なぜ中間層が減ると、その国の政治はより不安定になるのか? アリストテレスの『政治学』で示された答え
中間層(middle class)とは、富裕層、貧困層のどちらにも区分されない社会階層であり、古来より政情を安定させる上で非常に重要な役割を果たしていると考えられています。
国内で中間層が多数派として存在することにより、富裕層の人々と貧困層の人々との階級対立を防止し、国家を一つの共同体として維持することが可能になるとされているためです。
今回の記事では、アリストテレスが『政治学』において、国家の分裂と政情の不安定化を避けるために、中間層の勢力が必要であると論じたことを紹介してみたいと思います。本稿では『アリストテレス全集』から訳文を引用しますが、コンパクトな邦訳もあるので、リンクを張っておきます。
富裕層と貧困層は政治的に対立しやすい
アリストテレスはどのような国にも貧富の格差が生じてくることを議論の前提としていました。ただし、国によって貧富の格差にはさまざまな程度があるとも述べています。政治学的に最も理想的な階層は、中程度の財産を所有する階層であるとして、次のように論じています。
「ところで、どの国家であっても、国家には三つの部分がある。つまり、ひときわ富裕な人々、ひときわ貧しい人々、第三に両者の中間層の人々である。そこで、適度や中間が最善であると一般に認められているのだから、幸運の賜物も中程度に所有していることが最善であるということは明らかである」(『アリストテレス全集17巻:政治学』222頁)
アリストテレスはなぜ富裕層と貧困層がいずれも政治的に危ういと考えたのでしょうか。アリストテレスの意見によれば、問題の根本には貧富の格差が作り出す両極端な社会意識にあります。
例えば、美しさ、力強さ、生まれ、資産などに恵まれた富裕層の人々の性格は、自信過剰、傲慢に陥りやすく、国政において大きな悪事を働くようになる傾向があるとアリストテレスは考えました。他方で貧しい人々の意識は卑屈で嫉妬深くなり、小さな悪事を働くようになる傾向があるとも述べています(同上)。
つまり、富裕層と貧困層だけでは、一国の中に主人と奴隷が存在するようなものであり、共同体としての一体感もありません。これでよい統治を望むことなどできないとアリストテレスは主張しました(同上、223頁)。だからこそ、富裕層と貧困層のどちらとも異なり、かつより穏当な性格を持った中間層の存在が、国家の政治の安定にとって欠かすことができないと考えられているのです。
「このような中間層の人々は、他の市民と比べて、国家のなかで最も安全な位置にいる。というのも、彼らは貧しい人々のように他の人のものを欲しがることはなく、貧しい人が裕福な人のものを欲しがるように、誰かが彼らの者を欲しがるということもないからである」(同上)
中間層が政情を安定化させるには、一定の勢力が必須
アリストテレスは単に中間層が国内に存在すればよいと考えていたわけではありません。中間層は国政に影響を与えるほど大きな勢力として社会に存在していなければならず、そうでなければ富裕層、貧困層に対抗して政情を安定させることができないとされています。具体的な勢力の大きさについてアリストテレスは次のように説明しています。
「中間層が厚く、できれば(富裕層と貧困層の)両者よりも力があるか、もしそれができないならば、両者のどちらか一方の部分よりは力があるような国家であるということは明らかである。なぜなら、その場合には、中間層はどちらか一方の側につくことで形勢を変えることができるので、正反対の極端な国制が生じるのを妨げることになるのだから」(同上、224頁)
ここでアリストテレスが述べているのは、富裕層と貧困層の勢力に対して、バランスをとることができる程度は中間層が強くなければならないということです。所得の格差が拡大すると、富裕層は自らの財産を守ろうとするため、民衆の不満を抑圧しやすい少数者の支配、つまり寡頭制を好むようになります。しかし、貧困層の方も富裕層の財産を自分たちに再分配させる権限を求めるので大衆の支配、つまり民主制を好むようになります。こうなれば、両者の間では権力闘争が始まり、革命のリスクが高まります。
どちらも両極端な選択ですが、富裕層と貧困層は限りある富の分配をめぐって対立しやすく、最終的には武力を用いた内乱に発展する場合もあります(同上、225頁)。これは国家全体の利益を考えれば、大きな損失であるとアリストテレスは指摘しています。
もし中間層の勢力が優勢であれば、富裕層、貧困層それぞれの利益、つまり私的な利益を追求して国制を変えようとしても、その動きを阻止し、内乱を防止する役割を果たすことができるでしょう(同上)。例えば、貧困層が革命を起こそうとすれば、中間層は富裕層と共にそれに抵抗することが可能であり、反対に富裕層が革命を起こせば、中間層は貧困層に味方することが可能です。
結果として、極端な政治体制に変革されることはなくなり、政治情勢は安定に向かうと考えられています。長期的観点から見て、国家の存続性を高める上で中間層が重要な役割を果たしていると言えます。
むすびにかえて
アリストテレスの説によれば、富裕層と貧困層の階級闘争は政治において避けては通れない問題です。しかし、そのような闘争は中間層の勢力を一定の水準に維持することによって制御可能であるという彼の指摘は、現代の政治のあり方を考える上でも示唆に富むものではないかと思います。
中間層を維持する意義は、一般に社会的な平等を実現するものとして、倫理的、哲学的な観点から説明されることもありますが、政治的観点から見ると、それは国内の分裂を避け、反乱を未然に防ぎ、国家の長期的な存続を可能にすることに繋がるかもしれません。だとすれば、富裕層に課税し、貧困層を支援し、中間層を増大させる政策をもっと研究するべきなのでしょう。
武内和人(Twitterアカウント)
参考文献
内山勝利、神崎繋、中畑正志編『アリストテレス全集17巻:政治学、家政論』岩波書店、2018年
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