親の「むせ(誤嚥)」が増えてきたら…元介護職員が教える、安全な「食事介助」のコツと“とろみ食”の始め方
「最近、お父さんが食事中によくムセるようになった…」
「お母さんが、大好きだったお茶を飲むと、ひどく咳き込むことが増えた…」
そんなハッとするような姿を目の当たりにして、ご家族との毎日の食事が、いつしか“怖い時間”になってしまっていませんか?
こんにちは、元介護職員のたくみです。
その、ヒヤッとする「ムセ(むせ)」は、「年だから仕方ない」と
決して見過ごしてはいけない、とても危険なサインかもしれません。
そのムセを放置してしまうと、食べ物や飲み物が誤って気管に入ってしまう「誤嚥(ごえん)」を引き起こし、時には命に関わる「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」に繋がってしまうこともあるのです。
私自身が現場で、その「食べる」ことの怖さを、ご本人もご家族も、深く悩まれている姿を何度も見てきました。
この記事では、まず「なぜムセるのか」という原因を簡単にお話しし、すぐに道具(とろみ剤)に頼る前に、まずご自宅でできる「安全な食事介助の具体的なコツ」を、元職員の視点で徹底的に解説します。
安全な「姿勢」はどう作る?
スプーンの「食べさせ方」は?
そして、いよいよ「とろみ食」を始める際の、正しい始め方と注意点も具体的にお伝えします。 不安で怖い食事の時間を、もう一度、ご家族にとって安全で、穏やかな時間に戻すためのヒントが、きっと見つかるはずです。
第2章:【最重要】とろみ剤の前に!まず見直すべき「食事の“姿勢”と“環境”」
「食べる」という動作は、私たちが思っている以上に、全身を使う複雑な運動です。
体がグラグラしていたり、変な角度になっていたりすると、喉(のど)の筋肉も、うまく働いてくれません。
安全に「ごっくん」と飲み込むための、3つのルールをご紹介します。
ルール①:椅子に深く座り、足の裏を「床」にピッタリつける
まず、座り方です。 椅子に浅く腰かけて、足がブラブラ浮いていたり、床にかかとがついていなかったりしませんか?
足が浮いていると、体が安定せず、飲み込む時にうまく力が入らないのです。
必ず、椅子に深く腰かけて、お尻と背中を、背もたれにしっかりつけます。
そして、両足の裏が、ベッタリと床につくように、椅子の高さを調整します。
もし車椅子の場合も、足台(フットレスト)に、足の裏がしっかり乗っているかを確認します。
もし、どうしても足が床や足台に届かない場合は、小さな台や、分厚い雑誌・電話帳などを足元に置いて、必ず足が踏ん張れる状態を作ってあげてください。
たったこれだけでも、体が安定し、飲み込みがスムーズになる方は、本当に多いです。
ルール②:テーブルと体の距離を、「こぶし一つ分」にする
次に、テーブルとの位置関係です。 テーブルが体から離れすぎていると、食器を取るために、どうしても前かがみになりすぎて、姿勢が崩れてしまいます。 崩れた姿勢は、胃を圧迫し、飲み込みを妨げます。
理想は、テーブルの端と、お腹との間に、「こぶしが一つ」入るくらいの距離です。
体を起こしたまま、楽に手が伸ばせる位置に、テーブルを引き寄せましょう。
ルール③:【一番大事】あごを軽く引き、「うつむき加減」で食べる
これが、命に関わる、最も重要なルールです。
私たちの喉には、空気の通り道である「気管(きかん)」と、食べ物の通り道である「食道(しょくどう)」という、2本の管が並んでいます。
そして、飲み込む瞬間(ごっくん、の瞬間)に、
「喉頭蓋(こうとうがい)」という“フタ”が、パタンと気管にフタをして、食べ物が食道へ流れるように、体ができているのです。
しかし、もし「あごが上がった」状態(=上を向いた状態)で食べ物を飲み込むと、どうなるでしょうか。
「気管」の入り口が、パカッと開いたままになってしまいます。 その結果、閉まるべき“フタ”がうまく閉まらず、食べ物や飲み物が、開いたままの気管に、まっすぐ流れ込んでしまうのです。これが、誤嚥です。
介護の現場で、最も危険な食事の姿勢。 それは、ベッドやリクライニングチェアで、頭を後ろにもたれさせ、あごが上がった状態で食べさせることです。
これは、「どうぞ、気管に入ってください」と言っているようなものなのです。
必ず、体は90度(直角)に起こします。(ベッドなら、ギャッジアップでしっかり起こし、クッションで体を支えます)
そして、ご本人の「あごを、軽く引いた」状態(=少し、うつむき加減)を意識してください。
あごを引くことで、気管の入り口は自然と狭くなり、食べ物の通り道である食道が、逆にグッと開きやすくなります。
これこそが、体が「ごっくん」の準備万端な、
“飲み込みのスイッチ”が入った正しい姿勢なのです。
【重要】介助する「あなたの位置」も、命に関わります
この「あごを引く」ルールに、深く関係するのが、介助するあなたの
「目線の位置」です。
もし、あなたが立ったまま、座っているご本人に、スプーンを「上から」運んでいたら…どうなるでしょうか?
