デザインサイエンス(05: 環境)「12_EARTH PROTEIN・タンパク質循環社会の見方_1」
このデザインサイエンスは、デザインを学ぶ学生たちに広い知識と広い視野を持ってもらうために開講したシリーズものです。
本講義は「イントロダクション」「身体」「建築」「都市」「農業」「環境」「エネルギー」のカテゴリーに分けて、学生たちから特にリアクションの良かったトピックをランダムに投下しています。どこから読んでも楽しい構成にしていますので、気軽に興味のあるトピックからどうぞ!
今回は「環境」です。
■ 構想「タンパク質循環社会」
みなさん「タンパク質循環社会」って聞いたことありますか?私が勝手に作った造語です。もちろん「タンパク質」の「循環」する「社会」のことなので、そんなに難しいことではないですし、一般的な単語を並べただけですので、わざわざ「造語」ですらないかもしれません。この地球においてタンパク質が循環していることは、当たり前のことなのですが、これまで不思議とこの循環を表す適切な名前が見当たらないので、勝手につくりました。
生物化学分野では「合成」や「分解」「代謝」という言葉が使われているようですが、それらは研究対象にフォーカスを絞ったところでの循環であり、今回みなさんと考えたい循環はもっと全体俯瞰した地球規模のお話です。(見当はずれでしたらご指摘・コメントいただけると嬉しいです。)
地球規模のテーマ、環境を考える際、水の循環、CO2の循環などはよく触れられます。また生物界において、食物連鎖などは有機物の循環として取り上げられます。ただ、実は地球上のあらゆる物質は循環しており、人類社会において重要で語られるべき事象にのみ「名前(言語化)」が付けられるということからも、今後みなさんにご紹介する「タンパク質」の「循環」に一考の価値があれば、ちゃんと言語化されることでしょう。
っということで、我々は勇気をもって「タンパク質循環社会」というプチ造語でもって、これからの地球全体のタンパク質循環にスポットをあて、様々な有機物が織りなす新しい社会の可能性を探求していく覚悟でリサーチを始めました。
■ 有機分解という循環社会
さて「タンパク質循環社会」ですが、このデザインサイエンスを受講していて勘の良い方は、おおよそ察しがつくかもしれませんが、結論から言いますと、「有機分解される素材(つまり土に還りやすい素材のこと)が豊かに循環する環境に優しい社会」のことで、そのような社会を目指そうという取り組み(まで行っていないので、その前段階の研究)です。
最近デザイン領域で報告される新素材の多くが、循環型素材、つまり有機分解可能なものが増えてきています。その理由として、化石燃料由来の素材(プラスチックや化学繊維など)は分解に長い時間を要することや、コンクリートのようにリサイクルが難しい素材などが増えすぎていることが挙げられます。
対して、循環型の新素材の多くは「タンパク質」由来のものが多く、そのような新素材が開発されている産業分野も幅が広がってきており、「衣・食・住」全ての領域においてタンパク質が需要な役割を果たす未来が到来するかもしれません!
■ EARTH PROTEIN
このような背景から、地球スケールで「衣・食・住」の広範でのタンパク質循環のダイナミズムを可視化し、未来のあるべき循環社会の姿を探るリサーチ・プロジェクト「 EARTH PROTEIN 」を立ち上げました。
そこで今回は、この「 EARTH PROETIN 」プロジェクトの進捗を下記の順で解説を進めていきます。
1:そもそもタンパク質とは
2:循環する/しない都市(仮説)
3:タンパク質由来の新素材事例
4:タンパク質循環の可視化(インフォグラフィックス)
5:タンパク質循環社会の未来の可能性
1:そもそもタンパク質とは
本題に行く前に、そもそもタンパク質とは何かという基本的なところを簡単に確認しておきましょう。
始めに「食」分野におけるタンパク質に関しては既に詳しく触れていますので、下記リンクを参照ください。
要約しますと、タンパク質は3大栄養素のひとつで栄養学的にとても重要なものです。特に動物性タンパク質は体内では作ることのできない必須アミノ酸が豊富に含まれていますが、その生産(特に畜産業)にかかる環境負荷やエネルギー投入量は膨大なものです。そこで様々な代替タンパク質製品が開発されてきています。その文脈から培養肉や昆虫食についても触れました。
そして、今回ここで触れたいタンパク質とは「食」だけでなく「衣・食・住」の全ての分野において活躍が期待されているタンパク質についてです。
・ タンパク質の複雑な構造
まず、タンパク質とは20種類のアミノ酸がペプチド結合によってつくられたひも状の生体高分子化合物です。さらにそのひも状の構造体は、一次構造だけでなく、複雑に折りたたまれた二次、三次、四次構造など複雑な立体構造です。

