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90.鼓動。

Mr.DXが推奨する「 鼓動を感じる 」「 鼓動になる 」という選択。


それは

「 いま 」とつながる入口だと言う。


鼓動に限らず、「 身体に意識を向ける 」
「 五感を解釈なしに感じる 」というのは


自我は「 難しい 」または「 わからない 」と反応しがちだ。


でもそれは当たり前っちゃあ当たり前で。


なぜならそれは「 自我の頭で理解できる範疇を超えた話 」だからだ。


自我ができるのはせいぜい「 理解 」もしくは「 解釈 」。


かりに自我が「 なんか鼓動になれてる氣がする 」「 五感を解釈なしに感じられてる氣がする 」と反応したとて


それはあくまで自我都合の解釈で、それがホントにそうなのか、そうでないのかはわからない。


逆を言うなら。


「 鼓動を感じられない。。。 」「 五感を解釈なしに感じられているかよくわからない。。。 」とエゴが言っていたとしても


もしかすると自我のわからないところで「 真実に触れている可能性はあるかもしれない 」ということだ。


これは『 Know-Wing 』とは別の分野で聞いた話なのだけれど。


身体に意識を向けることを教えている先生が以前話されていて印象に残ったコトバがある。




私たちの体内で日々働いてくれている細胞たちは


私たちが意識を向けてくれることをいつも待っているんです。


そして意識を向け続けていると


たとえそれが感覚としてよくわからなかったとしても


細胞たちは喜び、体内では日々変化し続けていってる。


1日の中の少しの時間でよいのです。


「 身体に意識を向けること 」をやってみてください。


『 身体に意識を向ける 』


自我はジャッジしかしない。


それが「 できている/できていない 」「 わかる/わからない 」というラベリングをするのが自我の仕事だ。


そこに騙されてはいけない。


Mr.DXは言う。




「 できる/できない 」という概念がないとしたら?


「 わかる/わからない 」という概念がないとしたら?



自我は信じたいんです。



それができていようが、できていまいが、


ジャッジできる材料を探して


「 できている私 」「 できていない私 」をラベリングし


「 そういう状況にある私がいる 」ことを信じたい。


自我の真の狙いはそこなんですね。


『 自我の信じたいこと 』/Know-wing


なるほどぉ。


なので、Mr.DXがワークを誘導してくれる際に


「 できても、できなくてもいいとしたら? 」


「 感じられても、感じられなくてもいいとしたら? 」


と言って自我が決めつけが立ち上がりにくい状況を作ってくれているんだな、と。


もしかすると。


ワークをすることの本質は


「 鼓動を感じられるようになる 」「 五感を解釈なしに感じられるようになる 」ところにあるのではなく、


状況や結果を決めつけたがる自我の声をどれだけ脇に置いておけるか。


自分を信じたがる自我をどれだけ俯瞰できるか。


といったところにあるのでは?と。


それをやりつつ「 目的を持たず 」ワークを続けて行った先に


結果的に


「 鼓動になる 」があるのではないかと。


自我の解釈に惑わされてはなりませぬ。

わたし達は、エゴにはわからないところで「 いま 」とつながっていたりするのかもしれません🍎


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