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玄関がきたない会社は、伸びない|元証券マンが現場で学んだ3M【前編】



後編はこちら⬇︎


晴れの日だった。傘なんていらない日だ。

なのに、その会社の玄関の傘立てには、傘が何本も乱雑に突っ込まれていた。

社員100人ほどの、製造業の会社だった。打ち合わせに呼ばれて玄関に立った瞬間、私はふと、嫌な予感がした。会社の「顔」である玄関が、そうなっている。

先に、結論を書く。私は、玄関がきたない会社は伸び悩むと考えている。

なぜ、そう思うようになったのか。元証券マンの私が、現場で学んだ話を書きたい。


私が会社を見るときの「3M」

私には、会社を見るときの「3M」がある。

世間で言う3M(ムリ・ムダ・ムラ)ではない。私の3Mは、マネー(数字)・マネジメント(仕組み)・マナー(細部)だ。

そして私は、この三つのうち「マナー(細部)」を、一番最初に見る。

なぜ、細部を最初に見るのか。

数字は、よく見せることも、悪く見せることもできる。仕組みも、外からは見えにくい。

でも、細部はごまかせない。
玄関も、挨拶も、お客様の前で取り繕う時間はない。素のままが出る。

それに、会社に着いて最初に目に入るのも、玄関だ。

だから私は、一番最初に、いちばん正直なところを見る。

今日書くのは、その「マナー」——玄関の話だ。

社長室の話と、ある日“急に変わる”経営者の話は、後編にとっておく。

会社を見る三つの目「3M」の図。マネー(数字)はよく見せることも悪く見せることもできる、マネジメント(仕組み)は外から見えにくい、マナー(細部)はごまかせず素のまま出る。だから最初にマナーを見る、という筆者の経験則。

証券時代の先輩に教わったこと

私は当時、証券会社にいた。

ある日、先輩とお客様のところへ訪問した。その道中で言われたことを、私はいまも覚えている。

先輩は、こう言った。

「会社に着いたら、まず玄関を見ろ」

最初は、意味が分からなかった。
玄関なんて、それまで気にして見たこともなかった。

先輩が「見ろ」と言ったのは、三つ。

一つ、傘立てと下駄箱が、整理されているか。

二つ、お客様が来たときに、元気のいい挨拶があるか。

三つ、社長室に、仕事と関係のないものが、どれだけ置いてあるか。

とくに挨拶だ、と先輩は言った。

「挨拶のない会社は、かなり危ない」。挨拶がないということは、経営者や役員が、そもそも挨拶をしないということだ。上がやらないことを、現場だけがやるはずがない。

聞いた瞬間、妙に腑に落ちた。理屈ではなく、体で分かった、という感じに近い。

それから私は、会社を訪ねるたびに、細部を見るようになった。

傘立て。下駄箱。受付の声。床のほこり。誰も評価しないような場所ばかりを、こっそり見る癖がついた。

冒頭の、晴れの日の傘立て。あれは、その先輩の言葉を、まざまざと思い出した瞬間だった。


玄関まわりのビフォーアフター比較表。傘立て・下駄箱、お客様への挨拶、床・受付、場の空気が、荒れた状態から整った状態へ変わると、品質・スピード・安全につながると対比。「汚い=ダメ」ではなく「当たり前ができているか」を見る、との注記つき。

