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小説・ココイロ談義⑥

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海月は少し前のことを思い出した。

学校の3号館の裏は海月のお気に入りの場所。小さい池の横にベンチがあって、休み時間や放課後など1人になりたいときによく行った。

「古賀さん?」
誰も来ないと思っていたところに声をかけてきたのが広翔だった。

「なに」静かな時間を邪魔されておもしろくない海月。

「誰もいないと思ってたんだけどな」広翔も1人になる場所を探していたらしい。「まあいいや。ここ、いい?」海月のベンチから少し離れた花壇の縁に腰を下ろす。

「もう座ってるやん……好きにすれば」

2人でいるのは気が進まなかったが、海月は自分の場所を譲りたくなかったので我慢することにした。最初はなにか話しかけたそうな広翔も、しばらくすると帰っていった。

数日後。

「げ、またきた」

「何だよ。いいじゃん別に」

海月がいまだに”話しかけるな”オーラを出しているからか、広翔はたまに海月をチラ見して様子を伺いながらも、しばらくすると大人しく帰ってゆく。

そういうことが1か月の間に何度かあり、この日も「そのうち帰るだろうと」思っていた海月の期待は破られた。

「ねえ、古賀さん」ラインがひと段落した広翔が海月に声を掛けた。

「なに」

「晴子と仲いいよね。オレと付き合ってるの知ってる?」

「まあ」まだ本に集中していた海月は、上の空でこたえる。

「知ってたのにオレたちのこと聞いてこないんだ? 女子ってそういう話、好きかと思ってた」

「聞いても仕方ないやん」一瞬、顔を上げて空を見ながらきょとんとする海月。

「まあそうだね」笑う広翔。「古賀さんて面白いね」

読書に戻ろうとする海月から目を放さない広翔。この惑わせるような広翔の視線に落ちる女子も多い中、海月は手ごわかった。そもそも目すらめったに合わせてくれないのだから、どうしようもない。広翔は一旦あきらめると、スマホをチェックするフリをした。

「晴子さあ、しんどくない?」

「なんで?」海月はいきなり何を言い出すのか、と広翔の方を向いた。

「やっとこっち見た」にやりとする広翔。できるだけ会話を引き延ばしたいのか、もったいをつける。「すごく好かれてるのはうれしいんだけど、重いっていうかさあ」

「そんなの晴子に直接言いな」広翔とは逆に即答する海月。

「冷たいな。言いにくいから困ってるんじゃん」

「あっそ」

つれない海月の態度に広翔はため息をついた。

「最初はかわいいと思ったんだ。顔も嫌いじゃなかったし」池に小石を投げ込む広翔。「でもいつも一方的だし、話もつまんないし、疲れるんだよなー。なんか濃い緑が張り付いている感じ」

「緑?」

「そう、重い感じの緑。あ、こういうの」目の前の池を指した。池の半分を隠すように藻でおおわれている。

「晴子は藻なわけ?」

「藻だね」

「彼氏に藻とかいわれたらキレるな、私なら」海月の声が少し低くなる。

「怖いんですけど」海月の変化に気づくことなく、あまりにストレートな物言いに広翔は吹き出した。「晴子に比べると、古賀さんは、そうだな……紫かな」

「なにそれ」海月は目をつむった。

「スミレみたいな薄い紫。最初は怖そうな人だって思ってたけど──いまもちょっと怖いけど。前より印象が変わった。実は悪い人じゃないのかなって。クールだけど優しそう」

「……」

「こうやって会うの楽しみだったりして──うわっ」

言い終わる前に、広翔の顔に何か冷たいものが飛んできた。いつの間にかベンチから立ち上がっていた海月が、池の藻を投げつけたのだった。海月の制服の右半分が派手にぬれ、スカートのすそから水がしたたる。

「友達のあたしにそんなことよく言うわ。あと、紫は嫌い」

海月の目が初めて強くまっすぐ広翔にぶつかる。日本人にしては薄茶色のはずの瞳は怒りに燃え、広翔には赤く映った。

海月は、晴子がかわいそうだと思ったわけではない。広翔のことはまったく好きではないが、嫌うほどでもない。正直なところ、広翔のいう「晴子が重い」というのは少し分かる気もした。
しかしそこは好きで付き合っている2人。必要以上に口出しすることでもない。ただ、海月が晴子と仲良くしていると知っていて、カマをかけてくる広翔の無神経さには我慢ならなかった。

***

あれから広翔は来なくなった。海月と広翔が会っていることを晴子は知らないはずだったが、広翔が晴子に余計なことをいったのかもしれない。どちらにしろ、晴子にその話をするつもりはなかった。

苦い記憶をかき消すように、折れた枝をパキパキとさらに細かくすると乱暴に投げ捨てた。軽い木の皮が少しだけ風に乗って流れてゆく。

「藤木なんかより、いい奴いるよ」
両手をはたき、手についた細かいゴミを払った。

「”なんか”、ね……」
海月の微妙な言い回しを敏感に察知したが、晴子もまたこれ以上は言わなかった。「海月が言うなら、そうかもね」諦めにも似た表情には、くやしさや寂しさといった複雑な感情が入り混じっていた。

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次回完結。

ほかにもいろいろ書いてます「図書目録(小説一覧)

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