いないのではなく、見えていないだけー黒い亀に出会った話ー
子供を幼稚園のバス停まで送るいつもの道。
自転車で送ることが多いのだが、今日は子供が「歩きたい」と言うので、二人でのんびり歩いていた。
マンション街を横切る小さな川。
バス停までは、その川沿いの道をまっすぐ歩く。
その川には、水面から岩が覗くスポットがある。
私はそこを確認するのが習慣だった。
いつも、カメが甲羅干しをしているからだ。
私は北海道出身。
北海道の川では、カメはほとんど見かけない。
だから、本州のこの普通にカメが存在する光景がなんとなく新鮮で、いつも見ていた。
遠目から見た時点で、異変に気づいた。
カメがいる。一匹。
だが、その見た目は全体が黒く、甲羅の背骨のような部分がほんの少しせり出しているように見えた。
近づいて、その姿をよく確認する。
カメの顔の頬のあたりを見て、確信した。
「……これがクサガメか。初めて見た」
誰に言うでもなく、そう言った。
この川は、ずっとアカミミガメに占領されていた。
五年住んで、他のカメなんて見たことがなかった。
だから、クサガメはもういないんだと思っていた。
でも今日、はじめて見た。
同じ岩の上に、そいつは一匹だけで乗っていた。
時間は朝九時。
まだ、少し涼しい時間だった。
昼になれば、またアカミミガメに埋まる場所だ。
——消えたわけじゃない。
ただ、時間をずらしていただけだったのだ。
クサガメの姿をよく見る。
黒くて、光沢のない渋い姿。
日本の古来種。
この姿が、かつては川や池でよく見られていたのだろう。
その絵になる本来の光景に、思いを馳せた。
だが、今ではその姿は、ほとんど見られない。
強いものが場所を占有する。
目に入るのは、いつもそちらだ。
だから、いないのだと思ってしまう。
——けれど実際には、いなくなったわけではない。
ただ、見えていないだけだ。
時間をずらし、条件をずらし、表に出ない形で、生き残っている。
存在しないのではなく、
観測できていなかっただけ。
そう考えると、あの一匹の見え方が少し変わる。
強いものに押し出されながらも、場所ではなく、時間を選んで生きている。
そのしたたかさに、少し驚いた。
あの黒い亀は、思っていたよりもずっと、逞しいのかもしれない。
追記
同じ場所。
昼過ぎの、暖かい時間帯。
子供の迎えの帰りに見ると、
いつものようにアカミミガメに占領されていた。
——朝、あの一匹がいた場所だ。

同じ川の反対側には、形だけを残したものもある。
※こういう「構造を観測する話」は他にも書いてます
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