154.「 わかりたい 」を手放して「 身体を感じる 」をやってみませんか?
【 Ness 】つまづき、あるある( 前回からの続きです🍎 )
進化のフェーズ3rd.step 【 選択 】の段階で起こりがちなのが、
「 問いかけても直感がわからない 」
というものではないだろうか( ←私だけ? )
step1、step2までの過程で、「 自我の因果に基づいた決断や行動を選択しない 」というところまではきたけれど、ここへきて
「 問いかけたとて。。はて?。。直感とやらは降りてこないが。。。 」
的なことをこの自我は思った( ←そんなことないですか? )
そして
「 問いかけて何か閃くのは、Mr.DXだから。私にそんなもの降りてくるんやろか? 」
という疑いを持っていたのだった。
いまから思うと、「 直感 」というものを自我都合の解釈で「 ビビビッ!とくるもの 」とか
「 想像もしないような斬新な思いつき 」などという定義をしていたゆえ
そういったもの以外は直感ではない、とどこかで決めつけていたように思う。
何が直感か、そうでないかは自我にはわからない。
なぜなら自我の世界線にはないものだから、判断のしようがないのだ。
けれど確実性を求める自我さんは「 これは直感 」で「 これは違う 」と区別し、ジャッジしようとするので「 わからなくなる 」。
数か月前のこと。
私が実家に帰ろうと決めたとき、あれほど拒否していた父との同居をなぜかしら「 そうしよう 」と思ったのだった。
それまでの仮住まいに対して「 このままこの暮らしを続けていくのは、なんか違う 」という思いが湧いてきて
「 じゃあどこで暮らす? 」と疑問に思う期間が続いていたとき。
なんとなく「 実家へ帰る 」というアイデアにいきついた。
それまでは「 絶対にそれだけはイヤ! 」と断固拒否していたものが、その時はなぜかしら「 そうしよう 」となっていたのだった。
そのことをMr.DXに話すと
自我さんが「 絶対にイヤだ! 」と抵抗反発していたものを
理由もなく「 YES 」と選択できるとき、スペースがあります。
もしかしたらそれを「 直感の選択 」というのかもしれません。
そう思うと、この状態にとっての直感とは「 ビビビッ! 」でも「 斬新なアイデア 」が降りて来るわけでもなかった。
いつしか、なんとなーく
「 それがそこにあった 」という感じで。
直感の受けとり方は人によって違うだろうし、進化の度合いによっても変わってくるのだろう。
けれど言えるのは
Mr.DXのコトバにあるように、それまで自我さんが拒絶していたものを受け入れられるような選択は
もしかしたら「 直感 」なのかもしれないなぁと。
そして
そういったものを受けとるには、身体との結びつきがキー🔑になっているような氣がするのだ。
自我の「 理解 」を超えた、頭では「 わからないもの 」。
それが直感であるならば
フォーカスすべきは、感じる器であるBody にあるのでは?と。
進化のフェーズ3rd.step 【 選択 】で、戸惑い、足踏み状態になっているのであれば
ここからはもう
「 わかりたい 」を手放して
「 身体とつながる 」 をやってみませんか?
私は長らくの間、頭を使って生きてきたので、「 感じる 」ということがよくわからず、最初は「 五感を解釈なく感じる 」や、「 鼓動を感じる 」もさっぱりだった。
加えてそれが「 できているのか/できていないのか 」を判断したがる自我により、「 できない 」とジャッジし、苦しくなっていたけれど、
それをスル―して根気よく続けていくと、なんとなく身体の安定感を感じられるようになり
今では静かに座って身体に意識を向ける時間が、少しづつではあるものの増えてきている。
と同時に、自我のエネルギーも以前と比べると小さくなってきたような感じもしていて。
でもね
最初のうちはホントーにじっとしていられなかったのですよ。
けれど、あることを「 あきらめた 」ときから様子が変わってきてね。
何をあきらめたかと言いますと。。。
続きまーす🍎🍎
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