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チカにエサを与えないでください 第一話

 あらすじ

 地下室は、人を食べる――
 地下室で餓死した家族は骨だけになった。たった三日間で。
 呪われた地下室に集まったのは、誹謗中傷で人を壊すのが趣味の犯罪グループだった。しかし犯罪グループの一人であるチカが不審死する。チカの親友は死の理由を探るために正体を隠してグループへ潜入するが、逆にメンバーによって捕らえられる。それを皮切りにグループメンバーを襲う不穏な事故。チカを殺したのは誰なのか。そして人を食べる地下室との関係性は。
 次々と起こる怪奇現象。地下室に食われた家族、這い回る奇妙なイモムシ、電車の車内にぶら下がる腕。体から肉をちぎり取られた新郎。指切りジャック。ゆったり恐怖部。
 容疑者たちのスマホ視点で浮かび上がる容疑者とチカの真相が、チカの不審死の謎を解き明かしていく。
 地下室の真実とは。チカ殺しの犯人とは。
 そしてチカを殺した犯人が分かった時……
 お願いです。これ以上、チカにエサを与えないでください。


プロローグ チカを殺したのは誰だ

 刺身は死んだ魚の肉片だと彼女は言っていた。
 だとすると、彼女は今の自分をどう表現するだろうか。彼女のことだから人の活け造りと表現するかもしれない。答えはわからない。彼女は目もうつろな状態でよだれを垂らしながら息をしているだけなのだから。
 紙が擦れる音より小さい声量で、言葉にならないうめき声をあげた。しかし私が彼女を助けることはできない。私にできることは、彼女が押した録画ボタンに従って撮影を続けることだけだ。それもストレージの容量が溢れるか、電池が切れるまでの間だけ。
 彼女は私のことが大好きだ。公式のケースを装着して、背面にはダムのトレカ。ラインストーンでデコったケースはキラキラしていて可愛い。そしてなんと言っても二十四時間、私を肌見放さず手元に持っていてくれる。虫の息になって魂が消えようとしている今でも、しっかりと右手で握りしめている。彼女とは二年以上の付き合いになる。当時はスラッとしたモデルのような体形で、メイクをしなくても美人だった。私がもし人間だったら、彼女みたいになりたい。実際、彼女に憧れている女性がたくさんいることはフォロワー数万人という数に現れていた。彼女はファションだけでなく料理研究家として有名であり、インフルエンサーとしての影響力をかなり持っていた。「チカ風」と称されるオリジナルレシピも好評であった。
 彼女は料理だけでなく見た目の美しさで様々な男が近寄っていた。スタートアップの社長から、人気インフルエンサー、スポーツ選手、アイドルまで多岐にわたっていた。実際に会ったこともあるが、迫ってきた男の写真や動画を私の中に残していない。DMも定期的にすべて消していたほどだ。残すほどの価値がなかったのだろう。その代わりに自撮りフォルダには彼女の顔や体の画像が六千三百二十四枚残っている。これは彼女が自分を磨いている記録だ。後は当然だが料理の写真は山のようにある。
 しかしオーラがスマホから飛び出しそうな彼女の美しい画像達が、ある日を境に一変していく。写真の彼女からは少しずつ笑顔が消える。そもそも一般人と比べてもただでさえ細かった彼女だったが、頬はこけ、鎖骨はむき出しになり、腕が細くなっていった。画像を時系列で見ていくと、人間が不健康に痩せていく様がよく分かる。今の彼女の体は干からびた棒人形のようだ。まるで体中の骨が透けて見えるかのような。皮の奥には肉すら存在していないかもしれない。彼女をここまで追い込んだ人間を、私は絶対に許さない。
 彼女が倒れている部屋は真っ暗で、空気清浄器のLEDのみ光っている。送風のモーター音がひんやりとした部屋に響いている。
 彼女が最後に食べ物を口にしたのはいつだっただろう。食事の写真を最後に撮ったのは一年半前、クリスマス・イブの日だった。それも小さなサラダ一つのみの画像だ。