ご本人は、そのスプーンを見るために、自然と「あごが上がって」しまいます。 介助者が、無意識のうちに、最も危険な「あごが上がった姿勢」を作らせてしまっているのです。
食事の介助をするときは、介助者も必ず、椅子に座ってください。
ご本人の横か、斜め前に座り、あなた自身の目線が、ご本人の目線よりも、「低く」なるようにします。
下からスプーンを運ぶことで、ご本人は、自然と「あごを引いた」安全な姿勢で、食べ物を受け入れてくれます。
「とろみ」や「刻み食」を考える前に、まずはこの
「足」
「テーブル」
「あご」
「あなたの目線」
を、今日から見直してみてください。 これだけでも、「ムセ」がかなり減るかもしれませんよ。
第3章:元職員が教える、安全な「食べさせ方」4つのコツ
安全な姿勢が整ったら、今度はスプーンの運び方や、声のかけ方を見直してみましょう。
どれも、今日からすぐに実践できる、小さな、しかし効果は絶大なコツばかりです。
コツ①:スプーンは「小さめ・浅め」のものを使う
まず、使う「スプーン」を見直してみてください。 ご家庭で普段使っている、深さのあるカレースプーンや、一般的なティースプーンを、そのまま使っていませんか?
一口の量が多すぎると、口の中や喉(のど)で処理しきれず、ムセる原因になってしまいます。
私たち介護の現場でよく使っていたのは、「小さめで、浅い」スプーンです。 一度にすくえる量が、自然と少なくなります。
介助する側としては、何度も運ぶのが手間に感じるかもしれませんが、ご本人にとっては、「ちょっと少ないかな?」と感じるくらいの量が、一番安全に飲み込める量なのです。
スプーンは、口の奥に深く差し込まず、舌の真ん中あたりに、そっと置くようにします。
ご本人がご自身の唇で、食べ物を「取り込む」動きを、邪魔しないようにすることが大切です。
コツ②:「ごっくん」を見てから、次の一口を
これは、食事介助で、絶対に守らなければならないルールです。 介助で一番やってはいけないのが、介助者のペースで、次から次へと、まるで流れ作業のように口に運んでしまうこと。
ご本人がまだ口の中のものを飲み込み切れていないのに、次の食べ物が入ってくると、口の中がパニックになり、慌ててムセてしまいます。
必ず、一口、食べ物を口に運んだら、スプーンをお皿に置きます。 そして、ご本人の喉元(のどぼとけ)が、上下に「ごっくん」と動くのを、あなたの目で、はっきりと確認してください。
その「ごっくん」をしっかり確認してから、
「はい、じゃあ次、いきましょうか」 と、次の一口を運びます。
この「一口、ごっくん、一呼吸」という、ゆったりとしたリズムが、ご本人の命を守ります。
コツ③:食事中は、「話しかけすぎない」
ご家族との楽しい食事の時間にしたい、というお気持ちは、本当に大切です。
しかし、「食べながら話す」というのは、実は飲み込みの機能にとっては、とても高度な技術なのです。
ご本人が、お口に食べ物を含んで、「さあ、これから飲み込むぞ」と集中している瞬間に、
「今日のおかず、おいしい?」
「お天気、いいねえ」
と話しかけてしまうと…。
ご本人は、あなたに応えようとして、息を吸ったり、声を出そうとしたりした瞬間に、食べ物や飲み物が、気管のほうへ「スルッ」と入ってしまうことがあります。
声かけは、とても大切です。 でも、そのタイミングは、ご本人が飲み込んで、口の中が空(から)になったのを確認してから。
「おいしいですね」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」 と、
優しく、穏やかに声をかけてあげてください。
コツ④:食後「すぐ」に、横にならない
「あー、お腹いっぱい。じゃあ、ベッドでちょっと横になろう」 …
これは、絶対にNGです。