・ 人工タンパク質の可能性 はじめにとても興味深い論文を紹介します。少し前のものになりますが、有機合成化学協会誌から2001年に発表された論文「アミノ酸の変換 による高分子の合成(著者:三田文雄、遠藤剛)」のさいごに「アミノ酸を基盤とする高分子の緻密な分子設計を進めることにより、人工タンパク質とでも呼べるような高度な機能を発現する高分子材料の創成が期待される。」と結んでいます。本論では、医薬品、農薬、調味料などの産業への期待であるが、これは今日の(人工)タンパク質による新素材開発の到来を予言していたともいえます。
引用論文リンク:https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/59/7/59_7_648/_pdf
・人工タンパク質の実現性
続いて、2024年にノーベル化学賞を受賞したデビット・ベイカー教授(ワシントン大学)、デミス・ハサビス氏とジョン・ジャンパー氏(グーグルディープマインド)の3名の業績は、まさにこのタンパク質構造に関する業績が認められたものでした。デビット・ベイカー教授はコンピューターでタンパク質の設計を人工的に行ったこと、そしてデミスとジョンは、AI 技術を駆使してタンパク質の構造予測技術を開発したことです。これらの業績によって生命科学技術や医薬品開発業界に大きな飛躍が期待できるとのことです。

Demis Hassabis, John Jumper ( Google DeepMind )
いかがでしょうか?上の2つのトピック、2001年の論文での予見と、2024年のノーベル化学賞がひとつのレールで繋がっていることが分かると思います。ここからタンパク質の可能性や期待感が膨らみ、タンパク質の新たな側面がうっすらと見えてきたことと思います。
2:循環する/しない都市(仮説)
ここでは、有機分解可能なタンパク質由来の新素材が期待されているのか、その社会背景について少し触れます。
以前このデザインサイエンス「環境編」でも解説した通り、都市と自然が対比され、そして都市が悪者として扱われることが多い理由として、都市には素材が固定されてしまっており、自然界のような循環がみられないからだということを指摘しました。
都市は主に、コンクリート、金属、ガラス、プラスチック、ゴムなどから出来ています。これらの多くは、化学的な変化などを介して自然界には無い形で長い年月、循環せずに都市に留まり続けています。これはひとえに人類が構築する都市設備の資産価値を長く保つために開発されてきた人工素材です。しかし化学的な安定性を施されたこれらの素材は難分解性でもあります。すなわち「劣化せずに長持ちする優れた素材」は、つまり「自然のように循環しにくい素材」ということになります。
コンクリートはセメントのケイ酸カルシウムが固化することで安定した素材となります。自然界で分解されるには長い年月がかかります。
プラスチックやゴムは石油由来の有機化合物で自然界での分解は極めて難しいです。
ガラスは二酸化ケイ素によって化学的に安定しており数万年単位で劣化しにくいです。
鉄やアルミニウムは精錬・加工され純化されたり、合金として利用されます。
・ 循環スピードのデザイン
このように都市は巨大な人工素材のストックで、自然界の物質循環とは切り離されたものです。この循環スピードの差が「都市」が自然との「共生」が難しい理由のひとつだと言えます。
ここからは「仮説」なのですが、もしこの都市で固定されている素材の循環スピードを速めれば、都市は自然との共生がより可能になるのではないでしょうか。つまり都市を構成する多くの素材(難分解性素材)を、分解できるような新しい技術が生まれれば、突如として都市の価値が改められるのかもしれません。
都市素材の循環スピードを上げることで、都市と自然との間に引かれている境界線がゆるやかに柔らかく混じり合い、そこまで来てやっと「ほんとうの人類と自然との共生」というものの実現性に説得力が増してくるのかもしれません。
次のチャプターではそれらタンパク質由来の有機分解可能な新素材開発の事例を見ていきましょう!
3:有機分解可能なタンパク質由来の新素材開発事例
EARTH PROTEIN プロジェクトで最初に着手した事例調査をブックレットにまとめましたので、幾つかここで紹介します。それぞれの開発組織、原料、産業分野などの識別が容易になるよう、ピクトグラムや色などで分かりやすく編集しました。
原料 ( Ingredients ) に関しては、下図右ページに整理しています。アミノ酸の配列やその立体構造の設計によって化学的に作られたものから、藻類や菌糸などの既存のタンパク質素材を加工したものなど、色々とあります。


