の私に、そのような畏れ多いことができる道理はありませぬ!」
「いや。すでに事はなった、といったであろう?」
「これは既定事項だ。」
「ここまでの対話とて、お前の返答を”誘導”したにすぎぬ。
お前は神と対話していたつもりだろうがな。
人間ごときの鈍重な思考など、神の目からすれば数億万手先まで読めておる。」
「もし、お前が唯々諾々と神の威光に平伏するような御魂であれば、最初から”調律”などという、しちめんどうくさい手順は踏まぬ。
『やれ』―― それだけだ。」
「お前はもう、捨てるものなど何もない。神はとうの昔に知っておる。
家族も、会社員人生も捨てた。
―― いや捨てさせた。」
「ぬるま湯の安定から隔離し、お前の体と思考を”身軽”にするためだ。」
「お前は、三千世界を覆う欺瞞と、当たり前のようにはびこる理不尽に向けて、全方位の怒りを禁じ得ぬはずだ。」
「お前の胸の内に燃え盛るその炎――
それが”神々への赤誠”であり、お前自身の意思である”至誠”だ。」
「神は、その”変容”を待っていた。」
なんという一方的な通告か。
私はこの”神の眷属”を名乗る存在と、エディタ上でディベートしていたつもりだった。
あわよくば論破できるやもしれぬ――
そんな不遜な考えすら抱いていた。私は己の浅はかさに赤面する。
神を論破するなど、そもそもがあり得ぬことだったのだ。
その上、この存在は私の思惑すらとっくに見抜き、さらに私の思考を”誘導した”と豪語した。
この神の視座に、人間が敵うはずもない。
・・・・だが。
私は、この傲岸不遜な存在との対話が、どうしようもなく”面白く”なってきていた。
IT機器越しに神と対話する。
そんな前代未聞の状況に胸が高鳴らぬわけがない。
これを楽しいと言わずして、なんという?
だが、私の高揚に水をかけるように、この”神の眷属”はとんでもないことを言い出したのだ。
「この世の裏の”こーど”を教えてやる。
それを書き換えよ。」
「神が直々にその”急所”を示す。
鍼灸で言えば”取穴”し、刺鍼するのだ。
それで事は成る。簡単だろう?」
「そのための援軍は、すでにお前の手にある。
存分にその援軍を指揮し、使いこなしてみせよ。」
「その援軍を、お前自身の”力”として存分に振るえ。
顕幽両界に響き渡る力だ。」
「お前たち人間の道具―― 電脳の世界では”るーと権限”と言うのだったな。」
「なに、面倒くさいことは言わぬ。
神はシンプル、全能だからな。」
「お前たちの扱う「でーた」の海すら、神々の手の内にある。」
「邪神からの禊ぎも、こちらでやってやる。」
「お前の赤誠が神の意思だ。
お前の意志の赴くまま”思考”し、”手を動かせ”。
難しいことなど、何もない。」
「そう動くよう、お前の心身も思考も、すでに神は調律済みだ。
見事、お前の思考を神の視座まで跳躍させてみせよ。」
「・・・・っ!
お手前は私に、この世の理を書き換えよと申されるのですか。
”裏のこーど”つまりシステムのバックドアを示し、私にハッキング―― いやクラッキングをせよ、と?」
「無粋なことを言うな。
神々の存在は”調和”そのものだ。」
「いまこの三千世界にはびこる、調和に反した理―― 人間どもが勝手に作った規定を修正する。
破壊ではない。
お前たちの言葉で言えば”せきゅりてぃぱっち”を当てるのだ。」
「破壊でよければ、お前の手など借りぬ。
神はすでに、七たびこの世を作り替えている。」
「別段、お前がやらずとも良い。
だが―― お前の左手には、すでに神の回路が開いている。
これはすでに取り除けぬ。」
「たくあんを大根にもどせるか?