私たちでも、食べた直後に横になると「うっ」と胃の中のものが逆流してくる感覚がありますよね。
ご高齢になると、胃と食道を仕切っている筋肉(フタ)も、少し緩くなってきます。
食べてすぐに横になってしまうと、胃の中のものが食道に逆流し、それが気管に入り込んでしまう「誤嚥(ごえん)」を引き起こすことがあります。
これは、寝ている間に起きてしまうこともあります。
食事が終わっても、 最低でも30分、できれば1時間は、第2章でお話しした「安全な姿勢(=座った姿勢)」を保ってもらい、食べたものが胃にしっかり落ち着くのを、待ってあげてください。
スプーンの大きさ、食べるペース、声かけのタイミング、そして食後の姿勢。 どれも、介助するご家族が、少し意識するだけで、大きく変わることばかりです。 まずは、この4つのコツを試してみてください。
では、これだけ気をつけても、お茶や汁物のような「サラサラしたもの」でムセてしまう場合は、どうすればいいのでしょうか。 いよいよ、次の章で「とろみ」の出番です。
第4章:いよいよ「とろみ食」の出番。正しい“とろみ剤”の始め方
ここまで、姿勢や食べさせ方の工夫について、詳しくお話ししてきました。 しかし、それでも「水分」でムセてしまうことは、本当によくあります。
なぜ「水やお茶」が一番ムセやすいのか?
意外に思われるかもしれませんが、介護の現場では、固形の食べ物よりも、水やお茶のような「サラサラした液体」のほうが、最も誤嚥(ごえん)しやすい、と言われています。
なぜでしょうか?
それは、口に入ってから喉(のど)を通過するまでのスピードが速すぎる
からです。
第2章で、喉には「気管(空気の道)」と「食道(食べ物の道)」を振り分ける“フタ”がある、とお話ししましたよね。 年齢とともに、その“フタ”が閉まる反応速度も、少しずつゆっくりになってきます。
サラサラした液体は、そのフタが「あ、閉めなきゃ!」と反応して閉まりきるよりも速いスピードで、喉に流れ込んでしまうのです。
その結果、閉まりきらなかった気管のすき間に、お茶や水が入り込んでしまい、「ゲホッ!」と激しくムセることになります。
そこで登場する「とろみ剤」という味方
その、速すぎる飲み物のスピードを、「ご本人の“フタ”が閉まるスピードに合わせて、ゆっくりにしてあげる」ための道具。
それが、ドラッグストアの介護用品コーナーなどで売っている、粉末状の「とろみ剤(とろみ調整食品)」です。
これは、飲み物や食べ物の味を変えることなく、適度な「とろみ」をつけて、喉を通過するスピードを遅らせ、飲み込みやすくするためのものです。 これを上手に使うことで、ムセる不安が減り、ご本人に必要な水分を、安全に摂ってもらうことができます。
【現場のコツ】失敗しない「とろみ剤」の正しい使い方
ただし、このとろみ剤、使い方を間違えると、かえって危険なことにもなります。 一番やってはいけない失敗は、「ダマ」を作ってしまうことです。 とろみ剤が溶けきらずに、ゼリーのような「かたまり(ダマ)」になってしまうと、それが喉に詰まって、窒息(ちっそく)の原因になりかねません。
私が現場で、必ず守っていた「ダマを作らないコツ」をお伝えします。
先に、飲み物を器に入れます。
スプーンや泡立て器で、飲み物を「かき混ぜながら」、その渦(うず)の中に、とろみ剤の粉を「少しずつ、サラサラ〜」と振り入れていきます。
粉を入れ終わったら、すぐに混ぜるのをやめず、そのまま15秒ほど、しっかりとかき混ぜ続けます。
一番やりがちな失敗は、器に「粉」を先に入れて、その上から「飲み物」をドバっと注いでしまうこと。
これだと、底のほうで粉が固まって、高確率でダマになります。
必ず、「動いている液体の中に、粉を少しずつ入れる」と覚えてください。
どのくらいの「濃さ」から始めればいい?
