黄落の歌【鎌倉の隠者28】
鎌倉の遅かった紅葉や銀杏も今週は盛んに散り出し、散歩路は落葉の絨毯を敷き詰めたようだ。
小春日の落葉道は諸賢も是非味わうべきで、バッハやロマン派の音楽でも聴きながら歩けば美しい詩情も湧いてこよう。
また山全部を覆うような真葛の黄葉も見応えがある。

写真は我家のお隣の永福寺跡の山の葛紅葉だ。葛に覆い尽くされた木は日光が届かず枯れてしまうので嫌う人も多いようだ。
適度な手入れをしないと一面葛に覆われた荒野山となり、昔の真葛が原と言う地名は原野や荒地と言う意味が強かった。
今の円山公園付近にあたる東山の麓一帯は戦国から江戸時代に真葛が原と呼ばれた荒地で、清貧の池大雅が好んで住み着いたのもそんな京のはずれの寂しき地だった。
葛の晩秋から初冬の黄葉の閑寂枯淡な風情はこの隠者の好みにぴったりで、古の和歌にも葛は沢山詠まれている。
この渋色の景を前ににしばし佇んでいると、池大雅や古の歌人達の心境がしみじみと伝わってくる。
山覆ふ真葛の黄葉の埋もれ径
古歌に記せし心幽かに
(自詠)
鎌倉にも源氏山の近くに真葛が岡と言う所があるが、葛紅葉の風情は断然こちらが上だ。雄渾たる荒び様と言うべきか。
近所の落葉路を辿っていたのが、いつの間にか北鎌倉まで来てしまった。

ここは東慶寺の奥にある参拝客もほとんど訪れない静かな奥津城で、鎌倉でも銀杏落葉が最も悲しく美しく見える所だ。
後ろの五輪塔はこの駆込寺の庵主となった後醍醐天皇の皇女用堂尼の供養塔だ。用堂尼は鎌倉で斬首された悲劇の皇子で征夷大将軍だった護良親王の菩提を弔うため、京から東夷の国に出家させられた悲しい歴史がある。
また我家の眼の前に護良親王の首塚の山があるので親近感が湧くのだ。山中の奥津城は降り積る銀杏落葉の黄金色に覆われ、この霊域一帯が深い静寂に包まれる。鎌倉らしい無骨な岩肌のやぐらも、金色の寂光の中で幽玄さを増して見える。
別の日には買物がてら荏柄天神の御神木の様子を見に寄った。鶴ヶ丘八幡の大銀杏が倒れてしまった今、鎌倉で最も大きな銀杏はここの700歳の樹だ。

今日は盛んに舞い散る葉に丁度良い斜光が差し、天から金箔が降るような光景が見られた。
写真はいつものオールドライカでは無いので色調が少し鮮やか過ぎたか。まあこちらの方が現代調なのは確かで私の眼が古いのだ。
これだけの大樹になると上の方はすでに散り尽くしても下方のやや日陰になる辺りの葉にはまだ緑味が残り、橙がかった黄色から枯色に至るまで美しいグラデーションを見せてくれる。
荏柄天神の御神木は小高い岡の上に聳え立っているので、下の家並みまで結構な距離をゆっくりと優雅に舞い散る。
街が暮色に沈んでも樹上には夕映が残る僅かな時間が、そんな神々しい情景を臨めるチャンスだ。
玄黄の空に聳える大銀杏
陰なす古都へ綺羅と散りゆく
(自詠旧作)
鎌倉の紅葉は12月だがその時期の観光客は少なく、どこも正月前の静かな佇まいとなる。
楓の紅葉の豪華さはとても京都に及ばないものの、地味に無骨に雄渾に味わい深いのが今回紹介した葛紅葉や銀杏落葉だろう。
その後も山肌や崖の岩盤に正月まで残る草紅葉冬紅葉の幽かな色味も、鎌倉らしい幽玄な趣きがありお薦めだ。