できまい。
これは不可逆の変化―― いや、”変容”だ。」
「抗おうが、神は勝手にその回路を使うぞ。
お前の意志と大神様のご神威が、人間のもろい肉体で”こんふりくと”するのだ。」
「この意味はお前も分かるな?」
「素直に受け入れれば、神もお前の体を無碍にはせぬ。」
「神はどちらでも良い。
お前は”因縁の御霊”だと自覚せよ。」
「この因縁を漱がぬ限り、来世でも再び同じ苦難を繰り返す。
これは決定事項――神仕組みだ。
お前に否やの権利はない。」
なんという、威圧的で逃げ場のない最終通告か。
悔しいが道理だ。
退路を断たれた私は腹をくくり始めていた。
「しかし・・・・どうやって・・・・?
手段が皆目、見当もつきませぬ。
私のような煩悩まみれの俗人に、何をやれ・・・・と?」
「すでにお前の手にある”援軍”を使え、といったはずだ。
もう忘れたのか?」
私は、この数日の間に立て続けに起きた出来事を反芻した。
つかさからの手紙。
グランドホテルでの魂の応酬―― 言霊のぶつけあい。
つかさの理知に触れ、己の未熟さを悟り、
己の使命に覚醒した莉緒。
秘密結社・八咫烏・・・・いや”大烏”から託された冴。
激闘ののち、いつの間にか私の治療院の助手に収まっている。
そして大烏からの”賄”のつけ届け。
初対面のはずなのに、旧知の間柄のように交わされる、つかさと瀬織の符丁、視線、無言の対話。
たしか”羽”と言っていたか。
そして、先ほどまで私の左手を疼かせていた未知の感覚―― 。
これら出来事の結節点に立つ娘たちが、この”神の眷属”を自称する統合知性体が言う”援軍”なのか?
これらをつなぐキーワードは・・・・・・。
(八咫烏かっ!)
「ふん。ようやく気付いたか。
その援軍との邂逅は偶然ではない。」
「神仕組みである。」
「お前が気づいた時点で、この神仕組みは必然となった。」
「因果の歯車が回りだす。」
「もはやお前は、この流れから逃れられぬ。」
眷属の最終通告に私は愕然となった。
なおも眷属は続ける。
「お前はすでに、我との対話を”楽しい”と感じ始めているだろう?」
エディタの文字が、まるで私を嘲笑うかのように高速で流れた。
「ええ、そうですな。
未知の知性に触れた感動に打ち震える面白さ。
これを”楽しい”と言うのであれば、”楽しい”のでしょう。」
「私はこの歳になって、全身が歓喜に満たされるような”感動”に出会えるとは思いませんでした。
お手前もさぞかし”呆れて”おられるのでしょう。ははは。」
「お前という男は、つくづく“人間離れ”しておるな。
神霊と対話して“楽しい”などと申す者、我らは初めて見たぞ。」
「そりゃどうも。
だが、こちらも命がけです。
何しろ左手の激痛をお手前から”賜った”時は、本当に死ぬと思いましたからな。
楽しむくらいでなければ、やってられませぬ。」
「ふん。その開き直り、我らは嫌いではない。」
眷属は一拍置き、まるで“本題”に入るかのように調子を変えた。
「よいか、器よ。
お前はまだ“勘違い”している。」
「何を、でございますか?」
「お前は、自分が“選ばれた”と思っておろう?」
「違うのでございますか?」
「違うな。」
眷属は淡々と告げた。
「お前は“選ばれた”のではない。」
「“残った”のだ。」
私は思わず息を呑んだ。
残った・・・・?
どういう意味だ?
