極月の花【鎌倉の隠者27】
12月の鎌倉は観光客も減り幾分静かになるが、我が楽園の散歩路の花も少なくなってしまう。
その上自然の花が乏しいこの時期に、花屋ではクリスマス飾り一色になるのが和花贔屓の隠者には寂しい。
極月に唯一私を楽しませてくれるのは、庭や近所の路地の山茶花だ。我が谷戸には古風な山茶花垣の家が結構残っていて散歩人の眼を慰めてくれる。

初冬の薄日の中で清楚に咲く花は周りの空気まで清廉にする効果があるようだ。
山茶花垣の小径は小春日も時雨の日もそれぞれ違った風情があり、単調に見える冬の日々でも多彩な情趣がある事を教えてくれる。
我が荒庭にも垣根ではないが数種の山茶花があり結構長い時期咲き続け、最も遅咲きの深紅の花は1月中旬まで持つ。
温暖な鎌倉では12月の後半になると水仙や薮椿が咲き出すとは言え、これらの春を告げる花は年明けに取って置きたい。
そうなるとただ一種11月から咲き続けている山茶花が、幾たびも極月の我が机上を飾る事になる。
歌詠みの月日は淡く流るるに
今年最後の花の紅
(自詠)
幸い山茶花は我が周辺に紅と薄紅と白の三色が揃っているので、取り合わせる花器を変えたりしながら飽きずに楽しめる。

青磁小壺 李朝時代
上の写真は薄紅の山茶花を李朝青磁の小壺に入れてみた。
この花弁全体が薄紅の種の他に、白地に先端だけがピンクに染まる実に可憐な種類もあり、そちらはもう少し明るい色の花入が似合うだろう。
本は竹久夢二の詩画集『DONTAKU 』で、開いたページの絵はきのこ帽子の妖精達が描かれている。
夢二は小唄や短歌の方のイメージが強いが今読み返すと新体詩風の詩に佳作が多く、絵も和風美人画よりやや西洋風のハイカラな作品が私の好みだ。
以前ちょっと紹介した詩画集『セレナーデ』もそう言った傾向の詩や絵が載っていて、私が夢二の初版本を集め出したのは若い頃に『セレナーデ』を見たのがきっかけだった。
夢二の絵では『婦人之友』に描いた12ヶ月の花シリーズの山茶花が印象に残っている。
他にも美人画の脇に何度も登場していて、彼も好きな花だったのだろう。
ついでに別種の白山茶花と縁紅一輪も活けた。古美濃灰釉徳利の地味な色調が花の白さを品良く引き立てている。

古美濃徳利 江戸時代
益子湯呑 昭和前期
こちらの本は明治43年に出た夢二の最初期の画集『冬の巻』だ。この画集は春夏秋冬の4巻全て豪華手刷り木版だが、一枚の用紙に両面刷りなので裏の絵の刷り跡が透けて見える。
黄ばみと言うよりもはや茶色く変色した紙が、100年以上前の時代を感じさせる。
湯呑は昭和初期の益子で最もシンプルなデザインながらその後ロングセラーとなった二色掛け分けの良作だ。
厚手な益子の民藝食器はどれも普段使いに丁度よく、このデザインに近くてもっと派手な現代作家物もある中で一番飽きずに使っている。
冬は煎茶に焙じ茶にこの筒形の湯呑の出番が増える。昭和の民芸陶器窯で盛んに焼かれたこの形と大きさが、掌に持った時に茶の温もりを最も心地良く感じられるのだ。
高級な色絵磁器の湯呑になると陶器より薄手で熱が伝わり易く、私には少し熱すぎて握れない。
初冬の静かな谷戸で山茶花を活け古風な湯呑で茶を飲む暮しは、大正時代の鎌倉文士達と全く同じだろう。
この極月は騒々しい現代社会から離れ、夢幻界の夢二や大正文士らと茶呑み話に興じていたい。