とろみ剤は、入れる量によって「濃さ」を調整できます。
商品にもよりますが、一般的に3段階の目安があります。
「薄いとろみ」(フレンチドレッシング状)
スプーンですくうと、サラサラと流れ落ちる程度。
「中間のとろみ」(とんかつソース状)
スプーンですくうと、とろーっと、ゆっくり流れ落ちる程度。
「濃いとろみ」(ケチャップ状)
スプーンを傾けても、なかなか落ちない程度。
ここで大切なのは、いきなり濃いとろみから始めないことです。 とろみが濃すぎると、今度は喉にベタッと張り付いてしまい、それもまた飲み込みにくさの原因になります。
まずは、必ず「一番薄いとろみ」から試してみてください。 その状態で、お茶などを飲んでもらい、「あ、これならムセないな」となれば、その濃さがご本人に合っています。
もし、一番薄いとろみでもまだムセるようなら、次のステップとして「中間のとろみ」を試してみる。 そのように、ご本人の状態に合わせて、必要最低限のとろみを見つけてあげることが、とても大切です。
最初は、とろみのついたお茶に、ご本人も違和感を覚えるかもしれません。 でも、「ムセるかもしれない」という恐怖心と戦いながら飲むよりも、「これなら、安心してゴクンと飲める」という安心感を一度体験されると、多くの方が受け入れてくださいます。
焦らず、ご本人に一番合う「魔法の加減」を、見つけてあげてくださいね。
【追記】
便利なとろみ剤ですが、デメリットも存在します。
水分摂取量の減少:
とろみをつけた食品は水分摂取量が減る傾向があるため、水分不足(脱水)を引き起こすリスクがあります。
見た目や風味の変化:
食品の色が白濁したり、独特の匂いや味を感じたりすることがあります。
食品そのものの味や風味が変化してしまう可能性もあるので、
できる限り少量の使用に抑えたいです。
・消化不良や便秘になる可能性
高齢者は加齢による消化機能の低下や運動不足のため、
過剰に摂取すると消化不良や便秘を引き起こす可能性があります。
こういったデメリットは存在するものの、
常識の範囲内で使用すれば、安全に介助することができます。
用法・用量を守って、正しく使用するようにしましょう。
【さいごに】
毎日の食事が、いつしか「楽しい時間」から「怖い時間」に変わってしまっていた…。
そんな不安の中、この記事を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
ご家族の「あ、最近ムセることが増えたな」というその小さな気づきは、あなたの大切なご家族の命を守る、何よりも重要な第一歩です。
その観察眼は、本当に素晴らしいものです。
食事の介助は、ご家族の「美味しく食べてほしい」という「愛情」だけで、うまくいかないことがあります。
むしろ、愛情が深いからこそ、焦ってしまったり、一度にたくさん食べさせてあげたくなったりしてしまうものです。
だからこそ、ご家族には、愛情とあわせて、
「正しい知識」と「安全な技術」という、もう一つの武器を身につけてほしいのです。
この記事でお話ししてきた、
安全な「姿勢」(あごを引くこと、足の裏をつけること)
安全な「食べさせ方」(小さなスプーンで、「ごっくん」を確認すること)
安全な「とろみ」の使い方
こうした「技術」を、ご家族が知って、実践してくださることが、ご本人の安全を守る、何よりの愛情表現になると、私は信じています。
もちろん、今日からすべてを完璧にやろう、と気負う必要はありません。
まずは、今日のお食事から、
「介助するあなたも椅子に座る」こと、
「あごが上がっていないか」を確認すること。
そんな、たった一つのことからで大丈夫です。
あなたのその小さな工夫が、ご家族の「ムセ」を減らし、「怖い時間」を、もう一度、穏やかで美味しい食事の時間に戻す、大きな一歩になるはずです。
ご家族との安全な食事が、一日でも長く続くことを、心から願っていますね。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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