花鎮めの献歌【鎌倉の隠者39】
鎌倉は今百花繚乱の季を迎え、遅かった鳥達の囀りも今週はようやく賑やかになって来た。
私も僅か数日しか無くなった春爛漫の麗らかな日和を逃さず、精々近隣を歩き回り絵や吟行に勤しみたい。
昔から和歌短歌は春に名作が多く、夏は俄然少なくなる。
平安時代から現代までずっとその傾向が続いていて、我家でも夏場に飾る古歌には不自由しているが、今は十分集まった春の佳作を毎週掛け替えて楽むとしよう。
我家にある桜の歌軸の最上作は先日別稿で紹介した本居宣長の敷島の歌だが、短冊ならこちらの2枚だ。

小石原珈琲器 昭和前期
言わずと知れた与謝野晶子と吉井勇の桜の名作ニ首が並んだ。
日本人の桜に寄せる美しき想いを華麗な調べに詠んで、これ以上の歌はそうそう無いだろう。
清水へ祇園をよぎる花月夜
今宵会ふ人みなうつくしき 晶子
桜ありき桜のごとき人ありき
酔へばよく見る春のまぼろし 勇
戦後昭和の歌壇は前衛から洋風ポップに走り、伝統的な四季の自然詠は古臭いと言われ激減する。
今から顧みれば明治末から大正〜昭和初期の抒情と浪漫主義興隆の頃が、日本の詩歌の黄金期だった。
ラフカディオ・ハーンは東大講義録で「古典主義に共鳴しつつも、みずからの手で新しい法則を打ち立てることのできた数少ない至高の天才だけがロマン主義者たり得る」と説いている。
実際に日本の浪漫主義は文芸の大衆化と共に姿を消して行き、戦後の欧米化で壊滅した。
その時代を代表する二人の短冊を並べ、もう散り際で手に取るだけでもはらはら零れる桜の一枝を活け、古き良き浪漫の時代の春宵に浸りたい。
もう一つの写真は鎌倉にもゆかりの深かった三島由紀夫の和歌短冊だ。

古萩湯呑 大正〜昭和初期
黄瀬戸皿 明治時代
この短冊は彼が辞世に春秋対の歌を詠み知人達に配った短冊だ。
散るをいとふ世にも人にもさきがけて
散るこそ花と吹く小夜嵐
益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに
幾とせ耐へて今日の初霜
戦前までは当たり前にあった日本人の精神美が負戦後は徐々に失われ、国粋を唱えていた者達らはすっかり沈黙してしまった事への痛烈な悔恨だ。
戦後に三島由紀夫が書いた「文化防衛論」は民族主義的な思想が色濃く、伝統文化の具体的な諸相にはあまり触れていないのは少し残念だ。
しかし私も戦後昭和の過度な欧米化と物質主義拝金主義の浸透にはうんざりしているので、彼の気持ちは良くわかる。
丁度我家の鎮花祭の時でもあり、名残の散花と茶菓を添えればこの憂国の士への鎮魂にもなるだろう。
今週の鎌倉は春の嵐が吹き荒れ折角の桜もだいぶ散ってしまったが、風雨の夜の壮絶な花吹雪と、翌日は乱れ散り地面に張り付いた花屑の絢爛たる風情を見る事が出来た。
雨雲に覆はれし山風巻きて
四方の暗みへ花吹雪せり
自らの枝垂が幹を打ち据える
桜吹雪に猛る雨風
花屑は掃かずも消えてまた元の
今世の路地や朧なる古都
(自詠)
花鎮めの儀に3首を献歌し、散りゆくあまたの花への手向としよう。
我が谷戸の花は山桜や枝垂桜などこれから咲く種類も多く、また桜が終われば山藤が咲き鳥達の囀りもますます賑やかになる。
そしてその後も樹々の芽吹から若葉に移る彩りの美しさは、行く春の大きな慰めとなってくれる。
