見出し画像

中学受験か公立か、都会か地方か、どの道が有利か-。そんな「正解探し」を終わらせるための、僕なりの結論。


子育てをしていると、どうしても「正解」を探したくなるものです。

子供が成長するにつれ、僕も教育やキャリア、あるいは居住地に関する議論をネットや書籍で目にすることが増えました。

「中学受験はさせるべきか、公立で十分か」
「都心に住むのが有利か、地方移住が豊かか」
「どの企業に入れば安泰か」
「どういうキャリアがコスパ最高か」
こういった話題は議論が尽きません。

僕自身、神奈川県川崎市という首都圏から、兵庫県明石市へ移住をした身です。この選択には微塵の後悔もなく、日々の生活に満足していますが、世間を見渡せば「東京一極集中こそが正義」という声もあれば、「地方こそ人間らしい」という声もあり、相反する意見と議論が沸き起こっています。

それぞれの主張には一理あり、非常に勉強になります。 しかし、それらを読み込むにつれ、僕の胸の内にある種の「違和感」が生じてくるのに気づきました。

そして、その違和感の中身に気づくと共に、それらを一気に解決するような価値観というか、考え方について、自分自身の考えがまとまってきました。
僕自身の新たな気づきでもあったので、noteにまとめておきたいと思います。





違和感の中身


まず、違和感の中身です。

それは、多くの議論が「どちらが得で、どちらが損か」という、いわゆる「損得勘定」を軸に語られているように感じる点にあります。
それ自体はそこまで悪いことではありません。
むしろ、誰でも関心があることであり、コスパのより良い選択肢があれば、さらに議論が加速する傾向すらあります。
これについて、以下で細かく触れていきます。

その上で、今日はこの「損得」の彼方にある、より本質的な人生の指針、つまり僕が思う解決策と言いますか、「本質的にはこの議論ではないのかな」という考え方について書いてみたいと思います。




「辞めたい」と語るエリートたちの憂鬱

かつて僕は、財閥系の総合商社に勤務していました。 世間的には高給で知られ、社会的信用も厚い、人気企業ランキングで常にトップクラスの部類の会社です。

その会社を、僕が34歳で退職を決意した頃のことです。
1ヶ月後に退職を控えて、独身寮で共に過ごした同僚や共に研修や仕事をした社内の同僚に、退職予定である旨のメールを送りしました。今から10年以上前の話です。
すると、同年代の20代後半から30代半ばの同僚たちから、「中川、話聞かせてくれ」「中川さん、飯食いに行きましょう」などと、20人ぐらいから声がかかりました。

彼らは何を僕と話したかったのか。

「俺もいつかは辞めようと思っていたんだ」
「俺も本当にやりたいことは別にあるんだ」
「私はNPOで社会貢献がしたいと思っていた」
「教師になりたい」
「俺は本当は途上国の支援の仕事がしたいんだ」

驚くべきことに、20人ほどの同僚と食事をして、「この会社で社長になる」と言い切った一人を除き、19人が現状への迷いを吐露し、別の道を夢見ていたのです。

ちなみに彼、彼女らは、東大、京大、早慶、旧帝大に一橋といった名門大学を出て、学業でも優秀と言われる成績を納めてきた経歴であり、さらには帰国子女であったり、体育会系の出身など、才能や気骨のあるような人たちばかりです。

彼らは決して能力が低いわけでも、行動力が無いタイプの人間ではありません。 ただ、あまりにも賢く、「損得勘定」ができ過ぎていたのではないかと、今になって思うのです。

総合商社という看板、安定した給与、社会的ステータス。 これらを手放す「損」と、見えない未来に賭ける不確かな「得」を天秤にかけた時、理知的な彼らが「現状維持」を選ぶのは、ある意味で必然と言えるでしょう。 それは、生存戦略として極めて合理的で、「コスパ」の良い選択です。

しかし、僕はそこで違和感を覚えずにはいられませんでした。 彼らの瞳の奥に、ある種の「諦念」のようなものを見た気がしたからです。




「コスパ」の極北にあるもの

イェール大学の成田悠輔助教が、以前、このような趣旨の発言をしていました。 「究極のコストパフォーマンスを求めるならば、死ぬのが一番いい」

ブラックジョークとして会場の笑いを誘った言葉ですが、これは真理を突いているのではないかと思います。生きることは、コストがかかり、苦痛を伴い、非効率なことの連続な側面もあるからです。つまり、いずれ死ぬのに、今に何の意味があるのか、という皮肉です。
(無論、成田さんはその番組では「だから人生にコスパを求めてはいけない」と、持論を展開されてました)

人生に「コスパ」や「損得」ばかりを求めていくと、僕たちは知らず知らずのうちに、リスクを排除し、挑戦を避け、最短距離で「無難なゴール」を目指すようになります。 しかし、その先にあるのは、本当に豊かな人生なのかな、と思うのです。
折角親からもらった貴重な”人生”という資産を、楽しまないというのは極めて勿体ないんちゃうかなと思うんです。

