原理研究会の学生寮生活は過酷だったか?/「ヨルダン河こえて」Gospel Folk
1,島薗進・東大名誉教授「若い信徒の過酷な生活」
学生時代、原理研究会に入会し、寮生活を送ったことは、前にも書きました。
原理研究会、正式名称は全国大学連合原理研究会。旧統一教会(家庭連合)の学生組織です。
私がいた頃の会長は、学生組織なのに、なぜか学生ではない40代の太田洪量(ひろかず)氏。
後に南米で誘拐事件(女性秘書と共に誘拐され高い身代金を要求された)を引き起こして日本中にその名が知れ渡り、帰国後は国際勝共連合の会長になった人物です。
文鮮明教祖の覚えがめでたかったようで、「自分は直でお父様とやり取りできる」「お父様から直接命令がくる」とよく自慢していました。
なお、学生寮の責任者(学舎長)も学生ではありません。
この原理研を指して、東大名誉教授の島薗進氏は「若い信徒の過酷な生活」と非難の言葉を浴びせました。(『情況』2023年冬号「統一教会と現代日本の政教関係」p.61)
しかし、私自身、原理研の寮生活を「過酷」と思ったことはありません。
島薗進氏は、脱会した会員や拉致監禁・強制棄教でやめた元信者しかヒアリングしていないのでしょう。
偏ったサンプルから得た情報から一般的な結論を引き出すのは、研究者として絶対やってはいけない反則行為です。
そんなことは常識なのに、東大の名誉教授ともあろう者が平気でそういうことをやっています。
私は繰り返し教団を批判してきたし、寮生活も嫌なことが多かったと前に書きました。
それでも、原理研の学生寮時代が「過酷な生活」だとは思っていないわけです。
個室もないタコ部屋暮らし。
机は長くて幅のあるテーブルを仕切って各人に割り当てるか、入寮する時に持ち込んだ机を使うかしていました。イスはいわゆる折りたたみ椅子です。
後ろに3段ボックスなどを重ねて、教科書や本、その他の私物を入れていました。
衣類はどうだったか。もうあまり覚えていませんが、ジャケットや背広、コートなどをかけておく部屋は別にあったような気がします。
寝るときは、畳敷きの集会室に布団を敷いて、みんなで一斉に就寝。もちろん部屋は男女別です。
2,寮生活は信仰の訓練の場
毎朝、決まった時間に一斉に起床。掃除をして朝の礼拝。その後、班ごとに分かれて1日の打ち合わせや報告をします。
その日何をするか、授業はどれとどれに出るのか、伝道はいつするか、寮に戻るのは何時か、夕食当番があれば何時に集合といったことを、班長に報告して1日を出発するのです。
ちなみに、私の学生寮では、夕食は班が持ち回りで担当していました。
班長を中心に献立を考え、買い物に行き、寮の全員分のご飯を炊き、おかずを作り、味噌汁やスープも全部、自分たちで分担して作ります。
寮生活は信仰の訓練(要するに修行生活)が目的ですから、勝手な行動は許されません。
私が今でも覚えているのは、「映画を見に行きたい」と申し出た時、「それを見ることが信仰にどんなプラスがあるのか?」と問われ、「信仰とは関係ない。見たいから見たいだけ」と答えたら、不許可になったことです。見に行かせてもらえませんでした。
さすがにガッカリしましたが、自分としては「それならそれでいいや」という感じで、別に不満でもなかったのです。
入寮する学生は、「寮生活は信仰の訓練のため」ということを承知の上で入ってきます。入寮を勧める方も、その点は明確に伝えます。
遊び半分で入ってこられると、寮内の規律が乱れ、他のメンバーが巻き込まれて問題が起きるため、厳に戒められていました。
入りたくない者を無理やり入れたり、「楽しいから一緒に寮生活しようよ」みたいな軽いノリで誘うことはあり得ないのです。
確かに、映画1つ自由に見に行けない生活は、「過酷」と感じる学生もいたかもしれません。しかし、そういう学生はすぐ出ていきます。
原理研の学生寮で数年間暮らしたという者は、その後棄教したとしても、当時の生活を「過酷」とは思っていないはずです。
島薗進氏は、マイクロ隊による珍味売り(内部では「F(ファンドレイジング)」とか『原理講論』の宗教用語そのままに「万物復帰」と呼ばれた)を槍玉に上げています。
これについては後日、取り上げましょう。
3,ゴスペルフォーク「ヨルダン河こえて」
さて、寮生活で楽しかったことの1つが、和動会(みんなで歌や出し物などをして交流する会を教団内ではこう呼んでいた)です。
みんなで和して動ずる会。芸達者なメンバーがいると盛り上がります。この会のことも、以前、少し書きました。(和動会で歌われた軍歌「空の神兵」)
ギターのうまい学生がいたので、ギターの伴奏でみんなでよく歌ったのがゴスペルフォークです。
1976年に『友よ歌おう』というゴスペルフォーク(Gospel Folk)の歌集が出て、80年代もよく歌われていました。
山内修一というクリスチャンが作詞(訳詞)・作曲した曲が多かったと思います。
当時歌った曲は、今でも知らぬ間に口ずさんでいたりします。ふと「ヨルダン川こえて」を思い出し、You Tubeにあるか調べてみました。
すると、プロの演奏家によるもの(もしくはそのレベルの演奏)は見当たらず、ちょっと残念。
でも、お子さんも交えて歌った微笑ましい動画がありました。日本イエス・キリスト教団大分福音キリスト教会のチャンネルです。
原曲は黒人霊歌とのことですが、黒人霊歌はもっとシリアスですよね。明るさはゴスペルフォークならではのもの。大胆な編曲だと思います。
※ヘッダーは二子玉川駅から見た多摩川。
中央に見えるのは武蔵小杉のタワーマンション群