まず、国内でのトップランナーとしてSpiber 社があります。クモの糸をヒントに人工糸を創り出したベンチャー企業です。今ではBrewed Protein ™ という新しいアプローチで人工的にタンパク質由来のポリマー素材を生産し、様々な分野の企業とコラボレーションを行っています。創設者の関山氏は化石燃料に頼らない社会を創るという思いで、このような新素材開発に取り組んでいます。

オランダのデザインオフィスStudio MOMが開発した自転車専用ヘルメットは菌糸体からできています。布繊維とおが屑を土壌基礎として菌糸を培養することで固形化に成功し、衝撃から守る強さと、緩衝材としての柔らかさを実現しました。自転車のヘルメットの多くは発泡スチロール素材で出来ていますので、それと比較して環境への循環はとても容易に達成されます。

LOLIWARE社は、海藻由来の素材で「ペレット」を作ることに成功しました。プラスチック製品は通常、ペレット(プラスチックの粒)を熱で溶かし、型に流し込んで作っていますので、海藻由来の新素材ペレットの環境的可能性は非常に大きいと言えます。今現在はストローを生産しており、マイクロプラスチック問題で取り上げられていたシングル・ユーズのストローが海藻素材に置き換えられるのは、環境的に見てもとても理に適ったアイデアだと言えます。今後様々な用途に開発が進むことが期待されています。

先にも解説したように、コンクリートはセメントの化学反応によって固形化された素材です。それ故に構造的強度を達成していますが、循環(分解)はとても困難な素材です。また既に建築編でも触れたように、セメントの生産には大量のCO2を排出しています。このようにコンクリートで都市を作ることは、環境に大きな負担をかけていることになります。そこで代替コンクリートの開発も盛んに行われています。
The Living は、菌糸体と植物繊維を利用したブロックの開発に成功しました。これはバイオマテリアル開発企業Ecovative との共同開発で実現しました。基本的にはブロック型に収穫後に残渣物となったトウモロコシの茎繊維を充填し、そこに菌糸を育てることで固形化に成功しました。この「ローテク・バイオテクノロジー」的アプローチは、物質としての持続可能性や建築、環境、循環に新しいビジョンを提示しています。


藻類バイオ燃料企業の Viridos は、航空機、船舶、列車、トラックなど大型輸送に使われるバイオ燃料(藻類由来で、CO2排出量を大幅に削減が可能)の開発を行っています。このように有機物から作る燃料は、育てる必要がありますので、採掘する化石燃料と比べるとコスト面で難しいのですが、そのハードルを越えた先に、新しい燃料世界が広がっているのです。地球が何千年もかけて創り出した化石燃料に替わるものを、果たして人類は創り出すことができるのでしょうか。今はビル・ゲイツが支出したベンチャー企業向けの投資を受けて量産に向けて活動しています。

その他、このリサーチでは色々なトピックに触れています。サンプルで50事例ほどアップしていますので、興味のある方は下記リンクより閲覧ください。
事例集リンク:https://drive.google.com/file/d/1vfDHDb4k4sl-skXvLfRaVtKz0WTzCnW1/view?usp=sharing
今回はこのくらいで。次回はこの続き
4:タンパク質循環の可視化(インフォグラフィックス)
5:タンパク質循環社会の未来の可能性
です。
「EARTH PROTEIN タンパク質循環社会」のビジュアル・ワークについて解説しますので、お楽しみに。