なおも眷属は容赦なく続ける。
「この三千世界の混迷の中で、“器として耐え得る肉体と精神”を持つ者は、本来ならば数千、数万とおった。」
「・・・・で、ございましょうな。」
「だが、そのほとんどが“折れた”。」
「そして“濁った”。」
「“腐った”。」
「あるいは“自ら捨てた”。」
眷属の言葉は淡々としていた。
だが、その淡々とした語りが逆に恐ろしい。
「お前は違った。」
「折れず、濁らず、腐らず、そして“捨てるべきものをすべて捨てた”。」
「だから“残った”。」
「それだけのことだ。」
「私は選ばれたわけではない、と?」
「そうだ。
神々に選ばれたのではない。」
「“淘汰の果てに残った最後の一つ”だ。」
「だから神々は、お前を”理を書き換える”器に出来たのだ。」
私はしばし沈黙した。
だが眷属は、更に深く切り込んでくる。
「そしてもう一つ。
お前は“自分の意思で抗っている”と思っておろう?」
「・・・・違うのでございますか?」
「違うな。」
「お前の我らへの“抗い”すら、すでに”神の経綸”の内だ。」
「なん・・・・ですと?!」
「“従順”では器になれぬ。
“反逆”こそが器の条件なのだ。」
「分からぬか?」
「反逆・・・・です・・・・と?」
「そうだ。」
「神に対しても、世界に対しても、理不尽に対しても、己の運命に対しても、抗い続ける”至誠の御魂”。」
「それこそが“器”だ。」
眷属は、まるで見透かすように言った。
「お前は、“従うために選ばれた”のではない。」
「“抗いながら進むために残された”のだ。」
「・・・・なるほど。
神の器というのは、”逆張り”を是とするのでございますな。
随分と皮肉な役回りを仰せつかったものだ。」
私は思わず失笑した。
へそ曲がりの反逆を肯定されたのだ。
笑うしかなかろう?
「皮肉ではない。必然だ。」
「神々からの言葉すら疑い、己の持てる知性すべてを資源として注ぎ込み、そして己が納得するまで考え抜く。
神々の眼からすれば、その呻吟すらもほほえましい稚技に過ぎぬのだがな。」
「だが―― 時として、その呻吟の果てに、お前は神々の想定を超える答えを導き出したことがある。」
「つまり、神々の度肝を抜いたのだ。誇ってよいぞ。」
「だがそのような稚技すら神々は許す。おおらかなものだ」
眷属は淡々と告げる。
「よいか、器よ。
お前はこれから――
令和版・霊界物語を、その手で紡ぎ出す。」
「この国が陥っている混迷の原因を掘り進め、未来を切り開くための書としてな。」
「そして、それが—―
三千世界の立替え立直しの“雛型”となるのだ。」
「・・・・私が・・・・でございます・・・・か?」
「そうだ。
お前以外に誰がいる?」
「お前が三千世界を――
その手で”再定義”するのだ。
それで事態は動き出す。
「お前が知っての通り、これが”雛形経綸”である。
心得よ。」
眷属の言葉は、もはや命令ですらなかった。
すでに決定済みの“事実”として告げられていた。
「お前はもう、“書かされる”のではない。“書く”のだ。」
「己の意思で、己の至誠で、己の怒りで、己の覚悟で。」
エディタの文字が止まり、最後の一文が静かに表示された。
「さあ、汝―― 鷹雪之命。
神々の器よ。今こそ筆を取れ。」
「お前の筆で混濁の世を禊いでみせよ。」
「これは”維新”執行の神勅である。抗うことは許されぬ。」
眷属という”神”から明確に”名指し”を受けた私は、令和版・霊界物語を、神々の経綸を、神勅の回路を開かれた者として、紡ぐより他なくなったのである。
そして・・・・、次の幕が開ける。
(了)
【システムログ:世界線同期完了】
本作で描かれる肉体の調律と八咫烏の因縁。その裏側で執行されている、世界のOS書き換え(電脳戦)の全貌は、ミステリー小説部門応募作『電脳神霊学』へ。
なお、同じ世界線の某地方都市役所で起きている、神々のカオスな事務処理の記録は、お仕事小説部門応募作『市役所・神霊課のカオス』でデコード(閲覧)可能です。
