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仲春の文人茶【鎌倉の隠者38】

【鎌倉の隠者】
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ここ数日は買い込んで来た各種煎餅と煎茶を試しながら、桜の満開までの日をのんびり待っている。

だいぶ遅れて鳴き出した鶯の声の聴こえる席にちょっと気の利いた古書画でも飾れば、江戸時代の離俗の文人茶気分にもなってくる。

武士の古都鎌倉なら、京都の雅な和菓子に対して粗野な煎餅も似合う気もする。その煎餅に合う掛け物を選ぶなら、まず文人画や俳句などの墨戯の軸だろう。

幽居図 岸連山
黒高麗面取壺 李朝時代
古織部蓋物 江戸時代

岸連山は幕末明治期の京都の人気作家で、我家にも彼の水墨作品が数幅ある。

以前も言ったがバブル崩壊以降の日本の美術品は価格崩壊したまま、さらに現代の洋風生活には似合わない文人画は今や見る人も少なく、かなり良い作品が捨て値で出回っているのだ。

この絵は古人達の理想とした離俗の幽庵を描き和歌を添え、左の余白には別の人がたぶん漢詩の画讃を入れる予定だったのだろう。丁度その余白に我が荒庭の杏の花の一枝ががぴったり収まった。

日本では何と言っても桜の人気が最も高いが、文人の本家中国では花期の長い梅や杏が好まれ、我が国の文人達もそれに習い梅を愛好した。

ただ杏の木は江戸から明治時代では中々入手難だったので、今日のこの花は古の文人達への良い供養になるだろう。

煎餅(歌舞伎揚げ)は侘びた色の古織部蓋物に入れ、煎茶は明治大正頃の筒形湯呑、花は画の墨色に合わせて黒高麗面取瓶に投入れた。この取合わせでまだ多くの日本人に高雅な文人精神が生きていた幕末明治の時代を再現出来たと思う。

煎餅は中世の塩煎り餅から江戸時代には醤油焼きの煎餅まで広まっていて、当時の茶人文人でも甘味が苦手な人達には大人気だったろう。

煎餅の香やら音やら日永寺 (自詠)

あとは長閑な陽の差す文机でぽりぽりやりながら江戸俳諧の和綴じ本でもゆっくり眺めれば、日本の春の日永の風情を十分に堪能できる。

私は糖質制限下なので和菓子はひと齧りまでだが、小型の煎餅なら一枚丸ごと食べ切れるのも有難い。

我が谷戸では先週あたりから蛙が鳴き杏に加え桃や桜の花も咲き出した。そしてこの時期に飾るべきは、芭蕉のこの句以外無い。

直筆句軸 芭蕉
黄瀬戸小服茶碗 江戸時代
古丹波壺 江戸時代

ふる池や蛙飛込む水の音

芭蕉

この句はちょっと有名過ぎて私如きが今更解説するのも不要だろうし、客前で自慢気に披露するのも憚られるので花の陰に目立たぬように掛けておこう。上の写真の杏に似てしまったが、こちらの鄙びた古丹波壺に入れたのは桃の花だ。

本来自然の野山に桃の花が咲くのは旧暦の3月初旬頃(今の4月)で、新暦の3月の雛祭りの頃にはまだ何処にも咲いてはいない。

今の雛祭り用に花屋で売っている桃は全てビニールハウス栽培の物で、それを飾ってもあまり春本来の嬉しさは湧いて来ないだろう。

私は我が谷戸にも何本かある桃の木の花が自然に咲く時になり、ようやく桃の節句が来た気分になれるのだ。

自然の四季や伝統の行事風習を愛する者は、せめて平安以来の五節句だけでも旧暦で行いたい。

さて季節の書画を飾り離俗の浄域を設えた席で、己が煎茶をどう様式化するか考えてみよう。現代の多くの人が飲んでいる普通の煎茶は、いわゆる煎茶道の玉露一口を味わう物とは全く違う。

茶道煎茶道の諸流派は客前でいかに美しい作法お点前を披露するかを修練する訳だが、現代人の喫茶の多くは客は無く一人か身内だけなので茶礼の出番も少ない。

したがって現代人の煎茶は、利休も「茶の湯はただ茶を飲むだけの事」とも言っているように、一人で飲むだけの茶を如何に深く楽しめるかが肝要だろう。

ただし独喫にしても夢幻の茶に至る最低限の儀式として、各々自分なりの作法は決めておきたい。

私は季節の花や書画を飾り離俗の浄域を設えた席で、まず一度眼中から現代の人工物を締め出し、谷戸の山々の自然を眺め季節の光や風に観応するようにしている。

その後に古書画の前に座れば、自ずと時を超えて芭蕉や古人達と同じ時代に移転し易くなるのだ。

諸賢も週に一度くらいは何か一工夫して離俗脱俗の茶席を設け、古人先達と同じような夢幻界に入る事をお薦めする。

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