見出し画像

石畳の街で聴いた哀愁のファド、リスボンで出会った「サウダージ」という感情

2025年9月、僕は初めてポルトガルを訪れました。

それまでの僕にとってポルトガルといえば、歴史の授業で習った「鉄砲伝来」や「ザビエル」、あとは「カステラ」くらい。それ以上でも以下でもない、教科書の中の国でした。

でも、リスボンの空港に降り立ったとき。肌に触れる潮風と、どこか懐かしい街の匂いに、僕は不思議な感覚を覚えたんです。
 
この国には、日本と似た何かがある


ユーラシア大陸の最西端と最東端

ポルトガルは、ユーラシア大陸の最西端に位置する小さな国です。その先には、ただ大西洋が広がるばかり。
 
一方の日本は、大陸の最東端に浮かぶ島国。
 
地球の裏側のような距離にある二つの国が、かつて海を通じて深く結ばれていた時代がありました。
 
15世紀から16世紀の大航海時代。国土面積は日本の約4分の1ほどしかないこの小国が、世界の地図を塗り替えていきます。ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン。荒れ狂う大海原に小さな帆船で乗り出した、名もなき航海者たち。
 
1543年、種子島への鉄砲伝来。1549年、フランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来。戦国時代、海の向こうからやってきたポルトガル人がもたらした「テクノロジー」は、間違いなく日本の歴史を変えました。
 
リスボンの街を歩きながら、そんな遠い時代に思いを馳せていると、なんだか胸の奥が熱くなってきます。
 
現地ならではの空気に触れるというのは、こういうことなのかもしれません。

白と黒の石畳、坂道、そして黄色い路面電車

リスボンの街は、とにかく坂だらけ。
 
「7つの丘の街」と呼ばれるほど起伏が激しくて、歩いているだけで息が切れます。でも、その坂道こそが、この街の魅力でもあるんです。
 
足元に目をやると、白と黒の石を組み合わせた「カルサダ・ポルトゲーザ」という石畳が続いています。波模様、幾何学模様。まるで芸術作品の上を歩いているみたい。
 
そして、狭い路地をガタゴトと音を立てて走る、黄色い路面電車。レトロな車体が石畳の坂道をすり抜けていく姿は、まるで古い映画のワンシーンのようです。


日本でいえば、僕の地元の江ノ電。あるいは、昭和のチンチン電車みたいな、あの感じ。
 
初めて訪れた街なのに、強烈なノスタルジーに襲われます。
 
なぜだろう。
 
たぶん、歴史的・文化的な背景が似ているからだと思います。どちらも、海と共に生きてきた国。魚を食べる食文化も、少しシャイで親切な国民性も、どこか重なる部分があるのかも。
 
1755年、リスボンは大地震で壊滅的な被害を受けました。けれど、そこから不屈の精神で復興を遂げています。自然災害と向き合い、何度でも立ち上がる姿。それは、僕たち日本人の姿とも重なって見えました。

魂を揺さぶる「ファド」のメロディー

ポルトガルの夜に欠かせないもの。それが、民族歌謡の「ファド」です。
 
ギターの伴奏に合わせて、歌い手が独唱するスタイル。そのメロディは美しく、そして、胸がしめつけられるほどに切ない。
 
ファドの歌詞の多くは、叶わぬ恋や、海に出て帰らぬ人を待つ悲しみを歌っているそうです。

大航海時代、夫や恋人を海へと送り出した女性たちの不安。その祈りにも似た感情が、このメロディのルーツにあるといいます。
 
フランスのシャンソンとも違う、もっと土着的で、魂の叫びのような歌声。
 
言葉はわからないんだけど、その哀愁漂うメロディを聴いているだけで、自然と目の奥が熱くなってきます。
 
サウダージ

ポルトガル語で、郷愁や憧憬を意味する言葉。
 
かつて確かにあった何かへの、切ない思慕。あるいは、まだ見ぬ何かへの、静かな憧れ。
 
ファドには、そんな複雑な感情が込められています。美しいけれど、悲しい。この情緒の深さこそが、ポルトガルの魅力なのだと思います。

脂ののったイワシと、焼きたてのエッグタルト

僕が訪れた9月は、ちょうどイワシが美味しい季節の終わりごろでした。
 
港町の小さな店で食べたイワシの塩焼きは、脂がのっていて絶品。シンプルに塩だけで焼いたイワシを、冷えたビールで流し込む。その瞬間、「ポルトガルに来てよかった」と、心の底から思いました。
 

そして忘れられないのが、「パステル・デ・ナタ」というエッグタルト。
 
サクサクのパイ生地の中に、濃厚なカスタードクリームがたっぷり詰まっています。街中には小さなカフェがあちこちにあって、焼きたてをその場で食べられる。甘い香りに誘われて、ついつい食べ過ぎてしまいました。
 
これもまた、旅の幸福。

「帰ってきた」ような懐かしさ

今回の旅を通して一番心に残ったのは、ポルトガルの人々の優しさでした。
 
決して押しつけがましくなく、困っていると、そっと手を差し伸べてくれる。温かいけれど、適度な距離感。それが心地よかったんです。
 
リスボンの街全体が、穏やかな空気に包まれています。治安も予想以上に良好で、最低限の注意さえ払えば、とても落ち着いた雰囲気の中で過ごせます。
 
これは「地理的な条件」も関係しているのかもしれません。リスボンは大陸の「通過点」じゃなくて「目的地」なんです。わざわざそこを目指して来る場所だから、怪しい人が入り込みにくいんだなと。
 
最近は「ゴールデンビザ」という制度の影響で、世界中から移住者が増えているそうです。「住みやすい国」として注目されている、その熱気を肌で感じることができました。
 
歴史ある建物。美味しい料理。そして、優しい人々。
 
ポルトガルは、派手な観光地ではないかもしれません。けれど、じわじわと心に染み入るような、深い味わいのある国でした。

サウダージを抱いて

石畳の路地を迷い歩き、甘いエッグタルトを頬張りながら、ファドの哀愁に浸る。そんな夜を過ごしていると、不思議なことに気づきました。
 
初めて訪れた場所なのに、どこか「帰ってきた」ような懐かしさを感じるんです。
 
これってたぶん、「サウダージ」という感情なのだと思います。
 
遠く離れた国で、まだ見ぬ何かへの憧れと、失われた何かへの郷愁が混ざり合う。その複雑な感情こそが、ポルトガルという国の本質なのかもしれません。
 
日本との歴史的なつながりを胸に抱きながら、僕はリスボンの夜に「サウダージ」を見つけました。
 
いつかまた、あの石畳の坂道を歩きたい。黄色い路面電車の音を聞きながら、ファドに耳を傾けたい。
 
そう思わせてくれる街でした。



いいなと思ったら応援しよう!