なぜ、玄関に組織が出るのか

では、なぜ玄関なのか。なぜ、たかが傘立てなのか。

私の考えは、こうだ。当たり前のことが当たり前にできない会社は、当たり前の基準そのものが低い。

傘立てを整える。来た人に挨拶する。どれも、難しくない。

その難しくないことができていないなら、もっと難しいこと——数字の管理も、人の育成も、たぶんどこかで崩れている。

ここで、一つだけ誤解を解いておきたい。

これは「ダメな会社を見抜こう」という話ではない。誰かを責めたいわけでもない。

人が悪いのではなく、当たり前の基準が低いまま、回ってしまう。そういう状態がある、というだけの話だ。

もちろん、例外はある。少し雑然としていても、いい仕事をする現場はある。だから私は「汚い=ダメ」ではなく、「当たり前ができているか」を見ている。

ここで、面白い実験を一つ。

ある大学で、共有スペースをわざと散らかした状態と、片づいた状態にして、人の行動を見た。

すると、散らかった場所でのゴミのポイ捨ては、きれいな場所の三倍以上に増えたという。

乱れそのものが、悪いのではない。「ここは、雑でも許される」という空気が、人の振る舞いを変えてしまう。

これが、玄関のこわさだと思う。玄関の乱れは、ただの見た目ではない。「この会社では、雑でも許される」という、静かなサインなのだ。

別の実験では、こんな結果も出ている。散らかった部屋にいる人は、難しい問題にぶつかったとき、きれいな部屋にいる人より、早くあきらめた。

乱れた場所は、人の集中や粘りまで、少しずつ削っていくのかもしれない。

街のお店でも、同じだ。お店に二度と行かない理由で一番多いのは「汚さ」だった、という調査もある。

会社の玄関も、たぶん同じ。来たお客様は、口に出さないだけで、ちゃんと見ている。

そして、傘立てというたった一点に、その会社の全体がにじむ。

アメリカのアルコアという会社では、新しい経営者が「安全」というたった一つのことを、徹底した。

すると労災が大きく減り、なぜか業績まで大きく伸びたという。

一つの当たり前を、本気で貫く。すると、組織の全体が、つられて変わっていく。


挨拶を、軽く見てはいけない

先輩が「とくに挨拶だ」と言った意味が、最近になって、よく分かる。

会社の雰囲気に一番影響するのは、経営者だ、という調査がある。

上に立つ人が挨拶をしなければ、それは静かに、組織のすみずみへ伝わる。誰も口にしないまま、「ここはそういう会社だ」という空気ができあがる。

逆も、ある。

誰か一人が、来た人にきちんと挨拶をする。落ちているゴミを、拾う。それを見た若手が、真似をする。

当たり前の基準は、上からも下からも、うつっていく。

挨拶や清潔は、あって当たり前で、誰も褒めてくれない。でも、欠けると、不満や崩れになる。

心理学では、こういうものを「衛生要因」と呼ぶ。あって当たり前、なくなって初めて気づく、という意味だ。

そして、挨拶の崩れは、ちゃんとコストになる。

職場の無礼さは、社員の「辞めたい気持ち」とつながる、という研究がある。雑に扱われた人の多くが、仕事の手を抜く。

そのことを気に病んで時間を失い、一部は、会社を去る。

「挨拶くらい」。正直に言うと、昔の私も、そう思っていた。

でも、その「くらい」が、静かに人を減らしていく。

朝、上司が挨拶を返さない。次の日も、返さない。やがて部下も、挨拶をしなくなる。職場から、声が消えていく。

声の消えた職場は、たぶん数字も、静かに痩せていく。


「掃除をすれば儲かる」は、本当か

ここで、よくある誤解を一つ、解いておきたい。

「掃除をすれば、儲かる」。これは、たぶん言い過ぎだ。

正直に言うと、掃除そのものが直接、利益を生むという強い証拠は、まだない。

散らかった部屋でも、作業の成績そのものは落ちなかった、という実験もある。

では、なぜ、きれいな会社は強いのか。

順番は、こうだと思う。

整理整頓をする。すると、探しものの時間が減る。異常に気づきやすくなる。「ここは、きちんとやる場所だ」という基準が、全員に伝わる。

その積み重ねが、品質やスピードや安全につながり、めぐりめぐって、数字に出る。

掃除が、儲けを生むのではない。掃除をきっかけに、きちんとやる土台ができる。だから、効く。

実際、掃除で知られる会社は、どこも掃除“だけ”をやっているわけではない。

日本電産(現ニデック)の永守重信さんは、整理整頓に「作法」まで加えた独自のやり方で、傾いた会社を何社も立て直してきた。

武蔵野の小山昇さんは、掃除を「決められたことを、決められたとおりにやる訓練」と呼ぶ。

イエローハットの鍵山秀三郎さんは、社員が自分から掃除をするようになるまで、長い年月をかけたという。

トヨタの会長は、こんなことを言っている。現場をよくする活動の目的は、効率を上げることではなく、「改善が進む風土をつくること」だ、と。

どの会社も、掃除を“心がけ”で終わらせていない。続く形——つまり、仕組みにしている。

ここで、私の3Mがつながる。マナー(細部)は、マネジメント(仕組み)の入り口なのだ。

ただし、最後に一つだけ、正直に留保しておきたい。

きれいにすれば必ず伸びる、というほど単純ではない。きれいすぎる管理が、かえって人の自由な発想を奪うこともある。

だから順番は、おそらく逆だ。うまくいっている会社が、たいてい掃除もできている。

玄関は、原因というより、その会社の今の状態を映す鏡なのだと思う。

私が玄関を見るのは、裁くためではない。読むためだ。

「掃除が効くのは、なぜか」の順番を示すプロセス図。整理整頓をする→探し物の時間が減り、異常に気づきやすくなり、「きちんとやる場所だ」という基準が全員に伝わる→品質・スピード・安全につながる→めぐりめぐって、数字に出る、という流れ。

私が、今もやっていること

偉そうに書いてきたが、私がやっているのは、ごく単純なことだ。

訪問先に着いたら、まず玄関を見る。傘立てと下駄箱。そして、最初の挨拶。

この三つだけで、その会社の「当たり前の基準」が、なんとなく伝わってくる。

お金もかからないし、特別な能力もいらない。明日から、誰にでもできる。

そして、これはきっと、私だけの話ではない。

誰かに話したくなる言い方をすれば——玄関の傘立ては、その会社の通信簿のようなものだ。点数は、人が入ってきた瞬間に、もう出ている。


それでも、玄関を見るのをやめられない

正直に言うと、私はこの癖を、たぶん一生やめられない。

職業病のようなもので、旅館でも取引先でも、つい傘立てに目がいってしまう。直したくても、直らない。

でも、それでいいと思っている。細部には、言葉にならないものが出るからだ。

玄関は、その会社の「当たり前」が、一番外側にこぼれ出る場所だ。だから私は、外から読む。

でも、本当の基準が出るのは、もっと奥——社長室だと思っている。

次は、その奥の話を書きたい。社長室だ。そして、ずっと仕事に打ち込んできた経営者が、ある日“急に変わる”とき、何が起きるのか。その話を、後編で。


細部の話を書いていたら、無性に、はっきりした味のものが食べたくなった。

今日は、いきなりステーキのワイルドステーキ300g。余計な飾りはいらない。鉄板で焼いた肉を、塩こしょうで食べる。これも、ある種の「当たり前」だ。当たり前が、一番うまい。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。玄関の話に、あなたの大切な時間を使ってくれたこと。心から感謝します。

後編はこちら⬇︎


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