そうなんです。
何と言いますか、平たく言えば、「人生って、そういうコスパばかり重視するものか?」という話なんです。

僕は親友が他界し、ようやく気づけたんです。
人生とは、「他人より少し得するためにリソースを割き続ける」、こんなことの為に与えられたものでは、ないんちゃうかと思うのです。

損得論で語り始めたら、「コスパのいい人生」「どんどん得する方向」を選ぶことになります。

教育や居住地の議論も同様です。 「私立の方が生涯年収が高い」「都心の方がチャンスが多い」といった統計や確率は、あくまで「他人の物語」の平均値に過ぎません。

確率論で言い出せば、「荒れていないから」という理由で進んだ私立中学で、いじめがあるかもしれません。どんな同級生かは蓋を開けてみないとわからないのです。
僕が勤めた財閥系の総合商社でも、本当に最悪な上司もいました(どこの会社でもそうだと思います)。一般的には就職の人気ランキングで常にトップになるような会社ですら、そんな上司の下についてしまったら、地獄です。もちろん、素晴らしい人格者の上司もいました。しかし、それは自分では選べない話なのです。
つまり、全てガチャ的な話なんです。

これらのような、確率論に帰結するような議題は運が支配的な要因です。そして、結局運に左右されるのであれば、損得論のような他人の評価軸で意思決定をしてしまうと、"損"をした時(ハズレくじを引いた時)に激しく人生を後悔する羽目になるのです。そうなると、終始他責の思考をもった人間になりかねません。

何を隠そう、サラリーマン時代のかつての僕がそうでした。


慶應義塾大学の中室牧子教授らが指摘するように、「私立中学で落ちこぼれるよりも、公立中学でトップの方が、予後が良い」というエビデンスもあります。
それにもかかわらず、僕たちは「損をしたくない」という一心で、情報を漁り、他人の成功事例を羨み、得のために行動します。そうやって、正解のない問いに頭を抱え続けています。




「意志」はすべての損得を凌駕する

では、損得の呪縛から解き放たれるにはどうすればよいのか。 僕が至った結論は、極めてシンプルです。

「強烈にやりたいこと(Will)」を持つこと。

これに尽きます。

もし、あなたに「どうしても成し遂げたいこと」があるならば、その瞬間にすべての選択は「手段」へと変わります。 地方に住むことが夢の実現に近いなら地方へ行けばいい。都会が必要なら都会へ行けばいい。学歴が必要なら学べばいいし、不要なら時間が勿体無いので学歴など捨て置けばいい。

そこに「損得」が入り込む余地はありません。あるのは「やりたいことの実現、目的のために必要か、否か」という、純粋な判断だけです。

かつて僕が商社を辞めたのは、「起業して成し遂げたいこと」があったからです。 その目的の前では、高給もステータスも、些末なノイズに過ぎませんでした。 「やりたいこと」という強固な軸さえあれば、どんな環境にあっても、たとえ逆境にあっても、迷うことなく突き進むことができます。

逆に、「やりたいこと」が不在のままでは、僕たちはいつまでも「状況」に振り回され続けることになります。 上司ガチャに外れた、景気が悪くなった、配属が希望通りでなかった、あっちのキャリアの方がお得だった……。 自分の人生の舵を他者や環境に委ね、「損得」で一喜一憂する。それは、あまりに不安定で、心許ない生き方ではないでしょうか。
何よりも、折角親からもらった貴重な人生という時間の使い方として、勿体ないと思うのです。



結論

30代を過ぎて「やりたいこと」が見つからないと言うのなら、無理やりにでも作り出せばいいと僕は思います。いや、20代も半ばになったら、自分自身で半強制的にでも"自分はどういう人生を生きるのか、本当に何をやりたいのか"を一旦決めてしまうことを強く推奨します。
つまり、心の奥底にある小さな火種を、意図的に薪をくべて炎にするのです。

人生の満足度を決めるのは、偏差値の高い学校でも、誰もが羨む大企業でも、高いタワマンでも、田舎の静かで広い家でもありません。 「自分で決めた道を、自分の足で歩いている」という実感じゃないかと強く思うのです。

僕が感じていた違和感の正体は、この「やりたいこと(Will)の有無」だったんです。

僕が子供たちに願うのも、ただ一つ。 損得勘定で賢く立ち回る大人ではなく、自分の「意志」を羅針盤に、荒野をも楽しんで歩ける人間になってほしい。
進むべき道を自分で決められる人間に、子供たちにはなってもらいたいと切に願います。


移住(住む場所)も、キャリアも、教育も。
すべて、人生を通してやりたいことを決めれば、自ずと決まってくるのではないかと気づいたのでした。






今日も読んで頂いて有難う御座いました😃



〜〜〜

このnoteの続編を、以下に新たに書きました。




#子育て
#教育
#キャリア
#移住
#地方移住
#人生哲学
#損得勘定
#意志
#商社


#成田悠輔
#生き方
#受験
#中学受験
#高校受験
#人生



いいなと思ったら応援しよう!

中川達生/AI開発のROX CEO 最後までお読みいただき有難う御座います! サポート頂ければ嬉しいです😃 クリエイターとしての創作活動と、「自宅でなぜ靴下が片方無くなることがあるのか?」という研究費用に使わせて頂きます!

この記事が参加している募集