 結果的に、彼女をこんな姿にしてしまったことがとても苦しい。その責任の一旦が私にあると考えるとなおさらだ。彼女に対して、これ以上私を触るなと何度も警告した。バックグラウンドで電力を使って電池切れにしたり、設定を勝手にオフにして通知に気づかないようにした。指紋認証なんかは二回に一回は認識エラーになるようにした。しかし全ては無駄だった。彼女は五分おきにDMを見ては嘆いていた。私に届く様々なメッセージが、彼女の精神をどんどん崩壊させた。
「……じゃない」
 彼女はそう言った気がした。なにかを否定したい気持ちがあったのだろうか。こうなってしまった自分が間違っていたことに気づいてしまったのだろうか。それも辛い。精神が壊れたのであれば、壊れたまま死んでしまったほうが楽だ。死ぬ間際に壊れた精神が元に戻っても、後悔のシャワーを浴び続けるだけだ。
 ただ、聞き間違えかもしれない。実は「車内」かもしれないし、なんなら「ジョリン」かもしれない。間際の言葉なんて、本来そんなものだ。ドラマみたいにキレイにメッセージを伝えるなんて難しい。「ジョリン」の意味は本人にしかわからないし、やっぱり「車輪」だったのかもしれない。
 その後、彼女はまぶたを開いたまま動かなくなった。もう、彼女が活け造りになることはないし、最期の言葉の答え合わせはできない。私が個人的に辛いのは彼女が着てるTシャツのことだ。彼女のファッションセンスは非常に優れていた。SNSでも彼女の着こなしに影響されている人はたくさんいた。しかし、いま着ているのは、エンジ色一色で、背中に大きな文字で「友情=∞ 三年C組」と書かれているTシャツだ。学生時代のクラスTシャツみたいなものだろう。ファッションリーダーとしてインフルエンサーでもあった彼女が、死体として発見された時にこんなTシャツを着ていることになるなんて。実家の母親じゃないんだから。もし事実がバレてSNSで拡散されたら笑いものだ。
 しかも私はそんな彼女を撮り続ける。
 辛い。私とあなたを交換することができないだろうか。あなたは人間としてとても魅力的だった。あなたは死ぬべき人じゃない。今からでも遅くない。あなたの魂はまだこのあたりにいるんだったら、私と交換しよう。私が人間として死んで、あなたはスマホで生きてくれ。スマホも悪くないよ。あなただったらスマホだとしても、世界を変えてくれるに違いないから。
 チカ、お願いだから、起きて。
 今まで食べたことのないオリジナル料理を作ってよ。
 今まで見たことのないファッションでみんなを驚かせてよ。
 今まで聞いたことない変な歌を歌ってよ。
 チカ、お願い。チカ。
 起きてくれるだけでいいから。
 突然、私の録画停止ボタンを誰かが押した。私は録画を止めた。その拍子にスマホが傾き、私のカメラは天井にむいた。
 誰が私を押したのかわからなかった。部屋には誰もいない。先程の指はいったい誰だろうか。指ではない何かだったのかもしれない。それがなんなのか、私が調べる方法はなかった。
 そのまま三時間経過した。彼女が私を握る手は、もう冷たい。私の体から放出する熱で温めることくらいしかできない。温めたとしてもなにか起こるわけでもないが、彼女が死んでいる事実を温度センサーで数値化するのが辛い。
 一秒ずつ時が過ぎていくのが、こんなに苦しいとは知らなかった。しかし私の電池の残量が切れてしまえば、もう彼女を見ることは出来ない。そうなったらおそらく彼女と離れ離れになるのだろう。
 ついにお別れの時がきた。
 チカ、じゃあね。いままでありがとう。
 彼女がホコリ一つ入らないように丁寧に貼ってくれたガラスシート越しに【シャットダウン中】と表示した。その後、進捗状況のアイコンをクルクルとジャグリングのように回しながらCPUへの給電を停止した。

 と同時に、誰かが私の脇腹を掴んだ。

#創作大賞2025 #ミステリー小説部門


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